冒険者が多く存在する街では珍しい、幼い子供の楽しそうな声。耳を澄ますと、どうやら複数人の子供達の声の様だ。
ここ《迷宮都市オラリオ》には、そんな子供たち──正確には両親を亡くして、もしくは何らかの理由によってストリートチルドレンとなってしまった子供たちを保護──否、
オラリオの中心、《バベル》のすぐ近くに存在するその施設。オラリオの中でも広い部類に入る敷地の中、薄い水色の外観をした建物が一際目立っている。それは何故か?単純な話である。屋根から翡翠色をした二つの角が生えているからだ。
ここは『子供の楽園』とも呼ばれている。
かつてオラリオという都市は、
だがある時、とあるファミリア──とある女神が、その様な子供達を引き取っていくとした。最初は孤児院にすら受け入れられる事のなかったストリートチルドレン達。そして運営が全く出来ていない孤児院の子供達。最終的には何とか運営していきながらも、やはり貧しい日々を送る事となっていた子供達を受け入れ、信じられない事に
当初はその行動を疑問視していた神々も、そのほぼ最高といえる結果に何も言えなくなった、という状況になったのだ。
そしてもちろん、そんな
順風満帆であった女神の箱庭に突如降りかかったのは、養育していたとある子供の誘拐、というものだった。だが特殊なものではない。「無事に帰してほしければ金を寄越せ」という単純な身代金目的の悪党による犯行だった。
しかしその額はなんと10億ヴァリス。貴族や王族の子供でもない、ただの子供への身代金としては法外な要求もいい所、一般的な子供の身代金としてはおそらくオラリオ史上──否、
そんな最早バカバカしいともいえる要求──おそらくオラリオの歴史に刻まれるであろう内容を以て、この一件は凄まじい勢いでオラリオの街にその話が広まっていった。
この話を知った神々は「そんな要求突っぱねるに決まってる」と笑っていた。もちろん被害にあったその子供には同情こそしたが、何か行動を起こす事はない。基本的に神というのは人という存在を、特に無垢な子供達を愛する存在だが、
一体何があったのか?どうやって解決したのか?それも単純な話である。
どうやってその悪党に目星をつけたのか、どうやって居場所を見つけたのか、それは未だに謎のままとなっているのだが、二つだけ明かされている事がある。一つは誘拐された子供は無傷のまま無事に救出した、という事。
もう一つは、この愚行を起こした悪党どもは
その現場は凄惨なものだったという。二十人以上の悪党──中には極悪人として有名なもの達も何人かいたのだが、そのもの達が一人残らず首を断たれた死体となっていた、というものである。しかもその全ての死体が一刀の元に斬り落とされたであろう状態だったというのだ。
現場確認に訪れたもの達が『
そして何故この団長が単独で行ったと判明するに至ったのか。それはなんと《ギルド》からの
その類を見ない発表に、ファミリアに所属しているしていないに関わらず人々は、そして神々でさえも驚愕した。そんな事は本来、有り得ないからである。
ただの──確かに前代未聞となった事件ではあったが、内容自体は子供の誘拐、つまり冒険者には関係ない事件であり、ギルドが関わる様な事件ではないのだ。
もちろん悪党が所属していたファミリアをギルドが公表、処罰するのは当然の事。それならば皆も理解出来る。しかし、その解決を行ったものの発表となると例外中の例外、本来有り得ざる事なのだ。
だが、ここまで聞くと発表を知らなかったもの──ダンジョンへと遠征に行っていて知らなかった者などならばこう考える。「その団長が処罰の対象になったからではないのか?」と。
だがその考えとも全く異なるものなのだ。ギルドはその団長に対し、
この事に関してギルドに苦情をいれた神は少なくなかった。確かにこの団長は──自分のファミリアが養育している子供を誘拐された、いわば被害者側。しかしどう考えても
確かにたった一人で二十人以上もの悪党達を相手取ったのだ。しかも相手に第二級冒険者クラスがいた。故に手加減は出来なかったのだろう。だがその全員を皆殺しにするとなると……話が変わる。明らかに過剰である。
しかも《ギルド》である。あの何かにつけて罰金やら何やらの処罰を与えてくるあの《ギルド》が何の処罰も与えないとするなど、冒険者や神々からすれば異常事態もいい所なのだ。故に、不満が爆発するのも当然だろう。
しかし、《ギルド》はそういった主張の全てを一言で終わらせた。それは「この件は以上を以て終了とし、以後当機関はこの件に関して一切の言及をせず、またこの件について当機関に問い合わせたものを処罰の対象とする」という、更に前代未聞となる旨を発表したのだった。
この事により、オラリオの二大派閥がどう動くのか、下手をするととんでもない大規模な問題になるのではないかと人々は危惧していたのだが……特に何か動く事はなかったのだった。というよりも、この二大派閥──『トリックスター』と呼ばれる女神は当初騒いでいたようだが──ただただ静観していたのである。
こうして、この色々な意味でオラリオで語り継がれる事となる事件──物語は終幕となった。
実際にはその後、この事件に関与する一部の悪党たちが所属していたファミリアが、
そして生き残った僅かな団員達なのだが、このものたちは常に何かに怯えている様子となっており、精神に重大な異常が見られる状態となっていた。
時折「死神が来る」「殺される」「触れちゃいけなかったんだ」と戯言を口にし、結局生き残った団員達も全員が自殺し、そのファミリアの全員が──主神に関しては失踪扱いだが──死に至る、という結末となったのだった。
この一件にも
「──おーいガキどもー!メシの時間だぞー!!」
燦々と降り注ぐ陽光の中、庭というにはかなり広い敷地で遊んでいた子供達に、大声で食事だと告げる大柄な男。上半身は裸であり、その異常なまでの筋肉に包まれた肉体は、まるで鎧を纏っているかの様である。
そんな男に呼ばれた子供達は──次々と男に飛び込み、抱き着くというにはあまりにも勢いがよすぎるタックルをかます。
「おうおう、やっぱりガキってのは元気じゃねぇとな。ほらさっさと中に入れ」
タックル──もとい、男の脚や腰、腕などの全身の様々な部位に抱き着いてきた子供達は「まだ遊びたーい!」などと口にしていたが、そんな子供達の主張に対し男は「ふーん。じゃあお前ら、女将に怒られてもいいんだな?ふーん、へー」と告げる。その言葉を受けた子供達は、今さっきまでの不満はどこへ行ったのか、一目散に家へと入っていったのだった。
「ったく、なら最初から聞けってんだ……って、アイツは何してんの?俺の話、聞こえてないの?おーい!!メシだっつってんだろー!!!」
呆れた顔をしながら子供達を見ていた男は、もう一人、どうやら己の呼びかけに気付いていないものを見つけ、そのものに先程よりも大声で呼びかける。
その大声でようやく気付いたのか、一瞬身体をビクつかせ、小走りでこちらに向かってくる。
「ごめんなさいね、オリオン。ちょっと……考え事をしてて」
「ったく。ガキどもはもう全員行ったぞ」
オリオン、と呼ばれた男は先程よりも呆れた顔を、自身の呼びかけにも気付かずに、ぼーっと空を見つめていた相手に向ける。そんなオリオンの表情に、えへへ、と謝罪した主はバツが悪そうにしている。
「……
視線を謝罪の主から、天に届かんとするかの様な塔──《バベル》に向けるオリオン。彼に謝罪した主は、その言葉に少し動揺の色を見せる。
「心配要らねぇよ。
先程の呼びかけとは全く違う、ぶっきらぼうではあるが確かに優しさを感じる口調で伝えるオリオン。その言葉の中には「必ず帰ってくる」という確信めいた感情が感じられた。
オリオンからティアマト、と呼ばれた女性──女神は、その小さな身体の背筋を伸ばし、オリオンと同じ視線の先、《バベル》へと視線を向ける。
「そうね、あの子の帰ってくる場所はここだもの。だから私は……私たちは、信じて待ってなきゃ、よね」
「そうだそうだ。つーわけで、とりあえず俺らはメシにすんぞ。そろそろマジで女将にブチ切れられる」
ティアマトが多少元気を取り戻した所で、自分達が置かれている状況を告げるオリオン。
震えながら「女将に怒られる」と呟いたオリオンを見たティアマトは顔色を悪くし、急がなきゃと焦りながら家の中に向かっていく。まさかオリオンは自分を置いて行くとは思わなかったのか、「えっ嘘。ここで裏切るの!?」と一人遅れて向かうのだった。
ここは《てぃあまとほーむ》。《迷宮都市オラリオ》に住まう、行き場をなくした子供達を養育する場所。そしてその子供達を家族とする場所。毎日子供達の元気な声が聞こえてくるこの場所は、過酷な日々を送る冒険者たちの間でちょっとした癒しとなっている。
ここは《ティアマト・ファミリア》のホーム。ティアマトを親とした、極少数からなるファミリアのホーム。しかし、過去にあったとある一件や所属している団員の異常さから、「決して手を出してはいけないファミリア」とまで呼ばれる存在。かの二大派閥ですら決して敵対しないと噂されている。
このファミリアには異名がある。子供達に無償の愛を与える天使の様な慈愛と、害を成すものには無慈悲な死を告げる、故に『死告天使』と──
「──全員退けぇぇぇ!!!撤退だぁぁぁぁ!!!!」
オラリオが《迷宮都市》と呼ばれる所以、ダンジョン。
その地下深く広大に広がっている迷宮の奥底、《深層》と呼ばれる場所で、とあるファミリアが戦闘──と呼ぶには、あまりにも一方的過ぎる状況となってしまっていた。
そんな中、少年と見紛う様な──本来鮮やかであろう金髪を血と泥で汚す
「私が、行く……!!」
「ダメだアイズ!アレはもはや我々にどうこう出来るものではないっ!!」
まるで最高級の輝きを放つエメラルドの様な髪色をした美しいエルフの女性が、殿を務めんとする少女──アイズ、と呼んだ少女の肩を掴み、その行動を拒否する。アイズと呼ばれた少女も本来であれば、それこそ神が全力を以て創り出した芸術品の如き美しさを誇っていたのだろうが……現在では至る所に傷を作り、錦糸の様な金色の髪も汚れと痛みで酷い事になってしまっている。
「でも、このままじゃ……っ!」
行動を拒否されて尚、一人で向かおうとするアイズ。しかし、今この置かれている状況──『巨人殺しのファミリア』と畏怖され、オラリオに君臨する二大派閥の一翼を担う《ロキ・ファミリア》の精鋭達が直面している状況は、とても一人でどうにか出来る様なものではなかった。否、それどころか総力を以てしても、この状況はそれ程までに絶望的だった。
「フィン!!何か策は無いのか!?」
「今考えてる所だよ……くそっ!どうすればいい、どうすれば切り抜けられる……!?」
無理やりにでも一人で何とかしようとするアイズを行かせまいと羽交い締めにしながら、エルフの女性がその髪色よりも若干暗い瞳を、先程の絶叫していた金髪の
どこか懇願の様にも聞こえた叫びだったが、彼女からフィンと呼ばれた男性は策が思いつかないのか、その整った顔の眉間に強く皺を寄せる。
もはやここまでなのか……全員がそう諦めかけた、その時だった。
「……私に任せろ。貴殿達はその隙に撤退すればいい」
自分達の目の前に突然現れたその人物は、このような状況に陥る元凶となった相手と自分達の間に、まるで
そしてそのものはオラリオではかなり有名な人物であり、しかし本来ならばこんな所に居るはずのない人物だった。
「君、は……」
最初に口を開いたのはフィン。その人物は有名ではあるが、その姿を知るものは意外と少ない。しかしフィンは知っていたのだ、彼の姿を。
故に混乱してしまう。彼は確かに実力がある。否、あるはずだ。実際に目にしたことは無いが、
しかし、今自分達がいるのは深層である。そんな地獄の様な場所に、いくら彼とはいえ来れるはずがない。
しかし現実は、今彼はこの場に存在している、というものだった。
「まさかとは思ったが……やはり貴殿たちだったか」
「何故……お前が此処にいるんだ……『黒面』!!」
アイズを引き止めていたエルフの女性が、自分達の前に立つものに向かい、叫ぶ。引き止められていたアイズも力が抜けたのか、既に抵抗を辞めていた。
「何故か……そうだな。私にも色々ある、という事だよ」
かの惨劇を引き起こしたとあるファミリアの団長。たった一人で第二級冒険者クラスの悪党達を含む二十人以上を惨殺した事から、間違いなく実力はあるのだろうと噂されていた。
しかしそのものの名前は謎。姿を知るものもほとんどいない。団長であるというだけで、冒険者なのかそうでないのか、その事を
《ギルド》はこの団長の情報の一切を秘匿とし、
もちろん神々は《ギルド》の発表に不満を持った。しかし、二大派閥の神々はこれを良しとしたのである。それどころか、あの鍛冶師系ギルドとして最大派閥の一つである女神のファミリアも、これを良しとしたのだ。
故に、この件は有耶無耶となったのだった。
しかし、その姿を知っているものは少なからず存在する。
その限られたもの達はこのものの事を、その漆黒の──まるで闇そのものの様な仮面で顔を覆う漆黒の存在を、こう呼んでいる。
《ティアマト・ファミリア》団長──『黒面』と。
どうも作者です。
第六話、黒面。ここに来て謎の人物が登場となりました。しっかしこの人物、漆黒のお面をしてて前見えんのかって話ですよね。あれかな?心眼的な?それとも仮面自体が内側からは見えるっていう、車のあのガラスみたいなアレとか?
そして物語は過去のお話から現在へ。時系列でいうと……そうだなぁ、原作でいう所の一話よりほんの少し前、剣姫を主軸とした外伝作品の一話に相当しています。
少しずつ進み出していますね!この調子だと原作の戦争遊戯編まですぐかな!ごめんなさいそれは言い過ぎました!
というわけで今回はこの辺りで。ではまた次回にお会いしましょう!