迷宮死告譚 アズライール・ストーリア   作:湧者ぽこヒコ

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第七話 バニーですので

 

 

《ロキ・ファミリア》の窮地に現れた《ティアマト・ファミリア》の団長、黒面。

 この混沌とした状況となる、少し前の事──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──"リル・ラファーガ"」

 

「アイズさん……!」

 

 

 絹のような金髪を靡かせ、ここに居る全員が初めて目にする、全身が緑色をしたモンスターに対し、風の魔法を纏った超強力な刺突を以て、その巨大な体躯に風穴──というよりも、上半身が爆散する程の威力を誇る一撃で、その謎のモンスターを討伐したアイズ。

 しかし討伐直後に大規模な爆発が起こり、そのモンスターを見事討伐したアイズの安否を、オレンジ色の髪をしたエルフの少女が、彼女の名を口にしながら心配する。

 

 

「ちょっ!?コレやばくないっすか!?」

「大丈夫です!!アイズさんなら……アイズさんならきっと……!」

 

 

 安全圏にまで距離を取っていたはずがその場所にまで襲いかかる爆風。そのあまりにも凄まじい爆発に、黒髪を逆立てた青年が彼女の安否を誰に言うともなく呟く。

 その彼の呟きに、まるで自らに言い聞かせる様に彼女の身の無事を断言する、先程彼女の名を呟いていたエルフの少女。少女は両手で握った杖を、更に強く握り締めていた。

 

 未だ爆発の余波で視界が悪い中、しかしその中を風を纏わせながらこちらに向かってくる少女が、ぼんやりではあるが皆の目に映っていた。

 

 

「アイズさん!!」

 

 

 エルフの少女がその人影に向かい駆け出す。既にその人影は皆が無事に帰ってくる事を心待ちにしていたその人だと間違いなくわかるまでに、はっきりと見えていた。

 彼女の名を呟きながらその姿を目に焼き付けていたエルフの少女が、いの一番にその少女の元へと駆け出していたが、レベルの差なのか、それとも単純に種族としての身体能力の差なのか、エルフの少女が駆け出したよりも後に駆けて行ったアマゾネスの女性の方が先に彼女の元へと辿り着き、その勢いのまま抱き着く。

 抱き着かれた少女は無表情だったが、嫌がる素振りは見られなかった。まるで人形の様に無感情のままだったが、しかし決してその行為を拒絶はしなかったのだ。

 

 そして肝心のエルフの少女だが……どこか少し不満そうな様子ではあったが、しかし彼女が無事に戻ってきた事の嬉しさが勝っているのか、うっすらと両目に涙を浮かべながら、彼女──アイズと呼ぶ少女に向かって微笑んでいた。

 

 

「よくやった、アイズ。緊急時だったとはいえ……本当に助かったよ」

 

 

 彼女を一人で送り出した事を気に病んでいたのか、安堵した様な感情とも取れる口調で語りかける小人族(パルゥム)の少……否、青年。彼こそはオラリオの現二大派閥の一翼を担う《ロキ・ファミリア》の団長、《勇者(ブレイバー)》フィン・ディムナである。

 見た目こそ若々しく、またその小さな体躯から少年の様に見えるが、実はこの男性、既に42歳である。つまりアラフォーなのだ。

 しかしその見目麗しさ、紳士たる態度、更にはかの有名な《ロキ・ファミリア》の団長であり、そして彼自身も圧倒的な強さを誇る《Lv.6》の第一級冒険者である事から、オラリオで1、2を争う程に女性からの人気が高いのである。

 しかし彼にはとある事情があり、女性に関しては色々とあるのだが。

 

 

「本当に良くやったな、アイズ。しかし……今の巨大なモンスターといい、先程の芋虫の様なモンスターといい、あんなものが現れるなど今の今まで知らなかったぞ」

 

 

 エルフの女性がアイズの頭を撫でながら、つい先程まで巻き起こっていた異常事態の事について疑問を口にする。

 

 この女性の名はリヴェリア・リヨス・アールヴ。《ロキ・ファミリア》の副団長にして、フィンと同じく《Lv.6》の第一級冒険者であり、《九魔姫(ナインヘル)》の二つ名を以てその名を轟かし、オラリオ最強の魔道士と呼ばれている。

 そして彼女は、ただのエルフではない。エルフの中でも王族である、ハイエルフなのである。そしてハイエルフとは──もちろんリヴェリア自身の人柄もあるのだが──全てのエルフから尊敬と敬意と以て接せられる存在なのだ。

 

 故に彼女に何か危害を加えたり、またはそれに準ずる行いをしたものは、ファミリアの垣根を越え、全てのエルフからその身を狙われてしまう事となる。それどころか、死を以て償わせようとする事すら有り得る。それ程にハイエルフ──リヴェリアという存在はエルフにとって尊く、また敬うべき存在なのだ。

 

 

「本当にのぅ。あんなもん初めて見たわい。《ゼウス・ファミリア》や《ヘラ・ファミリア》が遺した情報にもあんなもんなかったしのぅ……新種、には違いないんじゃろうが」

 

 

 自身よりも大きな戦斧を片手で担ぎながら、たっぷりと蓄えた髭を触りつつリヴェリアの言葉に答えるドワーフの男性。身長でいえばフィンとさほど変わりはないが、しかしその肉体は正に巌。そして年相応の顔付きをした老兵である。

 この老兵の名はガレス・ランドロック。《ロキ・ファミリア》の幹部の一人であり、《重傑(エルガルム)》の二つ名を有する《Lv.6》の第一級冒険者であり、その強靭な肉体から生まれる力はオラリオで1、2を争う程と言われている。

 

 そしてこのフィン、リヴェリア、ガレスの三人はファミリア創設時の最古参メンバーであり、またこの三人の事を表した『ロキ・ファミリアの三首脳』という異名も有名となっている。

 

 

 そして現在、このものたちが口にしている()()()()。それはこの面々が遭遇する事となった未知の数々の事である。

 この《ロキ・ファミリア》の精鋭達は、自身達の未到達領域である59階層を目指し、遠征を行っていた。決して道中は楽ではなかったものの、無事に《安全階層(セーフティポイント)》である50階層に辿り着いた。

 そこで一旦、懇意に──とは少々言い難いが、親交のある医療系ファミリアからの《冒険者依頼(クエスト)》に必要なアイテムを入手するため、最高戦力のほとんどをそのアイテムがある51階層へと向かわせる事にしたのだ。

 

 だが《安全階層(セーフティポイント)》といっても、絶対にモンスターが発生しないというわけではない。故に、最高戦力であるリヴェリアが待機組である50階層に残り、代わりにあのエルフの少女──レフィーヤ・ウィリディスを向かわせる事にした。

 そうして51階層へと向かったもの達は二手に分かれ行動を開始し、待機組は何があってもいい様に少しの緊張感を残し休息を取っていたのだが……そこで異変が発生した。

 

 二手に別れアイテム回収に向かった組、そしてその帰りを待つ待機組。三組とも別々の場所だったのだが、()()はほぼ同時に引き起こされた。

 一体何か?それは()()()()()()()()()()()()()である。

 今まで見た事のないモンスター。全身が毒々しい緑色をした、見たものに生理的な嫌悪感を引き起こさせるような芋虫型のモンスターが襲撃してきたのだ。しかもその数が尋常ではなかった。

 

 話は変わるが、ダンジョンというものは下へ下へと行く程、モンスターの出現頻度や出現数が増えるという特性がある。もちろん例外もあるのだが。

 そして彼らがいる場所は50階層と51階層。《深層》と呼ばれる領域である。つまり、そのモンスターの出現数といったら──もはや地獄の様相を呈していた。

 

 だがこの芋虫型のモンスター、単体で考えれば深層に出現するモンスターとは思えない程に耐久力がなかった。それこそLv.4の第二級冒険者でも簡単に攻撃が通る程。

 しかし、そこからが更なる地獄だった。

 

 この芋虫型のモンスターは強酸性の腐食液を吐き出し、攻撃力は凶悪なものだったのだが、なんとこちら側が攻撃した時に飛び散る体液すらこの腐食液だったのだ。つまり武器での攻撃と同時に、その武器が溶けてしまい使い物にならなくなってしまうのだ。

 それどころか倒したと同時に爆発四散し、その体液──腐食液を周囲にばら撒くという最悪な能力をも有していた。故に最高戦力によるアイテム回収組こそなんとか対応出来たが、待機組の面々はリヴェリアの指示があってこそギリギリで持ち堪えてはいたが、それでも最悪の結果となってしまうには時間の問題だった。

 

 しかし、その地獄も長くは続かなかった。最高戦力であるフィン達が戻ってきたのである。

 そうして息を吹き返した《ロキ・ファミリア》の面々は、負傷者が多く出る激戦となりながらも、この謎の芋虫型モンスターを、確認した限りのものは全て討伐したのである。

 

 こうして異常事態は終わりを告げたかに思えた。皆の緊張の糸が解けたのは仕方のない事だろう。それほどの激戦だった。故に、まさか()()()()()()()が現れるなど誰も予期していなかったのだ。

 

 

 皆が安堵していたその時、巨大な怪物が突如出現。その見た目は先程の芋虫を巨大化し、更に醜悪さを増したような異形の存在。そのあまり異様さは、その場にいた全員の動きが一瞬止まってしまう程だった。

 そして真っ先に我に返ったフィンが、キャンプを破棄し即時撤退だと叫び、49階層へと続く場所に急げと皆に告げ、皆一目散にその場所へと目指した。

 

 しかしその巨大なモンスターは既に侵入者達の存在に気付いていたらしく、攻撃を開始。爆発するという特性の光る鱗粉の様な粉を撒き散らし、その威力に為す術もない状況であった。本来であれば──十全な状態であればまた話は変わっていただろう。しかし、もはや皆に戦える程の体力は無かったのだ。

 もちろん、最高戦力たる面々ならば話は別。彼らだけならば総力を以て迎撃したかもしれない。しかし今この場には、そういったもの以外の仲間達が大勢居た。戦う事など到底不可能である負傷者すらいる。つまりもしあの怪物と戦闘を行えば、大勢の死者が出る事は免れない。故に、撤退以外に道は無かったのである。

 

 しかし撤退も上手くいくのか、とフィンの脳裏を過ぎったその時、とある少女が討伐──殿を申し出たのだ。

 当然、団員のほとんどがその申し出に反発。彼女と同じ《Lv.5》の第一級冒険者、《凶狼(ヴァナルガンド)》の二つ名を持つ狼人(ウェアウルフ)の男性、ベート・ローガに至っては「女に尻を守られるなんざ冗談じゃねぇ!!」と怒りを露わにしていた。

 

 しかし、団長であるフィンは──その申し出を良しとした。しかし、一人でやる様に、と。

 その判断に異を唱えるものは少なくなかったが、彼は決して譲らず、また普段とは全く違う団長としての真剣な表情に、誰も何も反論出来なくなってしまったのだった。

 もちろん、この場にアイズの教育係でもあったリヴェリアが居ればまた少し話が変わったかもしれないが──彼女を頂点とした魔法部隊は、皆を逃がすためにあの巨大なモンスターの引き付け役に徹していたのだった。

 

 

 そうしてリヴェリア達魔法部隊に撤退の合図を送り、安全圏まで避難したフィン達は、アイズに向けその事を伝える信号弾を放ち──先程の討伐に至る、というわけである。

 

 

「──あぁぁ……あたしの『大双刃(ウルガ)』がぁぁ……もー!何なのアレ!?」

「アンタはまだいいでしょ。私なんてアレを大量に浴びてんのよ」

 

 

 アイズに抱き着く事に気が済んだのか、彼女から離れると、ふと何かを思い出したのか、落ち込みながら呟くアマゾネスの女性。どうやら自身の武器を、芋虫の腐食液でダメにしてしまったらしい。

 その少女の言葉に対し、聞き間違いではないだろうか?と思ってしまう返答をする、もう一人のアマゾネスの女性。その言葉に「いやそれは自分から行ったんじゃん……」と武器を失い、途方に暮れていたアマゾネスの女性が呆れた顔をしながら答えていた事から、どうやら信じ難いが本当の事のようである。

 そして実はこの二人、双子の姉妹なのだ。

 

 双子の姉にして、自ら腐食液に飛び込んだアマゾネスの女性の名はティオネ・ヒリュテ。《Lv.5》の第一級冒険者であり、《怒蛇(ヨルムガンド)》の二つ名を持つ。素晴らしいプロポーションを誇っており、自身もまたその体型に自信を持っている。そして彼女はとある人物……隠す事でも無いのだが、団長であるフィンに恋している。いや、そんな可愛らしいものではない。彼女はフィンという雄を狙うハンターなのだ。

 普段は冷静で落ち着きのある様子なのだが、それはあくまでも表面上。

 先程の芋虫型モンスターとの戦いにおいても見せたのだが、一度怒りのボルテージがある所までいくと、簡単にいうと理性が吹っ飛ぶのだ。それ故の二つ名という事である。

 ちなみに彼女の想い人であるフィンの事となると簡単に理性が吹っ飛ぶので、《ロキ・ファミリア》内、及びその実情を知る人物達からは要注意危険人物として認識されている。

 

 そして双子の妹であり、武器を失ったアマゾネスの女性。彼女の名はティオナ・ヒリュテ。《Lv.5》の第一級冒険者であり、《大切断(アマゾン)》の二つ名を持つ冒険者である。

 そして彼女は……その、何というか、非常にスレンダーな体型をしている。母性の表れともいえる女性特有の身体的特徴がその、何というか、非常に慎ましい。

 だが女性の魅力とはそれだけではない。彼女には彼女なりの素晴らしい魅力がある。その天真爛漫な性格、無邪気な笑顔、特筆すべき点は多くあるのだ。故に彼女に、胸部がおしとやかですね、などと言ってはならない。ティオネ程危険ではないが、彼女自身も気にしているのだろう。その事を笑い、地獄を見たものは少なからず存在するのだ。

 

 

「ちっ。言っとくがな、俺は守られたなんて思ってねぇからな!アイズ!」

 

 

 舌打ちをしながら苦々しい表情を見せるベート。その刺々しい言葉に、ヒリュテ姉妹が冷たい視線を送る。そのままティオナが突っかかるが、どうやらベートも退く気はないのだろう。そのまま口論をしている、のだが……どちらもボキャブラリーが乏しいのだろう。子供の口喧嘩の様な悪口の言い合いに発展していた。

 

 そんなベートとティオナの様子をアイズは無表情で見つめていたのだが、しかしどこか、微かではあるが動揺している様にも見えた。

 

 

「えーと、ほら!その、ティオナさんもベートさんも!ケンカは辞めましょ?ね?」

 

 

 その二人にあたふたとしながら近付いて行き、仲裁を試みるレフィーヤだったが、健闘虚しく失敗に終わっていた。

 ベートとティオナの口喧嘩はそのまま続いていたが、そもそも子供の口喧嘩の様だからなのか、それとも皆にとっては日常の一つなのか、あたふたするレフィーヤと若干動揺している様にも見えるアイズを除いて、皆はその光景を微笑ましく見守っていたのだった。

 

 

「全く。こんな時でも変わらないな……さて、皆。キャンプも壊滅してしまった事だし、地上へと戻ろう!残念ながら今回は未到達領域へと足を踏み入れる事は叶わなかったが、新たな発見はあった!次回に向けての確かな一歩には違いない!さぁ、ホームへ帰るよ!」

 

 

 フィンのその一言に、皆が声をあげる。先程までは口喧嘩をしていたベートとティオナも、いつの間にか喧嘩をやめ、団長である彼の話を聞いていた。もちろん、フィンが話している時に喧しくしていたなんて事があれば、とある恐ろしい女性に何をされるのかわからない、という事もあるのかもしれないのだが。

 

 そして彼の声により、皆が49階層へと続く道へと赴こうとした、その時だった。

 

 

「あらぁ?これ、どういう事ですぅ?……うーん。もしかしてですけど、アナタ方が倒しちゃったりしちゃった感じですかぁ?」

 

 

 皆が49階層へと続く道に進もうと前を向いていた時、背後から這い寄る様な、どこか甘ったるい、しかし背筋が凍る様なおぞましさを感じる声、口調。

 

 そして更に違和感を覚える面々。《深層》と呼ばれるこの地獄で、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「まさかとは思いますけど、本当に倒しちゃったんですか?だとしたらわたくし、びっくりし過ぎて銃を乱射(ブッパ)しちゃいそうです」

 

 

 何やら聞き慣れない単語を口にする背後のナニカ。そしてその声や口調は相変わらず、言い表せない程の嫌悪感を覚えるもの。

 そしてここにいる《ロキ・ファミリア》の全員が、実力の差に関わらずに理解した。してしまった。()()()()()()()()は敵だと。自分達と敵対するナニカだと。

 そして実力のあるもの達──最高戦力のもの達は、更に違うものを感じ取っていた。「アレとは戦ってはいけない」と。

 

 

「あらあら?シカトですかぁ?それとも聞こえてなかったり?それなら──」

「全員退けぇぇぇ!!!撤退だぁぁぁ!!!!」

 

 

 背後のナニカが喋り終わる前に、凄まじい絶叫をあげるフィン。その言葉を告げられた面々は、振り返る事なく駆けていく。

 そんなもの達の様子を、甘ったるい声の主はニタァ、と笑って見ていた。

 

 

「そうきますかぁ。でもせっかくですし、ちょっと遊びません?──吹っ飛びなさいませ」

 

 

 その瞬間、フィンの親指に今まで経験した事のない激痛が走った。疼きではない、痛みだ。

 過去にも痛みを感じた事はある。例えばオラリオ最強の冒険者と称される《猛者》と相対した時。その時も痛みを感じたし、その他にも経験はある。

 しかし、この痛みは間違いなく、過去最大のものだった。

 

 それは一瞬の出来事だった。背後に感じる、その甘い声とは全く異なる冷たい存在が「吹っ飛べ」と呟くと、フィン達の目の前にいた、逃げようとしていたもの達──もはや戦闘など困難であったものたちが、突然()()()()()()()()()()()()

 

 

「えっ?」

 

 

 フィンの隣にいたティオナが、その突然の出来事に呆然とする。何の前触れもなく、いきなり目の前で爆発したのだ。

 その突然の出来事に、皆が混乱する。ただ一人正気を保っていたフィンは、爆発に巻き込まれたもの達の状況を確認する。凄まじい爆発音だったのだが、威力自体はその音に比べ凄まじいものではなかったのだろう。全員、命に別状はない。

 しかしだからといって楽観視出来るものでは無い。命に別状がないだけで、被害は甚大である。爆発に巻き込まれたもの達は全員気を失っており、中には酷い火傷を負っているものも少なくない。

 

 

「あらっ?何人かは仕留められると思ったんですが、まさかまさか全員生き残っちゃってる感じですか!?はぁ……何というか、実にしぶといんですねぇ、アナタ方って」

 

 

 まさか全員存命するとは思っていなかったのか、驚いた様な声をあげる背後のナニカ。そしてその後、つまらなそうな声をあげる。

 未だに後ろを振り向く事が出来ないフィン。そしてそれは、他の面々も同じだった。同じ筈だった。

 

 

「てんめぇぇぇぇ!!!」

 

 

 もはや様々な事が重なり過ぎて、思考が追いつかなくなってしまっていたフィン達。しかし、たった一人だけそのものに立ち向かおうと声を荒らげるものがいた。

 そのものは、弱さを認めない。そのものは、弱いものを認めない。そのものは、弱いままのものを認めない。

 

 そのものは、弱いものが傷付く事を決して認めないのだ。

 

 

「やめろベート!!行くな!!!」

 

 

 フィンが動いたのも早かった。先程まではその類稀なる思考が鈍ってはいたが──ベートの叫びで我に返った、というのもあるかもしれないが、何にせよ彼は我に返ったのである。

 そしてあのナニカに立ち向かおうとするベートを止めようとした瞬間──耳を劈く様な凄まじい轟音と共に、咆哮をあげていたあの誇り高き狼人(ウェアウルフ)が血だらけで、地に伏していた。

 

 何が起こったのか、全くわからない。ただ理解出来るのは、とてつもない音がしたという事。

 

 誰よりも早くベートの元に駆け、その彼の状態を判断するリヴェリア。どうやら彼もまた命に別状はないのだが、しかし出血が酷い。どうやら両脚を()()()()()()()()との事だった。

 

 

「うーん。やっぱりアナタ方、中々の耐久性能があるんですねぇ。両脚を吹っ飛ばしたつもりだったんですけど、綺麗に残っちゃってますもんねぇ」

 

 

 やはりというべきか、ベートの脚を撃ち抜いたのはあのナニカだった。そのナニカが呟いた言葉は、どこか感心した様にも聞こえるものだったが、しかしその言葉からは酷くどろどろとした醜い悪意を感じる。

 

 そうして意を決したフィンがその声の主に視線を送ると、そこには人型の──到底モンスターとは呼べないナニカが立っていた。

 

 

「うふっ。ようやくわたくしを見てくださいましたね?ずぅっと無視されちゃってましたので、わたくし、少しばかり傷付いていたんですよ?」

 

 

 第一級冒険者であるベートを一瞬で倒したそのものは、妖艶な笑みを浮かべ、フィンに語りかける。

 その見た目の第一印象は、ただただ美しいというものだった。しかし、一般的な美しいとは異なるもの。この悪意を凝縮したような存在は、あまりの恐ろしさに息を飲む類の美しさなのだ。

 そして、獣人特有の獣耳、それと尻尾が生えている。やはりというか何というか、モンスターではなかったのだ。

 

 こちらに話しかけてきている以上、モンスターではない。それはわかりきった事だった。しかし背後から感じたあの冷たい悪意からは、とてもじゃないが同じ人だとは思えなかったのである。

 

 しかしやはり人、つまりは冒険者。こんな第一級冒険者が存在していたなど知らなかったが、ここ深層に来ている以上、生半可な実力ではないはず。更にどこかに仲間が潜伏しているという可能性が非常に高い。かのオラリオ最強ですら単独では49階層が最高記録なのだ。単独で来ているなど有り得ない。

 

 という事は、まだどこかに仲間がいるという事、とフィンは瞬時に思考した。

 

 

「君は一体……何者だい?僕達に何か恨みでもあるのかな?」

 

 

 即時撤退か。それとも会話を試み情報を引き出し、更にこちらが始動出来る時間を生み出すか。フィンに迫られたのはこの二択。

 しかし即時撤退するためには、動けない仲間を置いていく事が必須条件となる。もしこれが動けないものが一人や二人という状況ならば、やむを得ないとして非難を浴びるのを覚悟する判断を下したかもしれないが……現状、動けないどころか意識を失っているものの方が圧倒的に多いのだ。

 

 それに、僕は勇者だしね。と心の中で自嘲する。

 

 

「えっ?わたくしですか?そうですねぇ……アナタ方というか、人間は嫌いじゃないですよ?むしろ、そう、好きですわ、ヒト」

「それとわたくしが何者なのか、という質問に関してですが、ナ・イ・ショ、でごさいます。あんまりぺらぺら喋ったら怒られてしまいますので」

 

 

 こちらを小馬鹿にしたように感じるその態度に、フィンは嫌悪感の他にも不快感を募らせる。話してはみたものの、どうやらこの相手はこの様な腹の探り合いに慣れている様だ、と解釈するフィン。

 おそらくこのまま何を話しても、有益になる情報はない。ならば少しでも時間を稼がなければ──と思考していた、その時だった。

 

 

「もうよろしいですかぁ?わたくし、飽きちゃいました……あはっ」

 

 

 目の前の兎の様な耳をした女がつまらなそうに呟いたかと思うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()をどこからともなく出現させ、その筒をこちらに向けたと思った瞬間、轟音と共にフィンの腹部に激痛が走る。

 

 

「ぐっ……あ……?」

「フィン!!」

「団長!?」

 

 

 初めて経験する燃える様な激痛に、思わず蹲ってしまうフィン。そしてその元に駆け付けるリヴェリアとティオネ。

 どうやらベートの一時的な治療は終わったらしい。しかし未だに怪我のダメージが残っているのか、ベートは上手く動けずにいた。

 

 フィンはというと、すぐにリヴェリアが回復魔法をかけたおかげもあり、大事には至っていない。しかしその痛みの余韻が残っているのか、未だに蹲ったまま動く事が出来ないでいた。

 

 

「うふっ。うふふっ。愛らしい兎に狩られる気分はいかがですか?癖になってしまいますでしょう?」

 

 同じ人とは思えない程に、悪意に満ちた笑みを浮かべる兎耳の女。その言葉に憤怒したティオネが襲いかかろうとしたが、フィンが彼女の腕を掴み、その行動を制止する。

 

 

「──私が、行く……!!」

「──フィン!!何か策は無いのか!?」

「──今、考えてる所だよ……くそっ!」

 

 

「──はぁ。なーんかもう飽きちゃいました。ちょっとは楽しめましたけど、もういいです……では、チェックメイト」

 

 

 心底つまらない、という様な表情をした兎耳の女が、その冷たい銃口をフィンに向けたその時。

 

 

「……あらぁ?アナタ、何者です?」

 

 

 もう何度目かに聞く、耳を劈く轟音。もはやこれまでか、と皆の顔が険しくなる。

 しかし、フィンが撃ち抜かれる事はなかった。

 

 

「貴様に答える必要はないと思うが?」

 

 

 兎耳の女と自分達の前に立ち塞がる、漆黒の装いのもの。

 そしてそのものは、フィンやリヴェリア、ガレスがよく知っている姿のものだった。

 

 座り込んだままその漆黒のものに視線を送るフィン達。しかしそのものはその様な視線を気にしていないのか、「今の内に退避しろ」と告げるのみだった。

 その漆黒のものも《ロキ・ファミリア》の面々がここにいるのを知っていたのか、それとも知っていたからこそこうして救ったのかはわからないが、「やはり貴殿たちか」と呟く。

 リヴェリアは納得がいかないのか、そのものの事を『黒面』と呼び追求したが、黒面と呼ばれたものの返答は何とも濁したものだった。

 

 

「──ちょっと。あんまり無視しないで頂けます?いくら寛容なわたくしでも、そろそろバニーの尾がブチ切れちゃいますわよ?」

「意味不明だな。堪忍袋の緒ならわかるが、貴様の尾ならばいくらでも切ればいい」

 

 

 自分を無視して話をし始める黒面達に怒りを覚えたのか、先程の武器を出現させ、黒面の近くにいたリヴェリアの頭を撃ち抜かんとした兎耳の女。しかし、その攻撃が彼女を撃ち抜く事はなかった。黒面が片手で、その攻撃を受け止めたのである。

 リヴェリアは当初何が起きたのかわかっていなかったが、しかしどうやら黒面が自らを守ったらしい、という事を理解した。しかし既に、自身を守ったと思われる黒面と、自身を攻撃したと思われる兎耳の女が一触即発の雰囲気となってしまい、感謝するタイミングを逃してしまったのだった。

 

 

「……アナタ、本当に何者ですか?」

「何度も言うが、その質問に答える必要があるのか?」

 

 

 今までとは全く違う、兎耳の女の真剣な表情。武器を構えながら、その視線は黒面へと向けられていた。

 そしてその視線の先の相手、黒面は先程と同じ様な返答をする。その言葉からは、感情というものが感じ取れなかった。

 

 ぶつかり合う二人の視線。兎耳の女は視線の先の相手へと武器を構えているが、黒面は何も武器を所持していない。それどころか殺気すら感じ取れない様子だった。

 

 そうして少しの沈黙の後、先に口を開いたのは兎耳の女だった。

 

 

「はぁ。何だかしらけちゃいました。もういいです。私は()()()()ので、アナタ達もご自由にどうぞ」

 

 

 構えていた武器を下ろし──というよりもどこかへ()()()()、肩を竦める兎耳の女。その言葉に、フィン達は内心安堵してしまう。

 しかしその言葉を受けた主、黒面はその様には受け取っていなかった。

 

 

「ほう。逃がすと思っているのか?」

 

 

 相変わらず感情がわからない黒面。真っ黒な仮面で顔を覆っているため表情がわからないというのもあるが、その声にも感情が乗せられていないのだ。

 そしてその言葉の真意。あの兎耳の女は──いくらフィン達が既に疲弊し切っていたとはいえ、一方的に()()()()()()相手なのだ。そんな危険人物に対し、まだ終わっていないというのは……誰が見ても自殺行為そのものだった。

 

 黒面の実力は、この場にいるものはある程度理解している。姿を見た事がなくても黒面という名は知っているし、その偉業──というよりも何をしでかしたのかは知っている。故に、理解出来る。黒面では兎耳の女を倒す事など不可能だ、と。

 

 確かにこのものは凄まじい事をしでかした。だが、第一級冒険者程ではないだろう。確かに黒面は兎耳の女の謎の攻撃を受け止めていた様だが、ただそれだけだ。

 確かに凄まじい技量ではあるのかもしれない。しかし、黒面にフィンやアイズの様な実力があるとは思えない。

 

 何故こんな所にいるのかはわからないが、謎の多いあのファミリアの団長なのだ。もしかしたら知らなかっただけで、あのファミリアも遠征に来ていたのかもしれない。あの《ティアマト・ファミリア》ならば──不思議ではあるし理解に苦しむが──有り得ない、とは言い切れないのだ。

 

 しかし兎耳の女の返答は、フィン達が予想していたものとは全く異なるものだった。

 

 

「うふふっ。何となくですけど、()()()()()()()()()()()()()()、ですよね?」

 

 

 兎耳の女の言葉に、黒面以外の意識を失っていないもの達は耳を疑う。

 今、あの女はなんと言った?全快でなかったとはいえ、自分達《ロキ・ファミリア》の精鋭、それも最高戦力の面々を一方的に蹂躙したあの女が、黒面との戦いを選択にいれていない?逃げの一手の思考をしている? 

 

 皆一様に兎耳の女の返答に驚愕していたが、唯一フィンのみがそれとは別に──もちろんその事にも驚愕していたが──その他の事にも考えを巡らせていた。

 

 

「……消えると言うなら失せよ。私も暇ではないのでな」

 

 

 リヴェリア達やフィンが疑問を抱いていた兎耳の女の言葉に、黒面は意外な程あっさりと答える。それは見逃す、というものだった。

 まさかこんな簡単に見逃すとは思っていなかったのか、リヴェリアやフィオナが更に疑問を抱いた視線を黒面に送る。しかし当の本人は、そんな視線を全く気にしていない様子だった。

 

 

「言われなくてもそう致しますわ。それでは皆々様……もうお会いしたくない方が一人いらっしゃいますが、それでは()()()()()()()。御免遊ばせ」

 

 

 先程までの残虐な行いが嘘の様に、丁寧にこちらに向かってお辞儀をし、こちらに向かって──()()()()()()()()()()()()()後、その場から一瞬で消え去った兎耳の女。

 その瞬間、今の今まで張り詰めていた緊張の糸が解けたのか、黒面以外の全員が安堵の溜息を漏らす。

 

 

「私は退避しろ、と言ったはずだが?」

 

 

 横目で──実際には漆黒の仮面でわからないが、おそらくこちらに視線を向けているであろう黒面が、呆れたような声でフィン達に語りかける。

 今の今までこのものからは感情が見えなかっただけに、黒面にも人間らしい部分があるのだな、とリヴェリアは感じ、そして先程守ってくれた事への感謝を述べようとする。

 

 

「その、だな──」

「まぁいい。どうやら手酷くやられた様だが、貴殿達にはこのものたちを回復する手段があるのか?」

「へっ!?あっ、あぁ。それについては問題ない」

 

 

 リヴェリアが感謝しようと口を開けると、タイミング悪くその言葉を遮る黒面。自身の感謝の言葉とごっちゃになってしまったリヴェリアは、素っ頓狂な声を一瞬あげるが、その後すぐに問題ないと返答する。

 その普段の凜々とした物言いや振る舞いからは想像のつかないものだったのだが、その他の面々も満身創痍のためか、反応するものは誰一人としていなかった。

 

 

「ならば問題ないな。では、私はこれで失礼する」

 

 

 まるで事務確認の様に淡々と答える黒面。そうして去ろうとした黒面だったのだが、その腕を掴むものがいた。

 

 

「ちょっと待って、下さい」

「……私は暇ではないのだが」

 

 

 その腕を掴みながら、真剣な眼差しで漆黒の仮面を見つめるアイズ。黒面は先程の様に──否、先程よりも呆れた様子で答える。

 フィンも黒面に何か言いたげだったが、腹部に残る痛みが尋常なものではないのだろう。未だに座り込んだまま、動けずにいた。

 

 

「あの、あなた……強い、ですよね」

 

 

 真剣な眼差しのまま、黒面に問うアイズ。その光景を、レフィーヤは少し離れた場所で倒れたまま、ただ見つめる事しか出来なかった。

 先程の爆発に直接巻き込まれはしなかったが、その爆風で吹き飛ばされたのである。そうして意識を失っており、つい先程──丁度兎耳の女が消え去った所で意識を取り戻したのだった。

 

 しかしまだ身体は思い通りには動かず、身体中には鈍痛が走っている。視界も若干ぼやけてはいるが、アイズが黒い面で顔を覆った真っ黒なものの腕を掴みながら「あなたは強い」と言っているのははっきりと理解出来た。

 

 話は変わるが、アイズはレフィーヤの憧れである。もはや崇拝しているといっても過言ではない。その美しさ、強さ、在り方。アイズの全てが彼女にとって憧れなのだ。

 

 故にそんなアイズが──誰とも知らない謎の人物の腕を抱き締めながら、そんな事を口にしているなど、レフィーヤからすれば想像もつかない、そして認めたくない光景だったのだ。

 

 

「強い、か……何を以て強いと指すのかは人それぞれだろう。故に私は、己が強いなどとは言えん。君の言う『強い』と、私の思う『強い』は在り方が違うだろうしな」

「……?」

 

 

 アイズは黒面の答えがよくわからないのか、腕を抱き締めながら首を真横にこくん、と傾げる。その表情にも疑問の色が少し浮かんでいた。

 その様子をただ見ている事しか出来なかったレフィーヤも、黒面のその言葉の意味がよくわからなかった。アイズ・ヴァレンシュタインは強い。間違いなく強い。多分──いや絶対、真っ黒なあの謎の人物よりも強い。そう確信している。

 

 しかしレフィーヤにはそんな謎の人物の言葉が、何故か胸に刺さり続けているかの様な感覚を覚えるのだった。

 

 

「十人十色、というやつだ。アイズ」

「……??」

 

 

 二人の元に近付き、アイズの頭にぽんぽん、と優しく触れるリヴェリア。優しい微笑みをアイズに向けるが、当の本人はやはり理解出来ていないのか、再度首を傾げる。

 

 そんな中《ロキ・ファミリア》の面々──最高戦力と呼ぶべきもの達は動けるまでに回復してきたのか、続々と黒面とアイズ、リヴェリアの周りに集まる。

 しかし爆風に巻き込まれたもの達──気を失っているもの達は意識こそ取り戻したもののまだ動けず、レフィーヤもまた、その光景をただただ見つめる事しか出来なかった。

 

 

「いやぁ……本当に、助かったよ。黒面」

「団長ぉ!!無理してはダメです!さっ、私がおんぶ、もしくは抱っこ、あわよくばお姫様抱っこでも」

「うん、大丈夫だよティオネ。ありがとう」

 

 

 まだ痛みが残っているのか、腹部を擦りながら苦笑いをするフィン。そんな様子を見たティオネが──彼女も満身創痍の筈なのだが──何故か鼻息を荒くしながらフィンに迫ったのだが、先程と同じ様に苦笑いをしながら丁重に断る。

 その様子を見ていたティオナは呆れた笑いを浮かべ、ベートは心底興味無さそうな顔をしていた。

 

 

「いやぁ、全く本当になぁ。しっかし黒面とこんな所で出会うとは、しかもまさか助けられるとは思わんかったわい」

「ねー!あたしもびっくり!まさかあの黒面と会えるなんて……あのっ、握手してもらってもいい!?」

 

 

 腰が痛むのか、背中を擦るガレス。彼は事ある毎に「老人を労わらんか」とボヤくのだが、どうやら今回は本当にきつかった様だ。

 その言葉に便乗しながらひょこひょこと黒面に近付いたティオナは、黒面の答えも聞かずに、アイズが捕まえている腕とは反対の手を無理やり掴み取り、強引に握手を敢行していた。

 

 

「その、だな……私も、お前に──」

「もういいか?先も述べたが、私は暇ではなくてな。貴殿達も問題がないようだし、私はそろそろ失礼させてもらう」

 

 

 今度こそは、と周囲に便乗しつつ感謝の言葉を述べようとするリヴェリアだったが、普段誰かにこういった感謝の意を改めて伝える経験が少ないためなのか──ごにょごにょと言葉を詰まらせてる内に、またしても黒面本人に遮られてしまったのだった。

 

 

「本当なら君に聞きたい事が山の様にあるんだけど……でも、そうだね。僕達は君に救われた。つまり君は僕達《ロキ・ファミリア》の恩人というわけだ。そして僕達の恩人は先を急いでいる。ならば引き止めるなんて恩知らずもいい所だ。そんな真似は出来ないね」

「恩だなんだと感じる必要は一切ないが……だが、引き止めないというのは有難い。恩を感じるというならば、それでなかった事にしてほしい」

 

 

 本来のフィンであればこの様な異常事態、そして黒面という謎多き人物、何故このものが深層にいるのかなど、様々な理由を加味してそのまま見送る、などという決断はしなかっただろう。

 しかし、黒面は間違いなく己が率いるファミリアの恩人、それも大恩人である。だがそれだけではまだ引き止めたかもしれない。

 

 一番の理由はおそらく、()()()()()()()の団長だからだろう。下手につつけば蛇どころか鬼が現れるかもしれない。いや、それ以上も考えられる。故に、ここは黒面の言う通りに従うのが最善だと考えたのだった。

 

 

「いやっ!それで終わり、という訳にはいかないだろう!?しっかりと後日、改めて感謝の──」

「私自身が大丈夫だ、と言っているんだ。それにあの《ロキ・ファミリア》が個人に、それでなくても弱小ファミリアにその様な謝意を見せるなど、周囲から変に勘繰られるのが目に見えている。故に、その気持ちだけ受け取っておこう」

 

 

 ようやく「感謝」という言葉を告げる事が出来たリヴェリアだったが、その提案は呆気なく断られてしまう。しかし、黒面の言っている事が最もだと理解出来てしまい、それ以上は唸るだけで何も言えなくなってしまう。

 

 

「ではそろそろ失礼する。貴殿達なら問題ないだろうが、道中の安全を祈っていよう」

 

 

 ずっと黒面の腕にしがみついていたアイズだったが、いとも簡単にすり抜けられてしまい、その現実に更に驚愕するアイズ。周りの皆は疲れからか、それともアイズが本気でしがみついていたとは思っていなかったのか、特に反応はしなかったのだが、彼女は本気で──《Lv.5》の第一級冒険者、《剣姫》の全力を以てその腕を掴んでいたのだ。

 

 もちろん疲弊はしている。しかし、今込めていた力は間違いなく全力だった。もちろんこの人ならば大丈夫だろうとしての全力だったのだが、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()時点で驚いていたのだ。それがまさかこんなにもあっさりと抜けられるなどと。

 

 そうしてまた黒面を引き止めようとしたのだが──リヴェリアに「しつこいぞ、アイズ」と頭を叩かれ、その行動を制止させられてしまったのだった。

 

 

「──いやぁ。本当に居たんだねぇ、黒面!」

「そりゃ居るでしょ。まぁ流石に私もちょっとはびっくりしたけど」

「はん!あんなもん別に大した事ねぇだろうがよ」

「吠えるな吠えるな。小さく見えるぞい、ベート」

「うー……」

「まだ不貞腐れてるのか?アイズ。仕方ないだろう」

「ははは……皆元気だね……ははは……」

 

 

 その光景を、レフィーヤはただただ見つめる事しか出来なかった。

 あの人(アイズさん)に追い付きたい、あの人(アイズさん)の隣に立ちたい、あの人(アイズさん)の力になりたい。

 あの人(アイズ・ヴァレンシュタイン)の強さに、ただただ焦がれる。私はあの人に、認められたいんだ。

 

 なのに。悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて、涙が溢れるのを止める事が出来ない。

 

 私には何も出来なかった。私は結局、始まりから終わりまでずっと眠りこけていただけだった。憧れの人の力になるどころか、ずっと足を引っ張っていた。

 

 私は、もうこんな思いはしたくない。

 あの人物が言っていた強さはわからないけれど……でも私は、あの人(アイズさん)に守られるだけの存在なのは、もう嫌なんだ。

 

 

 レフィーヤ・ウィリディス。《Lv.3》の第二級冒険者にして、《千の妖精(サウザンド・エルフ)》の二つ名を持つエルフの少女。

 彼女は誓う、この光景を胸に。彼女は誓う、この痛みを胸に。

 

 もう絶対にこんな思いをするものかと、あの人(アイズ)に誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──さて!今日も張り切って行こっか!」

 

 

 ダンジョンの上層も上層、その場所で元気な声をあげる少女、リツカ。

 二人での連携も慣れてきたのか、声をかけられた少年──ベルも笑顔でその言葉に答える。

 

 

「うん!今日も一生懸命頑張ろうね、リツカ!」

 

 






どうも作者です。
第七話、あのお方が登場しました。個人的に大好きなお方です。
「ん?これどうなっとるんや?」と思う方も多いかもしれません。これはですね、そうなってるんです。ごめんなさい調子に乗りました。
その辺の事は少しずつわかってきます。そういった意味でも楽しんで頂けたら嬉しいです。

では今回はこの辺で!また次回にお会いしましょう!

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