少し眠気の残る目覚めに苛まれながら、俺はベッドから身を起こした。
「うう……」
隣にはルドルフが寝ている。俺は寝ぼけていてルドルフに異常な愛情を感じてしまう、そしてそのままルドルフの上に覆い被さる。体を密着させてルドルフを感じていると、ルドルフも目を覚ました。
「な、なんだ?今日は随分と積極的だねトレーナー君」
「……はっ!?こっ、これは違うんだ!ちょっと寝惚けてて……!」
俺は慌ててルドルフから離れる。やばい、何やってんだよ俺……。
「まあ良いよ、君ならいつでも歓迎するからね?」
「いや……流石にそういう訳にもいかないというか……」
「もし君が未成年である私に手を出したなら、君の職を奪ってペットとして飼ってあげるよ」
「ちょっとその待遇について詳しく!」
「ちょっとした脅しを入れたつもりだったんだが……」
「ほら、ペットってあれでしょ?働かなくても飯が出るってやつでしょ?そんな美味しい話があるわけないじゃないですか!」
「君はそう易々と人権を手放すような人ではないと思っていたのだが……」
ルドルフは少し呆れながらも笑っていた。俺達二人はこうして笑い合える仲になっているのだ。
そしてこの関係になってもう3年になるのか。最初はこんな関係になるとは思っていなかったし、ましてやウマ娘とトレーナーなんて立場になる日が来るとは思ってもいなかったけど、こうなって良かったと思ってしまう自分がいる。
「ところで今日はよく眠れたかい?」
「ああ、眠剤のおかげである程度はな」
「それじゃあこれからは朝のトレーニングも見てくれるんだね?」
「うん、そうだね」
俺は今まで10~12時間睡眠だったのを眠剤のおかげで7~8時間にまで抑えることが出来たのだ。そして起きたのは朝6時、朝食を取っても学園が始業するまでにはまだ時間がある、つまり朝のトレーニングが見れる訳だ。
「睡眠時間も減ったことだしこれからはルドルフとの同衾はなしということで」
「そっ……それは困る!折角安眠出来る場所を手に入れたというのに……」
「なんだよ、素直にそう言えばいいじゃないか」
どうせまた冗談半分なんだろうと思ったその時。
ガバッ 急にルドルフが布団を被って抱き着いてきたのだ。
「ちょ、おまっ……」
「ダメなのかい……?これでも私は君の事を慕っているつもりなのだが……」
ルドルフの目には涙を浮かべていた。だが俺は構わず文句を言う。
「そもそも俺が一人で寝ているのが可哀想だのと、上から来るじゃないか。それで添い寝してやると言って結局自分が一緒に眠りたいだけなんじゃないのか?」
俺の反撃に一瞬怯むルドルフだったがすぐに開き直り言い返す。
「確かにそれもそうだが、今はそれ以上に強い気持ちがあってね。君を抱きしめていないと眠れないというのが一番大きいんだ。それと、トレーナー君だって私が抱きしめるとよく眠るだろう?」
ぐぬぬ……!まさかここで言い返されるとは……!だけどこれで俺の言うことを聞かない理由にもなる筈だ。それにしても本当にこいつはずるいな……。泣き落としで誤魔化せると思ってるところとか、普段しっかりしている分ギャップで余計ズルく見えるところとか。
しかしそれでも折れては駄目だ、これは彼女にとって大事なことでもある。
「俺だって寝付きが悪いから薬を使って無理やり眠らせてるだけだし、お前の言うように抱きしめてるからといってすぐ寝付けるとは限らないぞ?」
「ほう、では私の腕の中で寝る時の感想を聞かせてもらおうか?」
「ぐぅ……」
こうなったら俺も覚悟を決めなければならないようだ。俺だって本当はルドルフと一緒に居たいという本心があるから。
「柔らかくて、寝心地が良くて、安心出来る。そんな夢みたいな時間を手放したくないのが建前だ」
「それで本音は?」
「依存性が高くて危険です」
「ふふっ、君はやはり面白いね。ならば尚更やめるつもりは無いよ。だから、私を受け入れてくれたまえ」
そう言って彼女は微笑んだ。その笑顔は反則級だ。この女、俺を堕とす為にワザとしてやがる……!だが俺は負けない!俺はトレーナーなんだ。担当バの幸せを第一に考えなければいけない立場にいるんだ。
俺がそんな決意を固めていると、ルドルフは俺の首筋を舐めてくる。こいつ絶対確信犯だろ!? そんなこんなで朝っぱらから一悶着ありながらも俺はルドルフと共に朝の支度を始めた。
放課後の生徒会室にて、俺はノートパソコンを持って部屋に入った。
「何もかも〜、置き去りに、思い描いたそーのーさーきへー♪」ガチャ
「歌を歌いながら生徒会室に入る癖は変わらないねトレーナー君、そんなに音楽が好きなのかい?まあ、君の声なら聞いていて不快にはならないけど」
俺達はいつものように二人で話していた。
「いや別に好きって程じゃないよ、単に中学生の頃に吹奏楽やってたからね」
俺は中学時代はずっとトランペットをやっていたのだ。
「吹奏楽部だったのか。意外にも真面目な趣味を持っていたんだね」
「おいおい、失礼だなお前は……」
するとルドルフは何やら意味深げに呟いた。
「そういえばトレーナー君の口から過去の話はほとんど聞いた事が無いような気がする。あまり聞かれたくないのかもしれないし無理に聞く気は無かったが……」
ルドルフが珍しく俺のプライベートに触れようとしている、だが俺には後ろめたい過去がいくつもありすぎてルドルフには殆ど話していない。
だが、ルドルフは何かしら思うところがあったらしく少し悲しそうな顔をしていた。その様子に少し胸が痛くなる。俺は意を決して口を開いた。
「そうだね、小学生の頃には親が捕まって俺がどっかに連れていかれたりとか、中学生の頃にコンクールを遅刻欠席したのを境に学校をサボったりとか、高校の頃にもコンクールをバックれたりとかしたんだよね」
「いやそれ結構な重罪なのではないか?」
「そうかもね、俺もこんな事になるなんて思わなかった。人生何が起こるか分からないものだね」
俺は苦笑いしながら言うが、それでもルドルフはどこか寂しそうな表情をしていた。
「私はもっと君を知りたい、君が何を考えているのか、どんな想いを抱えているのか」
「ルドルフ……そういうのはタキオンに依頼するんだな。あいつの方がそういうのは得意だと思うぞ」
「確かに彼女の能力は素晴らしい、私なんかより遥かにな。だが、私は君から聞きたいんだよ。君が過去に経験してきた事を」
正直言うと俺は自分の事をそこまで話す必要を感じていなかった。それは自分から傷口に塩を塗るような行為だったからだ。
「次言ったらお前の口を縫い合わす」
「真顔で怖い事を言わないでくれ……」
ルドルフはそう言いつつも、別に俺は何とも思ってはいないがルドルフの反応を見る限り相当トラウマになっているみたいだ。これ以上俺が軽率に発言すればどうなるか分からん。だがそこでルドルフは一番大事な事を言ってきた。
「そもそも今日は何しに来たのかな?」
「ん?仕事!」
「それはつまり私の仕事を手伝ってくれると言うのかい?いやぁ、助かるよトレーナー君、君がいてくれればこの学園も安泰だね、これからもよろしく頼むよ?」
「いや違うよ?トレーナー業務の事だよ?」
俺の一言にルドルフの顔色がどんどん曇っていく。あれ、俺変なこと言ったか?でもここで折れてはいけない。これはあくまでルドルフの為でもあるのだから。
結局、その後説得の末渋々了承を得た。ルドルフ曰く「君は私にとって唯一無二の存在だ、それをないがしろにする訳にはいかない」
だそうだ。よく分かってるじゃないか、偉いな。俺の担当バは世界一良い子である。
そして二人で作業を始めて暫く経つと、ルドルフの方から話題を振られた。
「ところで君と理事長代理の関係はどういうものなんだい?」
「恋人♪」
「……(怒)」
「待て待て待て!冗談だからそのノートパソコンを投げようとしないで!?」
俺の返答に対して彼女は俺にノートパソコンを投げつけようとする。危なかった……。あともう少し遅れていたら俺の顔面が大惨事になるところだったぜ……。
「君は私を弄んでいるのかい?」
「うん♪」
「では罰を与えても文句はないね?」
「ごめんなさい許して下さいなんでもしますから」
「ん?今、なんでもすると言ったね?」
「は?そんなこと言ってないが……」
「トレーナー君、いつも天邪鬼のような事を言うのをやめないか?私に嘘をつく必要はないんだ、素直に私を愛していると言えばいいのさ」
ルドルフはドヤ顔をしながら俺に詰め寄ってくる。だが俺は動じない、俺はこの手の対応策を知っているのだ。
「素直に私を愛しています」
「それではただのナルシストではないか!それに、その言い方だと私がいつも素直じゃないと言っているようなものでは無いか!心外だな全く……私は君にはいつも素直だというのに」
はい、ルドルフさんが可愛いというお知らせはここまでです。皆さんありがとうございます。
そんな風に和気あいあいと話していると午後トレーニングの時間になった。
「今日はこれで切り上げようか、あまり根を詰め過ぎると効率が悪いからね」
「じゃあ俺は根詰めとくよ、みんなのことは頼んだよ……」
「本当に私の話を聞いているのかい?はあ、仕方がない。早く終わらせて帰るんだよ?」
「はいはい」
俺は適当な返事をしてノートパソコンに向かう。実はこの時に仕事を切り上げておいた方が良かったと後に後悔することになるとは知らずに。