僕は主人公になりたい ――最強の歯車・只野義人――   作:下等妙人

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第二章 Extrem Dream 5

 午前七時三〇分。

 汗を流した後、義人は朝餉の用意を始めたわけだが。

 

「じゃあ、天馬はトマト切って。僕は味噌汁温めるから」

「おう! 任せとけ!」

 

 調理の途中、二人がやって来た。で、栗髪の少年が手伝いを申し込んできたのである。

 

 ちなみに香澄はシャワー中だ。

 それも、義人の部屋のバスルームで。

 

 不運にも天馬が汗を流した直後、故障してしまったらしい。

 どうにも信じがたい事故だが、こちらに不都合はないので快くバスルームを貸した。

 

 少女が湯を浴びる中、男二人はせっせと朝を準備する。

 しかし――

 

「あの、天馬? 大丈夫? 包丁持つ手が震えてるけど」

「も、問題ねぇよ。はははははは……」

 

 口は笑っているが目が笑っていない。

 そんな彼の傍に、真紅の狼が顕現する。

 

「お前昔っから刃物恐怖症だもんなー」

「……武装が刀なのに刃物恐怖症って、どういうことなの? まぁそれは置いといて……そういうことなら早く言ってよ。それは僕がやるからさ、天馬はレタスちぎって」

「あ、あぁ。悪いな」

 

 どうやら刃物恐怖症というのは本当のようだ。この短時間で顔が真っ青になっている。

 

 その後もしばらく天馬の震えは止まらなかったが、朝食作りは支障なく完了した。

 

 それと時同じくして。

 

「やはり走った後のシャワーは格別だな。汗と共に疲労が落ちていく感覚がたまらん」

 

 キッチンルームに香澄の声が響いた。

 

「あ、ちょうどよかった。朝食できたよ、白柳さ――」

 

 彼女の方を向いた途端、義人は石化した。

 その原因は、香澄の格好である。

 

 黒髪の少女が纏うは、タオル一枚のみ。布で全身をくるんだだけの姿を晒していた。

 

 当然、露出度は高い。

 湯上り後特有の桃色な肌も魅力的だが、首元、鎖骨、その下にある乳肉は、もはや劇物も同然だった。そこへさらに生足まで加わるのだからたまらない。

 

『なんですかあのビッチ。乳と足見せれば男が落とせるとでも思ってるんでしょうか』

「し、白柳さん! な、なな、なんて格好してんの!?」

 

 彼女とは別方向を向きながら、言葉を放つ。

 それに対し、香澄は堂々と答えた。

 

「まるで私が破廉恥であるかのような言い草だな。この姿こそ風呂上がりにおける究極の形だ。いいか義人、湯ざめを感じるまで人は服など着るべきではないのだよ」

 

 泰然自若な構えを崩さない彼女は男以上に男らしかった。

 そんな少女のすぐ傍にユキヒメが顕現する。

 

「くふふふ。義人の言も無理はなかろうよ。ヌシの半裸は世の男共にとって毒も同然だ。素肌を晒すのはもっと親密な関係を築いてからにせよ」

「そ、そそそ、その通りだよ! ふ、服を着て! お願い!」

「むぅ……了解した」

 

 納得いかん、といった心情が駄々漏れな声を返してから数分後、彼女は義人達と同じく、制服を纏ってキッチンへと再来した。

 で、それから食事。

 

「まっさか、香澄がいつも通りに振舞うとは思わなかったなぁ。お前、オレの前以外であぁいうことすんなよ、マジで」

「私が間違いを犯したかのような言い草だな? 半裸を晒して一体何が悪いというのだ。そもそも人間というのは皆裸体を晒して生まれてくるものだ。ゆえに――」

「あぁもう、その話は耳タコだっつーの!」

 

 賑やかな食卓。それは義人にとって夢そのものだった。

 それが叶ったことで、彼は内心感極まっている。

 だからか、言葉が出てこない。

 しかし――

 

 嬉しいはずなのに、心がまっ黒に染まっていく。

 

 全部、あいつのせいだ。

 

   ◆◇◆

 

 ベヒモス発生当初、カラーズは人権をはく奪されたも同然の扱いを受けていた。

 強制的に組織へ入属させられ、学生は退学、社会人は解雇。そうして地獄のような訓練を積んで、泣こうが喚こうがベヒモスとの戦いに投入される。

 

 だが、それは過去の話。

 組織は長い間自衛隊と提携し、戦う覚悟のある者に下位ベヒモスを倒させカラーズ化、といったことを積み重ね、必要十分な人員を確保した。

 それにより、二〇二〇年においてカラーズ達は一般人と同様の生活を許されている。

 

 といっても、カラーズ・ネストへの入属は依然として“ほぼ”強制的だ。

 それをしない場合、一般社会で生きていられる代わり、厳しい監視生活を送らねばならない。

 

 組織に属した場合、能力によって複数存在する部門のうちいずれかに配属される。

 例えば義人達のような戦闘向けの能力を持つ場合は実動部隊に配属され、最低限の訓練を受けさせられる。

 

 ただし義務はそれだけで、実戦はあくまでも志願制となっており、全員強制的に戦わされるといったことはない。

 

 そして青少年カラーズ保護法の制定により、〇~一八歳のカラーズ達は誰もが教育を受ける義務を負うようになった。

 そのため若年で組織に入った者は、職務を理由にした退学を認められない。また組織側も最低限高等学校の卒業を推奨している。

 

 よって若いカラーズは学生生活を送りながら最低限の訓練義務を全うしていることとなり、実戦参加希望者についてはそこからさらに演習訓練参加及び様々な命令への服従を義務付けられる。

 

 といった事情があって、義人もまた普段は学生として生活しなければならない。

 

 

 さて、現在時刻午前一〇時五〇分。授業は体育。

 

 体育館に歓声が響き渡る。

 それを受けるのは、当然神代天馬だ。

 

 授業内容は男女混合でバスケ。

 サッカーと並ぶ人気スポーツである。それで大活躍しているのだから、野太い声も黄色い声も飛んで当たり前だ。

 

 同僚となった彼を、義人は控えチームの一員として、コート外から見つめていた。

 

 その脳内に、登校前彼から言われた台詞が蘇る。

 

“学校では今まで通りにしてようぜ。いきなり仲良く接してたら皆混乱しちまうからさ”

 

 その提案は納得できるものだった。だから受け入れたものの――

 天馬がそれを言ったということが、どうにも気に食わない。

 

「試合終了。じゃ、負けたチームは控えチームと交代だ」

 

 教師の言葉に従い、敗者達がコート外へ。義人が属するチームがコート内へ。

 

 そうして、義人は天馬と対峙した。が、決め事を守り、互いに関与しない。

 とはいえ、ゲームで勝負することはできる。

 

 だったら十分だ。

 

『ボールから嫌われているとしか思えないようなあなたに、ボールは友達を地でいく糞色頭に勝てますかねぇ』

 

 そう、義人にとってボールは敵だ。

 彼の場合身体機能ならば天馬に負けていない。だが、致命的にボールの扱いが下手なのだ。

 

『あなたオフサイドトラップにすらなれませんもの。存在価値ゼロですもの』

 ――うるさいな! 黙って見てろ、この平面体型!

 

 相棒を罵ったと同時に、ゲーム開始の笛が鳴る。

 

 ボールは向こう側が先制。そしてすぐさま天馬のもとへパスが回り、彼が俊敏に駆け抜ける。

 

 カラーズは一部の状況を除けば異能の使用を法で禁止されているので、こういった場面で力は使えない。

 だがそれでも、彼の動作は素人のそれとは思えないものだった。

 

 されど、追いつけないようなレベルではない。

 義人もまた疾駆し、すぐさま天馬の真ん前に陣取った。

 

 コンタクト。

 

 普通なら、彼に抜かれて終わり。

 しかし、今回は違った。

 

 抜けようとする栗髪の少年。その動作は相当素早い。

 が、義人には不思議とその動きがスローに感じられた。

 

 となれば、ボールを奪うことなど造作もない。

 天馬の口から小さな吃驚(きっきょう)が漏れる。だがそれは義人も同じ。まさか実際にボールを奪取できるとは思わなかったし――

 

 五歩以上ドリブルが続くというのも、予想外の出来事だった。

 

 以前までは勝手に側面へ逃げていく球体が、吸い寄せられるように手元へ移動し続ける。

 

 その帰結として、少年はド派手なダンクシュートを決めた。

 

 静寂が広がる。

 敬愛する二次元であれば、ここから主人公への喝采が起こるものだが、現実は厳しかった。

 誰もが一言すら発することなく、ゲームが続行される。

 

 ただ、天馬のみ視線という形で反応をよこした。

 

“力使うなよ。犯罪だぜ?”

 

 といういわれのない非難が、目から伝わってくる。

 これにはさすがに不快を感じずにはいられず、義人は眉根を寄せながら

 

 “力なんか使ってないよ”

 

 という返答を濁った瞳に宿し、睨み返す。

 

 結局、試合は義人側が勝利した。

 彼一人でトリプルスコアをつける圧勝という形で。

 

 さりとて彼に賞賛は何一つとしてなかった。むしろ大半の者は無言で怒りを示している。

 

 それはまるで、主人公の物語を壊した罪を問うかの如く。

 

 当人としても、この活躍は褒められるようなものでないことは理解している。

 何せ、先刻のプレイは努力して勝ち取った実力によるものではない。なんらかのチートによって生まれたパフォーマンスだ。

 

 ――僕の力は、オートで発動するのか……? だったらもう、自分の実力なんかどこにもないじゃないか。

 

 生まれて初めて、球技で活躍できた。それなのに、得られたものは虚しさだけ。

 

 と、そう思った矢先、ほんの僅かだが、救いが訪れた。

 

 ふと女子側のコートを見やる。と、香澄がこちらを見ていて、目が合った。

 その瞬間、彼女が微笑む。

 まるで義人を褒めるかのように。

 

 闇一色に染まる寸前、一筋の光が差し込む。それに感謝しながら、少年は笑い返した。

 

 ――白柳さん……ありがとう。

 

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