僕は主人公になりたい ――最強の歯車・只野義人――   作:下等妙人

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第一章 Round ZERO 1

 五月二日。午前八時一五分。風見学園普通科二年三組。

 

 HRまで後少しだというのに、教室内は潮騒のようなざわめきでごった返していた。

 

 皆、数人のグループを作って楽しそうに談笑している。それをしないのはよほどの根暗ぐらいなもの。

 そういった人間はこのクラスにもいる。さりとて、そうでないにも関わらず周囲に人が一人もいない者もいた。

 

 窓際最後列の席。

 そこに座る少年、只野義人(ただのよしと)の周りに人はいない。

 そう、誰一人として、である。

 

 皆彼をいない者として扱っているのだ。

 さらには“いなくなってほしい者”とも思っている。

 それを理解しているため、彼は何もできなかった。

 

 本当は、何をしてでも皆と仲良くなりたいのに。

 

 その気持ちを押し殺して、本日も義人は一人寂しく漫画を読む。内心、なぜこのようなことになったのだろうと考えながら。

 

 我が身にその要因はない。少なくとも外見上――一部を除く――は。

 

 顔つきは幼さが目立ち、男らしさは皆無。

 また、背丈についても一七〇センチと平均的で、威圧感などは与えていないはずだ。

 服装もしっかりと制服を着て真面目さをアピールしているし、“腕時計型警報機”だって皆と同じように身に着けている。

 

 ならば何が悪いかと言えば、神様が悪い。

 後、“とある身体的特徴”。

 

 自分に最悪な不幸属性を持たせた神を呪いながら、義人は時間を過ごす。

 そして。

 

 その心が晴れやかとなる瞬間が訪れた。

 

「あ、来た来た。皆、白柳さんが来たぞ」

 

 男子生徒の弾んだ声を受けて、室内の生徒全員がドアへと視線を向けた。

 そのすぐ後。

 

「お前達、いい加減一斉に目を向けるのはやめてくれんか。私とて恥じらいはあるのだぞ。まぁそれはさて置き、皆おはよう」

 

 涼やかな美声が、室内に響き渡る。

 途端、義人の口元が持ち上がった。

 

 彼の思い人、白柳香澄(しらやなぎかすみ)は今日も燦然たる美貌を誇っている。

 

 身長一六八センチ。

 黒タイツに包まれたスラリと長い足。

 キュッと引き締まったウエストに、制服の上からでも膨らみの大きさが分かる見事なバスト。

 

 女として完璧な肉体の上には、これまた完璧な顔があった。

 腰まで伸びた漆黒の艶髪。

 白磁のような肌には、涼やかな切れ長の瞳とぷっくりとしたピンクの唇が描かれている。

 

 しかしその美貌以上に目を引くのは、左手の甲。そこにある時計のような、メーターのような刻印。

 

 それは“選ばれし者達”の中でもさらに“特別な存在”であることの証だ。

 

 彼女の登場が、男子達のテンションを鰻登りにさせた。

 義人もまたその中に混じって、

 

 ――あぁ、白柳さんは今日も綺麗だなぁ。

 

 香澄の美しさに見惚れ、眩しそうに目を細める。

 絶賛片思い中の、まるでヒロインのような彼女。それを目にしたことで、少年の心は清流の如く澄み渡る。

 

 が、彼女を“独占”する“彼”の登場によって、美しい川は瞬時に汚濁した。

 

「おーっす! おはよう、皆!」

 

 男性らしさを感じさせないクリアな声を響かせながら、彼はクラス内へと入る。

 それと同時に、生徒達のボルテージは最高潮に到達した。

 

「おっ、来たかスーパースター」

「昨日も圧勝だったよなー」

「やっぱ天馬が俺TUEEEEやってる姿は画になるよ。めっちゃかっこよかったわ」

「ははっ、あったりまえだろー? なんたってオレはヒーローだからな!」

 

 クラスメイト達は彼を英雄と称え、本人もそれを否定しない。

 

 誰もが認める学園の人気者。

 それが彼――神代天馬(かみしろてんま)なのだ。

 

 かの美少年を一言で表すなら、“主人公”の三文字で事足りる。

 

 学園中の生徒だけでなく、教師陣からも慕われる程の人徳。

 スポーツ万能の身体能力。

 絶世の美貌を持つ白柳香澄というヒロインを所持。

 背は義人より三センチ大きい一七三。均整のとれた完璧なスタイル。

 

 そのうえ容姿まで超美形だ。

 さらさらとした栗色の髪と、長身の美少女にも見える中性的な美貌。

 

 そしてその左手には香澄と同じく、特別の中の特別である証が刻まれている。

 

 どこからどう見ても主人公。しかもハーレムタイプ。

 義人はそんな神代天馬を見て、

 

「……チッ」

 

 己が抱える闇を、現実へと露出させた。

 

 しかしそんな少年をよそに、クラス内の盛り上がりはどんどん高まる一方だ。

 

「俺も“カラーズ”になれたらなー」

「お前みてーに“ベヒモス”共をバッタバッタと倒してみてぇわ、マジで」

「んー……オレみたいになっても得なんかなんもねぇよ?」

「おいおい何言ってんだ、この野郎。お前になれたら得しかしねぇだろ」

 

 男子達が天馬に群がり、笑顔を見せる。

 女子達はそれを遠目で見ながら、口々に呟く。

 

「神代君、今日もステキねぇ……」

「あーあ、白柳さんがいなければなぁー」

 

 室内はいつものように和気藹々としたムードに包まれ、生徒達は皆二人に夢中だった。

 

 ただ一人の歯車(モブキャラ)を除いて――

 

   ◆◇◆

 

“奴等”が現れてから人類の科学力は飛躍的に進歩した。が、そうであっても、学校の授業は依然としてステレオタイプなままだ。

 

 一限目は現国。

 もはや指導というより催眠術に等しいこの授業を、義人は誰よりも真面目に受けていた。

 

 教師の言葉に全神経を集中させ、ノートを完璧に作り込む。

 家に帰ったならこのノートをもとに復習をする……のだが、最近モチベーションが落ちてきた。

 

 ――普通さぁ、ここまで頑張ったら最低でも九〇点は取れるもんだよねぇ……。なのに僕、今まで七〇点以上行ったことないんだけど。山は外れるわ、大事な部分ド忘れするわでいっつも散々な結果なんだけど。そのせいで成績優秀者として皆に一目置かれるっていう僕の目標がいつまで経っても達成できないんだけど、ねぇ、聞いてる? 聞いてるよね、神様? ……まぁ、例え全教科満点取ろうが皆の誤解は解けないんだろうけどさ。

 

 諦念が生み出すドロドロとした感情を神にぶつけながら、それでもなお、少年は筆を止めなかった。

 

 この程度の努力なら呼吸も同然に行える。けれど、ここまで必死こいてるのに結果が出ないもんだから、どうしても奴に不快感を覚えてしまう。

 

 ノート作りが一段落着いた頃、現役主人公たる天馬を見た。

 前方の座席で気怠そうに頬杖をついている。その不真面目な姿には、苛つかざるを得ない。

 

 ――主人公ってのは凄いよねぇ。あれで僕よりいい点数取るんだらさぁぁぁ……! まぁそれも当然かー。身近に勉強教えてくれるヒロインがいるもんなー。し! か! も! 四六時中ッ! ……あいつは白柳さんと同棲してるんだから、きっといつだって勉強教えてくれるんだろうねぇ羨ましい。あいつの食べる弁当に青酸カリ混入しないかなぁ。

 

 二人が共に過ごす姿を想像したことで、黒々とした感情が渦を巻き始める。

 

 しかしその怨念を表に出すようなことはしない。せいぜい半目状の瞳が凄まじい目力を発揮して真ん丸に見開かれる程度。

 これぐらいなら“信条違反”にはならないはずだ。

 

 教師ではなくクラスメイトにストレスを感じる時間。それが義人にとっての授業である。

 その風景はまさに平常運転。

 そして――

 

 次の瞬間起きたことも、全く以て日常的なものだ。

 

 突如アラーム音が鳴り響く。

 それも一つや二つではない。教室内、いや、学校内全体に、その音は反響している。

 それの発生源は、皆が装着している腕時計型警報機だ。

 

 誰もがそれを見やり、行動方針を確認する。

 機器の“発光色”は“青”。

 これは一キロ~三キロ圏内の出現を示しており、この場合避難の必要はない。そのためか生徒及び教師はほっと息を撫で下ろした。

 それと同時に。

 

 prrrrrという、携帯の着信音に似た無機質な音が響く。

 

 それは香澄の鞄から発せられていた。

 彼女は即座に音の発生源を取り出す。

 掌に収まるサイズの通信機。“カラーズ・ネスト”の職員なら誰しもが持つ、必携アイテムである。

 

 生徒達が固唾を飲んで見守る中、香澄は通信機を通話モードに切り替えた。

 

「……了解。行くぞ天馬、出撃だ」

「おう!」

 

 肩を叩かれた直後、待ってましたと言わんばかりにヒーローが立ち上がる。

 瞬間、静粛を保っていた生徒達が騒ぎ始めた。

 

「まーたベヒモス共が出やがったか」

「でもまぁ、出る場所が悪かったよなー」

「一応言っとくけど、死ぬんじゃねぇぞ。生きて帰ってこい」

「誰も天馬の心配はしてねーだろ。あ、白柳さんはマジで無理しないでね。玉のような肌に傷が付いたらファンクラブ全員泣くから」

 

 生徒達は好き勝手に喋り二人を励ます。

 さらに、教師までその流れに便乗した。

 

「行って来なさい、二人とも。皆、お前達の帰りを待ってるからな」

「おう! すぐ帰ってくるから皆待ってろよ!」

「皆ありがとう。だが案ずる必要はない。我々が負けることなどありえんよ」

 

 学友達の声援に応えてから、二人は颯爽と教室をあとにした。

 

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