僕は主人公になりたい ――最強の歯車・只野義人――   作:下等妙人

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第四章 stranger in the dark 3

 奴が最後に吐いた言葉には何か重大な意味があるように思われたが、それについて考察することなど、今はできない。

 

 なぜなら、心が“快楽”でかき乱されているからだ。

 

 例えるならそう、一秒ごとに射精を繰り返しているような、そんな気持ちの良さ。

 思い人の肢体を肉欲が赴くまま貪ったとしても、ここまでの快感は得られまい。

 

 しかし、まだだ。まだ足りない。

 もっと気持ち良くなりたい。

 もっと、もっともっと。

 

 それをする方法が、義人の中に浮かんだ。

 

 ゆっくりと振り向き、天馬を見る。

 こちらを怒気満載の視線で突き刺しているあの美少年を八つ裂きにしたなら、きっと素晴らしい快楽を得られるはずだ。

 

 欲しい。それが欲しい。

 だから――

 

「う、ぐ……あああああああああああああああああああああああああッ!」

 

 すんでのところで、義人は欲望を拒絶した。

 

 頭を抱え、侵蝕する邪悪を振り払うように絶叫する。そうしながら元の姿へ戻ろうとするが、なぜだかうまくいかない。

 

 まるで、この鎧姿が元の体と結合して離れないかのような感じだ。

 

 それを無理やり引きはがすようなイメージで変身の解除を実行。それによって、どうにか戻れたものの。

 

「が、ぁ……!」

 

 その矢先、形容しがたい苦しみが襲ってきた。

 

 本当に、なんと例えればよいのだろう。

 自分の心を何者かに食われているかのような……いや、何か恐ろしいものの一つになってくかのような、と表現した方が近いか。

 

 義人はたまらず両膝をつき、地べたに這いつくばった。

 

「おい! 大丈夫か義人! 一体どうしたというのだ!?」

 

 香澄が血相を変えて駆け寄ってくるが、天馬は無言のまま睨むのみ。

 

「はぁ……はぁ……だ、大丈、夫……」

 

 そう返すことができたのは、三〇秒が経過した後だった。

 

『どうやら精神汚染に見舞われたようですね。あなたの力は未だ謎だらけですし、こういう不運もありますよ。わたしはあなたが苦しむ姿を見れてお腹一杯ですが。ぐぇっぷ』

 

 落ち着いた棒読み口調。そこに怪しさがあるように思うのは、気のせいだろうか。

 

 荒れた息を整え、苦痛の残滓が消えていくのを待つ。

 そんな義人のもとにようやく天馬が近寄ってきた。といって、一言すら送っては来ず、見下ろすのみであったが。

 

 そんな彼に不快を抱く。が、それを押しのけて、義人は天馬に本音を吐き出した。

 

「ねぇ、天馬……僕は今、初めて、精神汚染を、味わってる……君は、こんな苦しみを背負ってたんだ、ね……でも、これからは……そんな思いしなくて、いい、から……」

 

 栗髪の少年が、吃驚したかのように目を見開く。

 

「……香澄に、聞いたのか?」

「うん、全部、聞いたよ……君が、どれだけベヒモスを憎んでるかなんて、わからない……僕は、君じゃないもの……でも、ね、その気持ちがどんなに強かろうと……これからも、中位は僕が倒す。君に二度と、セカンドになってもらいたくないから……僕は、君に死なれたくないんだ」

 

 義人の言葉に、天馬はしばらく沈黙した。

 その表情には、何かに迷い苦しんでいるかのような、そんな色がある。

 

 そして数十秒後、彼は「……そうか」と短く漏らし、一人その場から離れていった。

 

   ◆◇◆

 

 午後七時三〇分。ベルズタワー。

 

 初の精神汚染によるダメージは長く尾を引いた。

 結局一人では歩くこともままならず、義人は香澄に肩を貸してもらい、なんとか自部屋へと帰宅。

 本日はそのまま寝てしまおうか、とも思ったが――

 

 香澄が介抱してくれると言うので、即座にそちらへ乗った。

 

「義人、夕飯ができたぞ」

 

 少年の部屋に入ってくる黒髪の少女。その手に持つ盆の上で、お粥が湯気を上げていた。

 

「あ、ありがとう。その、ごめんね、甘えちゃって」

「何を言うか。こういう時に支えるのは至極当然のことだろう。気にすることなどない。して欲しいことがあればなんでも言うといい」

 

 慈愛に満ちた顔。母性溢れるその表情に、義人は純粋な愛と恋慕を感じる。

 

 と、そんな二人の間に割って入るかのような形で、ユキヒメが現れ、

 

「こやつは遠慮がちな男だからなぁ。してほしいと思っても中々言いだせんだろうよ。ゆえに私が気持ちを代弁してやろう。義人はな、粥をお前に食べさせてほしいと思っておる。望むがままにしてやれ」

「なっ!? た、食べさせるって……!」

「ふむ。まぁ確かに、握力の低下があるやもしれんし、もしかすると天馬のように突発的な手の痙攣もありうるな。よし、では食べさせてやろう。少々煩わしいやもしれんが、そこは我慢してくれ」

 

 我慢どころか幸せで胸がはちきれそうだ。

 

 香澄は少年の横に座り、自分の膝の上に盆を乗せると、レンゲで粥を一掬いして彼の口元に運ぶ。

 顔を真っ赤にしてそれを口に含むと、美味が舌を刺激し、涙が溢れてきた。

 

「ぬ。どうした義人、熱かったか?」

「い、いや、大丈夫。ただその、う、嬉しすぎてね」

「くふふふ。香澄よ、こういう時は何も気にせず、続けてやるのが礼儀だぞ?」

「うーむ、よくわからんが、喜んでくれて何よりだ」

 

 小首を傾げながら、彼女は介抱を続けた。

 そして。

 

「ご、ごちそうさま」

「うむ。食欲に問題はなかったようだな。何よりだ」

「食欲どころか三大欲求全て問題ないようだがの。生物として最重要な欲は特に、な」

 

 少年の股間を見やりながら下衆な笑いを漏らすユキヒメ。

 しかし香澄はなんのことやらといった調子で疑問符を浮かべるのみだった。

 

「まぁ、とりあえず、今日はお前が寝付くまでここにいよう。何かあった時即座に対応できるようにな」

「えっ、あの、それはその……ありがとう」

 

 そうじゃないだろう、と義人は心の内で己にツッコミを入れた。

 

 今、ここには天馬がいない。さらに、雰囲気も悪くはない。

 デートに誘う絶好のチャンスである。

 

 言え、言うんだ。ここで言わずしてなんとする。

 自分の恋心に決着をつけ、天馬への後ろめたさを消すためにも、ここは勇気を振り絞らねばならない。

 

 緊張、羞恥、恐怖。様々な感情を振り切って、義人は遂に。

 

「ね、ねぇ白柳さん。今週の土曜、予定とかある?」

「ん? 今週の土曜は……あぁ、“演習”が日曜にあるから休日が繰り上がっているんだったな。特に予定などはないが、それがどうかしたか?」

「あの……もし良かったら、だけど……僕と一緒に、遊びに行かない? ふ、二人で」

「む。二人? 天馬はどうするのだ?」

 

 怪訝な顔で尋ねてくる香澄に、ユキヒメがストレート過ぎるフォローを入れた。

 

「香澄よ、男にあまり恥をかかせるものではない。義人はな、ヌシにでぇとを申し込んでおるのだ。天馬など連れておったらでぇとにならんだろうが」

 

 義人の顔がゆでダコの様に紅く染まった。

 

 それに反し、黒髪の少女はなぜか悲しげな顔をする。

 

 切れ長の瞳が細められ、唇が震え――しかし、数瞬でその表情は消え失せ、普段の堂々とした面構えに戻ると。

 

「……そうだな、“娯楽集積地帯”、あそこであれば付き合おう。私もちょうど備品を買い替えたいと思っていたところだ。それに……お前のエスコートを受けてみたくなった」

 

 オッケーサインを出し、悪戯っぽく笑う香澄。凛々しい顔に無邪気さが宿ることで強烈なギャップが生まれ、義人の心を魅了する。

 

 ともあれ、彼女と結ばれるための第一歩が今踏み出されたというわけだ。

 

 それがたまらなく嬉しくて、意図せず頬が緩む。

 まさに絶頂気分。それゆえ――

 相棒の凍えるような声も気にならなかった。

 

『許さない……絶対に許さない……』

 

   ◆◇◆

 

 午後一一時三五分。カラーズ・ネスト関東第三支部、代表執務室。

 

「白柳香澄と只野義人、少し距離が近づきすぎてはいませんか? 逆に、神代天馬は離れすぎている。この二人、戦闘に関しては素晴らしい仕事をしますが、こういう任務は不得手のようですね」

「……問題なんか、どこにもありゃしないわよ。もう、データは十分取れた。プランだって決まってる」

「では、決行日をお決めください。一月後ですか? それとも二月後ですか?」

 

 嫌味ったらしい副官の言い草に、心中で舌打ちをかます。

 

 その後、椿は両目を瞑り、一度深呼吸すると。

 

「今週日曜。演習時に、計画を実行する。エキストラには予定変更を伝えて、演習場には来ないよう手配しておきなさい」

「は、了解しました」

 

 恭しく頭を下げる冴子。その表情には僅かばかりの喜悦が宿っている。

 

 それも無理からぬことだ。

 彼女にとっては、いや、彼女達全員にとっては、待ち望んだイベントなのだから。

 

 それを間違っていると言うことも、止めることも、椿にはできなかった。

 

 

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