僕は主人公になりたい ――最強の歯車・只野義人――   作:下等妙人

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第六章 The Finale of The Finale 3

「終、末……?」

「はいその通り。土日を表す週末じゃありませんよ? そんなつまらないギャグを言っても顰蹙(ひんしゅく)しかもらえません」

「……君が、何を言ってるのか分からない。僕が、何になったって?」

「さすが義人、理解力がまるでない。仕方ありませんね。大脳皮質に蛆が湧いているあなたのために、詳しく話してあげましょう。いいですか? 今のあなたは人の姿をした化物なのです。神が人間のために作り出した最強最悪の試練。世界を滅ぼす者。それが今のあなた、ブラックなのです」

 

 本当は、わかっていた。

 聞かされた途端、たちどころに全てが理解できた。

 だが、それを受け入れることができない。

 

 神は己の実在を明らかにしたあの日、こう言った。

 いずれ来たるであろう終末を乗り越えよ、と。

 

 それをもたらす存在の名は、只野義人。

 滅ぼす者・ブラック。

 

「そんな……そんな……こと……信じられるか! 僕は人間だ! 化物なんかじゃない! そもそも、なんで……なんで僕なんだ!? なんで、僕が、こんな……」

「あなたが選定された理由など知ったこっちゃありません。なぜ人間の中からブラックが選ばれるのか、については知ってます。最高傑作たるヒトを始めとした全てを滅ぼすのは、やはり人間に限る。そんなことを考えたんですよ、あの腐れサイコパスは。なので、信じようが信じまいがあなたは怪物なのです。それも黙示録を体現する最悪の個体。そのことについて、人類は既に認知しているようですねぇ。ま、そこらへんについては関東支部でのあなたと藤村椿の会話を聞いた時点で推測できましたけど」

 

 体が打ち震える。

 

 嘘だと言ってほしい。されどこれが真実であったなら、全ての辻褄が合ってしまう。あらゆる謎が解けてしまう。

 

 そう思ってしまったから、もう逃げられない。

 

 この世界に敵が存在しないということを嘆く日々。今思えば、あれはなんと滑稽な考えだったのだろう。

 敵は、すぐ近くに居たというのに。

 

 只野義人という名の敵が、この世界にはちゃんと存在していたのだ。

 

「ふざ、けるな……ふざけるなッ! なんなんだ、これは! 今まで色んなことに耐えて、耐えて耐えて耐え抜いて! その報酬がこれかッ! ふざけんな、畜生ッ!」

 

 負の感情が爆発する。事ここに及び、前向きな思考など不可能。

 このような裏切りを受けて、世界に、神に、怨念を振りまくなと言う方がおかしな話だ。

 

「ようやく報われたと思ったのに! ようやく主人公になれると思ったのに! ようやく、幸せになれると思ったのにッ! 実際は真逆だ! これじゃもう、幸せになんかなれっこない! ふざけやがって、クソッタレがあああああああああああああ――――!」

 

 激情に任せて大絶叫する。

 そんな彼の心境を表すかの如く、天候に変化が見られた。

 

 曇天から雨滴が落ち、それが一滴二滴と続いて、一気に大雨へと成長する。

 

 雲からは怪物の唸り声のような音が発せられ、今にも落雷が発生しそうな気配だ。

 

「畜生ッ! 畜生、畜生、畜生、畜生ッ! なんで、なんで僕ばかりこんな風になるんだッ! なんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだッ! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

 雨に全身を打たれながらも、義人は呪詛を吐き続けた。

 その様子を見つめながら、イヴは愛おしそうに金色の瞳を細める。

 

「あぁ、素晴らしい。ようやく皮を脱いでくれましたね。それでこそわたしの義人です。わたしの愛するパートナーです。聖人君子の皮を脱ぎ捨てた今の姿こそが、あなたの本質。わたしと同じ、闇そのもの。ようやく、わたしはあなたに出会えたような気がします」

 

 その醜く歪んだ唇から発せられた声には、禍々しい情念が凝縮されていた。

 

 それにより、怒りの矛先が彼女に向く。

 

「なんで、最初に教えなかった……! お前が全部教えてくれてたら――」

「心構えができていた。説得ができていた。現状にも変化があったかもしれない。は、は、は、は、は。ありえませんねぇ、そんなことは。あなたにそのような都合のいいこと起こるわけがありませんし、あってはならない。深淵の底に居続けるがゆえに只野義人は只野義人なのです。あ、ちなみにわたしが情報を伝えなかった詳細ですけどね、それは第一に、今のあなたが見たかったから。第二に、神から与えられた役割を果たし、わたし自身の幸せを掴みとるため。前者は叶いました。わたしチョーハッピーです。そして後者についても、すぐに叶いそうですねぇ」

 

 悪魔の様な笑みを見せながら、彼女は姿を消す。

 その直後、雨音に紛れて足音が鳴った。

 

「お前は香澄と色々話してたみてぇだから、もう知ってるかもしんねぇけどな。オレは、ヒーローになりてぇんだ」

 

 ゆっくりと声が飛んだ方向、左側を向く。

 通路への出入り口、そこには、栗色の髪、美貌、隊服を雨で濡らす、天馬の姿があった。

 

 彼は義人を見つめながら、言葉を続ける。

 

「オレは今まで理想的なヒーロー像を演じてきた。自分でも、それが本当の自分なんだって思ってた。でもなぁ、一部分、大きな違いあったんだよ。それは、化物共に対しての復讐心だ。オレの、オレ達の両親は、化物に殺された。一四年前、ここで、てめぇの親父になぁ……!」

 

 綺麗な顔を僅かに怒気で歪ませながら、彼は一歩こちらに近づいた。

 

「椿さんに拾われてお前のことを知らされた時、オレは憎しみを抱いた。……理不尽だよな? あぁ、そんなことオレだってわかってるよ。でもな、どうしてもダメだった。お前への憎しみは消えてくれなかった。……お前の存在は、オレにあいつを思い出させるんだよ。だからオレは、お前を仇と同一視する。それは、今でも変わってねぇ」

 

 彼はもう一歩進み、水たまりを強く踏み抜いた。

 

「こんな感情、信条に反する。ヒーローってのは憎しみで戦うもんじゃねぇ。純粋に誰かを守りたい、そんな清くて美しい思いを胸に抱いて戦う。それがヒーローだ。だからオレは何度も憎しみを捨てようとしたが……ダメだった。オレ達の仇はもういない。だからこそ、やり場のない怒りがいつまでも心に残っちまう。オレの憎しみは仇を取るまで消えねぇ。……セカンドになる前は、それでも別にいいかって思ってた。けど、セカンドになってから精神汚染を受け続けて、死ってやつを実感し始めると、途端に怖くなっちまった。死ぬことが、じゃねぇぞ。自分を完全なヒーローとして認識できねぇまま死ぬことが、怖くなったんだ。このまま死んで、オレは胸を張れんのか。親に精いっぱい頑張ったって言えんのか。……言えるわけがねぇ。けど、このままじゃどうやったってオレは完全なヒーローにゃなれねぇ。一体、どうすりゃいいんだ。そんな風に悩み始めた頃、そんなタイミングだったよ。お前がブラックになったのは」

 

 雨音が強まる。

 やかましく耳朶を叩くそれを引き裂いて、天馬の声は少年の耳に届いた。

 

「信条を貫くとしたら、オレはお前を庇わなきゃいけなかった。義人は化物なんかじゃねぇ、オレ達の仇とは違うかもしれねぇだろ。みてぇなことを言わなきゃいけなかったのに、それをやったのは香澄だけ。オレにはできなかった。お前を、仇と同じだと思っちまったからな。だから、これで仇を取れる。憎しみが消せる。ヒーローになれる。そう考えちまう自分がいて……オレの前に、二つの選択肢が出た。信条を貫いて、憎しみを消せないまま死ぬか。それとも、信条に反して憎しみを消すか。……オレは、後者を選んだ」

 

 自嘲的に笑いながら、もう一歩前進。

 

 お互いに髪が雨で濡れ落ち、瞳が隠れている。

 だがそれでも、その視線の鋭さから、義人は天馬がいかなる目をしているか想像ができた。

 

「それから、お前を殺すための計画が始まった。マジで虫唾が走るような思いだったぜ。寝る時とか、一部の時間除いて四六時中一緒だもんな。ほんっと気持ちが悪くてさ、イライラしっぱなしだった。だからたまに、そんな感情が表に出たりもした。……なのに、お前と来たらちょっと不快感示すだけで何も言ってこねぇ。それどころか、仲良くなりたそうにしてきやがる。……迷惑だったよ。そんな態度のせいで、オレは何度も自分が嫌になった。何度も迷った。特に、組手なんかしなきゃよかったぜ。あれのせいで、お前がどういう奴かわかっちまった。わかっちまったから、考え方がブレ始めた。こいつを殺してもいいのかって、そんな風に思うようになって……挙句の果てに、死んでほしくない、だもんな。オレから見せ場奪って馬鹿にしてやがると思ってたのに、死んで欲しくないから、だから中位を横取りしてやがった……そんなお前を、オレは好きに“なりかけた”よ。けど、結果は見ての通りだ」

 

 両手を広げ、笑って見せる天馬。

 

 そして彼は、決定的な言葉を口にする。

 

「やっぱり、オレはお前となんか仲良くなれねぇ。お前は“オレに残されたたった一つの希望”まで奪おうとする。絶対に許せねぇ。だから――オレのために死ねよ、お前」

 

 何かが、終わったような気がした。

 その感覚が、笑声を生む。

 

「ふふっ、ふふふ……ははははははは……」

 

 全部、間違いだったのだ。

 奴と仲良くなろうとすることも、奴の努力と姿勢に敬意を表したことも、奴のために戦おうとしたことも。

 全部。全部全部全部。

 あまりにも、愚かな思考、行動であった。

 

 さて、落ち着いて考えてみよう。今自分がすべきことは何か。

 

 人々のためを思えば、彼に殺されてやるのが一番正しい。

 何せ自分はこの世界の敵だ。存在していても迷惑なだけ。目前に居る天馬は、それを倒そうというのだ。

 そうしたなら、彼は完全な存在になれる。清く美しい心を得て、今後一層活躍するだろう。

 

 それで皆喜ぶ。皆助かる。皆幸せだ。

 けれど。

 

 その中心に居るのは、あの糞野郎だ。あの腐れ主人公だ。

 

 ふざけるな。

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。

 

 そんなことが許せてたまるか。なぜ天馬のために死んでやらなければならないんだ。あんなクソッタレに殺されるぐらいなら――

 

「ねぇ、天馬。僕達は本当によく似た人間なのかもしれないねぇ? 認めるのは死ぬほど糞不愉快だけどさぁ。けど、その通りなんだから仕方ない。僕等は互いに誤解をしてた。勘違いをしてたんだ。だから、迷ったりした。だから、間違った。僕等は仲良くなろうとなんか、しちゃいけなかったんだよ。それが良くわかった。だから、本音を言わせてもらうね。……僕はお前のツラを初めて見た瞬間からお前が憎くてしょうがなかったよ。心の底から殺してやりたいと思ってた」

 

 天馬への意趣返しとして、義人もまた宣言する。

 

「お前になんか殺されてやらない。逆に、僕がお前を殺す。必ず殺す。地獄に堕ちろ、この――裏切り者」

 

 雨滴がそれに混ざり、頬を伝って地面に落ちた。

 

 雨はいい。どれだけ顔を汚しても、洗い落としてくれるから。

 けれど面貌に宿りし感情は、絶対に流れてはくれない。

 

 両者共、無言で変身を開始した。

 

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