僕は主人公になりたい ――最強の歯車・只野義人――   作:下等妙人

35 / 98
第八章 POWER to TEARER 1

 午後七時七分。相楽市、明浄通り。

 

 空は黒一色に染まり、夜の闇が世界を覆っている。だが、ここを通る者達の視界は明るい光で一杯だ。

 

 この娯楽集積地帯はまさに、地上に存在する星空である。その中に居る者達の顔と心もまた、建造物が発する眩いネオンと同じくらいに輝いている。

 

 そんな彼等からしてみれば、奴の出現はまさに、青天の霹靂であったことだろう。

 

 腕時計型警報機が鳴り響き、赤く発光しただけでも、明浄通りに居た者達からすれば大事件であるというのに――

 奴等がこちらにやってくる際に現れる穴の数が一〇や二〇で済まないのだから、ことさら恐怖で震えてしまう。

 

 なれど、事態は避難者達が想像するそれを遥かに超えていた。

 

 天高くに走る、空間の亀裂。

 普遍的なものであれば、大きくても一〇メートルかそこらだが、今上空に在るヒビのサイズはその数十倍。

 

 それはおよそ五〇〇メートルもの超巨大ホールへと変化し、そこから奴は、降臨した。

 

 未だ避難ができていない者からすれば、その光景はまさにこの世の終わり。

 

 天空を埋め尽くす、翼竜の如きベヒモスの群れ。

 地上に在るは、無数の人型ベヒモス。

 

 そして、闇色の天空から地上へ落下し、衝突地点の建造物を倒壊させ、大地を四本の足で踏みしめる、そいつ。

 

 その姿を見た年配の男が、呆然と言葉を漏らした。

 

「ヴァモラ……」

 

 それはとある特撮作品にて、主役を務める巨大怪獣の名称。彼の目からすると、現状は虚構と現実の壁が取っ払われたように見えるのだろう。

 

 実際、そいつの外見はまさしく怪獣であった。

 

 全高は目算して八〇メートル、全長は三〇〇メートル。カバに似た頭部には、象のような牙、サイのような角がある。

 

 胴と足はその頭に似合った、凄まじい重量と頑強さを感じさせるもの。

 気が遠くなるような図太さを持つ胴部。

 大木のような四肢。

 それらは全て甲殻類を思わせる無数の殻で覆われており、その姿はさながら鎧をまとった四足獣だ。

 さらに奴が纏う外殻表面には幾何学模様が浮かんでおり、常に発光している。

 

 臀部から伸びる尻尾は蛇の様な形状で、口にあたる部分が常に金色の輝きを放っている。

 

 体の色合いは、全体的に黒ずんだ茶色、瞳は青、全身に走る幾何学模様は灰色、計三色で構成されている。

 

 まるで山脈がまるまる移動してきたかのような、とんでもない巨躯。それを全力で躍動させたなら。そう考えただけで空恐ろしくなる。

 

 しかし、奴はそれをしなかった。置物の様に沈黙し、不動の構えを見せるのみ。

 その様子は、待ち人の到来に備えているかのように見える。

 

 その落ち着いた静けさが、人々にこの上ない恐怖をもたらした。

 

 あれは今、力を溜め込んでいるのだ。

 それを解き放つ時、あの超弩級の化物は微塵の容赦もなく暴れるだろう。

 その時、自分達はどうなるのだろうか。

 

 怯えは人から人へ伝播し、化物達の存在も相まって、明浄通りは阿鼻叫喚に包まれた。

 

   ◆◇◆

 

 午後七時一七分。カラーズ・ネスト関東第三支部、第二オペレータールーム。

 

 強大な敵が無数の軍勢を引き連れて現れた。などという危機的状況であっても、室内は存外静かなものであった。

 それは腹を括ったから、というだけでなく、薄氷の上を歩いているかのような緊張感のせいで声が出にくい、といった内情もあるだろう。

 

 この場で完全な平常心でいるのは、椿と冴子のみである。

 

 二人は並び立ち、モニターに映る化物共を睨んでいた。

 

「地上にはエンゼルスとアークエンゼルス、空にはプリンシパリティー……これだけなら問題ありません。現在、陸に群がる害虫共は実動部隊及び陸上自衛隊が対応しています。空を舞うハエ共にしてもそう。航空自衛隊がスクランブル発進、超遠距離射撃によって一方的に片付けていますし、陸からも対空砲火を浴びせ、秒刻みで数を減らしています」

「それにしては、どうにも違和感があるわね」

 

 椿の視線の先、画面の向こう側にある光景は、誇張でもなんでもなく戦場そのものだった。

 特に、空一面を覆い尽くす翼竜に似た形状の化物を見ていると、この世の終わりがやってきたかのような気分になる。

 

 副官の言う通り、それらプリンシパリティーは空陸両方から攻められており、天には常に爆炎と粒子の輝きがあった。

 だが、どうにも数が減っているような気になれない。

 

 それを不可思議に思う彼女の耳に、オペレーターの一人が情報を届けた。

 

「支部長! 陸上にて活動中の第一八班から報告事項です! 突如光の粒子が発生し、それが固まってエンゼルスを形成した、とのこと!」

「穴から出てきたんじゃなくて、何もないところからいきなり生まれた、と、そういうことかしら?」

 

 肯定するオペレーターに一つ頷くと、椿は副官の顔を見た。

 

「もしかすると、上位を倒さない限り無限に湧き続けるのかもしれないわね」

「となればやはり、今回の要は上位の討伐、ですね。本部への連絡は出現と同時、約一〇分前に終わっています。向こう側から人員が送られてくるまでおよそ一時間といったところでしょうか」

「あっちの連中を当てにしてはいられないわ。何せ下位の数が多すぎる。一時間も待ってたら県内の人間は皆働き場所どころか住むとこまで失うわ」

「ならばやはり、我々のみで対応するつもりで臨む必要がありますね。……それで、策はあるのですか?」

「そうね……あたしが立てた仮説、上位を倒さない限り下位は片付かない、ってのが正しければ、この一件は上位を仕留めれば解決したも同然ってことになる。で、肝心のそいつは今、全く動いてない。何が目的なのかはわからないけれど、こちらとしてはありがたいわ。積極的に動かれたら考えることもままならないもの」

 

 ここで一拍間を空けてから、椿は自論を述べた。

 

「上位は中位と同様、現代兵器は通用しない。かといって、ファーストじゃ一〇〇、二〇〇集まっても勝ち目はないでしょうね。何せ相手は国家崩壊級の災厄よ。下手に刺激しても、戦力を失うだけだわ。だから――まずはセカンドをあたらせ、少数精鋭の態勢で臨む。謹慎中の香澄と待機中の天馬に出撃命令を出しなさい」

 

 彼女は自分が何を言っているのか理解している。

 最強最悪の化物に対し、我が子同然の二人をぶつけようというのだ。それがいかに危険か、わからぬほど椿は愚かではない。

 

 だがそれでも、彼女には迷いも後悔もなかった。

 なぜなら、信頼しているからだ。あの二人がこのようなところで死ぬわけがないと、心底信頼している。だからこそ、椿は最愛の子供達を戦場へと送り出すのである。

 

 しかし。

 

「もしあの二人が危なくなったなら、あたしが出る。その時は指揮権をあんたに譲るわ」

 

 彼女の中にある母としての情は、エゴを吐き出さずにはいられなかった。

 

「……そのようなことをなされたら、現場放棄となり、責を問われますよ?」

「そしたら辞任してあんたに支部長の椅子くれてやるわよ。欲しかったでしょ、昔から」

「御冗談を。私は貴女を超えたうえで、その立場を奪い取りたいのです。そのような棚ぼた願い下げですね。貴女が辞任なさったなら私も後を追います。そして何があろうと貴女と同じ場所へ転属し、また貴女の下について喉元を狙いますから」

「ふん。変わらないわねぇ、あんたも」

 

 部下に苦笑して見せると、椿は再度命令を繰り返そうとするが。

 

「ブラック監視チームから支部長に緊急伝達! たった今、ブラックが部屋を抜け街へ向かったとのこと!」

 

 甥の動向が、彼女の舌を止まらせた。

 

 ――まさか、上位と戦うつもり?

 

 そう思い至ったことで、椿の中に期待感が生まれる。

 もし、彼が上位ベヒモスを討伐したなら、それは“交渉材料”になりうるだろう。

 だから。

 

「ブラックは放置する。それよりも天馬と香澄に出撃命令。担当オペレーター、早くやんなさい」

 

 指示を飛ばし、隣の副官から送られる非難の目を無視する。そうしながら、再度前方のモニターを見据え、呟く。

 

「上手くやんなさいよ、義人」

 

   ◆◇◆

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。