僕は主人公になりたい ――最強の歯車・只野義人――   作:下等妙人

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第八章 POWER to TEARER 3

 午後七時三八分。カラーズ・ネスト第三関東支部、第二オペレータールーム。

 

「……不味い、わね」

 

 拳を握りしめ、悔恨を顔に滲ませながら、椿は苦い声を吐き出した。

 

 彼女が見つめるモニター、そこ映るは、純白の鎧となった香澄による激闘。

 

 彼女は良くやっている。

 とんでもない体格差が生むであろう怯えなど微塵も見せず、堂々とした闘争ぶりだ。

 なれど、誰の目から見てもその戦いの結末は明らかであった。

 

「このままですと、白柳香澄の敗北は必至、ですね。彼女の力は、いわば最強の盾。おそらく防御という観点からすれば彼女の右に出る者はいません。しかし……」

「火力不足は、否めないわね」

 

 そう返すと、椿は瞳を鋭くさせ、画面に背を向けた。

 

「出撃なさるおつもりですか? 確かに、貴女が向かえば火力の問題は解消されるでしょうが……」

「いいえ、まだ出ない。本音を言えば、出たくてしょうがないんだけどね。でも、その前に確認しときたいのよ。馬鹿息子が本当にどうしようもない奴になったかどうかを」

 

 そう言い置いて、彼女は室内を出た。

 向かう先は、すぐ上。神代天馬の部屋である。

 

   ◆◇◆

 

 午後七時四一分。ベルズタワー。

 

 自部屋で争いの空気をひしひしと感じながらも、天馬の心に変化はなかった。

 

 揺れていない、と言えば嘘になる。

 この様な危機的状況でこそ、自分の力は発揮されるべきではないのか。

 などと己を鼓舞する声が聞こえなくもないが、それでもダメだった。

 

 自分が行ってなんになるというのだ。

 活躍して、人々を救う? その帰結として自分をヒーローだと自覚する? 

 否。そのどちらも不可能だ。

 

 自分のような人間が出ても、足を引っ張るだけ。この事態は香澄達に任せた方が良い結果になるはず。

 などとして、己のザマを正当化する。

 

 が、それを否定するかのように、インターフォンが鳴り響いた。

 

 といって、出るつもりなどさらさらない。

 どうせそこらの事務員が命令に従えと催促に来たのだろう。そんなものお断りだ。

 よって、無視を決め込ませてもらう。

 

 しかしその思いなどお構いなしに、来訪者は入室してきた。

 破壊音が聴覚を刺激する。それから無遠慮な足音が響き、すぐにドアがブチ破られた。

 果たして、乱暴に過ぎる所作で闖入した者は。

 

「こっから出て仕事しなさい。早く」

 

 第二の母、藤村椿その人だった。

 天馬は毛布の中から彼女を見やり、

 

「オレなんかが行ったところで――」

「もうすぐ香澄が死ぬわ。後三分以内に決断しなきゃ手遅れになる」

 

 衝撃が心を揺さぶり、肉体に影響を及ぼす。

 毛布を払いのけ、上体を起こした。が、できたのはそこまで。

 

「オレが、香澄を救えるわけ――」

 

 最後まで言わせぬとばかりに、椿が張り手を見舞った。

 乾いた音が室内に響き、次いで、天馬は頬にヒリついた痛みを感じる。

 

「あんた、どこまで堕ちれば気が済むの?」

「……オレが行っても、香澄を助けることなんかできない。だから、椿さんが行ってくれよ。椿さんは完全無欠のヒーローじゃないか。椿さんなら、きっと――」

 

 バシン、という音が再び鳴る。

 そして。

 

「あたしが完全無欠のヒーロー? ありえないわね。あんたもあたしもおんなじよ。ただの人間でしかないわ。……義人が小さかった頃、あたしもあの子を暗人と同一視してた。あいつと義人は別人だって言い聞かせても、中々納得できなかった。時には理不尽な暴力を振るいそうになって、児童虐待寸前まで精神状態が追い込まれたこともある。昔は、あの子と顔を合わせるたび自己嫌悪で苦しんだものよ。……けど、あたしは今のあんたみたいになったことなんか一度だってない。それがなぜか、わかる?」

「それは……人類のため、だろ? 人々を守らなきゃいけねぇからって使命感があるから、私情押し殺して無理やり働いてたんじゃねぇの……?」

「人類のため? いいえ、全然違う。そういう使命感はあるけれど、そんなもん心の拠り所になんかなりゃしない。私情を押し殺す程の価値があるかどうか、その点すら、今回の一件でどんだけ悩んだやらわかんないわよ」

「……なら、なんで憎しみに負けなかったんだ。オレと同じ人間なのに、なんで」

「あんた達がいるから」

 

 そう答えた椿の瞳に、淀みは一切なかった。

 

「あたしはあんたと香澄のことを本当の家族だと思ってる。だからね、あたしは辛い時いつもこう自分に言い聞かせてたわ。二人に胸を張れる人間でいたい、ってね。だから、義人への憎悪を抑え込めた。そしたら、次第にあの子と重なり合ってた暗人が消えたの。今じゃ義人もあたしの愛する息子よ」

 

 ここで一息ついて、椿は続きを語った。

 

「あんたどうせ、仇を取らなきゃ自分の憎しみは消せないとか、そんなこと考えてたでしょ。そんなもんありえないわ。あたし達は仇討ってスッキリした後、自己嫌悪に陥るタイプよ。だから、あの子を殺しても望んだ結果なんか得られない。本当に憎しみを消したいなら、自分と向き合うこと。憎しみにとらわれないよう自分と戦うこと。これしかない」

「自分と、向き合う……」

「そう。あんた昔、誰かのためにヒーローになるとか言ってたわね。あん時は夢を壊さないためにあえて言わなかったけど、それはどうやら間違ってたみたいだわ。この際だからはっきり言わせてもらう。あんたに誰かなんていう不特定多数の人間なんか背負えない。少なくとも今はね。あたし達は凡人でしかない。背負える人数なんてたかがしれてんのよ。それなのにたくさんの人間背負おうとするから、無理が出てくる。そんでキャパオーバーした結果、大きな間違いを犯すのよ。目的のために手段を選ばなくなったりとか、ね」

 

 胸に突き刺さるような言葉だった。その後も、椿の口は止まらない。

 

「大人数背負えないんだったら、もう捨てるしかない。知らない人間、どうでもいい人間、全部捨てて、本当に大切な相手だけ残す。あんたの場合、それは香澄なんじゃないの?」

「……うん」

「だったら、あの子だけ背負いなさい。あの子のためだけにヒーロー目指しなさい」

「けど、そしたらオレは、皆を――」

「悔しい? 理想像そのものになれないのが不愉快? そんな風に考える資格、今のあんたにはないわ。まず大切な人のために生きる。そうしてるうちに余裕ができたら、一人、また一人って感じで背負う人数増やすのよ。それがもし際限なくできたなら……そん時、あんたはヒーローよ。理想を追いかけるからダメになる。何も考えず歩いて、気づいたら理想像になってた。それがあんたにとって一番いい夢の叶い方だわ。それ以外の道のり歩んだら、あんたはどうやったって間違える」

 

 グサグサと突き刺さる言葉。けれど、嫌な気分にはならなかった。

 それどころかむしろ。

 

『やっぱ椿はお前等の母ちゃんだな。どうすれば奮起すんのか、よく理解してら』

 

 嬉しげな声。きっと相棒は、心境の変化を感じ取ったのだろう。

 

「……なぁ、椿さん。オレ、本当にいいのかな。香澄ばかり見てて。誰かのこと、見なくてもいいのかな」

「はぁ。昔っから言いたかったんだけどさ、あんたちょっと傲慢じゃないの? 言っとくけどね、この世界にゃあんたの理想的ヒーローなんてぞろぞろ居るのよ。だから、あんたが思ってるほどこの世界は地獄じゃない。これからもヒーローは増えていく。あんたが目指す、自分達みたいに不幸な人間が生まれない世界。それもいつか誰かが成し遂げるわ。別にあんたが気張らなくたってね、誰かはあんたの知らないところで知らないヒーローに助けられてるわよ。断言するけれどね、あんたはこの世界の中心でもなんでもない。世界を構成する歯車の一つよ。まるで自分を中心であるかのように思うのはやめなさい」

「……うん、そうだよな。オレなんか、単なる歯車だよな。でも――いつか中心に、ヒーローになる歯車だ」

 

 天馬の瞳に、炎が宿った。

 

 椿が笑みを浮かべる。次いで、脳内にヴァルガスの明るい声が響いた。

 

『ようやく戻ったかよ、この馬鹿ヒーローが』

 ――でもねぇさ。まだ、色々とつれぇよ。けど……今は、香澄を助けてぇんだ。この気持ちが正しいか間違ってるかなんてわかんねぇ。自分がどうすべきなのかもわかんねぇ。ただ、ここで動かなきゃ後悔すると思う。あいつを見殺しにしたら、きっと母ちゃん達が死んだ時以上に苦しむと思う。そんなの嫌だ。もう、あんな気持ちにはなりたかねぇ。

『ハハッ上等だ。上等な理由じゃねぇかよ。なぁ天馬、お前気づいてるか? 今、お前はヒーローになれるチャンスを前にしてるんだぜ? 香澄のヒーローになれる絶好のタイミングが、目の前にぶら下がってんだぜ? それを掴む方法は簡単だ。これから香澄んとこに颯爽と駆けつけてよ、こう言うのさ。お前の――』

 

 相棒の提案が引き金となって、ついに、天馬の腰が上がる。

 出撃を決意した彼は迷うことなく進み――

 

 言い忘れたことを思い出して、ドアの前で止まった。

 

「オレが最初に背負うのは一人じゃねぇ。二人だ。香澄と、椿さん。あんたも絶対に背負ってみせる。……ありがとう、母さん」

 

   ◆◇◆

 

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