僕は主人公になりたい ――最強の歯車・只野義人――   作:下等妙人

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エピローグ三 只野義人は世界の中心を目指す

 七月一五日。午後一〇時三〇分。ベルズタワー。

 

 天馬と香澄が自分達の部屋に帰った後、白髪の少年は自部屋にこもり、テレビを見ていた。

 

 ソファーに座る彼の隣で、イヴが画面を指さす。

 

「ほら義人、主人公様の特集ですよ。発情期の野生動物みたく興奮しなさい。やったー、僕が目立ってるー、あびゃびゃーみたいな感じで」

「ははっ、それ僕のマネ? 全然似てないよ、この三流モノマネ芸人。ていうかこれは僕じゃないから」

 

 二人の視線の先、モニターに映されているのは、ニュース番組のワンコーナー。“ブラックナイト”の活躍を特集する、というもの。

 

 彼の正体は一部の人間を除いて誰も知らない。

 年齢、性別、国籍、血液型、経歴などあらゆるプロフィールが秘匿されている。

 漆黒の鎧という外見的特徴から、ブラックナイトというあだ名がつけられ、今ではそれが定着。一般人にはその名前と活躍ぶり以外は知られていない。

 

 そしてテレビ内、ナレーターが彼の歩んだ軌跡を説明する。

 

『つい一月前、ブラックナイトは突如現れました。紛争問題を解決に導いたかと思えば、食糧、貧困、エネルギーなど、現代社会の暗闇を次々と打ち払い、多くの弱者に幸福をもたらして去っていく。そんな彼について、今回は振り返ってみましょう』

 

 ナレーターの言葉に、イヴは嘲笑じみた声をあげた。

 

「は、は、は、は、は。振り返る必要なんかありませんよねぇ、あなたの場合は。あらゆる物事がトラウマになってて、ついさっきのことのように思い出せるでしょう? 例えばほら、この前民族紛争に介入した時のこととか。あれは素晴らしい光景でしたねぇ。まさしくこの世の地獄。人間の闇そのもの。あれ見て、あなたどう思いました? ねぇねぇ、教えてくださいよ、ブラックナイトさん?」

「……君は本当に僕の傷口に塩を塗り込むのが好きだね」

 

 嘆息を答えとして、それ以降漆黒の騎士は黙りこくる。

 そんな調子で番組を見ながら、義人は自分の立場について考えた。

 

 組織からすると、少年は依然化物という扱いである。

 一月前、上位討伐を交渉材料に椿が上層部の説得を行ったものの、それでも義人についての処遇には様々な意見が飛び、未だ決着がついていない。

 ゆえに彼の立ち位置は非常に危ういものだが、そんなこと知ったことではなかった。

 

 すべきことをするという使命感、己を不幸にするという思想に則り、義人は多くの人間の事情など無視して、活動を続けている。

 

 そのうちの一つが、正体を隠して世界中の人々を救うことだ。

 

 自分の力ならそれができる。ならば行動の範囲を広くするのは当然のことではないか。そう思い立ったがための行動だが――

 納得のできない解決策を使うこともままあり、満点をつけられるような状態ではないというのが現状だ。

 

 とはいえどのような過程であったとしても、結果的に不幸な弱者を数多く救ったことには変わりない。

 その称賛を自分、只野義人が一切受けていないというのもまた、好ましい要素だ。

 この二つだけでも動いてよかったと思える。

 だが。

 

「あなた今、自分がいいことをしているとか、そんなこと考えてます? だとしたらあなたは天下一品の愚か者ですねぇ。自分がしていることを全く理解していない」

 

 水を差すように、イヴが現実を教えてくる。

 

「あなたが解決した問題は、様々な国家があえて解決してこなかったものばかり。それがなぜかわかります? 答えはズバリ、解決しない方が自分達の利益になるから。この前あなたが終わらせた紛争ですが、殺し合ってた連中は随分とハイテクな兵器を使ってましたねぇ。あれは一体どこから得たのでしょう? いや、どこから買ったのでしょう、と言った方が正しいですね。わかりますか、義人? あなたはね、紛争を終わらせたことで、誰かの利益源を潰したのですよ。もしかすると、そのしわ寄せを食らったことで誰かが首を括っているかもしれません。あなたは救った数だけ誰かを殺しているのです。この世は所詮ゼロサムゲーム。誰かの不幸がなければ幸福は成立しません。あなたは弱者を救う代わりに強者を不幸にしている。そんなことを続けていけば、世界はやがて混沌に満ちるでしょう。人間社会といえど、弱肉強食は絶対的真理であり、掟です。それが破壊されたなら果たしてどうなるか。いやはや、楽しみですねぇ」

 

 そこで一拍の間を空けて、イヴは言葉を重ねた。

 

「次に、ブラックの存在を思いっきりバラしまくってるということ。これも問題でしょう。ま、これはこの前藤村椿にも言われたことですがね。あの女の言うことは正論です。色んな人間が必死こいて隠蔽しているようですが、このままあなたが活動を続けたなら、いずれ世間はブラックの情報を掴みとる。結果として、カラーズが抱えた闇、爆弾が露呈することとなり、人類はカラーズを排除すべく動き出すことでしょう。そうなれば世界は二つの人種にわかれ、殺し合いをすることになる。前述した要素とこれが相まったなら……あ、やばい、想像しただけで絶頂迎えそう」

 

 彼女は美貌を醜く歪ませ、悪魔のような笑顔を作った。

 その表情のまま、さらに続ける。

 

「最後に、あなたを取り巻く状況がどんどん最悪になっていく件について。これはマゾ野郎のあなたからすれば喜ばしいものでしょうね。あなたは様々な問題解決と共に、反社会的組織も潰しまくっています。そのせいでブラックナイトは裏社会からシャレにならないぐらい恨まれていることでしょう。あなたがブラックナイトであるという情報を奴等がかぎつけたなら、さて、どうなりますかねぇ? 朝のめざましがミサイルの爆撃になったりとか、とても愉快なことになるでしょう、きっと」

 

 彼女の言葉を聞き終えた後、義人は一息ついて。

 

「もしかしたらそうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。僕が信じるのは後者だ。君の言うことなんか信じてはやらないし、聞いてもやらない。……いい機会だから教えてあげるよ。僕が髪をずっと真っ白にしてる理由。これはね、君への反抗の証なんだ。君に負けない。自分に負けない。ずっと抗い続けてやる。その気持ちを表したのが、この髪色だ。君とは真逆の色。僕が誰よりも愛する人を連想させる色。それを自分の体に刻むことで、僕はいつも君にこう言ってるのさ。お前の思い通りになんかなってやるか、このヘボ悪魔、ってね」

「……あぁそうですか。しかしあなた、本当に熱が下がりませんねぇ。永遠に手に入らない女のことをいつまでも想い続けるとは、なんとも愚かなことです」

 

 邪悪な笑顔から元通りの無表情に変わるイヴ。

 彼女が言ったことに、反論はできなかった。

 只野義人は不幸でなければならない。ならば、愛する人と結ばれることなどあってはならない。

 

 ゆえに白柳香澄への気持ちは墓まで持っていく。

 その代わり。

 

「あなたはわたしを選んだ。わたしだけを愛すると決めた。その方が自分にとって不幸だから、という理由は気に食いませんが。とはいえ、あなたの恋人はわたし。浮気は許しませんよ?」

 

 相棒に生返事を渡した直後――

 

 傍にあった腕時計型警報機と通信機が一斉に音を鳴らす。

 

 通信内容は出撃命令であったので、彼は“只野義人”として立ち上がり、現場へ向かう。

 

 現在、少年は只野義人、ブラックナイト、この二つの顔を演じている。

 

 偽りの武装、ガントレット。偽りの異能、腕力強化を用いて戦う雑魚。

 周囲の者から天馬と香澄の足を引っ張っていると罵られ、唾を吐かれる嫌われ者。

 それが、只野義人だ。

 

 彼はこう考えている。只野義人は地獄に落ちるべきだし、モブキャラとして不幸になるべき人間だ。

 しかし、ブラックナイトは違う。

 彼は主人公でなければならない。世界中の弱者を幸福にし、皆の憧れとなるような存在でなければならない。

 

 その思想を変えるつもりはないが、しかし、迷うこともある。

 こんな苦しみもう味わいたくない、と。出撃前はそれが顕著に出てしまう。

 だからか。

 

「ご安心を。どれだけあなたが嫌われ者になろうと、わたしはずっと愛してあげます。その果てにあなたをわたし色に染め上げて差し上げますよ、マイダーリン」

 

 悪魔が、囁いてくる。

 それを鼻で笑って、義人は玄関のドアを開けるのだった。

 

 

 主人公とは、都合のいい存在だ。

 皆を救い、自分を救い、笑い合う。現実ではありえないことばかりが起きて、結果として幸福になれる。

 まさに、世界は彼を中心に回ってるといった、そんな存在。

 

 そうだからこそ、憧れていた。

 皆を幸せにして、自分も幸せになりたかった。

 けれどいつしか自分のことばかり考えるようになって、自分の幸せを優先するようになり、結果、幸せになる権利を失ってしまった。

 

 けれど、まだ誰かを幸せにする資格なら残っているはずだ。

 都合よく現れて、都合よく勝利して、皆を幸せにする。そして笑い合う者達を傍観しながら、一人で泣き叫ぶ。

 

 僕はこんな風になりたかったわけじゃない。なんでこうなってしまったんだ。

 

 

 罪を背負い、全ての弱者を救う。そのために――

 

 只野義人は、世界の中心(しゅじんこう)を目指す。




 これにて第一部完結となります。
 今後番外編を二つはさみ、第二部に移行する予定です。
 具体的には五日後、ですね。もしよろしければ、第二部以降もおつきあいくだされば幸いです。
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