僕は主人公になりたい ――最強の歯車・只野義人――   作:下等妙人

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怪奇! ゴミ女の恐怖! 後編

 夜。

 

 少年は帰宅後、ずっと一つのことばかりを考えていた。

 そう、香澄の室内に放置した人形をどうするか、という問題である。

 

 壊してしまったものを完璧に再生することは諦めた。それはもはや不可能だ。

 ゆえに、せめて五体のうち四体を処理し、バレぬよう祈ることしかできない。

 

 リビングルームにて。

 義人はソファーに座り、テレビを眺めつつ独りごちた。

 

「なんとかして、白柳さんの部屋に侵入する必要があるんだよな。しかも、白柳さんが居ない間に。……そんなタイミング、全くないんだよねぇ。何せ、僕等は基本的にほとんど一緒にいるわけだし……」

 

 思い悩む義人の隣で、イヴが笑う。

 

「は、は、は、は、は。もう諦めましょう。あのビッチに何を思われようがどうだっていいじゃないですか。あなたにはわたしがいるのですから」

「……世界中の人間が滅んだとしても、僕が君を選ぶなんてことはありえないよ、この――」

 

 相棒に罵倒を送ろうとする少年。

 だが、テレビから発せられた情報により、舌が強制的に止められてしまった。

 

『昨夜未明、少年と思しき遺体が発見されました。身元を確認した結果、※※県相楽市に住む少年、神代天馬くんであるとわかり、警察は他殺として――』

「………………は?」

 

 モニターに映し出された情報に、彼は呆然とした声を出した。

 

 被害者、という表記の上に天馬の顔写真。

 

 なんだ、これは。

 一体、どういうことなのだ。

 

 天馬は出張していたのではなかったのか?

 いや、出張先で殺されたのか?

 ならば……一体、誰が殺した?

 

「は、は、は、は、は。これはめでたいですねぇ。あの糞色頭、ようやくくたばりましたか。主人公野郎の不幸で飯が美味い」

 

 無機質な声に喜びを混ぜながら笑うイヴ。

 その横で、義人は脂汗を流す。

 

 天馬が普通の人間に殺されるわけがない。いや、そもそも、彼が死んだという事実を受け入れることができない。

 

 様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、パニック状態となる。

 その只中において、彼の脳が一つの記憶を蘇らせた。

 

“最近、天馬がこの部屋に来てなぁ。相も変わらずゴミだらけだな、などと抜かしおった。全く以て腹立たしい。この部屋のどこがゴミだらけだというのだ”

 

“……あぁ、その通りだな。家族をゴミ扱いしたんだからなぁ。あいつは”

 

“……も、もしも、だよ? ここにある物を、その……こ、壊しちゃったりした奴が居た場合、君はそいつを――”

“殺す”

 

“殺す”

“殺す”

“殺す”

 

「まさか…………」

 

 香澄が、天馬を殺した。

 その瞬間を想像して、義人は青ざめる。

 しかし。

 

「は、ははは……。ありえない。そんな馬鹿なこと、あるわけがない」

 

 ひきつった笑い声を出す少年。それから彼は首を横に振り、

 

「夢だ。これは夢に決まってる」

「ところがどっこい夢じゃありません。現実です。受け入れましょう」

 

 相棒を無視して、義人はテレビの電源を切り、リビングの照明を消した。

 そうしてから自部屋に行き、ベッドに入る。

 

 ――夢……夢なんだ……全部、夢だ……。

 

 見たくない現実から目をそらすかの如く、まぶたを閉じる。

 目覚めた時、悪い夢を見たと安堵できることを信じて。

 だが――

 

 悪夢は終わらない。むしろ、ここからが始まりだった。

 

 床に就いてから、どれぐらい経ったのだろう。

 目を瞑ってから結構な時間経過したはずだが、今日は中々寝付けない。

 

 これは妙な話だ。自分はブラックである。その機能、異能により、常に安眠快眠が可能なはず。

 それなのに、今夜はなぜだか眠れなかった。

 

 そのことも不可思議だが――

 次の瞬間、もっとおかしな現象が発生した。

 

 ギシリ、ギシリ……

 

 何かが床を踏みしめるような音。

 それを耳に入れたことで、義人の体から汗が噴き出た。

 居る。何かが居る。

 

 そして、その何かとは――

 

『ベッドから出なさい! 早く!』

 

 相棒の希少過ぎる声音に、少年は総身を反射的に動かした。

 回転。それにより、毛布ごと寝床から落ちる。

 

 刹那、少年の耳が異音を拾った。

 

 もし、それを文字で表すとしたなら、グサリ、といったものとなろう。

 実際、受け身を取ってから数瞬後、義人はそれが事実であることを知る。

 

 今しがたまで自分が居た場所に、包丁が突き刺さっている。

 そして――

 

 その柄を握るのは、思い人、白柳香澄だった。

 

「し、白柳、さん……?」

 

 少年の疑問符が、暗闇の中に溶けて消える。

 

 なぜ本人確認をしたのか。それは、彼女の顔があまりにも違っていたからだ。

 そう、それは、普段見せる表情とは別物。

 今まで見たことがない、醜悪な貌。

 殺意と憎悪により、彼女の美貌は鬼相となっていた。

 

 暗い暗い室内。そこに佇むこの女は、人なのだろうか。

 そんなことを思ってしまうぐらいに、今の香澄は人外じみていた。

 そして。

 

「なぜ、避けた? なぁ、なぜ避けたんだ? 殺せたのに。もう少しで殺せたのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!」

 

 金切り音のような声を響かせ、長い黒髪を振り乱す。

 怒気と狂気をまき散らす彼女に、義人は怯えを感じていた。

 それは、相棒も同じ。

 

『どういう、ことですか……? 力が、使えない……これは一体、何がどうなって……』

 

 またもや、珍しい音色であった。あのイヴが、動揺している。

 そんな声が、義人の恐怖をことさら掻きたてた。

 

「し、白柳さん……な、なんで、こんな……」

 

 必死にひねり出した言葉に、彼女は奇声じみた笑いをぶちまける。

 

「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! なぜ? なぜなぜなぜ? なぜなんて言葉を、なぜお前が使うんだ? 私の家族を殺しやがったお前がさあああああああああああ!?」

 

 絶叫しながら、香澄がやって来る。

 振り回される刃物を回避する義人。その口は怯えによる喘ぎ声しか出ず、弁明などできる状態ではなかった。

 

 逃げねば。

 

 今の彼には、それしかない。

 それゆえ、凶刃を躱しつつドアへと向かうのだが。

 

「なっ!?」

 

 開かない。ドアノブが、一ミリも動かない。

 

『変身しなさい! もうそれしか道は――』

「それができないから焦ってるんだよッ!」

 

 怒鳴り合う二人。その最中も、狂人(かすみ)は刃を振るっていた。

 

「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねええええええええええええええ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえええええええええええええええ!」

 

 心を抉り取るような言葉の羅列。

 それが室内に響き渡る中、義人は足元に違和を覚え――次の瞬間、転んでしまった。

 

 一体なぜ。そう考えた矢先、彼の瞳が恐ろしい真実を映す。

 

『ヨクモ……ヤッテクレタナ……ヨクモ……ヨクモ……』

 

 人の声を限りなく低音に加工したような、寒気のする声。

 高濃度の恨みが込められたそれを吐いたのは、人形だった。

 

 義人が壊した、人形だった。

 

 左足の近くにて、こちらを睨(ね)めつけるそいつは、体が真ん中から折れている。

 

『痛イ……痛イ……痛イイイイイイイイイイイイイイイイイ!』

「う、うわああああああああああああああああ!?」

 

 血の涙を流す人形に、義人はたまらず恐怖を口から吐き出した。

 刹那。

 

「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 死ねえええええええええええええええええええ!」

 

 嬉しそうな、本当に嬉しそうな、バケモノの声が鼓膜を震わせ――

 

 

「――はっ!?」

 

 喉がひきつったような音。それが口から放たれた直後、義人は全てを理解する。

 

「ゆ、夢、だったのか……」

 

 大きく嘆息する。

 良かった。何もかも、幻だったのだ。

 夏のうだるような暑い日に見た、悪い夢。全てはそれだった。

 

「はぁ……こんな酷い内容は生まれて初めてだ。まったく」

 

 安堵し、時計を見やる。と、丁度午前五時を指していた。

 

「二人との合同ロードワークの時間だな。……うん、二人、だ。天馬は出張なんかしてないし、白柳さんは……」

 

 そこまで言うと、声を飲み込んで、ベッドから降りる。

 その瞬間。

 

『夢、ですか……』

 

 イヴの声が脳内に響く。

 それについて、義人は何も答えず、部屋を出る。

 

 この時、彼は気づいていなかった。

 己の部屋に、異物が混入していることを。

 

 ベッドの下に潜むそいつは、恨めしげに声を吐き出した。

 

『ヨォクゥモォォォォォォォォ…………』

 

怪奇! ゴミ女の恐怖! 完




 明日より第二部がスタートとなります。
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