僕は主人公になりたい ――最強の歯車・只野義人―― 作:下等妙人
この世界には、様々な悲劇がある。
それは大多数の場合、ベヒモスという怪物によって生まれるもの――ではない。
悲劇を生むのは、いつだって人間だ。
どのような変化、革新があろうとも、この星から争いがなくなることはない。
悲しいことに、それが厳然たる事実である。
この地域もまた、人間の性(さが)に塗れ続けていた。神の実在が判明し、ベヒモスという名の化物が出現してもなお、ここはなんの変革もなかった。
民族同士が憎しみ合い、互いの土地を我等のものと主張する。
故郷を返せ。そんなナショナリズムが、彼等を人外へと変えてしまう。
けれども、幼き少女ソニアには、そうした道理など理解できない。
彼女は不思議でならなかった。
大人達は他の民族を虫以下の存在だとか、殺さなければならないとか、散々なことを言う。それは両親にしても同じだ。
なぜそんなことを言うのだろう?
彼女の心は疑問で一杯だった。
他民族の子供と遊んだことがある。しかし、彼等を虫以下だとは思えないし、殺さなければならないような存在とも思えない。
彼等と自分達は、一体何が違うというのだろう?
肌の色は同じ褐色だし、喋る言葉も同じだ。食べる物だって変わらないし、見た目にしたって角や尻尾が生えてるわけでもない。
それなのに、大人達はなぜ彼等を憎むのだろう?
一度だけ、その疑問を親にぶつけたことがある。その時、彼等はソニアを殴りつけ、納屋へと閉じ込め折檻した。
結局答えはわからずじまい。ただ、聞いたら痛い思いをするということだけはわかった。だからもう二度と聞かない。
夜眠る時、彼女は他民族の友人を思い、願う。
いつか、誰もが笑い合える時が来ればいいな、と。
しかし――
幼きソニアの無垢な祈りは、暴虐によって踏みにじられた。
ある朝のこと。彼女は大きな音によって目を覚ました。
ダダダダダ、といったおかしな音が、絶え間なく聞こえてくる。
それがなんなのかはわからない。けれども、嫌な音だと直感的に思った。
瞬間、両親が部屋に入ってくる。慌てた様子だった。その顔は、人を不安にさせる色で塗りつぶされている。
親が怒鳴った。逃げるぞ、と。
よくわからないが、父母に従うことにした。
ソニアは華奢な体を起こし、ベッドから降りる。だが、その時点で完全に手遅れだった。
何かが壊れる音。それが家の入口から響いたものと理解した頃、既に侵入者は部屋の前に来ていた。
男の集団である。数は五人。
全員、恐ろしい目をしていた。その視線には、動物を捌く前のような冷たさがある。
集団の一人が父を殴った。
そして倒れこむ父を全員で囲み、踏みつける。
それから、男の一人が言った。
「ここじゃ狭い。連れていくぞ」
彼等は父と母、そして幼き少女を強引に外へと連れて行く。
家から出たことで、ソニアは立ちくらみを感じた。
道にかつて人だったモノが点々と転がっている。
地面は土の色に気持ちの悪い紅が混じり、気持ちの悪いまだら模様となっていた。
目の前にある現実に、ソニアは意図せず涙を流す。
だが、悲劇は始まったばかり。それを証明するかの如く、男が口を開いた。
「やるぞ。お前はこいつを抑えてろ」
集団の一人が、父の体を押さえつける。
父が叫んだ。
「やめてくれ!」
その応答は、暴力であった。
そして、母が髪を引っ張られ、押し倒される。
今度は母が叫んだ。
「娘にだけは! 娘にだけは手を出さないで!」
彼等は母のことも殴った。
何が起きているのかわからない。
男達が、なぜだかズボンを脱ぎ始めた。
彼等が何をしようとしているのか、彼女にはわからない。ただ、痛い思いをするということは、なんとなく理解できた。
だから。
「助けて……」
心底から吐き出された懇願。神への祈り。
その声に、男達は笑った。彼等の目が、その心情を雄弁に物語っている。
助けなど来ない。誰もお前を助けてはくれない。
都合のいい時に現れる救世主(ヒーロー)など、どこにもいない。
それは彼等にとっての真理。
だが――
“彼”にはそんなもの、関係なかった。
太陽煌く天空に、一筋の黒いラインが引かれる。
続いて突風を巻き起こしながら、彼は激烈に降臨した。
男達の思考を否定するかの如く。世界の道理を捻じ曲げるかの如く。
派手な着地音と共に、砂埃が舞う。
その只中にて、彼の全身に流れる血色のラインが一際強く輝いた。
漆黒の鎧。大きな大きな、恐ろしい形相をした何か。
彼は周囲を見回し――最後に、こちらへ紅い双眸を向けた。
ゆっくり、悠然と近づいてくる。そんな彼に対して、男達は叫ぶ。
「悪魔だ! 悪魔が来た!」
怒鳴りながら、手に持ったそれを構える。次いで、さっきソニアが聞いたダダダダダ、という音が響き渡り、男達の持っている何かから火が出る。
けれど、彼は止まらなかった。
何かがその体に当たっているのか、火花が総身から生まれ続ける。
しかし、それだけだ。
男達の顔が恐怖で歪む。迫り来る鎧の面貌、獣が牙を剥いているかのようなそれを畏(おそ)れるかのように。
そして、男の一人が宙を舞った。
ソニアが認識できたのは、それだけ。瞬く間に他の物達も叩きのめされ、地面に倒れ伏せる。
これで全てが終わったのだろうか。
そう思い、安堵するソニアだったが――
次から次へと村にやって来る他民族の男達を見て、それはまだ先のことなのだと思い直した。
なれど、さっきまでの苦しい感情は、今の彼女にはない。
ソニアは彼を見つめた。父母もまたそうしながら、呟く。
「あ、悪魔……」
男達と同じことを言う彼等に、ソニアはムッとなる。
だが、彼は何も言うことなく彼女に近寄ると、そっと頭を撫でた。
それから、すぐに男達へと向かっていく。
大人は皆彼を悪魔と呼んだ。
しかし、幼き少女の目には、彼の姿がまっ黒な天使に見えた――
◆◇◆
毎度のことだが、気分は最低だった。
上空を亜音速で推進しながら、義人は思う。
地獄があるとしたなら、それはこの世界そのものだ、と。
紛争地帯に在る、小さな村での一時を振り返りながら、少年は心を暗くさせた。
それに反して。
『ヒーロー活動(笑)お疲れ様でした。いやはや、とても素晴らしいところでしたねぇ。あれぞまさに世界の縮図です。一種の美を感じますよ、えぇ。とはいえ、それもあなたによって破壊されたわけですが』
「……あれの、どこが美しいっていうのかなぁ? 反吐が出るよ、クソッタレ」
義憤が燃え盛る。
本当に、この世界というやつはどうしようもない。
少し前、上位ベヒモス襲来の際、義人は己の幸福を捨て、全世界の弱者を救うことを人生の指針とした。それからすぐに救済活動を始めたわけだが――
その凄惨さは、少年の心を抉り、人格の変革をもたらすに十分なものだった。
当初、義人は自身の活動にモチベーションがさほどなかった。
自分を幸せにしてはならない。これは決定事項だが、完全に納得しているわけではない。
まだまだ、自分を幸せにしたいと願う己は居る。だからか、世界の救済について、やる気が出なかった。
しかしながら、今は違う。
この世の地獄を見たことで、彼は誓ったのだ。絶対に、全ての弱者を救って見せる、と。
あんなおぞましい光景を目視し続けたなら、そう考えざるを得なくなる。
自分の幸せ云々など、どうでもいい。とにかく救うのだ。
そうしなければ、ついさっき防いだ悲劇が、無数に繰り返されることになる。そんなのは絶対に許せない。
義人は先刻救った幼き少女の顔を思い浮かべる。
もし、ちょっとでも駆けつけるのが遅かったなら。そう思うだけで、心がドス黒く染まった。
けれども、最悪の悲劇は回避されたのだ。何人もの人々が死んでしまったが、被害としては最小限であろう。
あの後、彼は一人一人と“話し合い”を行い、事態を穏便に解決した。
あの民族達は、今後仲良く手を取り合って生きていくことだろう。義人の“説得”により、彼等は“改心”したのだから。
しかし――そのやり方を、イヴが嘲笑う。
『それにしても、あなたはやはりわたしのパートナーですよ。善人面をしていますが、その実吐き気を催すような邪悪です。人の全てをブチ壊しにするようなことを平然と行って、いいことをした、という調子で喜んでいるわけですからねぇ』
「……否定はしないよ。僕だってこんなことはしたくない。けれど、こうする以外に方法はないんだ。……全員、“洗脳”して“人格を書き換え”なきゃ、憎悪は絶対に消えない。彼等の中に根付いてるナショナリズムは、言葉じゃ絶対に消えやしないんだ」
『でしょうねぇ。けれど義人、あなた、ナショナリズムを全否定していますがね、それは彼等の存在を全否定するのと同義であると自覚していますか? そして、自分のしていることが結局のところ。己の価値観を他人に押し付けているだけの独善でしかないということを、理解していますか?』
「……あぁ、わかってるよ。彼等には彼等の事情がある。殺し合うのも、憎しみ合うのも、彼等にとっては筋の通った道理なんだろうね。……そのことを、別に否定はしない。殺し合いがしたければそうすればいい。他民族を憎んで、襲って、強姦して、嬲り殺す。そういうのが文化だって言うなら、勝手にやればいいんだ。そんな土人共を救うつもりなんか、僕はさらさらない。けど……」
一呼吸してから、彼は続けた。
「子供が巻き込まれるのは、許せない。闘争と憎悪を望まない人々を巻き込むことは、許さない。人殺しがしたいクソッタレ共が共食いする分には、僕はノータッチでいよう。でも、この世界はそういう風には回らないんだ。殺したくない。殺されたくない。そんな人達が容赦なく巻き込まれて、酷い死に方をする。……それも不愉快だけど、そうした人間の悲劇を食い物にする連中は、もっと不愉快だ」
今回治めた紛争、実は陰で某国が動いている。
その国が後ろ盾となり、武器を流し、殺し合いを促したのだ。
全ては、国益のために。
義人は己が持つ異能をフルに使い、情報を得たことで、今回惨劇を最低限の被害者数で終わらせることができた。
けれども、喜び以上に怒りの方が大きい。
「君はきっと、こう言うんだろうね。人間社会においても弱肉強食は絶対的なルール。あぁいう弱者達は、強国の食い物とされるのがお似合いだ。弱者が不幸になることで強者が幸福になる。そうすることで、社会は円滑に回っていく、みたいな。……僕からすれば、クソくらえだね、そんなもの。君はこの世界の破壊を望んでたっけ? じゃあ見せてあげるよ。僕はこの世界を破壊する。そして、弱者も強者も平等に笑える理想郷に作り変える。そのために――この世界を、征服する」
少年の堂々たる宣言に、イヴは無機質な声で笑った。
『は、は、は、は、は、は。素敵ですねぇ。さすがわたしの愛しいパートナー。自分が邪悪の権化となりつつあることに全く気付いていない。それどころか、自分を全肯定していますね。よろしい。やってみなさい。あなたが進む道に在るのは、世界の滅亡のみです。わたしはそれが見たい。だから、協力してあげましょう。最後の最後まで、ね』
無感情な音色に、僅かだが熱狂の色があった。
それに鼻を鳴らした後、義人は思索する。
――世界を支配する、といっても、さすがに僕一人じゃ無理だ。僕には力がある。けれど、単独で世界の統治や改変ができるわけじゃない。だから……どう足掻いても、僕には“組織”が必要になるな。
そう思い、彼は一人の人物を思い浮かべた。
日本最大の暴力団、海山組組長、山田良真(やまだりょうま)。もう一年程前に出会ったあの男と、一度話し合いをしてみようか。
言うことを聞けばよし。聞かぬなら聞かせるまで。
いずれにせよ、まずは世界の裏側を支配する。そうすれば、悲劇の半分は阻止できるだろう。
その足掛かりとして、日本を手中に入れる。
そんなプランを頭の中で描きながら、彼は帰路を行くのであった。