僕は主人公になりたい ――最強の歯車・只野義人――   作:下等妙人

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第二章 密林の悪魔 6

「おい、ちょっとアレを見てみろ、白髪馬鹿(しらがばか)」

 

 言いつつ、京香は少年の髪を引っ掴み、顔面を窓に叩きつけた。

 

「ぐぇっ!? な、何を――」

「誰が質問をしろと言った。私はアレを見ろと言ったのだ。そう、歩道を歩くあのいかにもバカップルといった風情の二人組をな」

 

 少年の濁った瞳が、それを映す。

 それとタイミングを同じくして。

 

「彼奴等を見て、貴様はどう思う?」

「どう、思うって……鬱陶しいぐらいにしか、思いませ――」

「つまらん。あぁ、つまらん。マイナス二〇点だ、この犬っころ。もう残り五七点しかないぞ貴様。まったく、これからどうするつもりだ間抜けめ」

 

 本当にダメだなこいつ、といった感情が込められた言葉。それをぶつけながら、彼女は義人の顔面を窓にこすりつける、

 

「あの腐れバカップルを糞塗れにして、永遠に忘れられない思い出を作ってやる。と、それぐらいのことを言わんか、馬鹿者。あぁぁぁぁ、つまらんつまらん。非常につまらん。そんな貴様はこれから窓の掃除用雑巾として生きるがいい。貴様の存在価値などその程度だ、この布きれ野郎」

 

 次々と放たれる言葉。それが義人の中に浸透する度にストレスが生産され――

 

「ぬ、ぐぅ……ぅぅぅぅぅぅ…………! やめろ、このラフレシア!」

 

 大爆発。

 その途端、京香の手が止まる。

 次いで、彼女は義人の頭を両手で鷲掴み、顔を向けさせると。

 

「今、なんと言った?」

 

 真顔で、そう尋ねて来る。

 

 細められた紅い瞳からはかなりの圧が放たれているが、少年の精神は小動(こゆるぎ)もしない。

 

「ラフレシアって言ったんですよ。この難聴野郎」

「ほう? なぜ、この私がラフレシアなのだ?」

「あれ? わかりませんか? 自覚してないんですねぇ、ご自身の悪臭に。世間じゃあなたのことを大輪の花だなんて言う人が大勢います。まぁ、それは間違ってませんね。あなたは世界で一番大きな花ですよ。で、奇しくも植物の世界において、一番大きな花はラフレシアだ。いやはや、運命じみたものを感じますねぇ。世界で一番大きな花同士、何もかもがそっくりなんだから。無駄にデカくて気持ち悪くて、排泄物みたいな悪臭を放つ。つまり何が言いたいかというと……お前ウンコみたいにくっさいんだよ! 内面も! 外面も! 鼻がひん曲がるわ、このラフレシア!」

 

 壮絶な毒舌。その直後、金髪の少女から凄まじい殺気が放出された。

 が、罵られた当人はと言うと。

 

「く、くくっ……ははははははははははははははは!」

 

 腹を抱えて笑い始めた。

 

 車内に京香の笑声が響き渡る。

 何がそんなに可笑しいのかさっぱりわからない。だが、彼女の顔を見ていると、その感情が伝わってくるような気がした。

 

 紅い瞳に滲むその涙が、何かを懐かしんでいるように思えてならない。

 

 とはいえ、それ以上のことなど何もわからないし、知る気もないが。

 

「……罵倒されて笑うなんて、あなたはとんだマゾヒストですね。日本の未来が心配になってきましたよ、このダメ総理」

 

 第二の矢として放たれたそれに、京香は目を擦りつつ応答した。

 

「ふふん。貴様の無礼っぷりは大したものだな。これほどまでに私をコケにしおったのは、貴様で“二人目”だ」

「そうですか。一人目はさぞかし度胸がある人だったんでしょうね。あなた無駄に威圧感強いんですよ。そこらへんもラフレシアそっくりだ」

「ははっ、そうだな。あの馬鹿野郎は度胸の塊のような男だったよ。貴様と同じでな」

 

 何か妙な含みがある言い方だったが、別段興味もないので無視した。

 

 そして、車両が目的地たる自衛隊駐屯地へと到着。

 ドアが開かれたので、降りようと動く義人。だが、衣服の裾を引っ張られ、後方へと引き倒されてしまう。

 

「……何すんですか、こんちくしょう。僕はあなたの餌じゃありませんよ? お腹が空いたならハエでも捕まえてください、この糞花女」

「くくっ、ますますそっくりなっていきおるわ……ともあれ、最後に一言くれてやろう」

 

 そう前置いてから、彼女は嬉しそうに、楽しそうに言葉を紡いだ。

 

「また会おう。“淀川”義人」

 

   ◆◇◆

 

 我が国の長が若年性の痴呆にかかっていることを確信しながら、白髪の少年は自衛隊駐屯地の敷地内に足を踏み入れた。

 

 ――ほんっと、ムカつく人だったな。ていうか、最後のなんだよ。僕は只野義人だっての。この短期間で名前忘れるとか、白痴としか思えないよ、あのラフレシア。

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