空港──
「お? 応援呼んだのかな?」
「沖縄側の空港の監視だろ。占拠される可能性を考えてか。ようやく頭が回るようになってきたらしいな」
空港に現れたのは高専の制服を着た金髪の生真面目そうな少年と、黒髪の優しげな少年。
二人は辺りを見回しながら進んでいく。
「警戒してるねー」
捕まる気は更々ないので隠れて二人が通りすぎるのを待つ。
こういうときは術師に感知されない甚爾が羨ましい。
二人はそのままゲートを通り抜け、沖縄行きの飛行機に乗って飛び立っていった。
「さて、狩りますか」
既に一般人に紛れて手配書で見た顔がちらほらと。
やはり野良の呪詛師ばかりだ。
組織で行動している者達は『呪詛師殺し』の名を聞いて手を引いたらしい。
組織ごと来てくれれば一気に狩れたのだが。
──まあ、私に手を出さない組織には、こっちからも手を出さないって決まりだしね。
『縛り』ではなく口約束に過ぎないが、それが守られている間──私が安全な間は無闇矢鱈に暴れる必要もない。
「気絶させて外で始末──それでいいか?」
「うん。空港を血の海にするのはマズいから」
甚爾と別れて、それぞれで呪詛師を探す。
「沖縄……楽しんでくれてるならいいんだけど」
◆ ◆ ◆
同化当日の夕方。
星漿体とメイド、そして護衛の二人は沖縄から無事に帰ってきた。
どうやら沖縄では何事もなく過ごせたらしい。
「沖縄で殺れなかったなら最後は高専の周りに集まるよな」
学院でもダメ。移動中もダメ。沖縄でもダメ。
ならばラストチャンスは高専にたどり着くまでのここしかない。
待ち構えていれば次から次に呪詛師がやってくる。
数分後、私達の周りには、これでもかというほど呪詛師の死体が転がっていた。
「辺りにいた呪詛師はこれで全員かな」
「後始末の連絡は済んだ。すぐ掃除屋がくるってよ。撤収しようぜ」
高専の周囲で暴れたのだ。
直に騒ぎを聞き付けた術師が様子見にきてもおかしくない。
さっさと撤収するに限る。
「ちょっと待って。一応、高専に入ったところを確認してから……ん?」
三人が結界を抜け、高専に入ったところで私はふと気になるものを見つけた。
もしかしたら気のせいかもしれないし、無用な心配かもしれないが。
「おい?」
「ん……何でもない。行こうか」
◆ ◆ ◆
星漿体の件から数日経った昼間。
孔がアタッシュケースを片手に訪ねてきた。
「オマエらさぁ……思う存分殺っちまっていいとは言ったが、あそこまで派手にやるかね。掃除屋の連中が泣きながら西へ東へ駆けずり回ってたぜ?」
「どうせその死体売って稼ぐんだから楽に仕入れができてよかったじゃない。何に使うのかなんて聞きたくないけどさ」
「御託はいいからとりあえず出すもの出せよ」
「ほらよ。オレの取り分は抜いてあるから、後は二人で分けろ」
孔がアタッシュケースを甚爾に渡す。
それを開けると中には札束がぎっしりと詰められていた。
盤星教が提示していた三千万は遥かに超えているだろう。
それを見て甚爾がニヤリと笑みを浮かべる。
「こっちの依頼で正解だったな」
そう言って甚爾はアタッシュケースの中からキッチリ半分取ると、無造作に紙袋に放り込んで意気揚々と出ていった。
今日は馬か船か。
それとも競輪かパチンコか。
いずれにせよ最終的にあの大金は全て溶かして帰ってくるに違いない。
甚爾にギャンブルの才がないことなど百も承知だ。
「相変わらずだな、アイツも」
「孔。わかってることだけでいいんだけど、星漿体の件、あれからどうなったかわかる?」
「ん? ああ、星漿体が高専に入ったのはこっちでも確認してるんだがな。その後、同化はなしになったらしい」
「へぇ?」
「高専内部のことはあんまり漏れてこねぇから詳しいことは知らねぇが、星漿体が同化を拒んで、五条の坊がそれを押し通したらしいぜ。すんなり認められたあたり、事前に用意したスペアでもいたんじゃないかって話だ」
「なるほどね」
「五条の坊は高専上層部と犬猿の仲らしいからな。今回の件で坊がしくじれば「ざまあみろ」って感じだったんだろ」
それなら五条を護衛任務に指名したことにも納得がいく。
情報収集の時点でわかっていたことだが、五条は単独で動いたほうが強いタイプだ。
仲間と一緒に動く、あるいは誰かを守るとなると能力を発揮しきれない。
わざと失敗を期待しての人選だったというわけだ。
「ついでに、オマエと五条の坊が潰し合ってくれりゃなおよしだったんじゃねぇか? 裏の人間が高専に殴り込むわけにもいかねぇから自分達は安全なところから高みの見物ってわけだ」
「まあ、それはいいんだよ。あんな老害達いつでも殺れるから。意味がないし、面倒だしね」
私がそう言った途端、孔が頬をひきつらせた。
何を今更驚いているのか。
その気になれば私や甚爾は高専を相手取ることも不可能ではない。
高専の結界は『守る』というより『隠す』に特化したもの。
場所がわかれば襲撃はできる。
それに結界の管理者である天元は結界の効果で高専の地下最深部──『薨星宮』の本殿にいながら日本国内の事象を把握していると聞いた。
つまり、ここにいる私のことも知っている。
それは私を認識している──私の術式の発動条件を満たしているということだ。
「天元の術式の感覚狂わせて結界を解かせれば別に襲撃自体は難しくないよ。甚爾はそもそも結界素通りできるし。術師が出てきても視覚の感覚弄れば同士討ちさせて自滅させられるしね」
「オマエらってさ……強いというよりヤバいって感じだよな」
「だからこそ『
「頼むから呪術界そのものを崩壊させるようなことはやめてくれよ? 稼げなくなっちまう」
「
「オマエが言うと洒落にならねぇからな……肝に銘じておくよ」
冷や汗を滲ませつつ孔は帰っていった。
──さて、これで星漿体の件は一段落……なんだけど。
一人残されたリビングで私はアタッシュケースに残された札束を横目に思案する。
思い出すのは星漿体が高専に入っていくのを見届けたあの時。
私は一つ気にかかることがあった。
「
あの時見た夏油の目だ。
様々なドス黒い感情が煮詰められたようなあの目。
あの目を私はよく知っている。
裏の人間の目だ。
それでも
「情報収集の段階でかなり真面目なタイプなのはわかってたけど。ああいうタイプこそ溜め込んで一気に爆発するから怖いんだよ」
真面目ゆえに良くも悪くも自分の思想に一途。
一度堕ちてしまえばどこまでも堕ちていくタイプだ。
「金にはならないけど……将来のリスクを回避するためには仕方ないね。少々お節介を焼かせてもらおうかな」