『呪詛師殺し』に手を出すな   作:Midoriさん

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君はどんな生姜焼きが好み(タイプ)なのかな?


第拾壱話

「君が『呪詛師殺し』?」

 

「そうだけど」

 

「あれ? あっさり認めるんだ」

 

「何の確証もなくその名前出すヤツがいるわけないでしょ」

 

一仕事終えて家に向かっていたときだ。

人気がなくなったのを見計らったようにライダースジャケットをきた女が正面から近付いてきた。

金髪のロングヘア。

女にしては高い身長。

直接面識はなかったが呪術界で彼女を知らない者もいないだろう。

 

()()()()──九十九由基さん。手短に用件だけ聞こうか」

 

日本に三人しかいない特級術師。

最近特級に上がったと聞く五条と夏油、そして彼女。

一億二千万分の三──それをたった一ヶ月でコンプリートとはどんな遭遇率だ。

 

「話が早いね。いや何、いくつか聞きたいことがあるだけだよ。立ったまま話すのもアレだし適当に座ろうか」

 

そう言って九十九は近くのベンチに座り、私も隣に腰を降ろす。

 

「さて、まず一つ聞きたいんだけど──」

 

優雅に足を組んで九十九は話を切り出した。

 

「どんな女が好み(タイプ)かな?」

 

「……はい?」

 

耳がおかしくなったのか。

今、彼女は何と言った。

どんな女がタイプかな──と聞こえたような気がするが。

これはどういうことだろう。

彼女の術式にでも関係しているのだろうか。

 

「ああ、君は女だし男のほうがいいか。どんな男がタイプか教えてくれないかな?」

 

「……どういう意図があってそんな質問を?」

 

「何、ただの品定めだよ。性癖には人柄が出るからね」

 

ペースを乱すとか主導権を握るとかそういう意図があったわけでもないらしい。

呪力が練られていないことから術式にも全く関係ないようだ。

ふむ、と少々思案する。

何せ生まれてこの方、男や女という前に、そもそもロクデナシしか周りにいなかったのだ。

どんなタイプが好みかと言われても合致する人間がいない。

 

──嫌いなタイプなら腐るほどいたから、その逆を言えばいいのかな?

 

「強いて言うなら……高身長で筋肉はついてるほうが好き……かな? 性格は……まあ、かなり酷いのが近くにいるから、暴力と相当の特殊性癖がないなら大体許せると思うよ」

 

「思ったより無難だな」

 

「理想になるような男のサンプルがなくてね」

 

何せ右を見ても左を見てもクズばかりだ。

 

「苦労するタイプだな。よくお人好しって言われないかい?」

 

「まあ……それなりに」

 

「そもそも裏稼業でやっていくタイプじゃないだろう。君ほどの実力があるなら裏で腐るより私に雇われないか?」

 

「お断りだよ。飼われるのは趣味じゃない」

 

いいように使われて捨てられるのがオチだろう──と考えてしまうのは裏が長いからなのか。

例え九十九がどんな善良な人間であろうが私は既に他人を信じられるような感性はなくしてしまっている。

 

「即答か……結構本気だったんだけどな」

 

まあ、いいさ──と九十九はあっさり退いて本題を切り出した。

 

「私はやりたいことがあってね。術師の多くが行っている呪霊の祓除ではなく、そもそも呪霊を発生させない世界を作りたいんだよ」

 

「世界を作る……ねぇ?」

 

いきなり話の規模が大きくなりすぎではないだろうか。

『呪い』というものは遥か昔から存在している。

それこそ人類が生まれてからずっと。

術師、非術師、呪霊──様々な形で呪いはそこにあった。

それを変革しようとするなんて並大抵のことではない。

 

「私の考えているプランは二つ。一つは全人類から呪力をなくすことで呪霊を発生させないプラン。もう一つは全人類に呪力のコントロールを可能にさせて呪力の漏れ出しをなくして呪霊を発生させないプラン」

 

「ふーん……」

 

「全然興味ないって顔だね。これでも真剣に話してるんだけど」

 

「生憎呪霊は私の領分じゃなくてね。私の相手はいつだって人間なんだよ」

 

最初に私を襲ってきたのも呪詛師だったし、私の同僚や上司を皆殺しにしたのも呪詛師だった。

呪霊が生まれなくなったところで私の生き方は変わらないだろう。

 

「それに呪力をなくせば非術師と同じように通常兵器での戦争になるだけ。術師だけの世界にすれば呪い合戦になるだけ。どちらにしても大差ないよ」

 

「手厳しいね……」

 

「考慮してなかったわけじゃないでしょ。それでもそのプランを実行しようとしてるのは、人間同士の戦争より呪霊がいなくなることのほうがメリットが大きいと考えてるってことだよね」

 

リスクも計算せずに夢物語だけ語るタイプではないはずだ。

わざわざ『呪詛師殺し』に接触して妄想を語るなんて酔狂がいたら見て見たいものだが。

 

「それに君が言ったプランを聞いて大体察したよ。何で私を待ち伏せてたのか。どうせ甚爾へ繋いでほしいってのが本命じゃない?」

 

そう言うと九十九は図星とばかりに苦笑いを浮かべてみせた。

 

「彼は貴重なケースだ。世界中探しても呪力が完全に零なのは彼しかいなかった。是非研究させてほしくてね」

 

「百パーセント「面倒だ」で断られると思うけど」

 

「タダとは言わないよ。それに見合った謝礼はしよう」

 

「確かにアイツは目先の利益に釣られるタイプだけど、今回は首を縦に振ることはないよ。仮に協力したとして、世界を変革するのに一体何年かかるのかな。十年? 百年? それとも千年? そんな先のことは知ったことじゃないって言われておしまいだよ」

 

「ホントに手厳しいね……」

 

ただでさえ自分のメリットにならない仕事は受けない甚爾が手を貸すとはとても思えない。

九十九もこれ以上は無駄だと察したらしい。

ため息を吐いて立ち上がると近くに停めてあったバイクに跨がった。

 

「今日のところは退散するよ。気が変わったら適当に連絡してほしい」

 

「はいはい。甚爾が協力するなんて言い出す可能性なんてないと思うけどね」

 

「まさかここまで手酷くフラれるとは思ってなかったな。今日は本当は新しい特級術師二人に挨拶しに行きたかったんだけど」

 

「そっちのほうが有意義だったね」

 

それじゃあまた、と言って去っていった彼女だが、また会う機会など早々ないだろう。

去り際に渡された連絡先のメモをポケットに入れ、家に向かって歩き出す。

 

──帰って晩ごはん作らないとね。

 

そろそろ恵も帰ってくる頃だ。

冷蔵庫には何があったか──そんなことを考えていると、ポケットに入れてあった携帯から着信音が響いた。

取り出して画面を見れば甚爾からだ。

 

「もしもし、どうしたの?」

 

「恵が晩ごはんに生姜焼き食いてぇらしい。肉も生姜も切れてるから帰りに買ってきてくれ」

 

「了解。あ、そうだ。甚爾に一つ聞きたいんだけど」

 

「何だよ?」

 

「君はどんな女が好み(タイプ)なのかな?」

 

「……は? オマエ、暑さで頭やられたのか?」

 

「いや、さっき聞かれたから試しにね。品定めらしいよ。性癖には人柄が出るんだって」

 

「あー……そうだな。オレを養ってくれる女。金くれる女。ギャンブルしてても文句言わねぇ女。それから──」

 

「清々しくクズな答えをありがとう。肉と生姜買って帰るね」

 

最後まで聞かずに電話を切る。

ふざけていると思った問いは中々正確らしい。

甚爾(ヤツ)は性癖も含めて誰が何と言おうとクズであることは間違いない。

好みのタイプにはその人物の全てが反映される──覚えておこう。


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