『呪詛師殺し』に手を出すな   作:Midoriさん

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続いて■■県■■市で起きた倒壊事故。近年関東を中心にビルの倒壊事故が頻発しており──


第拾弐話

「あー……暑い」

 

うざったくなるほどの炎天下。

さっきまでビルだった瓦礫の山を背に歩き出す。

東京で活動していた呪詛師集団の本部が、まさかこんな遠方にあったとは。

道理で見つかりにくいはずだ。

 

「次の電車何時だっけ……ん?」

 

時刻表を検索しようと携帯を取り出したときだった。

不意に感じる纏わりつくような重く濃い呪力の気配。

それもかなり近い。

 

「嫌な予感がするけど……」

 

わざわざ様子など見に行かず、このまま帰ってしまえばいいものを。

わからないままにしておきたくない。

慎重ゆえに不確定要素を放って置けない裏の人間の悪いクセ。

呪力で脚力を強化して一足飛びに気配のする場所に向かう。

 

「あそこかな?」

 

呪力の源は寂れた神社らしい。

 

──聖域のはずの神社から呪いの気配がするなんて絶対ロクなことじゃないでしょ。

 

その予感の通り、神社に近付くにつれて呪霊の姿が見えてきた。

人間の背丈を優に超える巨体。

意味を持たない奇声をあげつつ境内で暴れ回っている。

その手前には人影。

 

「あれって……」

 

高専の制服をきた金髪と黒髪の二人組。

星漿体の件で空港に現れた二人だ。

ここへ来たのも任務だろう。

だが、明らかに劣勢。

呪力で強化しながら術式も使っているのだろうが、全く相手には通じていない。

観察しているうちに黒髪の少年が吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。

すかさず呪霊はトドメとばかりに大きな口を開け少年を飲み込もうとしていた。

 

「あー、もう!」

 

甚爾なら「タダ働きなんてゴメンだね」と平気で見捨てただろう。

だが、ここでも良心が私を逃がしてくれない。

ダン、と思い切り跳躍し、黒髪の少年の背後に着地する。

 

「はい、ちょっと下がっててね」

 

「うわっ!?」

 

黒髪の少年の襟を掴んで後ろに下がる。

次の瞬間、バクリと呪霊の口が閉じられた。

後少し遅れていれば彼の下半身は丸ごと食いちぎられていただろう。

 

──ギリギリセーフ。

 

「アナタは……!?」

 

「あー……通りすがりのこっち側の人間だよ。それより早く逃げて。土地の境まで行けば多分大丈夫だから」

 

金髪の少年の問いをさらりと誤魔化して黒髪の少年を押し付ける。

産土神信仰──状況から察するに土地神が堕ちたらしい。

ならば、この土地から出ればとりあえずは問題ないだろう。

 

「しかし……」

 

「大丈夫。行って」

 

恐らく一級呪霊だが問題ない。

普段、特級呪霊を一方的に倒せるレベルの化物を相手にしているのだ。

この程度の呪霊なんて相手にならない。

二人が走り出すのを見送って、私は呪霊に向かって駆け出した。

 

「さて……サービス残業といきますか」

 

◆ ◆ ◆

 

高専──

 

「謎の術師に助けられた?」

 

「高専の術師ではなかったようですが……」

 

こんな感じでした、と金髪の少年──七海は記憶を元に描いた似顔絵を机の上に置く。

なにぶん一瞬のことだったので、と七海は言うが、その声は既に五条の耳には入っていなかった。

 

「傑」

 

「ああ、間違いない。『呪詛師殺し』だ」

 

五条も夏油も食い入るように似顔絵を見つめる。

忘れるはずもない顔。

『最強』である二人を難なく捌いてみせたあの『呪詛師殺し』。

二人が自分達の任務の最中に乱入してきた人物が『呪詛師殺し』であるとわかったのは、星漿体の護衛が終わり、担任である夜蛾に報告していたときだ。

 

◆ ◆ ◆

 

「──恐らくそれは『呪詛師殺し』だ」

 

「あの……ですか……!?」

 

「誰それ? 有名人?」

 

首を傾げる五条に夏油と夜蛾の呆れ混じりの視線が突き刺さる。

 

「呪詛師専門の殺し屋だ。懸けられている賞金総額は悟を超えている」

 

「マジ?」

 

「『呪詛師殺しに手を出すな』──裏では暗黙の了解だ。実際、手を出した呪詛師は組織ごと壊滅させられている。それに、オマエ達相手に無傷なくらいだ。実力は本物だろう」

 

「確かに手も足も出ませんでした。余裕で遊ばれたと言ってもいいくらいに」

 

「悟。傑。言っておくが、今度『呪詛師殺し』と会うことがあっても戦うな」

 

「あん? やられっぱなしでいろって? そりゃないんじゃねぇのセンセー」

 

『最強』二人の初めての完敗。

当然、二人とも次は負けないと意気込んでいたのに、まさか戦うなと言われるとは思っていなかった。

それでは黒星を挽回できるチャンスは二度とない。

そんなことを素直に受け入れられるほど五条と夏油は大人ではなかった。

 

「手を出さなければ被害は最小限で済む。裏ではヤツが動く際には『呪詛師殺しが絡んでくる』と警告が出されるという噂まである。裏ですらその扱いだ。オマエ達との敵対をきっかけに高専が潰される可能性すらある」

 

しかし、続く夜蛾の言葉に夏油は言葉を失い、五条も目を見開いていた。

高専を潰すなど正気の沙汰ではない。

それは呪術界の崩壊と言っても過言ではないのだ。

 

「マジで言ってんの?」

 

「今回、星漿体の暗殺に関わってきたのは盤星教の他は単独で活動している呪詛師だけだ。他の組織は『呪詛師殺し』が絡んでいると聞いて軒並み手を引いたらしい。わかるか? 敵対するなら、それが組織であってもヤツには関係ないんだ」

 

相手が例え高専でも。

最後に夜蛾はもう一度「『呪詛師殺し』には手を出すな」と告げて二人を職員室から追い出した。

まだ言いたいことはあったが、夜蛾に噛みついたところでどうにかなるものではない。

夏油に促され、五条も職員室を後にする。

 

「俺達が生き残れたのは『運がよかった』だけだっただと……? その気になりゃいつでも殺せたってか?」

 

「だろうね。体術も相当できたし、状況判断も早かった。私の呪霊も軽くあしらわれたし、何より悟の六眼と無下限呪術を攻略したんだ。彼女に殺意があれば、あの場で理子ちゃんと黒井さん共々殺されてた」

 

ギリッ、と五条の歯噛みの音が夏油の耳に届いた。

 

「手を出すな──つったってこのままでいくかよ」

 

「しかし、どうやって見つける? 私達が得ている情報はほとんどない。精々が顔と背格好くらいだ」

 

「いざとなりゃ家の力で何とかするさ」

 

◆ ◆ ◆

 

「──なーんて言ってたのに、あっさり見つかるとはな」

 

五条が口の端を吊り上げる。

ギラギラと目を光らせるその様は獲物を見つけた獣のようだ。

しかし、呪力を迸らせる五条に待ったをかけた人物がいた。

七海だ。

 

「五条さん。私達は彼女に助けられました。敵対するのは早計なのでは?」

 

「確かに……それに黒井さんの件もある」

 

夏油も先の出来事を思い出す。

黒井を置いていった自分のミスを結果的とはいえカバーしてくれたのは他でもない『呪詛師殺し』だ。

それに自分達を殺さなかったこと。

天内に沖縄行きのチケットを渡し、呪詛師との遭遇率を下げてくれたこと。

そもそも護衛中にほとんど呪詛師からの襲撃がなかったこと。

彼女の意図を知ることはできないが、まるで自分達を助けるような行動をとっていることが気にかかる。

夏油の聞いた噂では『呪詛師殺し』は戯れでビルを倒壊させたりするほどの危険人物という話だったのに。

 

「そこは……あー……()()ってことでヨロシク」

 

「クックッ。()()ね」

 

例え手助けしてくれたのだとしても、それはそれ。

何がなんでも五条は敗北の借りを返したいらしい。

 

「負け犬に甘んじるならそれでもいいぜ? ()()『最強』だし」

 

()()が『最強』だろ。もっともあそこまで負けておいて言えたことじゃないけど」

 

「今度勝てばチャラだろ」

 

「勝てば、ね」

 

しかし、二人が急行したにも関わらず、七海達がいた神社には既に『呪詛師殺し』の姿はなく、祓われたとみられる呪霊の残穢が僅かに残っているだけだった。

それ以降、再び『呪詛師殺し』の手がかりは途切れ、いつまでも黒星を返上できない苛立ちが募る日々。

更に追い討ちをかけるように二人は任務に忙殺されることになった。

 

◆ ◆ ◆

 

九月──某所。

その日、夏油が訪れたのはとある村落。

村人の神隠し、変死が続出したため、原因の呪霊の祓除を行うためだった。

呪霊は問題なく祓われ、そこで話が済めばよかったのだが、その後に村人は夏油を村外れの建物へ案内した。

曰く、事件の原因がここにいる、と。

 

「これは何ですか?」

 

そこにいたのは牢屋に入れられた二人の少女。

体のそこかしこにアザ。鼻血の痕。殴られたときに口の中を切ったのか唇の端から血が垂れている。

 

「■■■■■? ■■■■■!」

 

「■■■■■! ■■■!」

 

これは何だ──と説明を求めた夏油だが、何か喚き立てる村人の言葉は理解できない耳障りな音としか感じられなかった。

 

──私達は『最強』だと思っていた。

 

攻防兼ね備えた五条の無下限呪術に、夏油の手数と変幻自在の呪霊操術。

単独でも並の術師など相手にならない二人が揃えば、それは『最強』と言っても過言ではないと。

しかし、実際はどうだ。

 

──『最強』を名乗っておきながらこんな子供すら救えない。

 

自分達は所詮、井の中の蛙に過ぎなかった。

それを自覚したとき夏油の何かが壊れた。

 

「皆さん、ちょっと外に出ましょうか」

 

何が『最強』だ。

結局のところ自分は何も見えていなかったのだ。

二人は『最強』──それを疑ったことなどなかったのに。

たった一度の敗北で、それが容易く揺らいでしまっていた。

何もかもどうでもよくなるほどに。

 

──もう……疲れた。

 

いつもの冷静な夏油なら違った対処をしただろう。

しかし、今の夏油は普通というには程遠い精神状態だった。

建物の外へ出て呪霊を展開する。

目の前には何事か喚き立てている村人達がいる。

その声が夏油の苛立ちを更に募らせていく。

 

──猿が……。

 

呪霊に攻撃を命令しようとした──その瞬間だった。

村人達が残らずバタバタと倒れたのは。

 

「なっ……!?」

 

まだ呪霊は何もしていない。

何が起こったのか。

確認のために村人に近付こうとしたとき、するりと夏油の横を抜けて誰かが正面に回り込んできた。

 

「はい。ちょっと待った」

 

忘れるはずもない人物がそこにいた。


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