『呪詛師殺し』に手を出すな   作:Midoriさん

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平等に人を助けるなんてそもそも無理なんだから、助けたいと思った人を助けるくらいでいいんだよ。全部救おうとしても零れ落ちるだけだしね。


第拾伍話

「──五条先生。呼び出したクセに寝てないでくださいよ」

 

「んー……ああ、恵」

 

椅子で寝ていた五条が目を覚ます。

 

「久しぶりに懐かしい夢見たんだー。僕と傑が初めて『呪詛師殺し』にフルボッコにされたときの夢」

 

「ああ、星漿体の護衛のときでしたっけ」

 

「そう。まさに完敗。手も足も出なかった」

 

若かったなぁ、と五条は懐かしむように窓の外に目をやった。

『最強』二人揃っての完敗。

今でも忘れていない。

 

「その後しばらくして再会してさ。高専に誘ったんだけど振られたんだ。このGLG(グッドルッキングガイ)五条悟の誘いを断るなんて普通ありえないよねー」

 

「そのとき、あの人に夏油先生とそろって土下座させられたって聞きましたけど」

 

恵がそう言った瞬間、大仰な身振り手振りを交えて話していた五条の動きがピタリと止まる。

そして油の切れたブリキ人形のようにぎこちない動きで振り返った。

その顔に先ほどまでの笑みはない。

 

「…………。恵、それ誰から聞いた?」

 

「家入さんから。ついでに写真も見せてもらいました」

 

グシャリと五条の手にあった書類が握り潰される。

五条にとって最大級の黒歴史。

最も忘れたい記憶。

おぼろげだが家入が楽しそうに写真を撮っていた覚えはある。

しかし、それを十年以上経った今も持っていたというのか。

無駄に綺麗な能面のような顔で固まっていた五条だが、しばらくして現実に戻ってきたらしい。

 

「あー……で、何だっけ。ああ、そうそう。そのときにさ、恵を高専に入れるって話を出してきたんだよ。表向きは僕達に鍛えてほしいからなんて話だったけど、ぶっちゃけ恵が高専に入れられた理由は──抑止力だね」

 

「抑止力?」

 

「裏に名を轟かせる『最凶』二人の関係者って時点で、上の老人達は戦々恐々だろう。何せあの二人には容赦ってものが欠片もない。その気になれば二人だけで呪術界を相手にできる」

 

過大評価でも何でもなく。

事実としてだ。

現代最強術師と謳われる五条の目から見ても、あの二人は化物と言っていい。

『術師殺し』の異名通り、呪力がないため術師では感知不能。

五条の六眼で追えないほどの高速移動。

近接戦を挑めば、その人間離れしたスピードとパワー、そして様々な呪具を変幻自在に使いこなすスキルによってまず間違いなく負ける。

片や『呪詛師殺し』は認識されなければならないという弱点はあるが、無人兵器でも持ってこなければ人間相手では相性は最悪だ。

その姿を見た時点で、その声を聞いた時点で、触れられた時点で、そして何より彼女の呪力を感知した時点で術中に嵌まってしまう。

そうなればもう何が正しいのかわからない。

見るもの、聞くもの、触れるもの、感じるもの全てが信じられなくなる。

脳の認識を弄られるとはそれほどに恐ろしいのだ。

その上、術式反転の自己暗示で『術師殺し』に次ぐほどの化物染みた身体能力を発揮してみせるときた。

 

──まあ、僕達も負けるつもりはないし、本人が言ってた通り弱点はあるんだけどさ。

 

認識する前なら彼女はただの人間だ。

ならば彼女を認識せずに攻撃すればいい。

例えば森の中に呼び出して、とりあえず彼女がいるであろう一帯を遠くから丸ごと吹き飛ばしてしまえば倒すことは可能である。

 

──ンなことしたら間違いなく恵がキレて()()()出してくるだろうからやらないけど。

 

「君がいるせいで上は悪巧みがしにくくなってる。君を消してしまいたいところだけど、それは『最凶』を敵に回すことと同義だ。なら、多少扱いにくくても生徒として手元に置いておくほうがいい──上の判断はそんな感じ」

 

最悪、人質に使えるとでも思っているのだろうが、それは愚策だ。

恵自身あの二人に鍛えられただけあって十分に強者の部類。

禪院家相伝の十種影法術。

甚爾に鍛えられた体術と武器術。

『呪詛師殺し』から学んだ人心掌握と常識。

今や五条と夏油に次ぐ実力者だ。

そう易々と捕縛できるわけもないし、それに手間取っている間に二人が到着して殲滅戦になるだろう。

 

「それに上がそうやって頭を押さえ付けられてるから僕も割りと自由に動けるし。僕と彼女ぶつけて潰そうとしたり、傑を呪詛師にしようと企んでたことが高くついたね。彼女、面倒事大嫌いだからさ。相当お怒りだったみたいだし」

 

「そんな話いつの間に……」

 

「昔、色々話し合いに時々恵の家に行ってたでしょ。あのときにね。今思い出しても、あの頃の恵は子供とは思えない性格してたよねー。僕のことバリバリ警戒してたし」

 

「白髪の怪しい男が家に来たら普通警戒するでしょ。しかも、最初は会うなり親父に突っかかっていくほど尖ってたのに、教職就くなり、ちゃらんぽらんなキャラになってましたし」

 

「恵って基本的に僕に辛辣だよね。まったく親の顔が見てみた……くないね、うん。『術師殺し(アイツ)』の顔は見てるだけで殴りたくなる」

 

「五条先生も夏油先生も親父と仲悪いですよね」

 

「だってアイツさぁ……六眼で追えないくらいの人間とは思えない動きするわ、手合わせだってのに加減なしに殺しにくるわで、何よりあの性格がムカつくよね。僕達のことを高専の()とか言ってきてさ。こっちが犬なら、あっちは猿だっての」

 

犬猿の仲。

あるいは同族嫌悪か。

どっちもクズであることに変わりはないだろうに。

 

「まあ、中でも一番ムカつくのは、そのクズが結果的に僕達を『最強』へと押し上げてくれたってこと。僕が反転術式や術式の自動化、領域展開できるようになったのもアイツと手合わせしてた中でのことだったしね。喉ブッ裂かれて、全身滅多刺しにされて、トドメにタコ殴りにされて、それでようやく『最強』になれたんだ。いやー、ブチギレて覚醒なんてマジであるんだね。漫画の中だけだと思ってたよ」

 

「その手合わせのときって夏油先生は……」

 

「傑も相当やられてたよ。手持ちの呪霊をことごとく斬られて補充も追い付かなくなったせいで、近接戦挑むしかなくなってさ。憐れなくらいボコられてた。毎日毎日全身打撲と骨折の無限ループ。おかげでえげつないくらいに鍛え上げられて、今じゃ僕もマジにならないと傑に体術と武器術のスキル追い付けなくなってるからね。式神使いは術師本人を狙え、なんて言うけど、むしろ傑は近接挑んだほうが死ぬよ。油断すれば呪霊も飛んでくるし」

 

そんな経緯を得て今二人は真に『最強』となった。

 

「アイツがいなかったら未だに僕達は『最強』になれてなかった」

 

きっと今でも半端者の『最強』だっただろう。

性格は二人とも相変わらずのクズであるが。

 

「それに彼女にも大きな借りがある。あの人がいなかったら傑は精神的に壊れてたからね」

 

「壊れてた……?」

 

「呪霊操術は呪霊を取り込めば取り込むほど強くなれる。で、取り込むのに祓った呪霊を玉にして飲み込むんだけど……その呪霊がね、超マズいらしいの。傑曰く、ゲロ雑巾の味だって。それをあの人の術式で特定の味だけ感じられないようにしてもらったんだよ。脳に作用するってのはマジで便利だよね」

 

もしも、自分が強くなるためにゲロ雑巾の味がする物体を何千と飲み込まなければならないとしたら──その光景を想像して恵の顔から血の気が引いた。

 

「あ、そうだ。昔話に夢中になって用件忘れてた」

 

「忘れないでください」

 

「ゴメンゴメン。実は恵に極秘任務を一つ頼もうと思ってさ」

 

「何です?」

 

「特級呪物──()()宿()()()()の回収」

 

「は? 両面宿儺の指って……特級の中でも格が違う呪物じゃないですか。ガセじゃないんですか?」

 

「それがマジらしいんだよねー。場所は仙台」

 

両面宿儺の指──千年以上前に存在したとある呪詛師の指の屍蝋。

生前は当時の呪術師が総力をあげて挑んだにも関わらず全滅。

呪物に成った今も封印をかけなければ呪霊を呼び寄せる厄介極まりない代物だ。

 

「俺でいいんですか?」

 

「大丈夫でしょ。一応、封印されてるらしいし。それに君は、あの術師殺しと呪詛師殺しの子どもなんだからさ」

 

「親父はともかく、あの人は親じゃないですよ。つーか、面倒だから俺に投げたんでしょ」

 

「えー? 何ていうんだっけこういうの。かわいい子には旅をさせよ? それとも獅子は子を谷から突き落とすってヤツ?」

 

「はぁ……わかりましたよ」

 

「詳しい情報はコレに書いてあるから読んでおいてねー。僕はちょっと硝子のところに行ってくるから」

 

言うが早いか五条は持っていた書類を恵に押し付けると職員室を飛び出していく。

黒歴史を消し去るために。

 

──家入さんならバックアップ取ってそうだけどな。

 

あの『最強』二人を一生イジれるネタをそう簡単に手放すとは思えない。

家入も家入で中々に意地の悪い性格をしているのだ。

恵は、ため息を一つ吐いてクシャクシャになった書類を丁寧に伸ばすと目を通していく。

 

「仙台……か」

 

「恵」

 

新幹線の時間を確認しようとスマホを取り出したとき、後ろから声がかけられた。

振り返ればそこには件の人物が。

高専所属でもないクセに結界を抜けていることは今更驚くには値しない。

周りの職員が誰一人驚きの声を洩らさないことにも。

どうせいつも通り認識を操っているのだろう。

 

「これから任務?」

 

「はい。仙台まで」

 

「そう。気をつけてね。ところで坊っちゃんがどこにいるか知らない? こないだ高専に引き渡した呪詛師の賞金受け取りにきたんだけど」

 

「五条先生なら今出ていきましたよ。家入さんのところです」

 

「ありゃ……入れ違いになったか。ありがと。行ってみるよ」

 

「あの……一つ聞いてもいいですか」

 

「ん?」

 

職員室を出ていこうとする彼女に恵は思わず声をかけた。

さっきあんな昔話を聞いたせいだろうか。

ふと気になったことがあったのだ。

 

「アンタ……何であのクソ親父拾ったんです? それにオレの面倒まで見て。メリットなんてなかったでしょ」

 

「あー……恵。もしかして何か負い目でも感じてる? 十年以上居候してたし」

 

「ずっと親父が迷惑かけ続けて……オレのこともあったから放り出せなくて……そんなことがアンタの時間をほとんど奪って……それがなかったら、アンタもちゃんと自分の人生があったんじゃないですか」

 

「それがなかったら……か。タラレバの話は基本的に禁句なんだけどね。術師に悔いのない死はないってのは有名だし、裏では尚更ロクな死に方しないし」

 

彼女は苦笑いを浮かべてそう言った。

仮定の話に意味はない。

ああしていれば、こうしていれば──それを言ったところで死ぬときは死ぬのだ。

判断を誤った場合もあれば、どうしたって救いがない場合もある。

だからこそ──

 

「──今あることが全てだよ。他の未来もあったかもしれない──それでも私は甚爾と恵を受け入れた。それだけのこと。私が選んで私が決めたこと。私自身の意志だから。君が負い目を感じることはないよ」

 

「お人好しすぎるでしょ」

 

「あはは……ホントにそうだよね。でも、私は自分の良心に従って助けただけだから。損得なんて考えてなかったし」

 

「良心……」

 

「呪詛師とはいえ、散々人を殺しておいて何言ってるんだと思うかもしれないけどね」

 

手を伸ばしてしまった。

損得も理屈もなく、ただの良心で。

 

「もう私には自分自身くらいしか信じられるものがないからさ」

 

そう言って一歩近付いた彼女は、トン、と恵の胸を指で軽く突いた。

 

「迷ったときは自分自身に従ってみなさい。他人なんて信用ならない業界だしね」

 

「……はい」

 

よろしい、と言って今度こそ『呪詛師殺し』は職員室から出ていった。

その後ろ姿を見ながら恵は思う。

彼女こそ真っ当に幸せになるべき人だったのではないか。

本当に運が悪かったとしか言い様がない。

たまたま通り魔のような呪詛師を返り討ちにして、そこから様々な組織に狙われるようになった。

想像を絶する地獄だっただろう。

誰にも助けを求められず、呪詛師を殺して得た金だけが命綱だった。

真っ当に生きようとしても結局バカな連中のせいで逃がしてはもらえない。

そうして彼女は裏で生きることを余儀なくされた。

 

──善人が幸せを享受できるのが正しいとしても、全自動でそうなってくれるように世界はできてない。

 

世界は残酷だ。

自分を助けてくれた恩人が真っ当に生きることを諦めなければならない。

優しく頭を撫でてくれた手を血で汚して生きていかなければならない。

彼女の優しさを感じるたびに思うのだ。

他に道はなかったのか。

もっと別の選択肢があったのではないか。

そして、いつも結論は『どうしようもなかった』の一言だけ。

 

──全くもって反吐が出る。

 

そもそも彼女が一番苦しんでいるときに恵は生まれていなかったし、さっき言っていたようにタラレバの話に意味はないのはわかっている。

過去はどうしたって変わらない。

 

──なら、せめてアンタがこれからの未来を少しでもマシに生きられるように。受けた恩を返せるように。

 

自分が呪術師になることでそれが叶うのならそうしようと。

だから彼女から高専のことを提案されたときに恵は二つ返事で了承した。

 

──あの人の言う良心とは違うんだろうが……あの人に恩返しができるならオレはそれでよかったんだ。

 

彼女に一番恩を返すべき甚爾(クソ親父)は今も昔もあの体たらく。

なら自分だけでも。

そこで恵は思考を打ち切った。

とりあえず今は目の前の任務を片付けなければ。

気付けば随分長く立ち尽くしてしまっていたらしい。

昼休憩のチャイムが鳴っていた。

 

「──行くか」


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