『呪詛師殺し』に手を出すな   作:Midoriさん

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いい客ってのはオレに迷惑をかけずスマートに仕事を終えてくれる客のことだ。


第弐話

走り書きされたメモにある住所は随分と年季の入ったアパートの住所だった。

その一階の突き当たりの部屋。

等間隔に並んだドアの前を通りすぎ、目当ての部屋の前で立ち止まる。

ドアの横には『伏黒』とあった。

 

「フシグロね……伏黒甚爾。違和感あるなぁ」

 

初めて会ったときから二人で住んでいた部屋を出ていくまでアイツはずっと禪院甚爾だったのに。

裏で見ないと思ったら、知らないうちに婿入りしているとは。

色々聞きたいことはあるが、目的を果たすのが先だとドアノブに手をかけると、すんなり回転する。

 

「開いてる……」

 

裏の人間が無用心にもほどがあるだろう。

少しの間、日向の側にいただけでそこまで鈍ったのか。

そのままドアを少し開けて中を窺えば玄関には黒い革靴が一足。

甚爾のものではないだろう。

アイツは革靴を日常的に履くタイプの人間ではない。

しかし、こんないい革靴を履くクセに空き巣とは変わったヤツもいたものだ。

 

「──って、ああ、アイツか」

 

そこまで考えて、ふと一人思い当たる人物がいた。

私と甚爾の共通の知り合い。

もう随分付き合いの長い裏の人間。

完全にドアを開けると奥に見覚えのある黒いスーツの後ろ姿が見えた。

 

「孔」

 

「ゲッ……」

 

呼びかけると振り向いたのはやはり見知った口ヒゲの男。

仲介屋──孔時雨。

孔は、こちらを見るなり露骨に顔を歪めてみせた。

客の目の前でその顔はダメだろうに。

まあ、それも当然かもしれない。

彼にとって私は長くつるんでいる客ではあるが、決していい客ではない。

 

「お得意様に向かって出会い頭に「ゲッ」とはご挨拶じゃない」

 

「何でオマエがここに……」

 

「甚爾の子供がいるんだって? とりあえずウチのほうに連れていくから」

 

手早く靴を脱ぎ、奥の部屋に進むと本当に子供がそこにいた。

 

──恵っていうから女の子かと思ってたんだけど、まさか男の子だったとは……。

 

しかも一目で彼の子供だとわかるほどソックリな黒髪の子供。

怯えさせないようにゆっくりと近付いたところで、しゃがみこんで視線を合わせる。

 

「伏黒恵君……だよね?」

 

「…………」

 

子供は私をジッと見つめたまま動かない。

警戒もあるだろうが、どうすればいいのか困惑しているようだった。

まあ、面識はないし当然か。

泣き叫ばれなかっただけよしとしよう。

このままというわけにもいかないので携帯の連絡先からさっき登録した番号を呼び出し、スピーカーをオンにする。

 

「甚爾、恵君いたよ」

 

「恵ィ、今オレ動けねぇから、ソイツの言うこと聞いとけ」

 

必要最低限のことだけ伝えるとブツリと通話は切られてしまった。

もう少し説明がほしいところだったが、甚爾の不器用さは嫌になるほどよく知っている。

言うことを聞くように言ってくれただけで御の字だろう。

 

「と言うわけで、とりあえず私と一緒に来てくれるかな? 君のお父さん今ウチにいるから」

 

「ん……」

 

たった一言とは言え、父親の声を聞けたことで一応の信頼は得られたのか、子供はコクリと頷いてくれた。

そこへ、いつの間にかベランダで呑気にタバコを吸っていたらしい孔が顔を出す。

 

「話はついたか」

 

「ずっと気になってるんだけど君こそ何でこんなところにいるの? 仲介屋からコソドロにでも転職した? 客の家に空き巣なんて報復されても知らないよ」

 

「冗談。禪院……今は伏黒か。ヤツに頼まれてたんだよ。時々でいいからガキの様子見に来てくれって合鍵押し付けられてな。結婚してからキッパリ女との繋がり切っちまって預けられるヤツがいなかったんだと」

 

孔の発言に私は思わず言葉を失ってしまった。

あの甚爾が女との繋がりを切った?

東京のど真ん中に隕石が落ちたと言われたほうが信じられる話だ。

顔の良さと手八丁口八丁でするりと情が深そうな女の懐に入り込んでは世話をしてもらう。

そういう女のところを転々としていたのが私の知る甚爾だ。

 

──本当に奥さん何者……。

 

アイツをここまで変えた人間を私は知らない。

女の側が甚爾に丸めこまれて彼の財布と化していくことはあっても、彼自身が変わることはなかったのに。

よほどの女傑だったのか。

いや、それでも甚爾なら飄々とかわすだろう。

だとすれば──

 

──本気で惚れてたんだねぇ。

 

今までの荒くれぶりを直すほどに。

何人もの女を財布として使い捨てて、けろりとしていた彼が、彼女一人を亡くしただけで自棄になるほどに。

甚爾は彼女のことを想っていた。

あの不器用な男が。

似合わないと笑うにはあまりにも真剣すぎる。

 

──そのまま日向の側(こちら)にいればよかったのに。

 

そんなことを考えていると孔がこちらに目を向けていた。

 

「ところで……オマエとヤツが一緒にいるってことは、オマエらヨリ戻したのか?」

 

「元々ヨリ戻すも何もないよ。帰り道に家の近くで倒れてたから拾っただけ。あのケガじゃしばらく仕事は無理なんじゃないかな」

 

「倒れてたぁ? 道理で依頼完了の連絡寄越さねぇわけだ。久しぶりの仕事でトチったか。鈍ったなアイツも」

 

「ああ、そうそう。甚爾から君に伝言──「刺し違えたがターゲットは殺った。全快したら金取りにいくから用意しておけよ」ってさ」

 

「ケガしてるクセに報酬には抜け目ねぇな、アイツ……」

 

「いきなり出戻りにデカイ仕事紹介するとか仲介屋としてどうなの?」

 

「アイツならブランクあってもいけると踏んだんだよ。他のヤツならともかく『術師殺し』だしな」

 

そう言って孔は軽く肩を竦めてみせた。

呪力のない甚爾は呪具なしでは低級の呪霊すら祓うことはできないが、対人戦となれば話は別だ。

素の力だけで術師の呪力で強化された身体能力を凌駕するのだから。

 

「まあ、それは終わったことだからいいんだけどね。ちょうど会えたことだし何か私向けの仕事あるなら受けるけど?」

 

「つってもなぁ……オマエ、呪詛師専門の殺し屋じゃねぇか。呪詛師の中にもオレの客はいるし、あんまりオマエにその手の仕事まわすと逆に自分のクビ絞めることになるからな」

 

孔はポケットから携帯を取り出すと、依頼のリストを流し見していく。

彼は仲介屋としては優秀だが、稼がせてくれるなら客を選ばないという性格だ。

もし私を確実に消せて、私より稼がせてくれる客がいたなら、平気でそっちと組むだろう。

 

「今は……ねぇな。最近は野良も組織も呪詛師連中は揃ってナリを潜めてるから、居場所特定するのですら一苦労なんだよ」

 

「ん? 好き勝手に殺して稼いでが呪詛師の基本でしょ? 何でそんな消極的なわけ?」

 

「御三家の五条に生まれたガキだよ。六眼と無下限呪術の抱き合わせって規格外。生まれただけで呪術界の均衡をぶち壊すような存在だ。生まれて数年でトータルの賞金が億を超えやがった。かなり前から有名だったぜ?」

 

「億ねぇ……」

 

「クックッ……()()には興味ねぇってか」

 

孔は愉快そうに笑う。

トータルの賞金が億を超える──それは確かに裏でも珍しいが、これまでにもなくはない。

というか、私自身がその経験者だ。

現在、裏で懸けられている賞金総額のトータルトップ──それが私なのだから。

今まで何度も襲撃を受け、そのことごとくを返り討ちにして、そのたびに懸けられる賞金が膨らんでいった。

どの組織も出せる賞金が限度額まで膨れ上がったところで、組織同士で『呪詛師殺しには手を出さない』という共通認識が固定され、ようやく停戦状態に至ったのだ。

 

「稼ぎたいなら狩っちまえよ、五条の坊。賞金は早い者勝ちだ」

 

「その子が呪詛師に堕ちたら考えるよ」

 

孔の言葉を軽く流すと、子供の手を引いてアパートを出る。

 

「情報ありがと。いい仕事があったらまた連絡して」

 

「ああ」

 

孔とアパートの前で別れ、家までの道を歩き出す。

ちらりと子供のほうに視線をやれば手を引かれるまま無言でついてきていた。

 

──さて、どうなるかな。

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