『呪詛師殺し』に手を出すな   作:Midoriさん

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無意識に出してる力っていうのは意識的に出してる力より遥かに凄まじかったりするんだよね。


第肆話

虚ろに目を見開いたまま立ち尽くしている初老の男の首をナイフで一閃。

シャワーのように鮮血が噴き出して床を赤く染めていく。

確かこの男は人身売買だとか、組織の金を持ち逃げしただとか、色々と賞金サイトには乗っていたが、そんな事情は私にはどうでもいい。

今回は襲われたから返り討ちにしただけだ。

 

──私だって人殺しは普通に嫌なんだけど。

 

なぜこんなことをやっているんだろうと今でも思う。

最初に殺した呪詛師は正当防衛だったはず。

それが何か大きな呪詛師集団の戦闘員だったとかでその組織から追われるようになって。

必死になって返り討ちにしているうちに噂に尾ひれがついて。

その組織の傘下にあった組織やライバル組織まで出てきたのでそれらからも逃げ回り。

逃げたり、返り討ちにしている中で噂はどんどん膨れ上がっていった。

その噂を聞いて、実力を確かめてやろうと襲ってくるヤツ、討ち取って名をあげようと考えるヤツ、いつの間にかかけられていた賞金が目当てのヤツ──そんなヤツらが、まるで砂糖に群がるアリのように寄ってきて、私の意思とは関係なく私は裏でそこそこの有名人になっていた。

曰く、呪詛師専門の殺し屋だと。

誰が最初に噂を流したのか知らないが迷惑千万だ。

襲ってくるのが呪詛師ばかりなのだから自然とそうなっただけである。

 

──とりあえず賞金かけられてるなら首持っていこう。

 

呪詛師を返り討ちにするのもタダではない。

襲撃に備えてのセーフハウス。

呪具や通常兵器の代金。

情報を集めるのだって金がいる。

この男はかなりの賞金がかけられていたし、しばらくは生活するのにも困らないはずだ。

前のめりに倒れた男の首に、もう一本用意していた鉈のような刀身の厚いナイフを当ててゴリゴリと頭と胴を切り離していく。

 

──慣れてきた自分が嫌だなぁ……。

 

昔は相手から奪った粗末なナイフを必死で振り回していただけだったのに。

今は手に馴染むナイフを厳選するようになったし、四苦八苦して首を落としていたのが嘘のように手際がよくなった。

どこに刃を入れればいいのか。

どう力をこめればいいのか。

まるで魚でも捌くように、手は迷いなく動く。

やがて、ゴトリ、と首が落ちた。

一仕事終えて、ふぅ、と息を吐いた瞬間。

 

「あ? 何でガキがこんなところにいやがる」

 

突然、後ろで呟かれた声にハッと振り向く。

一秒前まで誰もいなかったはずの入口に、いつの間にか一人の男が立っていた。

 

──気配……全く感じられなかった……。

 

作業に集中して警戒が疎かになっていたわけではない。

十分に周りの気配には注意していたのに。

 

「ソイツ……オマエが殺ったのか?」

 

口の右側に傷痕が刻まれたその男は僅かに驚きを含んだ声で言う。

今回殺った呪詛師は四級から特級まで分けられた術師の等級では準一級あたりだろう。

一般的には強者に入る部類だった。

私の相手ではなかったが。

 

「面白ぇな、オマエ」

 

男が獰猛な笑みを浮かべる。

見ただけでわかる──コイツは強い。

さっき私が殺した呪詛師とは比べ物にならないくらいに。

 

「そう睨むなっての。今回は見逃してやっからソイツ置いてさっさと行っちまえ」

 

男は余裕の笑みのまま構えすらとらない。

 

「殺さずに逃がしてやろうって言ってんだ。おとなしく退いとけよ」

 

「やだ」

 

ハイエナに獲物をとられて堪るものか。

べぇっ、と舌を出してやると男の額に青筋が浮かんだ。

しかし、それがどうした。

呪力を練り、術式に流し込む。

 

──まともにやり合うのは分が悪い。

 

倒すという選択肢もあったが、今回は却下。

相手の正体がわからない以上ぶつかり合うのは避けたほうがいい。

 

「あ? どこに行きやがった?」

 

術式は問題なく発動したらしく、男に私の姿は認識できなくなった。

男が辺りを見回している間に切り離した首をズタ袋に放り込み、そそくさと廃ビルを後にする。

 

◆ ◆ ◆

 

妙な男と出会ってから五日後。

とある廃ビルの屋上。

見覚えのある顔がひきつった笑みを浮かべて立っていた。

 

「またテメェかよ」

 

こっちのセリフだ。

二度と会いたくないと思っていた相手にこうも短いスパンで会うことになるとは。

 

「テメェだろ? 賞金首の呪詛師を片っ端から狩ってンのは。テメェが獲物の首を持っていっちまうせいでオレは稼ぎ損ね続けてんだが?」

 

知ったことじゃない。

早い者勝ちだ。

また術式を使って姿を見えなくする。

私の勘が告げているのだ。

この男と戦うのはマズいと。

 

「はいはい。なるほどね」

 

しかし、今回の男は前回とは違った。

ゆるりと周りを見渡すと、見えないはずの私のほうを見て、にやりと笑みを浮かべてみせたのだ。

ゾッと背筋に寒気が走る。

ヤバい──そう思ったときには遅かった。

一瞬で目の前に移動していた男が無造作に前蹴りを放つ。

見えていないはずなのに。

そこにいることを確信している動きで。

 

「がっ……!?」

 

そして男の脚は見事に私の胴を捉え、肋骨が嫌な音をたてて折れたのを感じた。

あまりの速さに腕の防御も呪力の防御も間に合わず、私はボロボロの床をゴロゴロと転がる。

理解が全く追い付かない。

なぜ私の場所がわかったのか。

それに今の速さは何だ。

オマケにロクに力もこめていないような蹴りでこのダメージ。

 

()()()()って知ってるか? どういう基準か知らねぇが、生まれながらに自分の意思とは関係なく課せられた『()()』のことだ」

 

男が近付いてくるが立ち上がれない。

逃げなければいけないのに。

這うことすらできず、蹴られたところを押さえて体を丸めるのが精一杯だ。

 

「オレは持って生まれるはずだった術式と全ての呪力を代償に、身体能力と五感がバカみてぇに強化されてる。本来呪力がねぇと見えねぇ呪霊も視力のよさが一周回って見えるようになってるくらいにな」

 

見上げれば男はどこまでも冷たい目で私を見ていた。

 

「次は足跡や臭いまで消しておくんだな。次があるかは知らねぇが」

 

あばよ、と男は私の身体をサッカーボールのように軽々と蹴り飛ばした。

かわすどころか衝撃を逃がすこともできず、私は宙を舞う。

一瞬の浮遊感。

そして空が遠退いていき、逆に海面が迫ってくる。

 

──マズ……い。

 

数秒後、私は派手な水しぶきを上げながら海に落下した。

 

「が……あ……」

 

海面に叩きつけられた衝撃で全身に激痛が走る。

 

──痛い。

 

ゴボゴボと口から空気が吐き出されていく。

 

──苦しい。

 

全身から力が抜け、もがくこともできないまま海の底に沈んでいく。

 

──死ぬ。

 

冷たい。

寒い。

暗い。

怖い。

 

──死ぬのは……嫌だなぁ。

 

死にたくない。

痛みと苦しさの中でそれだけが頭に浮かんだ。

なら、どうする。

あの男の二度の蹴りと落下の衝撃で身体は既に瀕死の状態。

泳ぐどころか浮くことすらできない。

術式を使えばどうだろう。

この状況を打破し得るだろうか。

無理だ。

私の術式は他者に向けて使うもの。

対象のいない海の中では使い物にならない。

打つ手なし──そう思ったとき。

 

──あった。

 

この状況を全てひっくり返す手段が。

技術として聞いたことがあるだけで試したこともないが。

曰く、呪力は負の感情から生まれたマイナスの力。

マイナスとマイナスをかけあわせることでプラスの力が生まれるのだとか。

それが『()()()()』。

負の力を()()とするなら、正の力は()()──治癒の力。

 

──このボロボロの身体をどうにかするにはそれしかない。

 

そしてもう一つ。

反転術式によって生まれた正の力を術式に流し込むことでその効果を反転。

つまり今まで他者に向けていた力を自分に向けることができる。

 

──理屈では可能。問題はそれを実現できるかだけど。

 

反転術式は高等技術。

負の力をかけあわせるだけと言いつつ、普段の呪力操作とは呪術のレベルが違う。

しかし、迷っている時間はない。

ここまでの思考にかなりの時間を割いてしまった。

意識が保てる限界は刻々と迫ってきている。

練習なしの一発勝負。

頼れるのは己のセンスのみ。

 

──いってみようか。

 

どうせこのままなら死ぬしかない。

消えそうになる意識の中で私はイメージする。

目の前の絶望的な状況を変えられるだけの力。

あの男を超える圧倒的な力を。

 

──術式反転。

 

「アハッ」

 

次の瞬間──私は海の中から飛び出して、再び廃ビルの屋上に立っていた。

反転術式によって傷は癒え、気分は清々しく晴れやかだ。

海水に濡れて張り付く前髪をかき上げて目の前にいる私を蹴り落とした男を見据える。

 

「さっきぶりだね」

 

「……マジか」

 

驚愕に目を見開く男。

それはそうだろう。

ボロボロで海に落とした人間が五分にも満たない間に全快して戻ってきたら誰だってそうなるはずだ。

 

──それにしても……。

 

「へぇ……()()()()()()()()()

 

一人呟く私に男が訝しげに眉を顰める。

何を言っているのかわからない──そんな表情だ。

だが、今はそんなものはどうでもよかった。

脳を駆け巡る万能感。

人の領域を外れたような全能感。

全身の感覚が鋭敏に研ぎ澄まされ、それでいて夢の中にいるような陶酔感。

思わずだらしない笑みが零れる。

 

「溺れたショックでイカレたか?」

 

「んー……? あー……」

 

ああ、そうだ。

死にかけたとき、私はこの男を超えることをイメージしていたんだった。

そのせいだろうか。

五分前の私なら全快した身体で撤退を選んだはずなのに。

今はこの力を目の前の男にぶつけたくて仕方がない。

衝動のまま、身体を動かした。

理性なんてものは今の私を止めるには脆すぎる。

 

「フフッ」

 

男に向かって走り出す。

周りの景色を置き去りにして。

その急激な加速には男も驚いたらしい。

咄嗟に回避し、私の数メートル後ろに降り立つが、反応が一瞬遅れたせいで僅かに掠った服の脇腹の部分が破けていた。

布一枚掠っただけで身体は全く傷ついていないが。

 

「テメェ……何だそりゃ……」

 

それでも明らかに男の警戒が引き上げられたのを感じる。

もう一回──と思ったところで急に脚から力が抜けて体勢を崩しかけた。

 

「んあ? おー……」

 

下に視線をやれば右足がおかしな角度に曲がっている。

どうやら踏み込んだ威力に足のほうが耐えきれなかったようだ。

即座に反転術式で治癒する。

このあたりは今後加減を調節しなければ。

 

──さて、続きといこう。

 

トントンと軽く右足で跳ねて問題がないことを確認すると、再び男に向けて踏み込んだ。

 

「あっぶねぇなっ!」

 

男も再び人間離れした速度で回避する。

大きく距離をとられたことで、二回目の突進は掠りもしなかった。

 

──あの速さは厄介だねぇ……。

 

こっちが全力で突撃しても回避してくる。

天与呪縛で強化されているとはいえ、ここまでとは。

動きを止める必要があるか──そう考えながら三度目の突進の体勢をとったときだった。

 

「やってられねぇな」

 

言うが早いか、男はバックステップで下がると迷いなく屋上から飛び降りる。

私が下を覗きこんだときには既に男の姿はどこにもなかった。

 

「あーあ……逃げられた」


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