「…………」
「…………」
二度あることは三度ある──とは誰が言ったのだろう。
反転術式に目覚めて一週間後の夜。
以前とは別の廃ビルで男と私は三度目の邂逅を果たしていた。
男は無表情で立っているが、私も同じ顔をしているに違いない。
全くもって笑えないこの状況。
この遭遇率は何の因果だ。
無言のまま両袖に仕込んであったナイフを腕を一振りして取り出すとそのまま握って構える。
足元に転がっている狩ったばかりの呪詛師の死体は邪魔なので、とりあえず部屋の隅に蹴り飛ばしておいた。
男のほうは「げぇっ」と口の中から何か球体になったものを吐き出した。
手のひらに落ちたそれは見る間にムクムクと大きくなって男の胴体に巻き付く。
毒々しい紫色をしたイモムシのような呪霊。
その口から男は赤い三節棍を引っ張り出した。
どうやら口の中が異空間になっているタイプの呪霊らしい。
──それにしても……呪霊を飲み込むとか頭オカシイんじゃないの?
どんなゲテモノ食いでも呪霊を飲み込んで腹に飼うようなヤツはいないはずだ。
そもそも呪霊や呪物自体猛毒に等しいはずなのに。
──ああ、天与呪縛だっけ。内臓まで強化されてるのか。
どうすれば彼のようなぶっ飛んだ代物ができあがるのだ。
力も敏捷性も人間離れしている上に、呪力がないせいで気配も察知しにくい。
加えて武器庫として使っているあの呪霊。
あの中にはまだまだ武器や呪具が眠っているとみるべきだ。
警戒に警戒を重ねてもまだ足りない。
受け損なえば一撃で死ぬ。
警戒と観察を続けているうちに先に動いたのは男のほうだった。
「っ!」
私と男の間でナイフと三節棍がぶつかり合う音が連続で響く。
「ぐぅっ……」
激しい攻撃に口から思わず呻き声が洩れた。
相変わらず凄まじいスピードとパワーだ。
そもそも三節棍による変則的な攻撃に慣れていないし、いくら受け流すように捌いても、男のバカげた力に手首とナイフが耐えられない。
「お?」
術式を発動。
彼の前で術式を使うのはこれで三度目だ。
姿を消す──それに加えて今回は自分の残す痕跡も対象にする。
「へぇ……オマエ、やっぱ面白ェな。前は痕跡が残ってたのに今回は読めなくなってる」
私の動きを見て男は三節棍を呪霊の中へ引っ込めた。
そして、すぐに別の呪具を引っ張り出す。
三節棍に代わって出てきたのは長い鎖と十手のような形の短刀。
──ただの鎖と短刀なわけがない。まず間違いなく呪具だよね。
男は短刀の柄頭に鎖を取り付けると、グルグルと回し始める。
呪霊の口から伸びた鎖はまるで盾のように男の周りに張り巡らされた。
これでは攻撃できない。
男の背後に出入口があるため脇を抜けて逃げるのも無理だ。
──近くの窓から逃げたいけど鎖の動きが読めないからなぁ……。
「これでかき消せねぇか……まあ、いい。瞬間移動できる術式じゃねぇらしいからな。いるにはいるんだろ」
私が思考を巡らせている間にも、男は男で色々と考えているらしい。
ブツブツと何か呟いていた。
「反転術式はあくまで治癒……あんなバカげた肉体強化はできねぇ。術式を反転させてあの加速ができるってことは……」
ニィ、と男の口がつり上がる。
「オマエのソレ……てっきり透明化の術式かと思ってたが、実際は
「────!」
「それを術式反転で自己暗示に切り替えた。それで人間が無意識に行ってるリミッターを一時的にぶっ壊したと考えれば、あの動きにも納得がいく」
驚いた。
てっきり力のゴリ押しだけかと思いきや、この男は存外頭がいいらしい。
男に最初に見せたのは透明化──ではない。
目は確かに私を捉えていた。
しかし、それを処理するのは脳だ。
いくら感覚が正常でも脳が『見えていない』と誤認すれば、それは見えていないことになる。
「よくわかったね」
聴覚の認識だけ聞こえるように戻してやる。
場所がバレないように聞こえ方の認識を調整して。
「催眠、洗脳、暗示、その他精神に関わる諸々の操作。そして、この術式は五感を通じて脳に内側から干渉する。私を認識した時点で相手は術中に嵌まることになるんだよ」
もっとも、今以上に細かい操作をするには、それなりに時間をかけて私に向けられる意識の深度を深くしなければならないのだが。
「クックッ……術式の開示か。ここからは本気とでもいうつもりか?」
男は余裕の表情で呪霊の口から更に鎖を伸ばしていく。
「認識できなかろうが、いるのがわかってるなら──」
ジャラリと鎖の勢いが加速したかと思うと、フロアにある柱に次々と鎖が巻き付いていく。
網のように鎖が張り巡らされているが、これで捕まえようなどとは思っていないはずだ。
それならリーチを生かして不規則に振り回していたほうがいい。
──わざわざ鎖の動きを止めて柱に巻き付けて何を……?
まさかこの男。
ぞわり、と嫌な予感が頭をよぎる。
男への攻撃は放棄し、すぐに術式を反転。
暗示によって無理矢理に身体能力を跳ね上げると鎖を避けながら全力で窓へと走った。
「全部ぶっ壊しちまえばいいだけの話だよな」
言うが早いか、男は張り巡らされた鎖を一気に引く。
次の瞬間、引かれた鎖によってフロアにある全ての柱が轟音とともにへし折れた。
ただでさえ老朽化していたところにこれだ。
瞬く間に壁にひび割れが走っていく。
数瞬後、窓へ走る私めがけて天井が降ってきた。
◆ ◆ ◆
「やられた……」
結果としては私はギリギリのところで窓から飛び出して何とか事なきを得た。
飛び出した勢いのまま、その場を離脱する。
どうせ男は無事だろう。
あの男のスピードなら天井が落ちる途中で十分回避できたはずだ。
ならば、またあの鎖を振り回される前に逃げたほうがいい。
「あ、首持ってくるの忘れた」
◆ ◆ ◆
あの時期の裏は他に類を見ないほど荒れていた──と外野は口を揃えて言っていたらしい。
たった二人に、個人も組織も問わずあらゆる勢力が少なからず被害を受けていたと。
消えた組織も一つや二つどころではなかったとか。
そう言われても呪詛師を追う先々で出会ってしまうのだからどうしようもなかったのだ。
あれからあの男とは何度もぶつかり合った。
互いに賞金のかけられた呪詛師を獲物にしているからだろう。
向こうは呪詛師に限らず、正規の呪術師や一般人もターゲットにしているらしいが。
ぶつかり合うことが増えていくうちに彼に関する情報も入ってくるようになった。
本名は禪院甚爾。
あの呪術界御三家の一つ、禪院家の人間でありながら、その特異体質のせいで術式至上主義の禪院家ではロクな扱いをされていなかったのだとか。
そして、それに耐えきれなくなったのか突然禪院家をほとんど壊滅させると、それに合わせて出奔。
どこの組織にも所属していないフリーの殺し屋として活動し、ついた呼び名が『術師殺し』。
確かに彼の天与呪縛なら対人戦──特に術師相手には無類の強さを誇るだろう。
そこまで考えたところで、私の正面に立っていた呪詛師の後ろにある窓が派手に砕け散った。
「よお」
「やあ」
窓があった場所に立っていたのは当然ながらよく知った顔。
「先にとったヤツが勝ち。文句はねぇな?」
「いいよ」
「『呪詛師殺し』に『術師殺し』だと!? クソッ! 冗談じゃ──」
私達に挟まれた呪詛師が何事か喚くが知ったことじゃない。
私のナイフと甚爾の刀が同時に一閃され、呪詛師の首を飛ばす。
そして、次の瞬間には私達は呪詛師には目もくれず互いに向かって二撃目を放っていた。
「相変わらずの速さだね」
「ついてこれるテメェも相当だがな。反転はすっかりモノにしましたってか?」
「おかげさまで」
彼のような化物とやり合っていれば自然とスキルは上達していく。
というか上達しなければ死んでいる。
有象無象の呪詛師を狩るのが本来の目的のはずなのに、最近は彼との殺し合いがメインになっている気がしているのは気のせいではないだろう。
「はぁ……」
不本意だ。
そもそも私は殺し合いを楽しむようなイカレ具合は持ち合わせていないはずなのに。
逃げてしまえばいいものを、わざわざ律儀に刃を交えている。
一銭にもならないのに。
──こんなことでしか人とのつながりを感じられない人間にはなりたくなかったなぁ。
そう思いつつ、今日も私は彼と切り結ぶ。
◆ ◆ ◆
瓦礫の山となった廃ビルを一人の男が憂鬱な表情で眺めていた。
そこは以前に『呪詛師殺し』と『術師殺し』がぶつかり合った場所。
「ただの喧嘩で廃ビルを木っ端微塵にぶっ壊すかねぇ……?」
黒いスーツを着て口ヒゲを生やしたその若い男は頬に冷や汗が流れるのを感じていた。
バカげている。
男も裏に身をおいている以上、現場に出向かずともそれなりに危ない状況になったこともあるし、表にいたときも修羅場に出くわしたことは何度もある。
だが、これはそんなものとはスケールが違う。
まるで戦争。
一対一でありながら軍隊同士がぶつかり合っているのかと思うほど苛烈だった。
話を聞いた裏の人間は口を揃えて言っていた。
『呪詛師殺し』と『術師殺し』──彼らは『最強』ならぬ『最凶』だと。
「放っておくわけにもいかねぇが……こんな惨状を作り出す化物どもと正面から交渉するしかねぇのかよ」
男はポケットからタバコを取り出し一服する。
しかし、ニコチンが入ったところで一向に男の気分は落ち着かなかった。
これから彼が交渉を持ちかけようとしているのは裏でも特級のアウトロー達なのだ。
落ち着けというのも無理がある。
行きたくねぇ、という男の呟きは吐き出された紫煙とともに空に消えていった。