「『呪詛師殺し』だな」
いつも通り呪詛師を狩り、その首を賞金提示者のところへ持っていった帰り。
私を待ち伏せるように暗闇の中に立っていたのはスーツを着た口ヒゲの男。
記憶している手配書の一覧と照らし合わせるが一致する人物はなし。
──手配書に載ってない呪詛師? それともこれから呪詛師になるって感じ? そうでないならどこかの組織の使いっぱしりとか?
黒のスーツに黒の革靴、黒のネクタイ。
所属先がわかるような特徴はない。
一応、男が何者であっても対処できるように袖口のナイフはいつでも取り出せる状態だ。
「待った待った。オレは呪詛師じゃねぇ。ただの裏仕事の仲介屋だよ。オマエにとってもメリットのある話を持ってきたんだ。少しの時間でいいから聞いてくれねぇか?」
仲介屋だというその男は敵意はないというように両手を挙げてみせる。
「頼む。危害を加えねぇ『縛り』を結んでもいい」
男の顔には明らかな緊張が見えた。
『縛り』の提案。
呪術において他者との『縛り』──誓約は基本的にリスクが高い。
反故にした場合の代償が『縛り』を結んだ本人達でさえわからないからだ。
──それに、もし、この男が単なる誘導役だった場合。
『縛り』で危害は加えられないと警戒を解いたところで、別の襲撃役が攻撃してくる可能性はある。
──他にありえるとすれば……例えば私を一撃で殺してしまえば、その後、罰としてこの男が死んでも、裏にとってのメリットのほうが大きいよね。
捨て駒の可能性だって十分ある。
男一人の命で呪詛師への脅威が一つ潰せるのなら安すぎる。
しかし──
──何か企んでるなら……逆にこっちから潰すってのもアリだよね。
この程度の罠はこれまでに何度もあった。
それに徒党を組んで何かやろうとしているなら、その主導者を潰してしまったほうが早い。
尾を引くのも面倒だ。
「話……聞こうか。でも『縛り』はいらない。危害を加えなくても不審な動きをした時点で私も動くから」
「わかった。ついてきてくれ」
男は、ゆっくりと両手を下ろして背中を向ける。
呪力が練られる気配はない。
動きにも怪しいところはない。
男についていきながら辺りの警戒もしておく。
しばらく歩くと街灯の下に一人佇んでいる人影が見えた。
一瞬だけ警戒を強めるも、振り向いたのはよく知った顔だった。
「甚爾」
「おう。テメェも呼び出されたのかよ。毎回毎回よく会うな」
「嫌になるほどね」
「お互い様だろ」
呼び出されたのは私一人ではなかったらしい。
周りをサッと見渡してみるも敵影はなし。
この暗さに紛れて襲撃は十分ありえた。
今ここで襲ってこないならば、とりあえず話をしたいのは本当だと考えていいだろう。
──それに甚爾までいるし。
彼がいるということは、もし敵がいたとしても近接が得意な手合いはいないということだ。
彼相手に近接で挑もうなど自殺行為に等しい。
私だって何とか捌いて逃げ延びているに過ぎないのだから。
──後は狙撃と遠隔の術式に警戒だね。
変わり種で地面の中から攻撃というのもありえなくはないが。
だが、それには甚爾が一瞬で動ける範囲全てを網羅する罠が必要だ。
地面に何か埋めた痕跡はないし、その可能性は低いだろう。
軽く確認が済んだところで男のほうに目を向ける。
「揃ったところでさっそくだが話を始めてもいいか?」
「くだらねぇ話だったらどうなるかわかってるよな」
「凄むなっての……単刀直入にいうとオマエら二人のせいで裏が荒れに荒れてる。だから、協定を結んでほしいって話だ」
「知ったこっちゃねぇな」
「…………」
にべもなく断る甚爾に無言の私。
当然、肯定の沈黙ではない。
それは想定内だったのか、男は一つ息を吐くと話を続ける。
「オマエら二人、最近、呪詛師から襲撃されること多いだろ? オマエらなら容易く迎撃できるとは言え、いい加減鬱陶しくねぇか?」
「その協定を結べば襲撃されねぇっつーのか」
「完全にはなくならねぇ。呪詛師ってのは個人でやってるヤツも多いしな。だが、オレのところにも何件も回ってきてんだよ。オマエらを消したいって依頼が。オマエらがこっちの条件を飲んでくれるなら、オレの手の届く範囲でそういう依頼を出させないようにできる」
条件──先ほど言っていた協定に関するものだろう。
要するに私達に首輪を付けたいのか。
だが、冗談じゃない。
『縛り』もそうだが下手に協定や契約をむすんでしまえば予期しないところで命取りになる。
いいように使うだけ使われて用済みになれば処分される──なんてことは裏ではよくある話だ。
それは甚爾も同じだったようで、話にならないと言わんばかりに視線で──殺るか? と問いかけてきた。
その視線を男は敏感に察したようで、慌てて手を振って否定する。
「別にオマエらを飼い殺しにしたいわけじゃねぇ。今後依頼を受けるときはオレ達みたいな仲介屋を通してくれりゃいいってだけの話だ。オレ達仲介屋が一番困るのは依頼がバッティングして報酬で揉めたり、客同士で殺し合いになったりすることだからな。そういうのを避けるためにだ」
呪詛師を襲撃したとき、ターゲットにない呪詛師がその場にいたことが時々あったことを思い出した。
それが依頼を受けた呪詛師だったのだろう。
男からすれば仕事を紹介した客を次々と潰されていたわけだ。
だからリスクを承知で私達を集めたのだろう。
話し合いは本当だったし、襲撃の心配も杞憂だったらしい。
「それに誰だってオマエらみたいな化物と衝突したくねぇんだよ」
仲介屋を通さない野良の殺し屋もいるにはいる。
大した影響がないのであれば普通はどの組織も放っておくのだが、二人は暴れすぎた上に強すぎた。
粛清のために向けられた殺し屋達はことごとく返り討ち。
そのまま組織の本部に襲撃をかけて壊滅させることすらあった。
今や『術師殺し』と『呪詛師殺し』は裏の人間にとって一番敬遠したい存在になっている。
「襲撃を減らすだけじゃねぇ。依頼、情報、道具──色々と融通も利かせる。要はビジネスパートナーとしてお互いうまくやっていこうぜってことだ。どうだ? 受けてくれねぇか」
「確認してもいい?」
「何だ?」
「そこの彼は金が目当てだけど、私が欲しいのは『安全』なんだよ。もし、君や客の呪詛師が私を出し抜いて何かしようっていうなら、協定なんて無視して噛みつくよ。それでもいい?」
『呪詛師殺し』は有名になりすぎた。
安全や平穏を求めれば求めるほど、それとは対極に危険が私に降りかかる。
だから正直なところ、襲撃が減るなら私としてはありがたい。
だが、『最凶』と呼ばれるようになって手を出してくる組織は減ったものの、自分なら何とかできるはずだという諦めの悪い連中はいるものだ。
──あくまでも利害で一致しているだけの不安定な休戦協定。破ろうと思えば破れる。
しかし、破ったその瞬間が最期だ。
そこは重々承知しておいてもらわなければならない。
私の言葉に男は静かに頷いた。
「オーケー。オレだって命は大事だ。よろしく頼むぜ。お二人さん」
それが、これから長い付き合いになる裏の仲介屋──孔との出会いだった。