夏を間近に控えたある日のこと。
恵と一緒にジンジャーエールを飲んで「恵はホントに生姜が好きだねぇ」なんて呑気に言っていたときだった。
机の上に置いていた携帯に着信。
画面に表示されたのは見慣れた仲介屋の名前。
「何?」
「仕事の話だ。禪院もそこにいるんだろ。二人合わせての仕事なんだが、今からオマエの家行っていいか?」
「二人合わせてってことは……大きい仕事?」
「とびきりのな」
「了解。恵、お客さん来るから少しだけ奥の部屋行っててくれる?」
「うん」
数分後、やって来た孔はさっそくリビングの机に数枚の写真と書類を広げて話し始めた。
孔から紹介された今回の仕事とは──
「──星漿体の暗殺?」
「正確には星漿体暗殺にくる呪詛師の暗殺な」
「星漿体ってのは確か……呪術界の元締め──天元の身体の候補だったか」
「天元は不死であっても不老ではないからな。五百年ごとに身体をリセットしなけりゃ自我が消失して別次元の存在になっちまうらしい」
「何だそりゃ……神サマにでもなるってのか」
「元から神サマみてぇな扱いはされてるよ。何せ星漿体暗殺を呪詛師に依頼してンのは、盤星教『時の器の会』──天元を信仰崇拝する宗教団体だ」
そういう孔に私と甚爾の疑問の視線が向けられる。
信仰対象が暴走すれば困るのは盤星教のほうではないのか。
なぜ崇めている天元の邪魔をするのかわけがわからない。
「それはオレも思ったから聞いたんだがな。何つーか……オレは別に神サマとやらを信じてるタチじゃねぇから宗教の考え方なんてのはまるで理解できねぇが──」
曰く、盤星教が信仰崇拝しているのは純粋な天元であり、それと同化する星漿体は穢れと見なしているらしい。
孔の問いにも、共に滅びるのならいい、と盤星教の代表役員の男は言い切ったと。
「見事にイカレてるね」
「そうでなきゃあんな団体引っ張れるかよ」
教徒の手前、せめて同化を阻止しようと抗った姿勢は見せなければいけない。
とは言え、自分達が派手に動けば術師に潰される。
だから呪詛師に依頼してことを成そうとしているのだ。
相手が五条悟と呪詛師殺しであるにも関わらず。
「オマエらも気付いてるだろうが、最初はオレのほうにも星漿体暗殺の依頼の仲介をしてくれって話がきてたんだ。半ばヤケクソなんだろうが、それでも相手がオマエらだって時点で神サマには見放されてる。どう足掻いたところで結局潰される組織の依頼の仲介なんてオレはゴメンだね」
孔は今回はこっちにつくことに決めたらしい。
それで逆に盤星教を狩る仕事を持ってきたというわけだ。
「もちろん星漿体を殺れば盤星教が提示した賞金の三千万が転がり込むが、オマエの流儀じゃねぇだろ」
「根回しは? 現場に出てきた呪詛師は全員狩るつもりだけど」
「オレの客の呪詛師達には『呪詛師殺しが絡んでくる』とは伝えてある。だから襲ってくるのはオレの警告を無視したバカか、オレが義理を通す必要のない野良の呪詛師だ。思う存分殺っちまっていい」
受けるだろ? という孔に私達は即座に頷いた。
◆ ◆ ◆
仕事中は星漿体とその護衛に張り付きっぱなしになるため、孔に恵を預けておく。
その後、私と甚爾は二人で仕事の動きを確認していた。
「さて、受けたはいいけど……」
ホワイトボードに貼られた写真の一枚をコツコツとノックする。
写っているのは白髪にサングラスが特徴の長身の人物──五条悟。
無下限呪術と六眼の抱き合わせ。
呪術界の均衡を破壊する存在。
紛うことなき規格外。
「六眼は聞いたことあるよ。五条家に伝わる特異体質だったっけ。確か呪力の流れがメチャクチャ詳細に見れるんだったよね。結果的に呪力のロスが限りなく零になるとか」
「後、術式の詳細も看破できるらしい。どういうふうに見えてンのか知らねぇが、少なくとも視界に入るのはリスクがでけぇ」
「いや……逆にソレ利用できるかもよ? よく見えるってことは、それだけ私を認識するんだし」
術式の発動条件──私を認識すること、という制限はかなりユルい。
五感に加えて呪力の感知もその対象。
それらを認識する時間が長ければ長いほど催眠は深くかかる。
今回は六眼の精度を逆に利用して催眠を深くかけることも可能かもしれない。
だが、やはり一番警戒すべきは五条家相伝の無下限呪術だろう。
「術式の情報は?」
「無下限呪術ってのはいわゆるゼノンのパラドックス──究極的には『無限回の作業は有限時間内に完結しない』って現象を起こす術式だ。屁理屈もいいところだが、要するに攻撃は全部ヤツの直前で止まって届かないってことだな」
物理攻撃は元より、呪力や呪力で具現化させた物体もその対象。
絶対防御のバリアが常に張られているという認識で間違いないらしい。
それだけでも厄介だが、その防御はあくまでもニュートラルな状態の無下限呪術。
術式を呪力で強化すればまた別の現象を起こすことができる。
「収束の『蒼』と発散の『赫』。あー……簡単に言えば引き寄せる力と弾き飛ばす力だ。実家の文献に載ってたのはそのくらいだな」
「相手をガラ透けにする目に無限のバリア、引力と斥力の範囲攻撃……盛りすぎじゃない?」
「確かにな。何だってあんなぶっ壊れた存在が世に出てきたんだか」
甚爾の言葉を聞きながら、私はどこか違和感を感じていた。
並の攻撃は一切届かず、『蒼』も『赫』も五条を中心に全方位を抉りとったり吹き飛ばしたりできる範囲攻撃。
確かに強力。
だが、チグハグなのだ。
この術式は指向性を持たせたとしても出力を上げるほど周りを巻き込むことになる。
常に近くにいる必要がある護衛任務に合っているとは思えない。
死守しなければいけないからこそ、とりあえず最高戦力をもってきたとも考えられるが、戦闘の余波で護衛対象が死んでしまっては本末転倒だろうに。
「むしろ護衛任務に向いてるのはこっちの彼だと思うんだけど」
五条の隣に貼ってある写真に目を向ける。
呪霊操術──夏油傑。
呪霊を祓うための術師が呪霊を使役するという何とも皮肉な術式。
しかし、こちらも強力なのは間違いない。
呪霊を取り込めば取り込むほど手数は多くなるし、戦闘にも索敵にも使えるという変幻自在の万能性。
「破壊力と絶対防御の無下限呪術に手数の呪霊操術か」
「知ってるか? その二人、揃って『
それはそれは。
さすが五条のお坊ちゃんと言うべきか。
「襲ってきた呪詛師を狩る以上、どうしたって星漿体と護衛二人の周りに張り付くことになるわけだけど、できれば顔は合わせたくないかな」
「同感。五条の坊に喧嘩を売ったところで一文にもなりゃしねぇ」
「それじゃいつも通りに。呪詛師は見つけ次第狩る方向で」
「おう」
そこで今回の作戦会議はお開きとなった。
「君と組むの久しぶりだね。足引っ張らないでよ?」
「ハッ、オマエこそ」
数年ぶりの『
盤星教の依頼に乗ってしまった呪詛師どもには運がなかったのだ。
「でもさぁ……久しぶりの依頼でトチってケガして私に拾ってもらったのはどこのどなたでしたっけ?」
その言葉に甚爾は苦虫を噛み潰したように顔を歪めると、毛布を被ってふて寝してしまった。
「かーわいいー」
「うるせぇ!」