『呪詛師殺し』に手を出すな   作:Midoriさん

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表に行こうと必死で足掻くオマエがオレには眩し過ぎたのさ。


第捌話

「オマエ、何で裏に戻ってきた?」

 

「ん? あー……それね。やっぱり気になる?」

 

仕事の前夜。

明日から使う呪具の用意をしていたとき、甚爾が不意に呟くように聞いてきた。

 

「戻ってきたというか……戻るしかなかったっていうのが正しいかな。君は私が呪詛師殺しやってた理由知ってるよね?」

 

「狙われるからだろ。通り魔殺人繰り返してた呪詛師に偶然狙われたのが最初だったか。次にソイツが所属してた組織の追手を返り討ちにして。その噂に尾ひれがついて有名になって、それでまた追われて──って話じゃなかったか」

 

「そう。『呪詛師殺し』として有名になって、どの組織も『呪詛師殺しに手を出すな』って暗黙の了解が結ばれたタイミングで、私は裏から足を洗って表に出たんだよ。狙われないなら裏になんていたくないし。それに、ちょうどそこで君も出ていったしね。あ、そうだ。あれってもしかして私に気を遣ったの?」

 

「忘れちまったよ。ンな昔のことなんざ。一緒にいるのに飽きたんじゃねぇの」

 

ぞんざいに私の言葉をはぐらかして、甚爾は話の続きを促してくる。

 

「裏から出て、表の適当な会社入って、しばらくは真面目に会社員やってたんだよ」

 

◆ ◆ ◆

 

会社に入り、仕事にもなれたそんなころ。

ざわり、と。

会社のビルに入った途端、よく知った感覚が背に走った。

 

──ここ、普通の会社のはずなんだけど。

 

裏とつながりがないどころか、多少霊感が強い程度の人間はいても、ほとんどは呪いすら知らない非術師達が集まる普通の会社。

 

──呪いの気配っていうより……厄介事の気配なんだよね。

 

異様に静かな廊下。

左右を見渡しても誰もいない。

 

──上か。

 

階段を登って気配の方向へ向かっていくと、足を進めるたびに血の臭いが濃くなっていく。

 

──隠す気もないみたいだし、おおよそ見当はつくけどさ。

 

たどり着いたのは私が普段仕事をしている部屋。

 

──さて……。

 

ゆっくりと扉を開けるとそこは──血の海だった。

床、壁、天井、机、資料棚──至るところに血が飛び散って部屋を赤く染めている。

視線を落とせば足元には同僚の死体が。

顔、腕、肩、胸、腹、脚──ここまでする必要があるのかと思うほど、刃物による切り傷と刺し傷によって全身くまなくズタズタにされていた。

致命傷になったのは頸動脈への一撃か。

首に一際深い傷が見てとれた。

視線を上げて、右、左と見回す。

上司が、先輩が、会社の人間が、一人残らず同様にズタズタになって転がっていた。

 

「やあ、遅かったね」

 

そして、正面。

部屋の奥──上司だった人の机に腰かける一人の男。

顔の下半分を黒い布で覆い、何本ものナイフを弄ぶその男に覚えはない。

男は、こちらを見ると、ようやく目当てのものを見つけたとばかりに小さく笑った。

 

「君──『呪詛師殺し』だろ。呪詛師専門の殺し屋。あの『術師殺し』と合わせて『最凶』なんて呼ばれてる」

 

男の言葉を聞き流しながら考える。

さて、どうしたものか。

間違いなく裏絡み。

そして、男の口ぶりからするに本命のターゲットは私。

 

「ああ、君の疑問には答えておこうか。どうしてこんなことをしたのか──と思っているだろう? 邪魔だったからだよ。あの呪詛師殺しが外野に騒がれて全力を出せませんでした、なんてつまらないじゃないか」

 

男が語る間に分析を進めていく。

相当自分に自信を持っているタイプ。

術式は何かナイフに関する術式。

着ている制服に覚えはないが何らかの組織に属している。

しかし、裏では当然のように知れ渡っている『呪詛師殺しに手を出すな』という暗黙の了解を無視して動くくらいだ。

裏に堕ちて日が浅いか自信ゆえの暴走だろう。

 

「なぜ君を狙うのかという疑問があるなら、それは君自身がよくわかっているだろう? あの呪詛師殺しを倒せたとなれば組織の格も一気に上がる。要するに箔付けさ」

 

「……だろうね」

 

「他の組織はビビって手を出せずにいたようだが我々『Q』は違う。君の死をもって裏の世界に我々の力を広め──」

 

『Q』──それが男の所属する組織らしい。

どこの組織かわからず困っていたのだ。

被っている帽子に『Q』とあるのは気付いていたが、そのままだったとは。

この男は勝手に勘違いして色々と喋っていたが『どうして?』も『なぜ?』も、男が語る野望も、私にはどうでもよかった。

組織の名前さえ聞けたならもう用はない。

饒舌に話していた男の言葉が途切れる。

 

「がっ……!? ああっ……!?」

 

男は苦悶の表情を浮かべながら座っていた机から転がり落ちた。

下調べもせずに私に挑もうとしていたのか。

自分が既に私の術中にいることもわからなかったとは。

男はしばらく白目を剥いて痙攣していたが、やがて動かなくなった。

 

「あーあー……」

 

会社の人間を皆殺しにするなんてことをしてくれた割りに弱すぎる。

ここまで派手にやったのだ。

私ではもみ消せないし、直に高専の呪術師が出てくるだろう。

そして犯人の呪詛師の死亡で一応の幕引き──そんなところか。

この程度のヤツに私の会社員生活は呆気なく終わらされたのだと思うと深いため息が零れた。

携帯を取り出し、かけ慣れた番号を押す。

朝っぱらだというのに、かけた相手はすぐに出た。

 

「よう、朝からどうした? こっちから出て真面目に会社員やってるんじゃねぇのかよ」

 

「孔。『Q』って組織の情報ある?」

 

「『Q』? ああ、新興の呪詛師集団だろ。オレの客じゃねぇからそこまで詳しいことは知らねぇ。聞いた話じゃ呪術界の転覆云々唱えてるらしいが……おい、まさか──」

 

私の無言の肯定に孔は状況を察したらしい。

すぐに『Q』の本部の座標が送られてくる。

こういう仕事の早さは彼の数少ない美点だ。

 

「短い会社勤めだったなぁ」

 

そう呟いて私はオフィスの入口から一歩も前に進むことなく回れ右する。

その数十分後、『Q』の本部が完全に壊滅。

新興呪詛師集団『Q』は、とある会社の社員達を皆殺しにした以外、特に何の成果もあげることなく短い歴史に幕を降ろした。

 

◆ ◆ ◆

 

「それで裏に戻ってきたってわけ。表の人間巻き込み続けるのも、それで高専に目をつけられるのも嫌だったからね」

 

「なるほどな」

 

「表にいたのは束の間だったけど悪くなかった。普通っぽくてさ。仕事して、ランチ行って、残業終わりにちょっと一杯とか」

 

「普通……か」

 

甚爾はその言葉を呟いて小さく鼻で笑った。

それこそ私達には一番縁遠いものだろう。

手に入れようとして私達が失ったもの。

どれだけ焦がれても手に入らないもの。

 

「君だって()()を知ってる側でしょ」

 

呪具を磨いていた甚爾の手が止まる。

ケガをした甚爾を拾ったあの日、彼は真っ先に息子を心配した。

自分も他人もどうでもいい。

ギャンブルに酔っていなければやりきれない。

そんな荒れていた彼が、まるで普通の父親のように子供の心配をしていた。

 

「アイツ……死ぬ間際に言ったんだよ。『恵をお願いね』ってな。その言葉がいつまでたっても忘れられねぇんだよ」

 

「そんな大事な恵の世話を私に投げるとか、いずれあの世で奥さんにぶん殴られたらいいと思う」

 

「ハッ……そりゃ無理だ。オレが行くのは地獄に決まってんだろ。二度と会えねぇよ」

 

自嘲気味に笑って甚爾は手入れの済んだ呪具を武器庫呪霊の中に放り込んでいく。

そして最後に武器庫呪霊を小さくして自分で飲み込んだ。

 

「喋りすぎたな。先に寝る」

 

「うん。おやすみ」


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