【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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オニャンコポンに単勝ぶっぱしたので初投稿です。
前作 ハルウララ ~有馬突破のキセキ~ を読了してからの閲覧をお勧めします。
https://syosetu.org/novel/285729/


第一部 本当の出会い
1 別離と出会い


 

 

 

 ゆっくりと瞼を開ける。

 

 見慣れた天井。トレーナー寮の一室、3年前の自分の部屋。

 ついさっきまでそこにいた、3年を…いや、数百年を共にした、愛バはもうそこにはいなくて。

 大いなる喪失感と、しかし今回はそれを上回る達成感とともに。

 立華 勝人(たちばな かずと)は、新しい世界線にその意識を飛ばしていた。

 

 

 立華勝人は世界の理から外れている。

 ウマ娘を育てるトレーナー業を営む彼は、日本の中でも最高峰といわれる中央のトレーナー資格を持ち、中央トレセン学園に配属された期待の新人──で、あった。

 彼が正しい意味でその立場にいたのは、彼の主観からするともはや遠い遠い昔の話である。

 

 彼はトレセン学園で自分の担当のウマ娘とともに3年間のトゥインクルシリーズを駆け抜けて、そして世界の理から外れた。

 3年前に世界が戻るのだ。

 愛バと共に歩んでいく自分の背中を見ながらも、分かたれた意識だけが3年前の状況に戻される。

 そうして、また新しい、違うウマ娘(運命)と出会い、3年間を駆け抜けて。

 そんな世界を繰り返し続けていた。

 

「…また、戻ってきたか」

 

 ベッドから身を起こし、窓から外を見る。

 冬の朝日がまぶしく部屋を照らしている。今日もいい天気だ。

 どうやら、『俺』はまたこの時間に戻ってきたらしい。

 あのハルウララと共に歩むのは、どうやら俺の役割ではないらしい。

 

「しかし、見たかったな。ハルウララの単独ライブ」

 

 観客動員数はオンライン視聴者を合わせて50万人以上。

 有マ記念で1着となった俺の愛バ、ハルウララの感謝祭ライブが今にも始まろうといったときに、意識が分かたれ、こちらに飛ばされてきたのだ。

 これが残念と言わず何と言おう。

 

「…ま、いいさ。ウララと仲良くやるんだぜ、前の俺」

 

 誰に聞かせるでもなく、ひとり呟く。

 いいんだ、俺はやり遂げた。今の世界では誰も知らない以前の世界線で、ハルウララに有マでの勝利の光景を見せてやることができた。

 その事実が俺の胸の中にあるだけで、十分だ。それだけで俺はまた、これからもやっていける。

 この永遠の輪廻で、新しいウマ娘とともに頑張っていける。

 

 だって、俺はトレーナーだからな。

 

 

「さて」

 

 状況を整理しよう。

 今回戻ってきたのは冬の時期のようだ。窓を開けると寒風が部屋に入り込んできたことからわかる。

 時間は朝。多分始業前。そしてスマホを開くと、1月の2週目。

 つまり時期としては、新人トレーナーとしてトレセン学園に配属になって数か月といったところか。

 無人島で目が覚めたり、なぜか不良に絡まれながらの目覚めとかそういうのじゃなくてよかった。今回はハードモードではなさそうだ。

 

「ってことは、来月には選抜レースか…」

 

 この選抜レースは、新人トレーナーにとっては試金石を見つける重要なイベントとなっている。優秀なウマ娘と専属契約を結べることがトレーナーの才能、能力の一つとして間違いなく試されるのだ。

 もちろん今回の俺もこの例には漏れない。ほかの新人とは心構えは違うが、早い段階で担当がついたほうがいいのは疑うところではない。

 選抜レースまでに今の世界の情報を集めて、知識を蓄える必要がある。

 

 まぁ情報を集めるとはいっても、ウマ娘がいないとか、法律が大きく変わっていたりとか、そういう日常的な部分はほとんど変化はない。基本的にはどんなにループを繰り返しても、日本のトレセン学園に勤務するトレーナーという立場に変更はないのだ。

 

 ただし、1点、毎回ループするたびに大きく変化がある点がある。

 それはウマ娘たちのデビュー状況、およびレースの勝利の内訳だ。

 どのウマ娘がデビュー済みなのか、レースの勝敗、ドリームリーグまでいっているのか、まったくもってランダムなのだ。

 前回のループでは未デビューだったウマ娘が、次の周でドリームリーグに行っていることも珍しいことではない。

 多少の傾向はあり、マルゼンスキーやシンボリルドルフなどはすでにトゥインクルシリーズを駆け抜けてドリームリーグに所属していることが多いが、それだって絶対ではない。

 中等部1年生のダイワスカーレットがドリームリーグに入っているのにルドルフが未デビューなんて世界線もあったくらいだ。

 お前らの年代設定どうなってんの?

 

「…ま、考えるだけ無駄か」

 

 まずは見に行こう。

 そうして、もはや何万回も繰り返したであろう朝のルーチンで朝食と着替えを行い、勤務先であるトレセン学園へ出勤するのだった。

 

 

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「では、担当がついていないトレーナーの皆さんの今月のお仕事はこちらになります。来月には選抜レースがありますから、それまでに整えておいてくださいね」

 

 緑色を基調とした制服に身を包んだ駿川たづな──たづなさんから新しい業務内容を受け取り、まだ担当がついていない新人トレーナーたちの集められるトレーナー室の自席につく。

 ウマ娘が2000人以上もいるこの学園の、やらなければいけない雑務は多岐にわたる。

 担当がついていない新人トレーナーにはそれらの事務処理や雑務を片付けることも仕事に含まれるのだ。

 まだ業務に慣れきっていない新人にとっては、それなりの業務量をこなさなければならないこの雑務は、仕事を覚えるという意味でも手を抜けるものではなく、それなりの労務内容となっていた。

 しかし、だ。

 

(ふんばってやれば3日ってところか、これくらいの業務量なら…余った時間で情報集められるな)

 

 俺はマグカップに朝のコーヒーを注ぎながら、自分に割り振られた今月の仕事の一覧を見て、タスクを処理し終える時間を逆算した。

 俺に限っては、トレセン学園内の仕事で悩んだり困ったり、やり方がわからないなどといった新人あるあるに該当しない。

 なにせ数百回は3年間の勤務を繰り返している。

 その勤務歴およそ500年超1000年弱。

 文字通り、学園にかかわる仕事でわからないことなどない。

 

 なんならたづなさんの正体だって知っているし、彼女の好みのラーメン屋の味だって知っている。

 レースの出走登録の仕方やらウマ娘の賞金がらみの確定申告のやり方やら花壇の手入れの仕方やらだって知っている。

 もちろん、それぞれのウマ娘の過去や抱える夢、想いも。

 

 しかし、ループを繰り返し続ける俺の考えとしては、前の周回のことはそれはそれで想い出として保管しておきたい気持ちがあった。

 知識の糧として覚え続けていることはあっても、次の周回までその関係性を持ち込もうとは思っていなかった。

 いや、正確には、その関係性を押し付けるようなことはしたくない。

 

 ただ、ここ最近の数十回のループの中では、そう。たまたま、一人の少女と交わした約束を破った自分を許せなくて。

 たまたま、運命が彼女との契約を何回も繰り返すようになり。

 そうして、彼女がもし有マ記念への出走を望まなければ…それはそれで、と思っていたのに、毎回の周回で必ず彼女は有マを夢見て、目指して、出走して、涙を流して。

 最後にその涙を、約束通り笑顔に変えられた。ただそれだけの、俺たちだけの物語。

 

 ───閑話休題。

 

(まずは全生徒のデータを後でタブレットにダウンロードし直すか。過去10年のレース情報もだな。ついでに出版社の情報も確認して…んでもって貯金口座変えて…引っ越しもしないとな…)

 

 片手間に割り振られた仕事のうち、机の前でできる仕事を秒で仕上げながら、もう片手間にタブレットで生徒たちの現在の状況の把握に努める。

 トレセン学園の生徒の顔と名前なら、新しく地方から転校してきたりといったレアな生徒でなければほぼ完全に記憶している。

 その子たちがデビューしているかどうか、どんなレースを走ったか、勝敗は、怪我などしていないか。

 他にも自分の生活状況を一新して、ウマ娘を担当した際に一番効率的に指導できるような最適化を。

 特にループしたての今の時期ではやることが大量にある。仕事に慣れきっているからと言って、やることがないわけではない。

 俺のこの世界線での日常は、こうして廻り始めたのだった。

 

 

 約1か月後。

 選抜レースが始まるグラウンド、そのうちトレーナーたちがタブレットやバインダー片手に集まる中に、俺もいた。

 

 選抜レースは1か月間にわたって、1週間に1度、全4回実施される。

 それぞれの距離、芝とダートに分かれて、得意な距離を生徒たちが選んで出走登録をする。

 まだ担当のトレーナーがついていないウマ娘たちが、我こそはと己の脚をアピールするために所狭しと集まっている。

 彼女たちにとってもこれはチャンスであり、そしてこの機会を逃すと専属のトレーナーがいなくなりデビューすら危うくなる。

 そんな分水嶺、執念すら感じられるほどの逢魔(おウマ)が時であった。

 

 俺はそんな熱気が生まれるグラウンドで、見知った顔しかいない選抜レースの、全体をよく見渡し、眺めていた。

 勝ったウマ娘へはトレーナーが声をかけに行き、目標や得意距離など、スカウトの聞き取りを始めている。

 負けたウマ娘でうまく実力を発揮できなかった者には声をかけに行くトレーナーは少なく、与えられるものは何もない。

 そんな残酷なまでの実力主義のこの世界で、しかし俺は勝利したウマ娘に声をかけに行くことはしなかった。

 

(お、シャウトマイネームがまだ未デビューなんだな…頑張れー、伸びるぞ君は。今終わったマイルレースはカラフルパステルが1着か。マイル戦としては遅めのタイムだが…何人か声掛けに行ったな。その子のパワーはいいぞ…そして実は中距離のほうが得意だから頑張れ専属になるトレーナー。……うわムシャムシャが短距離走ってる!お前の適正は中距離だぞオイ!大丈夫か…?あ、長距離でグリードホロウが走ってる…対抗バもいないしあれは勝つな。彼女は長距離得意だったからな)

 

 ウマ娘も、また新人トレーナーも同じように、見込みのある相方を見つけんと目をギラつかせている中で、俺はのんびりと全体を見渡すだけにとどめる。

 強い子がほかのトレーナーの専属になるのであれば、それはそれでいい。

 しかし俺にとって、ウマ娘をスカウトする、という行為は、ただ早く走った強いウマ娘に声をかけて、などといったものではなくなっている。スカウトの重みが違う。

 

 遥か過去に世界の理から外れた時も、またそのあとの繰り返すループの中でも、俺は不思議と、運命的な出会いをしたウマ娘とともに3年間を歩むことが多かった。

 ふと気になって声を掛けたら縁が生まれ、その縁で担当になる…そんな、運命が導いたように出会ったウマ娘に、強く惹かれる。

 もちろん普通に声をかけて担当になったウマ娘もいるが、ほとんどは契約するまでに紆余曲折あってから専属になるケースだった。

 それはウマ娘からの声掛けであったり、神社にいったら逆スカウトされたり、椅子の脚が目前に飛んできたりなど、どんなきっかけだったかは多岐に分かれてはいたが。

 それでも、そういう出会いを繰り返しすぎて脳を焼かれている俺は、ただルーチンのように勝ったウマ娘に声をかけに行くのではなく、自分の中で声をかけたい、気になる、と強い感情が現れるまで、動くのを待つ傾向にあった。

 なんならこの選抜レースで絶対に担当を決めなければならないわけではない。その後だってチャンスはあるし、担当が見つからなければサブトレーナーとしてしばらく働いたっていい。

 今日の選抜レースだって4回あるうちの1回目なのだ。あと3回もチャンスがあるのに、焦ることは全くない。

 そんな時間遡行者特有ののんびりした心持で、ウマ娘たちがターフに描く煌めきを観察していた。

 

 

 だが想像していた以上に早く、俺の感情が大きく動く事態が発生した。

 

(今回もいいウマ娘がいっぱいいたな…ヴィクトールピストなんかはあれ、クラシック3冠目指せる素質があるぞ)

 

 すべてのレースに目を通して、有望なウマ娘たちが次々スカウトされていくのを穏やかな目で眺めながら、周囲のほかの新人トレーナーからは怪訝な顔で見られているのを全く気にせずに、のんびりとデータを入力していく。

 そうして、その日の最終レースが始まろうとしていた。

 芝2000m右回り。ウマ娘のトゥインクルシリーズのレースでは花形ともいえる中距離のレースに参加するべく、ウマ娘たちがゲート付近に集まっている。

 やはり中距離のレースで活躍する可能性があるというのは他のトレーナーにとっても注目度が高いのだろう。最後のレースということもあり、トレーナーたちは集中してそのレースを観察している。

 

 なお、その前に行われた中距離レースでぶっちぎりの1着を取ったウマ娘、ヴィクトールピストはいきなりそのトモを男性トレーナーに触られて蹴り飛ばすというひと悶着があったようだ。

 あの人(沖野)どの世界線でもウマ娘に蹴られてんな。

 

(最後のレース、出走バは…ナビゲートライト、バシレイオンタッチ…お、タヴァティムサがいるな…それと……っ、これは…)

 

 俺は最終レースに出走するウマ娘たちの名前一覧をタブレットで確認しながら、そこに見知った名前を見つけた。

 そのウマ娘は、過去に何度も練習を共にし、ハルウララやほかのウマ娘ともよく並走して、ともに助け合った仲間。

 これまでのループで何度も強敵として自分の愛バとGⅠの舞台で競り合ったライバル。

 黒鹿毛のボブカットに、彫刻のように美しい肉体と美貌。お菓子作りが趣味の、ドイツから来たウマ娘。

 閃光の切れ味を持つ末脚を武器に、誇りある勝利を求めて走る、彼女の名は。

 

「………エイシンフラッシュ」

 

 かつての仲間でありライバル。

 ハルウララと有マを競い合った彼女が、選抜レースに出走していた。


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