【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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101 ジャパンカップ

 

 

 ジャパンカップ当日。

 俺は、()()()()をレース場でお迎えするために、来賓受付の前で待っていた。

 既にアイネスと他のチームメンバーは控室に入っている。レースまであと1時間と言ったところだ。

 

「…公園とか博物館とかも見てくるって言ってたけどな…予定時間まであと10分…迷ってないかな?」

 

 東京レース場は広く、敷地内に様々な施設がある。

 家族連れでも楽しめるように配慮がなされており、そうして俺が本日お誘いしたご家族の皆様も、お昼を取ってから子供たちの為に少し観光をしていきたい、という話を受けていた。

 何よりである。人込みもあるので、迷子になっていたり…あと、奥方が体調を崩されてなどいなければいいが。

 

 オニャンコポンを肩に乗せながら、道行く人々の流れを眺めてその人たちを待つ。

 前を通り過ぎていく人が俺の肩に乗ったオニャンコポンを見て、何やらびっくりした顔をしてから遠目にスマホで俺たちを撮影していくのだが、それはもう慣れた。

 俺も色んな出来事がありすぎて、世間にそれなりに顔が売れてしまっている。有名税と言う奴だろう。

 子供のウマ娘などが写真を撮るときには、サービスでアイネス直伝のスマイルを向けてみたりした。結構喜んでくれていたので今後も子ウマ娘にあったらこれをやってやるか。*1

 

 そうして、約束の時間になったころ。

 

「あ、義兄いちゃんだー!!!」

 

「義兄いちゃーん!!ひさしぶりー!!!」

 

「ん、おー!スーちゃんルーちゃん、久しぶり!」

 

 俺は、ご両親と片手を繋いで、もう片手をぶんぶんと振りながらこっちに向かってくる、スーちゃんとルーちゃんの声を聴いて、そちらに顔を向けた。

 

 アイネスの、ご両親と、双子の妹。

 彼らを、今日のレースの観戦に招待していた。

 

「立華さん、お久しぶり。今日は招待してくれてありがとう。娘のレースを生で見るのは、恥ずかしながら今日が初めてでね…楽しみにしてたよ」

 

「本当に、何から何までお世話になります。交通費や観戦席の費用も出していただいたと聞きまして…」

 

「ご無沙汰しております。むしろ、今日は自分の方が助けていただくようですから…。…お母様はお体のほう、大丈夫でしょうか?今日は人も多くて大変でしょう」

 

「いえ、今日は調子がいいのです。娘が頑張るんだもの、私も負けていられないわ」

 

 そうして妹たちとご両親と、それぞれに挨拶を交わす。

 この人込みだ、アイネスのお母様の体調が心配だったが…ウマ娘である彼女の調子を耳や尻尾から判断しても、顔色もよく、その言葉は嘘ではないことが察された。

 お母様の体の事もあるので、ご両親のお二人にはS指定席を準備させていただいている。そちらで遠目から観戦されるとのことだ。ゴール前の騒ぎなど浴びてしまっては大変だろうしな。

 そしてご両親とご相談したときに、双子たちは俺に監督を任せていただけることになっている。スーちゃんとルーちゃんにはゴール前の最前列で、アイネスを応援してもらうつもりだ。

 

 …アイネスの不調。

 それは、メンタル面に大きな原因がある。

 レースに勝ちたいという想いが、脚に乗らないそのスランプに、どう解決策を見出すべきか。

 俺は悩みに悩んで、そうして出した答え……何よりも、彼女を心から応援する声が必要だと判断した。

 そのため、ご家族をお招きしたのだ。

 今日、この後控室まで案内し、レース前のアイネスに激励をしてもらうつもりだ。

 

 なお、この事をアイネスが知ったのは昨日だ。

 前日まで家事代行をしている彼女に、タブレットでご両親とやり取りしていた俺の画面がちらりと見えてしまってバレた。

 本当は当日のサプライズにするつもりだった。事前に家族も呼ぶよ、と話しても断るだろうと考えたからだ。

 彼女の遠慮しがちなお姉ちゃん気質が…特に、お母様が来られるとすれば、その体への負担も考えてしまうだろう。

 だが、俺も同じことは考えていた。

 アイネスが精神的なスランプから脱するため、応援をお願いして…しかし、お母様がお体難しそうならお子さんの二人だけでも、とお願いしたところ、家族全員で必ず応援に行く、と強く希望を頂いたのだ。

 特に、お母様の想いが強かった。

 子を想う母の強さは、どんな障壁も乗り越えるものなのだろう。俺はその想いを尊重し、そうして家族4名分の交通費とチケットを準備した。

 アイネスがそのことを知った昨日、黙っていたことを軽く尻尾ではたかれて怒られたが…しかし、もうほぼ予定も決め切ってしまっていたところで、彼女自身も家族が見に来るなら負けられない、とさらに強い想いを抱いていた。

 

 後は、これからレースに臨むアイネスに、俺たちが想いを託し、送り出してやる事だけだ。

 

「では、アイネスのいる控室に案内します。大一番に挑む彼女を、心から応援してあげてください」

 

 俺はご両親から手を離して俺の両腕を掴むスーちゃんとルーちゃんを連れながら、ご両親と共に控室へ向かった。

 

────────────────

────────────────

 

「あ…!お父さん、お母さん!スーちゃん、ルーちゃんも!」

 

「わー!!おねえちゃーん!!」

 

「今日は、頑張ってね!!」

 

「やあ、アイネス…元気そうだね、何よりだ」

 

「…ふふ、今日は気分がいいのよ。そんなに心配そうな目をしなくても大丈夫だから」

 

 控室に入った途端、俺の腕から双子が離れてアイネスに飛びついていった。

 勝負服の彼女が珍しいのだろう。生で見るのはスーちゃんルーちゃんも初めてかもしれないな。

 俺はご両親も控室に入ってきてもらうようにして、そうしてSSに目配せする。

 SSはそれに頷き、フラッシュとファルコンを連れて控室を出ていった。事前に話をしており、家族を連れてきたら家族の時間の邪魔にならないよう、先にゴール前の観戦位置を確保しておいてもらうようお願いしていたのだ。

 

「では、アイネスさん…頑張ってくださいね!」

 

「一番に走ってくるのが、アイネスさんだって信じてるから!!」

 

「今日まで積み上げてきたモンを信じろ。お前は強い。…頑張れよ」

 

「うん!有難う、3人とも!」

 

 ぱたり、と扉が閉められ…そうして控室の中にいるのは、アイネスの家族と、俺と、オニャンコポンだけになった。

 すると、オニャンコポンが自然と俺の肩を降りて、アイネスの胸元に飛び込んでいった。

 賢いやつである。GⅠレースの前にオニャンコポンが己の身を自ら捧げてくれていた。

 家族の前だが、遠慮せずアイネスがオニャンコポンに顔を埋める。

 

「…立華さん。これは、ええと?」

 

「ああ…ウチのチームの恒例なんです。GⅠに挑む前は、みんなオニャンコポン吸いをして気持ちを落ち着けるんですよ」

 

「まぁ…ふふ、楽しそうですね、フェリスの皆さまは」

 

「わー、いいなー!」

 

「私達もやってみたーい!」

 

「んー?二人も吸うー?」

 

 アイネスがオニャンコポンから顔を上げてほいっと妹たちにオニャンコポンを差し出す。

 えっマジ?って顔で双子の手に収まったオニャンコポンがダブル猫吸いを食らっていた。うん。頑張れオニャンコポン。

 

「アイネス…父さんは、お前がGⅠレースを走るのを生で見るのは、今日が初めてだ。すごくドキドキしてるよ」

 

「うん、父さん…」

 

「…勝て、なんて無責任なことは言えない。けどな、お父さんは…お前が、こんな大きなレースで走れることを誇りに思う。後悔だけは、しない様にな。母さんと一緒に見守ってる…頑張れ」

 

「…うん!」

 

 アイネスの前に片膝をつき、お父様が真正面から瞳を見据えて応援の言葉をかけた。

 その言葉は、どこまでも優しい響きを感じさせる。

 父親とは、こういうものなのだろう。己の娘を想うときに、どこまでも優しくなるものなのだ。

 

「アイネス…」

 

「母さん…」

 

「…貴方は、私達の宝物で、誇りなの。そんな貴方が、こんなすごいレースに出て…走ってくれているだけで、本当にお母さんは嬉しいわ。無理しないでほしい…とも思っているのは否定できないけれど。…でもね」

 

「うん」

 

「…私も、お父さんと同じ気持ち。何より、このレースを走る貴方が、絶対に後悔しない様に。全力で走ってきなさい。悔いを残さないようにね」

 

「…っ、うん!!」

 

 次に、お母様がアイネスに言葉をかける。

 ウマ娘でもあり、そして母親でもある彼女は…やはり、レースを走るという行為に対してまた思う所があるのだろう。

 そして無理をしてほしくないという想いも当然、ある。それは、親が子に対して絶対に持つものだ。

 俺も否定するつもりは欠片もない。俺だって無理はしてほしくないしな。無事に走り抜けるのが一番だ。

 

 でも、お母様も、お父様も。

 アイネスが、後悔しない様に、自分が納得できるように…全力で、走って来いと。

 勝ち負けよりも、納得が己の中に生まれる走りを。

 ああ…何よりも、その言葉をアイネスに聞かせてやりたかった。

 

「おねーちゃん!!スーはね、おねーちゃんに勝ってほしい!!」

 

「ルーも!!おねーちゃん、絶対に勝ってね!!」

 

「スーちゃん、ルーちゃん……うん!!あたし、頑張るからね!!」

 

 そうして双子の妹から、無邪気に、何の裏も表もない、ただシンプルに、勝ってほしいという願いを。

 何よりも大切な姉が、勝つ姿を見たいと。

 そのまっすぐすぎる想いが、アイネスの熱意をさらに高めていく。

 

 想いを受け取ることで、ウマ娘は強くなる。

 

「アイネス」

 

「トレーナー…」

 

「……俺はね。君にあの日出会えたのは、運命だと思ってる。偶然が重なって、君と会って…そうして、君の想いを聞いた。俺も、想いを伝えた」

 

「っ……」

 

「あの日の君が言った言葉を、俺はいつまでも信じている。……勝とう、アイネス。俺たちが積み上げた軌跡を、観客に、日本に…世界に、見せてやろう」

 

「…うん。………ねぇ、トレーナー………今日は、()()()()?」

 

「ん。……ああ、いいよ」

 

 俺も彼女に想いを伝え…彼女も、それを受け止めてくれて。

 そして、レース前の、おねだりが来た。今日はグルーミングではなく、そちらを希望するらしい。

 家族の皆様が見ているが、特に恥ずかしい事をするわけでもない。俺は遠慮なくアイネスに一歩近づいて、そうして腕を広げて、彼女を胸元に誘う。

 そこに、ぽん、と顔を寄せ…耳をぴとり、と俺の心臓に合わせてきた。

 俺の心臓の音を、聞かせる。

 

「………なんと…ふむ……」

 

「…あら……これは、思ったより早いかも…?」

 

「わー……わぁぁー……」

 

「はー……お姉ちゃん、いいな……」

 

 小声でご家族の皆様が息を呑むような気配を見せたが、この儀式だけは許してほしい。

 彼女が、好走を見せるために必要なことなのだ。

 アイネスも俺の心臓の音を聞いて、顔を上げると、そこには目が潤み頬を紅潮させた、いつかの家事代行の時のようなそれが随分と蕩けて穏やかな熱を持った表情を作っていた。

 

 よし。今日は走れる。

 

「……じゃあ、アイネス。もうすぐ時間だ……行こうか」

 

「…うん!あたし、今、絶好調!絶対勝ってやるからね!!」

 

「おねーちゃん、頑張ってね!!」

 

「いっぱい応援するからね!!」

 

「私たちは指定席から見ているよ。…頑張れ、アイネス」

 

「貴方が成長した姿を見せてね。無事に走り抜けるのよ」

 

「はいなの!!ありがとうね、みんな!!」

 

 俺はアイネスの手を引いて、彼女が控室を出てレース場へ向かう背をみんなで見送る。

 その後、双子の監督を任せてもらって、ご両親を指定席までお送りして、いつもの観戦スポット、ゴール前に行きSS達と合流する。

 

 ……俺がレース前にできることは、すべてやった。

 あとは全力で応援するのみ。

 彼女が、スランプを越えて、全身全霊で走り抜けられるように、祈るのみだ。

 

────────────────

────────────────

 

「…………」

 

 ゲート前。

 アイネスフウジンは、青空を見上げながら、レース場にそよぐ秋風を身に受けて、今日のレースへの想いを反復していた。

 

 フラッシュちゃんが応援してくれている。

 ファルコンちゃんが応援してくれている。

 サンデーチーフが応援してくれている。

 

 スーちゃんとルーちゃんが応援してくれている。

 父さんと母さんが応援してくれている。

 

 トレーナーが、応援してくれている。

 

 みんなが、自分の事を信じて、応援してくれている。

 その想いが、かけられた言葉が……これから走るレースへの悩みを吹き飛ばした。

 そんなくだらない悩みは、この秋風に流してしまえ。

 

 今はただ、みんなと積み上げたこの体を。

 トレーナーと磨き上げたこの脚を信じて。

 全力で、走り抜くだけだ。

 

「…アイネス先輩。ようやく、一緒に走れる時が来ましたね!」

 

「手加減しないっすよ先輩!府中は俺の得意なレース場っすからね!!」

 

「…ん。スカーレットちゃん、ウオッカちゃん…うん、今日はよろしく!!あたし、絶対に勝つからね!!」

 

 そこに、チームスピカのウマ娘…学園的には後輩だが、レースでは1年先輩の、シニアを走る二人が声をかけてきた。

 シニア級の世代を代表する二人。これまでのいくつものGⅠレースで輝き続けていた、凄まじい強さを持つウマ娘だ。

 以前からチーム間を越えて付き合いはあり、アイネスにとっても可愛い後輩である二人だが…しかし、今日は鎬を削りあうライバルだ。

 絶対に負けない。

 強い想いが、お互いの瞳に現れていた。

 

 だが、そんな時に。

 もう一人、今日のレースの主役が現れる。

 アメリカから遥々遠征してきた、かつてスマートファルコンと鎬を削りあった彼女。

 マジェスティックプリンスが、いつもの高笑いと共に、宣戦布告に混ざってきた。

 

『…ハーッハッハッハ!!アイネスフウジン、そしてダイワスカーレット君とウオッカ君!!この私を忘れてもらっては困るな!!』

 

「…え、英語…!」

 

「せ、先輩!何とか言い返してやれませんか!?」

 

「あはは……」『…こほん。マジェプリちゃん。私も、この子たちも、絶対に、貴方には負けない、って。芝の上では……日本では、誰にも一着を、譲るつもりは、ないから』

 

『…ふふっ、ああ、思いだすな。ベルモントステークスで、ファルコンにも同じようなことを言われたよ。そしてあの時はその言葉通り、私は負けたわけだが………私も、誰にも譲るつもりはない。王子たる走りをお見せしよう』

 

 アイネスが不慣れな英語で、しかりはっきりと己の負けないという想いを宣言する。

 それを…以前のベルモントステークスでは鼻で笑っていたマジェスティックプリンスだが、今日の彼女は違う。

 笑みを消して、真っすぐに、ライバルになる彼女たちを穿つように見据える。

 強い意志を。己の勝利を疑わぬ自信があるとでもいうようなその佇まいを見せた。

 

『……いいレースに、しよう』

 

『ああ。後は走りで語ることにしよう』

 

「…む!私も負けませんからね!!」

 

「俺だって!全力でぶつかってきてくださいね!!」

 

 語る言葉は語り終えた。

 後は、脚で語るだけ。

 

「……すぅー…………ふぅー…………!」

 

 最後に一つ、大きく深呼吸をして。

 アイネスフウジンが、ゲートに向かう。

 

 

 ……勝ちたい。

 あたしが、あたしでいられるために。

 今日は、勝ちたい…!

 

 

『全ウマ娘ゲートインしました!さあ始まるぞ世界の祭典!秋GⅠの大一番ジャパンカップ!!……今、スタートですっっ!!』

*1
罪深い。







余談
最強チームイベントでランクSSのマンカフェを探しています。
自分で作るか?
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