『揃ったスタート!勢いよくゲートを出ていくウマ娘達!!さぁそしてハナを進むのは─────やはりこの風神だ!!アイネスフウジンが加速していくぞ!!』
スタート直後、まずアイネスフウジンがあいさつ代わりに彼女の得意技であるハイペースに持ち込むため、先陣を切る。
今日のジャパンカップ、レースを走るウマ娘達はほぼほぼシニア級であり、激戦を潜り抜けてきている優駿たちだが、しかしその中でも彼女のスタートの切れ味は鈍ることはなかった。
サイレンススズカやスマートファルコンのような、大逃げと言うほどの距離は取らない。
しかし、ただの逃げにしては長すぎる距離を取る。
その上で速度を調整し、そのまま逃げ切ってしまうのではと感じさせる、焦らせる位置取り。
シニア級に囲まれたこのレースでも彼女のその脚の切れ味は十全に発揮されていたと言っていいだろう。
だが。
今日のレースでは、そんな彼女に、苦も無くついていくウマ娘が一人いた。
「…っ!スカーレットちゃん…!」
「させませんよ、先輩…!」
チームスピカの、ダイワスカーレットだ。
彼女もまた逃げに近い位置での走りを得意とするウマ娘であり、しかも先行策も取れる。
ハナの風を切る役割をアイネスフウジンに任せ、そのペースに合わせて己も走る。
ペースメーカーの役割を、アイネスフウジンに任せるという暴挙。
これがクラシック級のウマ娘であれば、アイネスフウジンについて行けるものはいない。
先日秋華賞で彼女に勝ったサクラノササヤキですら、それで4度も敗北を喫しているのだ。
しかしそんな、これまでの常識は、シニア級のトップクラスのウマ娘には通じない。
後方から襲い掛かるプレッシャー…牽制技術のそれではない、純粋な強者の圧を背に受けながら、しかしアイネスもまた負けじと先頭を走り抜けていた。
『先頭はアイネスフウジンとダイワスカーレットが引っ張っていきます。その後ろ、先行集団には…ここにいましたマジェスティックプリンス!このウマ娘は恐ろしいぞ!周囲をよく見ています!その後ろ、少し離れてウオッカが構える!この府中でまた彼女の豪脚が発揮されるのか!それぞれがペースを気にしながら走っています!!』
そうしてその後方、先行集団の中を走るマジェスティックプリンスの姿があった。
彼女にとって最初の500mは意識を集中させるためのウォームアップだ。
500m地点から発動されるマジェスティックプリンスの領域────【王の箱庭】に入るためには、そこに至るまでに極限の集中状態に入る必要があった。
無論、周囲のシニア級ウマ娘もその領域については理解を落としている。
それに至らせないために、数々の牽制がマジェスティックプリンスに向けて放たれていた。
(…甘い。私はその程度では…止まらない!)
だが、マジェスティックプリンスもまた超一流のウマ娘。
このウマ娘を牽制で掛からせて集中を切らせるためには、シンボリルドルフの皇帝の一喝か、もしくは牽制に特化したウマ娘が全力を振り絞ってのそれを持たなければ難しいだろう。
同じく超一流のウマ娘であるウオッカが後方から彼女の走りの様子を観察しているが、どちらかと言えばウオッカは牽制を仕掛けるのは得意ではなく、真っ向から足で捻じ伏せるのを好むウマ娘だ。
それは、先を走るダイワスカーレットも同じ。
チームスピカのウマ娘は、デバフや牽制、駆け引きを用いるよりも…己の脚に全てを籠めての力勝負を得意とするウマ娘が多かった。
そうして、マジェスティックプリンスの集中は切れることがなく。
500m地点を、迎えた。
(さあ、今度は箱庭から逃れる隼はいない─────王の庭へ、ようこそ)
──────────【
…だが。
まだ、彼女の中でレースの勝敗は確定していない。
それをアメリカで嫌と言うほど味合わされた彼女は、一切の油断を捨てながら、ドーム状のそれを展開した。
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────────────────
「でた…!プリンスちゃんの領域…!」
「前の時は、ファルコンさんは大逃げであれから逃れましたが…!」
「えー!?見えないよー!?」
「どーなってるのー!?」
スーちゃんの右手を握るファルコンと、ルーちゃんの左手を握るフラッシュが、レース展開を見て声を上げる。
俺の目にも、はっきりと映った。
500m地点で、マジェスティックプリンスが、かつて辛酸を嘗めさせられたあの領域を展開したのを。
「…いつ見てもえげつない効果範囲だな。だが…」
その効果範囲は半径50m。
今回、アイネスは大逃げを打っていない。アイネスの前に他のウマ娘もおらず、マジェスティックプリンスの後方50mより後ろにも誰もいないため、走っている全部のウマ娘がその領域に取り込まれたことになる。
だが、俺は彼女のあの領域について、以前よりも理解を深めていた。
アメリカクラシックの2戦、その両方のレース映像のみしか見ていなかったころとは違う。
ベルモントステークスで見せたあの領域範囲の移動についても知っているし、その後彼女がアメリカで走ったレースもすべて見て、研究していた。
それら全てのレースで一着を取っていた彼女は、その領域を存分に使い…そして、その欠点もようやく見えてきた。
正直に言えば、ベルモントステークスの時は、俺は彼女の領域を恐れすぎた。
十全にあの領域を理解できていれば、ファルコンに大逃げの作戦を取らせることもなかったかもしれない。
とはいえあのレースはあれで最高のものだとは思っているし、後悔をしているわけではないが。
俺自身がウマ娘ではないため…レースの、特に領域の効果については、実際に感じる事ができないため恐れすぎたのだ。
レース後にぱかちゅーぶを見て、ルドルフが俺よりもはるかに領域についての理解と対策ができているコメントを聞きそう強く思った。領域はやはり人外の技術であり、ウマ娘のほうが遥かに理解を深められるものなのだ。
俺は、領域の圏内にいるアイネスの、その走りを見て、確信に至る。
「……アイネス、ちゃんと抵抗できてるな。ああ、やっぱり…あの領域、
「……今日のレースが終わるまではノーコメントだっつってんだろ、ったく…」
俺は隣に立つSSに言葉をかけるが、彼女はため息をついてコメントを控えた。
SSこそ、あの領域について誰よりも知っているウマ娘だ。なにせ、彼女がアメリカでサブトレーナーをしていたころに一番目をかけていたのがあのマジェスティックプリンスだからだ。
だが彼女は、マジェスティックプリンスの領域の効果や弱点などについて、俺達には話さなかった。
前に世話になっていたところに対しての義理だったのだろう。
俺はそんな彼女に対して、怒ることなど当然しなかったし、コメントを求めることもしなかった。
SSの配慮はとても適切なものだ。俺だって、万が一別のチームなどに移籍となってしまったとして、じゃあフラッシュたち愛バの弱点をそのチームで話すかと言ったら絶対にNOだ。
少なくとも、今日と言う彼女と本気でぶつかり合うレースまでは、領域に対する対策会議をする中でSSは傍観者でいてくれた。
有難い配慮だった。そちらの方が俺たちとしても真正面から気兼ねなくぶつかれる。
さて、少し話が逸れたが、マジェスティックプリンスの領域について。
あれは、範囲が極大である代わりに、容易に抵抗が出来るものだ……と、俺は理解を落とした。
アメリカクラシックのころはまだ周囲にいるのがクラシックウマ娘だったこともあり、その領域にしっかりと抵抗はできていなかったが、しかしシニア級と交ざってマジェスティックプリンスが走っていたレースを見てみると、シニアの有力ウマ娘たちは相当あの領域に抵抗できているのが見て取れたのだ。
恐らくは、牽制に対する抵抗力が高ければ、あの領域の効果はかなり薄まる。
無論、そういったシニア級が交ざったレースの中でも、結局はマジェスティックプリンスが一位で駆け抜けていたことから、彼女自身がとてつもなく強いウマ娘であるという事実は変わりはしないのだが。
だが、このジャパンカップ。
少なくとも、あの領域に抵抗できるウマ娘が、3人いる。
「……スローペースなんかにさせてやるかよ。アイネス、行け…!」
俺は未だ先頭をキープして走るアイネスが、そのまま誰にも先頭を譲らずに走り切れることを祈り、応援に熱を込めた。
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『さあ先頭のアイネスフウジンが駆ける!そのまま1000mを通過しました!!通過タイムは……58秒9!やはり速いッ!レースはハイペースになりながら向こう正面に入っていきます!!』
(……流石だ。私の領域の内にいて、これほど自由に走れるとはね…!)
マジェスティックプリンスは、領域を広げながら1000m地点近くまで走り抜け、そうして…先頭を走るアイネスフウジンが、その速度をほぼ落とさなかったことに感嘆を覚えた。
自分でも、この領域のメリットとデメリットは理解している。
メリットは範囲が広い事。領域への突入が比較的容易なこと。相手の速度を奪えること。その速度を己の末脚として最後に使えること。自由に範囲を動かせること。
デメリットは……強いウマ娘には、抵抗されること。
世代を担うようなウマ娘には、その効果が激減すること。
(サンデーサブトレーナーや、ゴアサブトレーナーほどではないが…しかし、やはり、やるッ!それでこそだっ!)
併走で走った際に、その効果をほぼ無力化したアメリカの伝説のウマ娘二人。
そんな彼女たちほどではないが……しかし、今レースを走っているウマ娘の中で、領域の効果にひるまず走り抜けるウマ娘が、3人。
「……どっちが速度を奪えるか、勝負なの…!!」
先頭を走るアイネスフウジン。
彼女は、500m地点からその領域にじわりと抵抗を続け…速度を落とさない様に尽力しながら。
そうして、1000mを越えたこの瞬間から、むしろ己の方が速度を奪い取ろうと仕掛け返してきた。
アイネスフウジンの持つ、中距離レースで発揮される、逆風を感じさせるようなその技術。
後続の速度を奪い己の速度に変えて更なるハイペースを仕掛ける特有の駆け引き。
それを繰り出し、マジェスティックプリンスの領域の中にいながらも、速度を奪い返そうとしていた。
そうして、そんなアイネスフウジンの……ほぼ隣に位置するように位置を上げたウマ娘が一人。
「しつこいわねこの赤い領域…!赤が一番似合うのは、このアタシなのよ…!!」
ダイワスカーレット。
その深紅の瞳の瞳孔が、まるで肉食の獣を思わせるようにより鋭く絞りあがり、マジェスティックプリンスの領域に全力で抵抗する。
ダイワスカーレットが持つ己の領域、その一部から迸らせるような、圧に対する抵抗手段。
後方からダイワスカーレットを観察するマジェスティックプリンスには、それが見えた。
ダイワスカーレットの周囲を、まるで舞い散るように薔薇の花弁が待っていた。
その薔薇の花弁の一つ一つが、王の箱庭の影響から主を守るように、その速度を奪わせない。
(……美しい)
マジェスティックプリンスは、そんな深紅の女王を見て、素直にそう評価した。
それは、薔薇を舞い散らせるその幻影を生むほどのダイワスカーレットの抵抗、だけを見てのものではない。
その、走りの技術。
位置取りの
尋常ではないそれに対して、強者への敬意を抱いた。
ダイワスカーレットは、1000m地点に向かうその直前に、脚に力を込めて加速し、アイネスフウジンの外側に並ぶように位置取りを変えた。
無理に抜かそうとしたものではない。ただ、アイネスフウジンの後ろについているのはヤバいと彼女の体が、細胞が判断してのそれだ。
結果として、ダイワスカーレットはアイネスフウジンが繰り出す逆風から逃れることに成功した。
その位置取り。余りにも的確な、好位置をキープするスキル。
『キラーチューン』と呼ばれる、己の走るテンポを完全にコントロールし、リズムを乱すことなく最適な位置取りを選択できる力だ。
これを得意とする有名なウマ娘は3名。
今回の様に、先頭争いの位置取りでは右に出る者がいないダイワスカーレット。
かつて、有マ記念で消えたはずの道を作り出し、ハナ差圧勝を見せたテイエムオペラオー。
宝塚記念で、末脚を完璧に発揮できる位置取りを模索し、奇跡を成したメジロライアン。
「負けない…アタシが、今度こそ、一番になるんだからっ!!」
深紅の女王が、天皇賞秋の悔しさをバネに、更なる輝きをもってアイネスフウジンと鎬を削りあっていた。
マジェスティックプリンスが彼女らのそんな様子を観察していたところで、後方から、新たな圧を受け、首だけ振り返る。
「…前ばっかり注意してていいのかよ、王子サマよぉ…!!」
そこにいたのは、領域を物ともせずに位置取りを上げてくるウオッカだ。
彼女もまた、王の箱庭に対して全く物怖じせずに速度をキープしていた。
ダイワスカーレットの様に守るようなそれではない。
彼女の領域は、そんなに大人しいものでは、ない。
(…非常識だ!私の領域を
ウオッカの前方5m。
王の箱庭が無残にも切り裂かれ、その赤い空間を無色へと変えていた。
【カッティング×DRIVE!】と己で名をつけたウオッカのその領域。
それ自体は末脚にさらなる強化をもって、レースの残り200mから繰り出されるものだが、それに内包されるウオッカの性質が、領域への抵抗を生む。
薔薇の花弁に守られるダイワスカーレットとは対極に、その切り裂くような攻撃的な加速をもって、マジェスティックプリンスの領域に抵抗していた。
さらに言えば、向こう正面に入ったこの直線が、ウオッカにとってはあらゆる技術で位置取りを上げる地点となる。
直線での加速を得意としており、なおかつ…最後のコーナーでさらに加速し差し切り態勢を整えるための前準備を始める。
それは絶対速度の上昇も伴い、差しの位置からハイペースな展開に置いて行かれまいと徐々に位置を上げていた。
直線巧者であり、直線加速を得意とする。中距離の直線であればなおの事。
(だが……この時点でそこまで脚を使って、スタミナは保つのかい、ワイルドガール!)
だがその強引な位置取りを上げるための加速に、マジェスティックプリンスはウオッカのスタミナに疑問を持った。
これまでのレースを見ている限り…また今日の彼女を観察した限り、恐らく得意距離はマイル。
中距離も十分走り切れるのは日本ダービー2400mを走り抜けていることからも理解するが、しかし長距離は苦手としているのは見て取れた。
今回もまたダービーと同じ2400mだが、条件が違う。
己の領域に取り込まれた中で、抵抗しながら走る事で僅かながらその速度は奪われ、スタミナも同時に消耗しているはず。
そしてこのハイペースだ。無理に速度を上げてしまえば、最終直線でスタミナが尽きてしまうのではないか。
そんな、マジェスティックプリンスだけではない、周りを走るウマ娘もまた、ウオッカが暴走気味であることを察して、彼女の様子を見て。
(────────?)
しかし、その、音に気付いた。
足音ではない。
領域を切り裂く際に生まれる音でもない。
それは、ウオッカの呼吸音。
息を吐いて。
……息を吐いて。
───────息を吐いていた。
(……なんだ?何を、やろうとしている?)
おかしい。
ウオッカの呼吸が、おかしい。
普通の呼吸ではない。
深呼吸でもない。ただ、吐き続けている。
その音が気にかかり、己のペースを落とさないようにしてマジェスティックプリンスが後方から迫るウオッカに目をやった。
瞬間。
ウオッカの走りが。
──────『一息』で。
──────『好転』した。
『……なっ─────!?』
マジェスティックプリンスが驚愕の声を上げる。
視界の端に映っていたウオッカが、たった一息。
息を吐き切った後の、たった一息でスタミナを回復させ、さらに脚に力を籠めるように迫ってきたからだ。
『……全く!!日本のウマ娘は、化物しかいないのか!?』
そういえば、イージーゴアの友人であるミシェルマイベイビーと話す機会があり、その時に彼女から聞いた話があった。
ジャパンカップでは気をつけろと。
なるほど。
それが、これか。
『成程、楽しませてくれるよ…!だが、私とて容易く負けるつもりはないのでねっ!!』
しかして、そこでマジェスティックプリンスもまたハイペースについていくために己の脚に加速を施す。
1500m地点よりも前、まだ領域を開いているところだが…その間に、己の技術を用いて、位置を上げ始めた。
マジェスティックプリンスも無論、このジャパンカップに備えて、己の脚を更に磨き上げている。
サンデーサイレンスの教えを受け、その後にイージーゴアからも教えを受けている彼女は、その脚に彼女たちから教わった技術を蓄えていた。
その技術を、マジェスティックプリンスは大まかに二つに分けて繰り出すことにした。
直線はイージーゴアの技術。
コーナーはサンデーサイレンスの技術。
今走る直線では、イージーゴアに教わったそれの通り、領域をキープしながら加速を果たす。
足を溜めながら加速するという矛盾を、しかしこともなげにやってのける。
領域抜きでも超一流。
だからこそ、彼女は王子の肩書を名乗るに相応しいウマ娘なのだ。
「…へっ!やるじゃねえか…そう来なくっちゃなぁ!!」
『さあ、共に先頭の二人を捉えに行こうじゃないかウオッカ!仲良く、肩を組んでとは行かないがねっ!』
1500m地点で、マジェスティックプリンスが領域を閉じる。
ここまで他のウマ娘から吸収した速度は、脚に蓄えている。ここからそれを徐々に解放し、先頭の二人を差し切る。
無論、好転一息によりスタミナを回復させたウオッカがその後ろにぴったりと続き、そうしてさらに位置取りを高めていく。
先頭を走る二人。
アイネスフウジンとダイワスカーレットもまた、それぞれが己の技術を十全に用いながら、ハイペースな展開を守ったままに、最終コーナーへと突入していく。
勝負は佳境。
勝敗はまだ誰にも分からない。
勝利の女神は揺蕩ったまま、誰の頭上に降りるのか。
────────────────
────────────────
「……ここ、なのっ!!」
アイネスフウジンは、己が最近になって覚えた技術…コーナーを加速して走り抜ける、サンデーサイレンスの技術をもって最終コーナーに飛び込んだ。
脚は、まだある。
残ってる。
ここまでマジェスティックプリンスの領域によってその速度を奪われていたが、それは直線に入ってから放った逆風により取り戻した。
このコーナーで加速してすぐ後ろにいるダイワスカーレットと少しでも距離を離し、そうして最終直線では根性勝負。
誰にも先頭を譲らない。
「だ、ああああああッ!!!!」
最適な角度で、まるで頭から飛び込むようにコーナーを駆け抜ける。
それはウマ娘がコーナーで出せる最高の速度。
後続は追いすがれない。
はず、なのだ。
だが、それは、限界を破るほどのそれではない。
では、限界を破ったウマ娘が相手なら?
限界を超える、
「─────もう、我慢できないわ」
1バ身後方を走るダイワスカーレット。
その、堪忍袋の緒が切れた。
彼女は、普段の学園生活では優等生を維持している。
冷静で落ち着きのあるウマ娘だ……と、おおよそのウマ娘には知られている。
だが、その本性。
一番を譲れないという、子供の我儘の様な強い感情を、一切損なうことなく抱え続ける彼女のその本質は。
究極の、負けず嫌い。
────────【ブリリアント・レッドエース】
最終コーナーに突入した直後に、ダイワスカーレットがその己の領域に、突入した。
まるで猛禽類の様に瞳孔が鋭く尖り、先頭を走るアイネスフウジンに視線で圧を飛ばす。
領域に入ったウマ娘の飛ばす圧に、アイネスフウジンの体が震えた。
そうして、猛烈な加速を伴ってダイワスカーレットがアイネスフウジンに競り掛かる。
大外からそのままぶち抜いていかんと、アイネスフウジンのそのコーナーでの加速についてきた。
いや、そのまま追い越さんとばかりの更なる加速。
残り500m以上の直線など知ったことかと。
そこだって、先頭で走り抜ければアタシが一番なんだから、と。
子供のような思考、しかしそれを成し得る恵体の豪脚を持つ彼女だからこそ取れる戦略。
一番に。
誰よりも、先頭で、走り続けるために。
「アタシが、一番なんだからっ!!」
「ぐっ…あたしだって、負けられないっ…!!」
アイネスフウジンもまた、根性でその加速に負けない様に更なる加速を果たす。
脚への負担がさらに増した。
だが、まだいけるはず。
このまま、二人で加速していって、最終直線で何とか交わせば────────と。
しかし、当然の如く。
二人の独走を許さないウマ娘が、後方から襲い掛かってくる。
『…ああ、そうだろう、そうだろうさ!わかっていたさ!!
マジェスティックプリンス。
彼女もまた、アイネスフウジンと同じように……コーナーに飛び込むようにして、加速を果たしながら駆け抜ける。
当然だ。何故なら、この技術を覚えたのはむしろマジェスティックプリンスのほうが先なのだ。
サンデーサイレンスがトレーナーとしてついていたのは、彼女の方が先なのだから。
無論の事、その走りも覚えていた。教えられていた。
同じフォームで並ぶように、アイネスフウジンと2バ身ほどの距離をもって……いや。
その距離が、縮まる。
────────【
第二領域とは違う、マジェスティックプリンスのその領域。
先程まで、王の箱庭で
この二つの段階をもって、マジェスティックプリンスの領域が完成となる。
そしてその領域は、いつ、どこで発動したとしても、純粋な加速を彼女にもたらす。
同じフォームで走る以上、領域による上乗せがある分、アイネスフウジンよりもマジェスティックプリンスのほうが加速で上回ることは当然と言えた。
「く……うっ!でも、まだまだ…っ!!」
だが、それでもアイネスフウジンが譲らない。
後方から近づいてくる圧、それに抵抗する。
更なる加速を、無理矢理に果たす。
近づかせるもんかと。
負けるもんかと。
根性ならば、誰にも負けない。負けたくない。
隣を走る薔薇の花弁を纏う緋色の女王にも。
後ろから迫りくる王子たるその走りにも。
そして、その後方。
「直線に入ったら全員まとめてブチ抜いてやるぜぇっ!!」
直線に向かう前に位置取りを押し上げて、末脚で勝負を決めんと画策する、常識破りの女帝にも。
負けたくない。
負けたく、ない、のに。
_──無理は、するな
脚が、止まりそうに、なって────────
(どう、して……!?)
アイネスフウジンの速度が、僅かに、落ちた。