【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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105 年末に向けて

 

 

 ジャパンカップが終わり、翌日の午前中のチームハウス。

 俺はコーヒーとBLTサンド、SSは味噌汁とおにぎりを朝食として頂きながら、昨日のレースの振り返りを行っていた。

 

『…やっぱり厳しいよな』

 

『ええ。あの子の事を考えるのであれば、有マは見送った方がいいでしょうね。いかにゼロの領域に目覚めたウマ娘の回復が早いとはいえ、間一か月は無茶よ』

 

 俺の言葉にSSが、同じ結論を返してくる。

 話は、アイネスフウジンの脚の事だ。

 

 昨日、ジャパンカップにてゼロの領域に至り、奇跡の走りを見せたアイネスフウジン。

 しかし、やはりというべきか、その奇跡の代償は大きかった。

 ゴール後は何とか歩けてはいたが、あれは妹たちの前で気丈に振舞っていたようだ。

 控室に戻って俺とSSで触診をしたところ…ファルコンの時と同じように、甚大なダメージがその脚に刻まれていた。

 

 ベルモントステークスのファルコンほど…ではない。

 あの時のファルコンは、全力を使い果たしてから400mを駆け抜けたのだが、今回のアイネスはまだ脚を残した状態で200mを走り抜いた。

 脚にかかった負担はファルコンよりは軽い。だが、それは問題ないと言えるほど軽いものでもない。

 ウイニングライブに出たいというアイネスフウジンの想いもあったため、俺の手による例の特殊なテーピングで脚の負担を減らしライブには送り出したが、その後すぐにウマ娘専門の総合病院に運んだ。

 診察の結果、脚部の関節周りに軽度の炎症が見られた。ファルコンの時は筋肉全てがズタズタの状態だったが、アイネスは最高速を叩き出すために、関節に負担がかかってしまっていたのだ。

 

『あの子達は、私なんかよりもよっぽど走れる脚の形をしているわ。だからこそ、ゼロの領域に至ったときに限界を超えすぎるんでしょうね…私の時よりも間違いなく負担が大きくなってる』

 

『そうか…君はゼロの領域に至ったうえでアメリカ三冠をすべて走っていたもんな』

 

『ええ。でも、あれだって相当無茶をしてたわ。ベルモントステークスは結局そのせいで落としたようなものもあるし…まぁ、そこまでしないとゴアには勝てなかったでしょうけど』

 

 SSの時ともまた違う。彼女はアメリカ三冠の初戦、二戦目それぞれでこの領域に至ったと聞くが、その時は脚の負担はそこまで大きいものではなかったとのことだ。

 無論、彼女も己の脚へのケアを十分になしたうえで、体幹を鍛え上げていたことでそのダメージが少なくてすんでいたという事なのだろう。

 だが、正直に言えば、ゼロの領域は分らないことが余りにも多すぎる。

 人知を超えた領域。だからこそ、俺はそれに至った子を、その領域を過信はしたくなかった。

 アイネスフウジンの脚をここでさらに酷使して壊してしまうわけにはいかない。

 

『ふー……アイネスがスランプを越えてくれたことは嬉しいんだけどな。中々全部うまくは行かないもんだ』

 

『仕方がないわ、絶対はないのだから。…何とか説得してみましょう、二人で』

 

『だな。まずよく症状を説明して、どうするか聞いてみて…だな』

 

 ずずーっと味噌汁を啜りながらそう言ったSSに、俺も頷いた。

 ケガ…致命的なそれではないが、ここ最近はチームメンバーの脚にレース後の怪我が生じることが増えてきた。

 俺の予想を超えて、最大速度を発揮してしまっているのだ。

 丹念に整えた体幹と言う名の地固めをして、なおそれを超える脚力を発揮し始めている。

 これはこれまでの世界線でもなかったことだ。来年からは練習の内容を考え直すべきだろう。更に体幹を仕上げる必要がありそうだ。

 

 

 ちなみに、アイネスフウジンのご両親には彼女の容体について伝えてある。

 LANEの通話で、娘さんがケガしてしまったことの謝罪と共にその旨を伝えたが、大きな怪我ではなかったことの安堵、最高のレースを見せてくれたことの感謝と共に、「娘の事は君にすべて一任している、今後も末永く娘をよろしくお願いします」と深い信頼のお言葉を頂いてしまった。

 その信頼に応えるためにも…俺は、彼女に無茶はさせられない。

 少なくとも今年中は安静にしてもらう必要がある。

 

 この話を、アイネスが素直に納得してくれればいいのだが。

 

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 午後になり、チームハウスに愛バ達が集まってきた。

 昨日の激走を経たアイネスには、学園から電動キックボードを貸出してもらい、廊下などの長距離の移動ではそれを使ってもらうよう指示を出している。

 俺がループし始めたころにはセグウェイが配備されていたのだが、セグウェイはかなり高額なうえ、脚を置く場所が狭い。またバランスもとりにくく、バッテリーにも難があり、20kmくらいしか走れない。

 最近新たに開発された電動キックボードは走行距離が50km以上の物もあり、脚もすぐに外しやすいため万が一転倒しても受け身が取りやすい。比較的安価であることもポイントだ。

 そのため、理事長にこれも準備しておきませんか、と打診したところ快諾を得て、こうして有効に活用してもらえているというわけだ。文明の発展は素晴らしい事である。

 キックボードに俺も乗ってみたいと思って導入を促したのは秘密だ。

 

 閑話休題。

 

 そうして集まった3人をソファに座らせて、俺は昨日のアイネスフウジンのレースを改めて褒めてから……脚の負担の大きさを説明し、有マ記念への出走が厳しいことを伝えたところ、彼女の答えは予想に反したものだった。

 

「────ん、わかったの。有マは見送りね?」

 

「……え?……いや、いいのか?」

 

「しょうがないの。だって、トレーナーとサンデーチーフから見て、厳しいってことなんでしょ?」

 

「あァ、それはそうなんだけどよ…」

 

 彼女は、すんなりと了承の意を伝えてきた。

 昨日、ジャパンカップを走り終えてスランプを越えた彼女は、これから自分が伝説を作り、己の名を残すためにレースを走る…と、意識を新たにしていたため、絶対に有マ記念に出たい!と言われると思っていたのだが。

 

「あ、勿論出たいよ?出られるなら。けど…脚の方も大切だしね。昨日の走りは自分でも、限界を超えたって分かってる。しばらくは療養が必要だってことも」

 

「アイネス…」

 

「レースで勝ちたい、いっぱいレースに出て走りたい!って気持ちも間違いなくあるの!前以上に熱い気持ちがね。…けどね、なんとなく…()()()気がする。脚に無茶をかけるなって。それは守りたい…それに、これで無茶してホントに大怪我しちゃったらそれこそ走れなくなっちゃうしね!有マはまた来年も走れるの!」

 

「……そうか。すまんな、分かってくれて助かるよ」

 

 俺はアイネスのその表情に、言葉に嘘偽りがないことを察した。

 彼女は間違いなく、これからのレースに情熱を燃やしている。これまでになかった熱を取り戻している。

 だが、それに無茶をしてでも走りたいという想いは同居していない。

 脚をしっかりケアしながらも。

 全力で走れるレースを全力で走り、勝ちたいと。

 そんな、一皮むけたような…本当の意味で大人びた様子の彼女に、俺は内心で驚いていた。

 成長した。きっとこれは、よい変化なのだろう。

 

「…んー、でもあたしだけ素直に呑み込むのも不公平だよね?ファルコンちゃんの時はトレーナー、優しく諭してたもんね?」

 

「ん?…ああ、ファルコンの時もそうだな……脚が相当ヤバかったから。…何かしてほしい事があれば言ってくれ、何でもするぞ?」

 

「えへへ。それじゃ、毎日トレーナーがしっかりとマッサージして、あたしの脚のケアしてほしいの!あと、来年になったら本気で走りたいレース走りまくるから!それが出来るように、ちゃんとあたしをずっと見ること!」

 

「わかった。マッサージについては言われなくてもやろうとしてたし…君からも、ずっと目を離さないよ。約束する」

 

「っ!ふふ……約束だよ?」

 

 しかしてその後、彼女から出てきた可愛らしい我儘…ファルコンの時は誠心誠意を込めて説得していたところへの指摘から、してほしい事のお願いと話が続いて、俺はそれをすべて呑んだ。

 マッサージは炎症が収まってから当然しっかりやるつもりだったし、アイネス達3人から俺は眼を離すつもりは一切ない。改めて誓うまでもない約束ではあるが、こういうのは形が大切だからな。

 アイネスが差し出してきた小指に、俺も小指を差し出して絡めあい、見つめあいながら約束を交わしたのだった。

 

 

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「もういいですか?」

 

「はー☆!ファル子の事をダシにしてイチャつかないでほしいなー☆!」

 

「ふふん。早いもん勝ちなの!脚が治るまでマッサージは独り占めするの!」

 

「…お前ら…いや、ジャパンじゃこれが普通なのか?わからねェ…」

 

 そうして俺とアイネスが指を離したところで残る二人の愛バから謎のプレッシャーが俺たちに送られ、SSがなぜか頭を抱えていた。なんで。

 俺はただ昨日頑張ったアイネスを労わってやりたかっただけなのに。

 

「二人の事もしっかり見るからさ、不公平にはしないよ。……さて、それじゃ今年のレースについては、ファルコンが今週末にチャンピオンズカップ、その後3週間後にフラッシュが有マ記念。そして年末にファルコンの東京大賞典。……全部取りに行くぞ」

 

 俺は今後チームで出走するレースの日程をホワイトボードに書き出して説明する。

 12月には3つのレースが待っている。

 それぞれ…勝ちきれるように、改めて気を引き締めよう。

 ジャパンカップはスランプを乗り越えて奇跡の勝利となったが、元来レースは奇跡を期待するものではなく、積み上げた練習によって、仕上げた脚によって栄誉を勝ち取るものなのだ。

 無論、それに向けて俺たちチームはウマ娘達の脚を仕上げている。

 

「まず、今週末にレースがあるファルコンだが…特に不安はないな。君は強い。勝てる…そう素直に思えるくらいに、君は仕上がっている」

 

「うん!ファル子も自信あるよ!私より速く砂の上を走れるウマ娘はいないんだから☆!」

 

「─────ァん?」

 

「……私より速く砂の上を走れる()()()ウマ娘はいないと思います!」

 

 ファルコンの調子を確認したところ、ファルコンも自信をもって言葉を返してきた。

 その言葉を受けてSSが反応し、ファルコンが言いなおしたのには苦笑したが。

 

 しかし、彼女は強い。

 ベルモントステークスを乗り越えてからというもの、特に砂の上を走る技術を更に磨き上げている。

 砂と芝を考慮しない純粋なフィジカル面ではアイネスもフラッシュも近いものを持っているが、しかしことレースになればファルコンの走りに隙は無い。

 スタートが強い。道中のコーナーが強い。中盤の領域が強い。最終コーナーが強い。

 最終直線で差し切らせる前に、ゴールを駆け抜けられる末脚も持っている。

 絶対。

 その二文字に一番近いのは彼女なのかもしれない。

 

 ただ懸念点もゼロではないし、勿論レースに絶対はない。皇帝と言えども、あのセクレタリアトと言えども、無敗ではないのだ。

 油断はしない。

 全力をもって、彼女をダートの王に押し上げる。

 

「頑張ろうな、期待してる。……そして、フラッシュは有マ記念だ。不安がない…と、言いたいところだが。しかしレースがレースだ。強敵揃いだと考えられる…一切の油断はできないだろう」

 

「ですね。ヴィクトールさん、ライアンさん……そして、私も初めて、シニア級の方々と相まみえます。恐らくは、これまでにない激戦になる事でしょう」

 

 続いてフラッシュのレースについて話す。

 彼女が挑むのは有マ記念。年末の大一番、グランプリレースだ。

 フラッシュは今年の三冠ウマ娘であり、出走については問題ないだろう。ファン投票で選出してもらえるはずだ。

 

 だが、そのレースに出てくる相手。これがどう考えても強敵揃いになる。

 昨日、ぱかちゅーぶでゴルシとスペが出走宣言をしたというニュースも見たし、他にも今年の主役であったクラシック世代のウマ娘、メジロライアンとヴィクトールピストも間違いなく出てくるだろう。

 他にも、有マ記念に出走するウマ娘と言うのは、間違いなく強いウマ娘揃いだ。シニア級を走るウマ娘の、その中でも人気の高い…つまりレースに勝ってきたウマ娘が集結する。

 フラッシュが負けるとは思っていない。勝てる実力をつけさせてやれていると、心の底から思っている。

 実力を出し切れれば、勝てるだろう。

 勝ちきれるだろう。

 

 だが、それでも有マ記念というレースは別なのだ。

 このレースに絶対はない。

 俺は、そのことを、きっと誰よりも深く理解しているからこそ。

 

「…フラッシュ、君の脚も完治した。後一か月弱…仕上げていくぞ。君をグランプリウマ娘にするために、俺も尽力する。勝つぞ!」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 俺もまた熱を込めて彼女に檄を送り、そしてまた彼女もそれを受け止めて更なる熱意に変えてくれる。

 頑張ろう。

 俺も、彼女たちの想いを裏切らない様に。

 全力でレースに挑めるように、脚を仕上げていこう。

 

「よし、じゃあ今日の練習に入ります。フラッシュとファルコンはそれぞれ併走で、ファルコンは距離に足を仕上げていこう。SSのほうで監督頼む。後でグラウンドに併走相手連れていくから…で、アイネスはプールで脚を冷やしながら体全体を解す運動な。2週間はこれで脚を冷やします。昨日もアイネスに言ったけど、とにかく日常生活でも脚への負担は減らしてくれ。キックボードをしっかり使うように。…では、準備して移動!」

 

「はい!今日も頑張ります!」

 

「うおー☆やるぞー!」

 

「あたしはしばらくプールなの。二人とも、頑張ってね!」

 

「うし、アタシもやるかァ。まだ二人ともコーナーの攻めが甘ェからなァ、仕上げていくぜ」

 

 こうして今日もチームフェリスは、勝利の為に練習に取り組むのだった。

 

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