ゲートが開かれ、放たれて行く16発の弾丸。
ダートを走る優駿たちが集うこのレースでは、出遅れるような者はいない。
全員が好スタート。始まりから躓いていては、王の冠を戴くことはできない。
だが、それでも。
やはり、先陣を切るのはこのウマ娘。
『揃ったスタート!さあしかし、飛び出していくのはやはりこのウマ娘だ!レースを率いるのは世界の隼!!スマートファルコンが加速してハナを取りに行きました!!』
砂の隼、スマートファルコンがスタート直後に圧倒的な加速を見せた。
ゲートの反応も抜群。彼女にとって、ゲートとは開いてから出るものではない。
動き出して、開き切る前に抜け出るものだ。
尋常ならざる集中。その反射神経は、シニア級も集うこのレースでも他の追随を許さず、その勢いのまま加速を始めていく。
先駆けは私だ。
スタートからゴールまで、己の前を誰にも走らせない。
先頭の景色は、譲らない。
「…やるな、やはりこうでなくてはな…ファルコン!」
スマートファルコンの切れ味の良いスタートを、先行の位置につきながらフジマサマーチが見届けた。
そのスタート、その加速。随分と懐かしい情景がフジマサマーチの脳裏に思い浮かぶ。
それはかつての、彼女と初めて走った併走での事。
あの時でさえ、抜群のスタートを切れる、才能に溢れたウマ娘だと感じていた。
そんな彼女が、あの立華トレーナーの下で、日本刀が鍛え上げられ更に刃の鋭さを増すように、怪物の豪脚にさらなる磨きをかけていた。
スタートで彼女に張り合おうとするのは無謀だ。
慌ててゲートから出ようとすれば、ゲートに頭をぶつける可能性がある。
スタートダッシュに競りかけようとすれば、間違いなく己のスタミナが削られる。
その上で、さらに…スマートファルコンにとって、このスタートダッシュは無茶でもなんでもないのだ。
この後、彼女が落ちてくるタイミングは、ない。
だからこそ。
全力でそれを打ち破るために、私たちは今、ここにいる。
「今度こそ逃がすかよぉ…ファルコンちゃん!あーしの全力、受けてみやがれ!!」
フジマサマーチの1バ身後方を走るノルンエースが、先頭を走るスマートファルコンへ渾身の牽制を飛ばした。
前回のJBCでも同じように牽制を飛ばしてはいたが、あの時は周囲を走るウマ娘へも注意を飛ばしながらのそれであり、全力のそれではなかった。
ノルンエースとしては、JBCで取った作戦は己が勝つための最適な手段と考えていたものであり、実際、それで好位置をキープできて、二着に入着することが出来ていた。
────────ふざけるな。
欲しいものは二着の賞金ではない。よいレース、などと言う慰めにもならない言葉ではない。
欲しいものはただ一つ。
一着の、その冠。
そのために。
砂の隼をまず落とす。
「少しでも焦らせてやる…!」
「独走させるか…!アタシが勝つんだ…!」
ノルンエースの全力の牽制、焦らせる圧の他…ルディレモーノも、ミニーザレディも、先頭を走るスマートファルコンへ牽制を仕掛ける。
それは周りのウマ娘もすべてがそうだ。大なり小なり、先頭を走るスマートファルコンへの注意を切らさない。足音による圧は届かないため、視線による圧を、技術を使い、何としてもその脚を留めんと画策する。
……チーミングではないか、と懸念を覚える者もいるだろう。
なるほど、確かに日本のレースではチーミングは重大な違反となる。
外国の様に、同じチームからラビットと呼ばれる使い捨てのウマ娘を出すような、そんな武士道精神に欠けた行為は許されていない。
だが、今回のこれは事情が違う。
まず、全員が全員、己が勝つために、最善の手を打っていること。
邪魔さえできれば負けてもいい、などと考えているウマ娘は一人もいない事。
数人が牽制を仕掛けているから、これ以上かけるのは申し訳ないし、自分は別の有力ウマ娘に圧をかけます、みんな平等に牽制を仕掛けあいましょう……などという発想そのものが許されないことだ。
このレースで己が勝つために必須なのは、先頭を走る隼を墜とす事。
あれを止めなければすべてが終わるのだ。
そして、もう一つの理由。
「────だあああああッッ!!!」
それだけやっても、砂の隼の独走を止められていないという事実。
彼女が、圧倒的な強者であるというゆるぎない現実。
これだけの圧を受けてなお、最初のコーナーに衰えぬ足で突入し、速度を落とさないままに曲がり抜けるその豪脚。
強いウマ娘は、マークされる。
圧倒的な者がいれば、当然マークはさらに強くなる。
それが、伝説に踏み込むような…そう、例えば皇帝であったり世紀末覇王であったり、そんな伝説が相手であれば、走るウマ娘すべてが敵になる。
砂の隼も、その領域に至っていた。
先頭を走る彼女に対して、圧をかけないウマ娘はいない。
そして、そんな圧を受けて走るスマートファルコンは。
「………ふ、ふふ……!!」
その顔に、闘志に溢れる笑顔を浮かべていた。
余裕ではない。全員が自分に対して全力で挑みに来ているというそれに対する、高揚から零れる獰猛な笑顔。
いくらでも来いと。
そうして、全員からマークを受けるからこそ。
だからこそ、勝つことに意味がある。
砂の上で、
全員から圧を受けて、その上で私が逃げ切る。
砂の上での絶対は、
魂と共鳴したスマートファルコンにとって、砂のレースとは蹂躙するもの。
その傲慢なまでの信念が、牽制に対する抵抗を生む。
レースは序盤を越えて、中盤に差し掛かった。
『先頭を征くスマートファルコン!脚色は衰えない!!今1000mを通過して……59秒6!!速すぎるッッ!!!OP戦の1000mレースのゴールタイムに近いぞ!?そしてここからスマートファルコンがさらに加速を果たすッ!!どうしろと言うんだこのウマ娘!!だが!!だがしかし!!後続も決してあきらめていないぞ!!スマートファルコンとの距離を、これ以上離されまいと!!一度大きく離された距離を徐々に詰めていきます!!最終コーナーを回ってからの勝負になるか!!』
1000m地点を地方OP戦であれば1着のゴールタイムになるであろう、そんなペースで走り抜けていくスマートファルコン。
当然、まだ脚色は衰えない。いや、むしろここからが本番だ。
ウマ娘にしては珍しく、中盤で突入するタイプの領域であるそれが、来る。
「……誰にも、先頭を譲るつもりは────ない」
────────【砂塵の王】
ダートレースで先頭を走っていることで発動するそのスマートファルコンの領域は、心象風景と重なるように、砂埃を大きく巻き上げて更なる加速を果たす。
後続との距離がなお離れる。10バ身ほどの距離を保ち、そして最終コーナーに向けて駆けていく。
ここからは、逃げ切るだけだ。
最終コーナーでも、アメリカの伝説たるサンデーサイレンスから享受されたコーナリング技術と、さらに逃げのトリックスターであるセイウンスカイから継承した技術を重ねて用いて、速度を落とさず。
最終直線でそのアドバンテージを守り切って勝つ。
スマートファルコンの王道の展開であり、そしてそれは中盤での領域の発動を為した今、止める手段はない。
当然、それは他のウマ娘達も理解している。
ここからはどれだけ牽制を、圧をかけようとも、スマートファルコンは逃げ切るだろう。
しかし、僅かでも牽制で削れてくれていれば。
最終直線で、僅かでもその末脚が削り取れていれば。
あとは、己の全力をぶつけて、先頭を行く隼を捉えるのみだ。
それがどれほど高い頂であろうとも、諦めているウマ娘はいない。
このレースはチャンピオンズカップ。王者を決める戦いであればこそ、その王者に最も近いスマートファルコンに対して、全力で挑むためにここを走っているのだから。
「…さぁて、全部振り絞ってやらぁ…!!あーしだって、ぶち抜いてやるッ!!」
「逃がすかよォ!!こっからだろうが!!絶対に諦めねぇからな!!」
「根性!あとは根性と勇気だけだあああ!!」
ノルンエースが、ルディレモーノが、ミニーザレディが、加速を始める。
最終コーナーを曲がり終えるまでにスマートファルコンとの距離を少しでも埋めるために、600mのロングスパートをかけ始める。
そこに走り切れるかどうか、という計算はない。
走り切れなければ負ける。
走り切れれば、勝てる可能性がある。
だったら根性で走り切ってその可能性に賭ける。
素直に走れば絶対に負ける。
奇跡の一つや二つを起こさなければ、砂の隼には勝てないのだ。
勝利の可能性が欠片でもあれば、それを諦めない。
最終コーナーに入って、ここでウマ娘達の取る作戦は2つに分かれた。
ノルンエースらと同じように、少しでも早い段階から距離を詰めて、根性で走り抜けて隼に迫らんとするもの。
そして、もう一つの作戦……己の走りを信じて、そこに全身全霊を注ぎ込み、砂の隼を捉えんとするもの。
後者の作戦を取ったウマ娘は、二人。
奇しくも同じ条件。領域に目覚めている彼女たちだ。
残り400m。
先頭を行くスマートファルコンが後方と6バ身ほどの差をつけて、最終直線に突入した。
直後。
スマートファルコンは、それを感じた。
後方からの、圧。
レースを走るウマ娘が、領域に至った時の、圧。
それが、二つ。
「……行くよ、ファルコンちゃんっ!!勝負だあああああ!!!」
最後方。
追込みに近い位置で、スマートファルコンとの差が
────────【113転び114起き】
その領域は、加速を齎すもの。
先頭との距離が離れていれば離れているほど、レースを走るワクワクと共に、飽くなき勝利への渇望が速度を上げ続ける。
最適な条件で発動したその領域は、ハルウララの末脚に爆発的な加速を生んだ。
そして、もう一人。
「……行くぞ、ファルコン!!見せてやる……これが私の、全力だッッ!!」
フジマサマーチが、先行集団から飛び出して、領域に入った。
────────【闘ヱ、将イ、行進ス】
その領域は、彼女が至った到達点。
オグリキャップの領域である【
さらに、こちらの領域にもハルウララの様に、加速の度合いに条件がある。
それは、同じレースを走る相手の内、レース当初からマークし続けた最大のライバルであるウマ娘が、
強敵を、怪物を相手取ったとしても諦めることをしなかった、この世界線のフジマサマーチが目覚めたその特殊な領域。
今日のこのレースでは、その効果が最大値で発揮された。
相対するは世界の隼。
相手にとって不足などあるはずもない。
「うわあああああああああああっっ!!」
「は───あああああああああッッ!!」
最終直線を、二人のウマ娘が爆走する。
ダートのレースの速さではない。
それはすさまじい加速を齎して、先頭を走るスマートファルコンへ肉薄していく。
『残り200m!!先頭を走るスマートファルコンへフジマサマーチが迫るッ!!その距離を縮めていく!!さらにその後ろから更なる加速でハルウララも来た!!世代の頂点を隼に譲らんとなお迫るっ!!やはりこの3人か!!JBCの冠を分け合った3人が最終直線を争います!!残り3バ身!!届くか!届くのかフジマサマーチ!!差し切るのかハルウララ!!!』
大歓声の中を、隼が、砂の麗人が、季節外れの桜が駆ける。
相対速度は僅かにフジマサマーチが勝る。
ハルウララもまた、その速度を落とさず更なる加速を求めてその脚で砂を蹴り抜ける。
確かに迫った。砂の頂を飛ぶ隼まで、迫っていった。
────────だが。
それでも、彼女は、チームフェリスのスマートファルコンなのだ。
「……っ、なっ…!?!?」
残り1バ身まで迫ったフジマサマーチの眼前。
スマートファルコンが、更なる加速を見せた。
────────遊びは、おしまいっ!!
「………く、ぅぅっ…!!!」
それすら差し切らんと、前傾姿勢を取り末脚を発揮したハルウララの眼前。
スマートファルコンもまた、頭を下げて、姿勢を低く、風を切るように、更なる前傾姿勢を取った。
────────全身全霊。
それはまるで、風神の様に。
それはまるで、閃光の様に。
最終直線において、他の追随を許さぬチームの親友たちの、その技術を。
スマートファルコンは、最後の一手として、繰り出していた。
勝負は決した。
『残り100m、っ、ここでスマートファルコンが振り絞るッ!!さらに加速ッ!!後方から迫る二人を追いつかせない!!これがスマートファルコンだ!!これが世界の頂点だ!!!今!!スマートファルコンが、一着でゴーーーーーーーールッッ!!!』
『強すぎるっ!!どこまで行っても逃げてやる!!ダートの王者は私なのだと!!そんな叫びが聞こえるような強い走りでしたッ!!二着はフジマサマーチかハルウララか…今掲示板が出ました!!一着スマートファルコン!二着フジマサマーチ!三着がハルウララ!!……そして出たぞ!!やはり出た!!レコードだ!!レコードです!!!スマートファルコンがまたその伝説を砂に刻んだぞ!!砂の王者の冠は、砂の隼の頭上へと!!!スマートファルコンが一着ですッッ!!!』
一着、スマートファルコン。
二着、2バ身差でフジマサマーチ。
三着、クビ差でハルウララ。
チャンピオンズカップ。
その名の示す王者の称号は、砂の隼に贈られた。
────────────────
────────────────
「……いよっしゃあ!!よくやったファルコンっ!!!」
「だーーーーー!!負けたァーーーーー!!!完璧な走りだったろ今のォ!!」
「ウララぁ…!!よくっ、よくやったぞウララ…!!もうちっと、だった、なぁ…!!!」
俺達トレーナー陣は、ゴール前、己の愛バが激走を見せたそのレースのゴールを見届けた。
一着は、俺のスマートファルコンが隼の名の如くかっさらっていった。
最後に彼女が見せた、アイネスの様な再加速と、フラッシュの様な末脚。
それを見て、俺も思わず涙を零してしまう。
北原先輩はあと一歩及ばなかったフジマサマーチの走りに完璧であるそれを認めながら、しかし敗着してしまったことへの悔しさのにじむ表情を浮かべている。
初咲さんはスマートファルコンにここまで迫ったウララへの感動と悔しさが一度に来ているのだろう。天を仰ぎながら号泣していた。
その悔しさは、分かる。
俺だって、今日は勝ったが、もしこれでスマートファルコンが負けていたら初咲さんに負けず劣らずの号泣をする自信がある。
俺達トレーナーも、愛バが負けてしまったことの悔しさ、その涙で己を奮い立たせ、次こそは、と誓うからこそ、成長していくのだ。
今日は勝ったが、次も勝てるとは限らない。
レースに絶対はないのだから。
「だーくそ!やられた!!……だがよぉ立華クン!俺達チーム『カサマツ』は諦めが悪いからな!次こそは…ってやつだ!!」
「俺だってそうだ!次こそは、俺とウララが…ファルコンを差し切ってやる!!ああ、次こそは…!!」
「ええ……もちろん、こっちも引く気はないですよ。次も、うちのスマートファルコンが勝ちます!」
そして俺に対して改めての宣戦布告をしてくるパイセンと初咲さんに、俺も高揚を伴う戦意バリバリの笑顔を見せて受け止めた。
この二人は、特に親しくしているトレーナーだ。普段はそこまでしないバリバリのライバル心も、素直に表に出せてしまう。
そんな俺の表情を受けて、二人もまた、どこまでも諦めないという顔を返してきた。
ああ、次こそは。
次のレースでは、
全員が、そう思っていたに違いない。
願わくば、次も最高のレースを。
「──────いつまでやってんだお前らァ!トレーナーならとっとと自分のウマ娘を労りに行けェ!」
しかし、いつまでもメンチを切っていた俺たちに対してSSがしびれを切らしたようで、文字通りケツを蹴っ飛ばして俺たちをコースに向かわせようとする。
ひどい。
まぁまだわからないか…SSにこの
「ただ子供みたいに自分のウマ娘のほうが強い!って言いあってるだけでしたよね?」
「稀に見るレベルののろけだったの。中学の頃の男子を思い出すの」
「うむ…早くみんなを労わりに行こう。全員が全力を振り絞った見事な走りだった。アイシングしてやらないと」
「準備できてますよ北原トレーナー。早く行きましょうね?」
フラッシュとアイネスにはため息をつかれ、オグリは真面目な様子で道具を整え、ベルノがバッグを肩に背負って北原先輩を更に蹴飛ばしていく。
しょうがないだろ俺たち男子なんだから!
しかしそんな想いを籠めてウマ娘達を見ても冷たい視線が返されるのみだったため、俺達トレーナーはすごすごと己のウマ娘達を労わりに行くのだった。