「出る」
「即答かよ。……いや、まぁヴィイらしいか」
ここはスピカのチームハウス内。
フェリスと時を同じくして、沖野がチームメンバー全員にヴィクトールピストがドバイワールドカップミーティングに招待された事を話していた。
そしてヴィクトールピストの出した答えは。
「出るわ。出る。……絶対に出る。ドバイには、
「……随分と気持ちが入ってるな。凱旋門の時と同じ……いや、それ以上か?…どうした?ドバイに何か想い入れでもあったか?」
「ううん、今まで特に意識はしてなかった……けど、ああ、なんだろう。
「ヴィ、ヴィイ先輩!?体震えてませんか!?」
「ウワーッ!?大丈夫かよ先輩!?」
俯き、両腕で己の肩を抱きしめるように体を縮めて、ヴィクトールピストが体を震えさせる。
そんな彼女の様子を見て、両隣に座っていたダイワスカーレットとウオッカが心配そうに肩に手を置く。
ヴィクトールピストの震え。
それは、怯えからくる震えでも、冬の寒さからくる震えでも、ない。
沖野は、そんなウマ娘の様子を、理由を知っている。
ごく稀、まるで運命的なレースに挑む前のウマ娘が、その本能から、魂から戦意を迸らせるときに起きるモノ。
──────武者震いだ。
「……ヴィイなら参加するって言うと思ってたけど、想像以上だったな。ヨシ!そんじゃ参加は決定!!じゃ、次にどのレースに出たいか、だな」
沖野は彼女の意志の強さを感じとり、参加については確定の決を下した。チーム内に小さく拍手が起こる。
続いて、彼女の出走レースを決める段となる。手書きでホワイトボードに各レースの情報を書き起こし、一覧を作ってヴィクトールピストに示した。
「…こんなところか。今年のドバイワールドカップはまだダートだからな。オールウェザーに戻ってりゃ、どの距離だってお前なら走れるんだが……」
「そう、ね。もし、ドバイワールドカップがオールウェザーならそこに、って気持ちだったんだけど……ダートじゃ、厳しいわね。でも、ファルコン先輩が代わりに勝ってくれるわ、きっと」
沖野の言葉にヴィクトールピストがうなずく。
以前にはオールウェザーのバ場で開催されていたドバイワールドカップ。沖野もまたヴィクトールピストの脚質適正については十全な理解をしており、基本的に芝への適性がある他、オールウェザーなら問題なく走れることを練習で把握している。
だが、ダートの砂質になってしまうと、適性が鈍る。全く走れないほどではないが、得意とは言えない。
スマートファルコンのダート適正をS、他の一流ダートウマ娘をAとすれば、B~Cと言ったところか。
国内の重賞ならまだ勝負にはなるだろう。
だが、これから挑むは世界の頂、ドバイワールドカップミーティングだ。
ダートレースへの出走は避けるべきであろうという考えに、ヴィクトールピストも同意した。
「となると……GⅡは長距離で脚への負担も大きすぎるから、走るなら短距離、マイル、中距離のどれかね…」
「ああ。ただ……ヴィイの距離適性で考えれば、マイルか中距離かね。シーマクラシックならエイシンフラッシュが出てくるだろうな。ドバイ自体に参加してれば、って前提だけど」
おおよそレースを絞り込んでいく。
芝のGⅠの三つ、その内アルクォンズスプリントは芝のGⅠだが短距離の直線1200mだ。
短距離レースもジュニア期に経験のあるヴィクトールピストだが、現時点では短距離に優れた適性があるとは言えない。
基本レンジはマイル~長距離だ。それだって胸を張っていいレンジの広さである。
しばらくの逡巡。
そうして、ドバイターフとドバイシーマクラシックの2択から、ヴィクトールピストの選んだレースは。
「……………ドバイターフ、1800m。そこにするわ」
「ん、OK。……確認しとくけど、どんな理由だ?」
マイル戦を選択した。
沖野がその答えを聞き、ホワイトボードに大きく丸を書いて参加レースへの同意を示しつつ、理由を確認する。
「……えっとね、たぶんだけど…フラッシュ先輩は絶対シーマクラシックに出走するとして、アイネス先輩がそこに被せてくるとは思えないの。アイネス先輩、気遣いするタイプだから…で、アイネス先輩の得意距離と言ったらマイルから中距離でしょ?アイネス先輩なら、ここに来るかなって…」
「ん。……ああ、成程。フラッシュは確かに、有マで一矢報いたからな」
「ええ。フラッシュ先輩やライアン先輩との再戦を恐れるつもりはないけど、革命世代の中で、芝メインで走る同期の中で私がまだ勝ったことのない相手なのよね、アイネス先輩。日本ダービーで見た、あの逃げの走り。私はあれを捉えたい。風を切り裂いて、捉えてやりたい。……それが一番大きな理由。あとは、ササちゃんやイルイル、同学年の二人もどちらかと言えばマイルを選びそうだしね。あの二人ともいつか走りたいと思ってたし」
「成程な。……いいんじゃないか?見知らぬ海外のウマ娘に気を飛ばすよりも、身近な世代のウマ娘に負けたくない!ってのは健全な理由だよ。俺だって南坂君や立華君に負けてらんねーしな。俺から特に反対はねぇ」
沖野はヴィクトールピストの語った理由を聞き、それを受け入れた。
しっかりと筋の通った理由だ。アイネスフウジンは今の革命世代の中でも、やはり頭一つ抜け出ている。チームフェリスの3人が世代の主軸となっていることは疑いのない所だ。
だが、いつまでも3人が主軸というのも面白くない。
うちのヴィクトールピストだって、世代の主役になる権利がある。その実力がある。
溢れる戦意を身の内に抑え、ゆらりゆらりと尻尾を揺らすそんな彼女の様子に、沖野はドバイでの成功を確信した。
「決定だな。ドバイターフにヴィイが挑む。風神も、ササイルコンビも、世界のウマ娘も……お前の脚で捻じ伏せてやれ!勝つぞ!!」
「はいっ!!」
チームスピカ、ヴィクトールピストはドバイターフへ。
世代のウマ娘の挑戦レースがまた一つ決定となった。
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「その中であれば、やはりドバイシーマクラシックですね」
「……ですね。私も、ライアンさんの距離適性を考えても、そこだと考えていました」
時を同じくして、ここはチーム「レグルス」のチームハウス。
チームメンバーが集うここで、新入りであるメジロライアンもまた、トレーナーである小内と共に、己の走るレースを選択していた。
「ドバイかァー……海外レース流行ってんなァ最近」
「海外でも勝利できるほど、日本の環境も向上しているということの裏返しだからねぇ。栄誉なことでもある。悪い事ではないとは思うよ、今の所」
「……今の所?ですか、タキオンさん?」
「ああ。考えようと思えば懸念はあるさ。海外挑戦して、しかしその結果が芳しくないことになれば、日本のウマ娘が御しやすいと海外に思われるかもしれない。日本のGⅠレースの賞金額は世界的に見ても高水準だ。URAの想定以上の海外ウマ娘が日本のGⅠに挑みに来て、国内GⅠを蹂躙される…と言ったこともあるかもしれない。実際、かつてのジャパンカップはそんな様相になりかけていたからねぇ。無論、そうならないようURAも考えているし、ただの邪推でしかないが」
「ほわぁ~……いろいろな考えがありますねぇ。けれどぉ、タキオンさん?これからライアンさんが海外に挑むというのに、そういう話はよくないのではぁ?」
「空気読めよお前」
「ハハハ、これは失礼したねぇ!確かに、これから海外挑戦するライアン君の前で語るような話ではなかったね。悪気はなかったんだ、すまない」
「あはは…大丈夫、気にしてないよタキオン。それに、海外レースでもきっちり日本のウマ娘が勝ってくれば問題ない話でしょ?あたしも頑張ってくるよ、革命世代の名に恥ずかしくない走りを」
チームレグルスのメンバーである、ディクタストライカ、アグネスタキオン、ニシノフラワー、メジロブライトが雑談の中で海外レースへの所感を零す。
その中で話の舵取りを間違えたタキオンが素直にメジロライアンに謝意を伝え、ライアンも気にしていないと伝える。
小内がその様子を見て、軽くため息をついた。タキオンは裏表のない性格であり、悪意がないことは全員が理解しているのだが……しかし、チームに最近加入したライアンの前である。後で釘は刺しておこうと考えた。
こほん、と小内が軽く咳ばらいをし、話を戻す。
「では……ライアンさんは、ドバイシーマクラシックへの参加となります。3月からは私が海外遠征に付き添いますので、ブライトさんに3月中のチーム運営をお任せしてもよろしいですか?」
「は~い、お任せください。タキオンさんもいますし、他のトレーナーにも頼る様にしますからぁ、大丈夫だと思います~」
「練習中の負担管理や指導メニューは私に任せたまえ。小内トレーナー、君はライアン君をドバイで勝たせることに注力するといい。なにせ、チームレグルスの期待の新メンバーだからねぇ」
「助かります。……タキオンさんも、サブトレーナー資格を取得しませんか?君の成績と学力ならば容易いでしょうに」
「試験勉強の時間があるなら研究に費やしたいのでねぇ」
「……いや、知ってたけど。相変らず濃いメンバーが集まったチームだよね、ここ」
「えっ……」
「オイ、ライアン。フラワーがお前の発言でショック受けてるぞォ。責任とれ責任ー」
「いや違うよ!?濃いって言ってもいい意味で!いい意味でだからね!?フラワーちゃんはチームの清涼剤というか、いないと駄目な軸の存在と言うか……!」
話が二転三転する、気安い雰囲気がチームハウス内に広がっていた。
メジロライアンは今年の初め、つまり昨日からチームに移転してきたウマ娘ではあるが、それ以前にも彼女が姉さんと呼ぶ専属のトレーナーが小内トレーナーやメジロブライトと親しくしており、何度も併走の練習を行っている。夏合宿は同じホテルに宿泊させてもらったくらいだ。
そのため、既にチームとしての絆は作られていた。
たとえ新入りと言えども、すでに日本の歴史を塗り替えるほどの記録を残した、革命世代の優駿。
それが海外のレースに挑戦するというのだ。
チームメンバーとしては、応援する一心で固まっていた。
「…ライアンさん。ドバイシーマクラシックには、恐らくエイシンフラッシュさんが参加されるでしょう。目下、貴方の一番のライバルとなる方です」
「……ええ。フラッシュちゃん…彼女と一緒に走ったレースの数はあたしが一番。でも、5回とも全部負けてる。悔しさもあるけど……そんな彼女の強さを、あたしは尊敬しています。そして、だからこそ、超えたい。あの閃光に、あたしは勝ちたい……!!」
「……勝ちましょう。貴方の努力と、そして今は産休されておられますが、貴方の専属トレーナー、あの方の想いと……そして、私達チーム『レグルス』の力で。貴方なら、できます」
「はい…!フラッシュちゃんにも、他の海外ウマ娘にも負けません!」
ぐっ、と強く握り拳を作り戦意を高揚させるメジロライアン。
その様子を柔和な笑顔で受け止めて、同じように握り拳を作る巨漢の小内。
サイズ差の違う二つの力瘤は、しかし確かな新しい絆となって、海外挑戦への意志を固めたのだった。