「はーぁ。でけェ魚を逃したぜ……」
「あはは……リッキーさん、風水に重きを置いてますからね。どんまいですよ、サンデートレーナー」
サンデーサイレンスは、初回のスカウトの相手であるコパノリッキーからものの見事に丁重なお断りを受け、肩を落として校内を歩いていた。
その隣にはキタサンブラックがついてきている。
先程3人でいたところに声をかけたわけだが、スカウト失敗後、学園内の機知に乏しいサンデーサイレンスのために、キタサンブラックがお助けキタちゃんを発動し、道案内を買って出たのだ。
「んー……まぁ、アタシとしても本人なりの考えがあったから特に文句はねェんだけどよ。スカウトってのはお互いの納得があってのモンだからなァ……」
はーぁ、と再度ため息をついて、先ほどコパノリッキーから説明を受けた、スカウトお断りの理由について思い返すサンデーサイレンス。
その理由は、まさしく風水に詳しい彼女らしいものだった。
『────私、勝負服とか髪色とか、オレンジや赤系の暖色系で固まってるじゃないですか?これ、風水的には「火」の属性に当たるんですね?で、サンデートレーナーのイメージカラーである黒とか寒色系の色は「水」。この二つって、相反する属性だから、特に人生を共に歩むようなパートナー関係だと、現状の風水的にはあまりよい風向きじゃないんです。その上で、今年の選抜レースで確かにデビューを考えてはいるんですけれど、私の「火」の属性って、南方、「南」の方角と相性がいいんですよ!!チーム「フェリス」のチームハウスって学園では北の方に位置してますから、その点でどうも…あ、チームの人たちとか、猫トレさんとか、サンデートレーナーがどう、ってんじゃないです!!ただ、風水的な嚙み合わせは「南」なんですね…だから、私は南の方角に位置する恒星の名前を冠してるチーム、「カノープス」にすっごい運命を感じてて!!トレーナーも「南」坂トレーナーですし、トレーナーハウスも南にありますし!あ、他にも風水的な縁がすごくカノープスに強くてですね、例えば────────』
『──────おォ、よくわかった。自分が納得できるチームに所属するのが一番だからな、気にしないでいいぜ』
おおよそ説明の内容は理解したが、サンデーサイレンスは風水学に明るいわけではない。
これが立華であれば、風水的な視点からさらに根気よく説得などもできたかもしれないが、サンデーサイレンスには無理だ。
それに、彼女の中で既に目指しているチームがあり、そちらへの加入を強く望んでいるのであれば、それ以上踏み込むのは野暮と言うもの。
間違いなくダートで伝説を作れる稀有な才能の持ち主であったが、縁がなかった、と考えるべきであろう。
彼女の行く先に幸運があるのを祈るのみである。
そうして思考を切り替えて、次に目をつけていたダートウマ娘たちに声を掛けに行くことにした。
現時点ではあと2名、ダートの才能に目覚めようとしているウマ娘を見繕っている。
この二人のうちどちらかでもスカウトできれば、後は己の指導によってダート界で出世させる自信がサンデーサイレンスにはあった。
「……さて、んじゃ次のお目当てはワンダーアキュートかホッコータルマエだな……キタ、こいつらが学園のどの辺にいるかわかるか?」
「そうですね……ワンダーアキュートさんは談話室かカフェテリアかもしれませんね!ご友人とカードゲームで遊んでいるイメージがあります!ホッコータルマエさんはスペシャルウィークさんと一緒にいる印象かな……あとは結構器具トレーニングで自主トレしてるかも。それぞれ行ってみましょう!」
「おー、マジで助かるぜ。アタシもタチバナみてぇにもっとウマ娘達の日常的なところもよく見とくべきだな……」
サンデーサイレンスは、現在の師に当たる立ち位置である立華と比較し、己が余りにも学園内のウマ娘たちへの理解やコミュニケーションが足りていないことを、スカウトする立場になって初めて実感した。
まぁ、立華自身は理外の存在で全員の顔と名前と性格と走りを知っているため、あれを目標にするとまでは言わない。
しかし、現在トレセン学園に所属するトレーナーで、名前が売れている優秀なトレーナーは、やはり誰もが自分の担当するウマ娘だけではなく、他のウマ娘に対しても仲が良くコミュニケーションを取れているのが分かる。
もちろんそこには経験年数などの理由もあれど、ウマ娘に対して円滑にコミュニケーションを取れることが、一流のトレーナーの条件でもあるのだ。
確かに相性のいいウマ娘は多いが、それだけに甘えてしまい、自分から胸襟を開かないようでは今後のトレーナーとしての自分の人生でいいことはない。
新しいことを始めようとして学びを得る経験は大切だ。今後は周囲とのコミュニケーションも己への課題としたサンデーサイレンスであった。
そんな風に己への振りかえりを行いながらも、積極的に道案内をしてくれるキタサンブラックの後ろについて、サンデーサイレンスは次の標的たるダートウマ娘達へのスカウトに向かうのだった。
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────────────────
「はーァ。全滅か……」
「さ、サンデートレーナー……その、ど、ドンマイですよ…!」
2時間後。
サンデーサイレンスは学内のベンチに身を投げ出して座り、現役時代の気性難とも取られそうな気だるさを見せて両腕を背もたれに広げ、空を見上げていた。
その隣に座るキタサンブラックがサンデーサイレンスに奢ってもらったホットココアを飲みながら、困ったような笑顔を見せる。
その後にキタサンブラックに道案内を受けながら、果たしてサンデーサイレンスはお目当ての二人と接触することに成功した。
そうして話しかけ、次に担当するウマ娘を探していることを説明し、ヘッドハンティングを試みたものの……なんと、この二人にも見事に断られてしまったのだ。
理由を聞いても納得できるものでしかなく、サンデーサイレンスとしては仕方ないという思いであった。
二人から聞いた理由は以下の通りだ。
『────いやぁ、あたしなんかに声をかけてもらって光栄だね~。でもねぇ、サンデートレーナー。実はあたし、もう入りたいチームを決めててねぇ。申し訳ないけどそっちを優先したいんだねぇ。……あたしは長く、長~くのんびりダートを走りたくてね。それで、ダートウマ娘をいっぱい育てて、かつ故障も少なく実績も挙げて、長く現役を続けてる……チーム「カサマツ」に入ろうと考えているんだよねぇ。北原トレーナーも、なんだかあたしと雰囲気が会いそうな感じがするしねぇ。あれくらいの男の人ってなんだか安心するんだよねぇ。だから、ごめんなさいねぇ』
『────すみません。お話を頂けたことは光栄なのですが、実は……既に、声をかけていただいておりまして。その、私、北海道の苫小牧から来まして……それで、地元に誇れるようなウマ娘に……って、ここに来るときに地元の人たちと約束したんです。それで、北海道つながりでスペシャルウィークさんと懇意にさせて頂いていて。その中で、沖野トレーナーから「これからはスピカもダートを走れるウマ娘が欲しい」って声をかけていただきまして…。だから、ごめんなさい。私、スピカに入部を希望するつもりなんです』
それぞれの言葉、瞳の色は、そこに強い決意を思わせるものだった。
これまでに実績としてGⅠ勝利をいくつも挙げているチームフェリスだが、それは立華の指導によるところが大きい。
立場上はサブトレーナーだが、まだ誰も担当をしたことのない新人のウマ娘トレーナーとなると、尻込みする部分もあるのだろう。サンデーサイレンスは今回の結果をそのように評した。
もちろんそれは本人の勘違いであり、サンデーサイレンスの指導が不確かなものだとはこの学園のウマ娘は誰も思っていない。
指導の確かさは、彼女の走りが証明している。彼女がアメリカで駆けた軌跡と、トレーナーズカップで魅せた走りと、そして彼女の指導により更なる躍動を見せるフェリスメンバーを見ていれば、サンデーサイレンスの指導自体に何の不安もない。
ただ、たまたま、サンデーサイレンスが声をかけた3人には、彼女たちが何よりも大切にしているものがあって。
その希望がたまたま、フェリス以外を既に選んでいただけである。
しかし、サンデーサイレンス自身、結構なショックを受けていた。
自分がまだペーペーの新人であり、日本でまだ実績を上げていないことを改めて知らされたような気分だ。
無論それは彼女の勘違いである。世間も学園も、彼女への評価でマイナスをつける点はない。
しかし、それはそれとして、やはりヘコんでしまうものが人間でありウマ娘と言うものだ。
「……ツイてなかったなァ。あー、もうちっと早く声掛けておきゃよかったぜ……」
「落ち込まないでくださいサンデートレーナー!トレーナーが凄い方だっていうのはみんな知ってますから!ただ、今日声をかけた3人がたまたま先にスカウト先を考えていただけで…!!」
「そうかァ?すまんな、慰めてくれてあんがとよォ、キタ」
隣に座るキタサンブラックが笑顔を見せて慰めてくれる様子に、サンデーサイレンスは苦笑を零した。
身長差のあるキタサンブラックの頭に腕を伸ばして撫でてお礼を返すも、しかし、サンデーサイレンスとしては気軽に考えていた新人スカウトが早速暗礁に乗り上げたことに頭が痛い思いを抱えていた。
3人の内、一人くらいはOKを貰えるものだと考えていたのだ。
ウマ娘の脚を見る眼力は持っているつもりである。その自分の判断で選んだ、今年デビューするダートウマ娘の中での上位3名、恐らくは3強と将来呼ばれるであろう彼女たちのスカウトが上手くいかなかったのはかなりの痛手だ。
こうなると、スカウトの対象をさらに悩まなければならないだろう。
授業で行う併走なども見て、ダートを走れるウマ娘を探すべきか。
いや、しかしあの3人が同期になる。勿論トレーナーとして尽力するつもりだが、あの3人が相手となると勝利は相当厳しいものになるだろう。
それだけの伸びしろがあるウマ娘がまだ眠っているだろうか。大器晩成タイプのウマ娘と言うのも存在するが、そういった子でも光るものはデビュー前くらいの時期ならば持っている。そして、サンデーサイレンスはそれを見つけられていない。
そうなると、ダートウマ娘をスカウトするという前提から覆すべきか?
芝を走るウマ娘であれば、まだまだ目をかけられていない原石がいるかもしれない。
学園の授業で行われる模擬レースの記録にまだ数字が表れていないような、才能あるウマ娘が、どこかにいないものだろうか。
「んー………………」
「……………」
しばらく無言で思考を続けてみたが、今のこの失敗した後のテンションであまり深く考えても、いい案が浮かばない。
恐らく今日は、こう、巡りが悪い日なのだろう。凡そこういう時は頑張ろうとしてもうまくいかないことが多い。
今日はこれ以上、自分一人で悩むのはやめておこうか。一度タチバナに現状を相談して、明日からまたどうしていくか考えていくべきか……、と。
そんな風に、サンデーサイレンスが今日のスカウト活動について見切りをつけた。
しょうがない、そんな日もある。
焦ることはない。まだ1月の2週目に入ろうという所で、時間はあるのだから。
「……よし、今日はもうヤメだ。ヤメヤメ!すまねェなキタ、無駄足に付き合ってもらっちまってよ」
「あ、いえ!とんでもない!!サンデートレーナーのお役に立てたならよかったです!!」
言葉にも乗せて己の中で今日のスカウト活動を打ち切り、ベンチから立ち上がって伸びをする。
そして、今日の道案内を付き合ってくれた上に、慰めの言葉もかけてくれて、さらに無言で悩んでいた自分にも付き合ってくれたキタサンブラックに、改めてサンデーサイレンスはお礼をしなければ、と考えた。
「付き合ってくれた礼だ。キタ、走り見てやるよ。お前も確か、こないだ本格化を迎えたところだったよな?なんか相談したいこととかあれば乗るぜ?」
「え!?いいんですか!?……あ、でも、うーん……ちょっと……」
お礼として適切かは分からないが、サンデーサイレンスは彼女の走りを見てやり、何か適切なアドバイスでも、と考えた。
キタサンブラックもまだ未デビューのウマ娘である。
であれば、これからの選抜レースやメイクデビューに向け、アドバイスでもできれば、と考えたのだ。
しかしその言葉を受けて、想像以上に悩んだ顔をキタサンブラックが見せたことに、サンデーサイレンスは怪訝な表情を作った。
改めて、今日一日付き合ってくれた彼女の脚を観る。体を観る。
この体で、脚で、悩むようなことはあるのだろうか?
キタサンブラックはウマ娘の中で恵まれた体躯をしている。
身長は
まだ中等部の一年生ではあるが、ますます成長中と言ったところなのだろう。入学時点よりも相当に身長が伸びている。
そしてその体を支える脚も、サンデーサイレンスが観て、中々の筋肉が備わっているのが見えた。
大きな体に負けない、強い脚。
メイクデビューでも、
だが、そんな脚を持つキタサンブラックの顔は暗かった。
そして、その理由が彼女自身の口から零れる。
「そのぉ……実は、最近、中々タイムが伸びなくて。本格化を迎えてこれから!って所なのに……本格化前と、タイムが余り変わらないんです」
「……ん?マジか?その脚でか?」
「はい。……相談した監督官さんにも、同じようなことを言われました。フォームとかに問題があるのかとも思って相談してみたんですけど、どこが悪いかはわからないって。一応、教科書通りに走ってるつもり、なんですけど……。それが原因で、選抜レースもちゃんと走れるか、少し、不安で……」
キタサンブラックが零した悩みの内容に、サンデーサイレンスは驚いた。
通常、本格化を迎えたウマ娘は、脚力が著しく伸び、同時にタイムも伸びていく。
本格化したかどうかは医師の診察で判明するものでもあるから、勘違いと言うことはない。
だからこそ、それでタイムが伸びないというのはおかしい。
走り方のどこかに問題がある。
だが、監督官にもその原因が分からないときた。
大問題だ。
サンデーサイレンスは、スカウトやらお礼やら、そういった事情は抜きに……一人のトレーナーとして、悩める目の前のウマ娘のことを心配し、そして解決してあげたいと純粋に想った。
これだけの脚をしているウマ娘が、原因不明の不調で好走を果たせないなど、トレーナーとして許せるはずもない。
それは、彼女のトレーナーとしての矜持。
困っているウマ娘がいれば、見過ごせない。
「キタ。……今日は走れるか?アタシがお前の走り、
「え。……えっ、いいんですか?その、見ても面白くないかもしれませんよ?」
「アホなこと言うな。今日、アタシの事一生懸命手伝ってくれただろォが。そんなヤツが困ってるのを知って見過ごせるほどアタシは腐ってねェよ」
「……はい!有難うございます!!」
行くぞ、とサンデーサイレンスはその小さな手でキタサンブラックの大きな手を握り、学園に向けて歩き出す。
ウマ娘は基本的にジャージと蹄鉄付きの運動靴を学園に置きっぱなしにしてあるため、それに着替えてもらうためだ。
まずは走りを見る。
もし自分でもわからなければ、練習中でも構わずに立華も呼びだして、この優しいウマ娘が走れなくなっている原因究明を必ず、とサンデーサイレンスは決意した。
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────────────────
「そんじゃ、芝の2000mだ。併走相手は要るか?いるならアタシが隣で走ってやるが……」
「いえ、一先ず大丈夫です!全力で走ってみます!!」
着替えも終えて、グラウンドの1レーンを借りてサンデーサイレンスがスタートラインに立ったキタサンブラックに指示を出す。
まず2000mを全力で走ってみろと。
それに応えるように、ジャージに着替えたキタサンブラックがスタートの構えを取った。
記録を観れば、恐らくはキタサンブラックの適正は中距離だろうとサンデーサイレンスはあたりをつけていた。
授業で長距離は余り走らせないため、タイムは出ていない。長距離の適正は今のサンデーサイレンスには分からなかったが、マイルよりかは中距離以上のレースを得意としているところまでは脚を一目見て理解した。
あとは走りの様子をよく観察し、タイムが伸びない原因を探す。
自分に、分かるような原因であればいいのだが。
「よし。ただ無理だけはすんなよ、もし体のどっか、骨や関節がケガしてたらダメージが強く残っちまうからな。80~90%を意識して走れ」
「はいっ!行きますっ!!」
サンデーサイレンスのスタートの掛け声とともに、キタサンブラックが走り出す。
芝の2000m、良バ場。
通常、デビュー前のウマ娘であれば2分8~9秒くらいが適正タイムと言ったところか。
才能のあるウマ娘で2分6~7秒台。
かつて、2年前にエイシンフラッシュが選抜レースで見せた記録が、2分4秒台。
メイクデビューでの平均タイムが2分5秒台と言ったところ。
(ただ……脚はデビュー前にしてはいい仕上がりよね。キタなら、ちゃんと走れれば6秒台では走れるはず……)
サンデーサイレンスは、これまでにも見て、そして今日改めて真剣に観察したキタサンブラックの脚の筋肉のつき方を評価して、そう予想を立てる。
普通に走れていれば、それくらいのタイムは軽く叩きだすはずだ。
才能はある。じっくりと仕上げて鍛えれば、GⅠ勝利だって夢ではないだろう、と考えられるキタサンブラックのその足つき、体つき。
そんな原石が、しかし。
(………っ、なる、ほどね………!)
遅い。
サンデーサイレンスは、キタサンブラックがコーナーを曲がり、そして向こう正面を走る姿を観察して、その走りが余りにも精彩を欠いていることを察した。
これは遅い。恐らくは、2分10秒を超えるだろう。
本人がスランプと言う通り、タイムが出ていない。
(分かったわ……成程、ね。確かこの学園の監督官は男性の方が多い……そういう事ね……)
だが、その走りの遅さの原因について、サンデーサイレンスは一目で察することが出来た。
監督官が分からなかった理由も。
キタサンブラック自身も、自覚していなかった理由も。
すべてが
何故なら。
かつて、
「……、ゴールだ。タイムは2分11秒8………成程、これは遅ェな」
「はぁっ、はぁっ、はぁ……!!やっぱり、ですか……くっ、なんで……!!」
サンデーサイレンスに見られるということで、いつも以上に一層気合を入れて臨んだはずの2000mが、これまでよりもさらに遅いタイムになってしまっていたことに、キタサンブラックは絶望的な感情を味わう。
思わず、涙も零れてしまう。
呼吸が荒い。前より、スタミナも減ってしまっているような感じだ。
本格化前は、チームフェリスの夏合宿の練習についていけるくらいに体力があったのに。
毎日練習して、頑張っているはずなのに。
なんで、私は────────
「キタ。原因が分かった。お前の走りはすぐ治るぞ」
「──────え?」
だが、先ほどのサンデーサイレンスと同じ、いやそれ以上に気持ちが沈みかけていたキタサンブラックに、祝詞のような言葉がサンデーサイレンスからかけられた。
スランプの原因に心当たりがあると。
すぐに治るものだと。
膝に手を当てて姿勢を落とした自分に、同じ高さの目線から、しかしまっすぐに自分を見つめてくるサンデーサイレンスの顔を見て、キタサンブラックの心臓がとくん、と音を奏でた。
「ああ、成程な……監督官じゃわからねェはずだ。いや、分かっても中々言いづらいのか?いや、それでもウマ娘なんだから伝えねェと……いや、そもそもキタ、お前にも責任のある話だぞこれは。いいや、とにかくちょっとこっち来い。すぐ治してやる」
「ほ、本当に私の走り、よくなるんですか!?サンデートレーナー!?」
「アタシがウソつくかよ。ただ、ここじゃ何だ……場所変えるぞ」
呼吸が整わないキタサンブラックの手を掴み、サンデーサイレンスが芝コースから離れ、ラチを越え……コース傍に併設されている、観客席のある建物に向かう。
コンクリート造りのそこは、模擬レースや選抜レースの際に外部の方やウマ娘、記者などがレースを観戦する際に用いる建物であり、当然ながら普段はその建物を使用するものは少ない。*1
だからこそ、誰にも見られずに指導をする分にはよい所だ。
これからキタサンブラックにすることは、他の誰にも見られてはいけない。
そうして建物内、誰もいないことを確認し……さらに奥に進み、周囲からの視線も遮れるような角に二人で入っていく。
「え、え…!?」
「キタ……」
いきなり謎のシチュエーションに見舞われ、理解が追い付いていないキタサンブラックに、脚を止めて振り返るサンデーサイレンスが、見上げるように彼女の顔を見て、そして。
「─────脱げ」
「ええ!?」
爆弾発言を繰り出した。