『さあレースも終盤!最終コーナーを上がって最後の直線に入るっ!!先頭はいまだサクラノササヤキ、アイネスフウジンも食らいつく!後方から飛び込んでくるのはマイルイルネル、他のウマ娘達も迫ってきているぞ!残り300m、叩き合いだ!!』
実況がうるさく響くが、アイネスフウジンはもはやそちらに意識を飛ばす余裕などなかった。
ここまでサクラノササヤキのペースに合わせて、調整不足の足で走り続けてきた。
スリップストリームが効いていた、そう思い込みも加味して、まだ走り抜ける体力はある、はず。
サクラノササヤキよりは間違いなく。
そして、後方集団、その先頭を走るマイルイルネルも、仕掛けどころを間違えているはずだ。
本来はもっと溜めてから末脚を出すところを、自分たち二人の逃げのペースに惑わされて仕掛けどころを早めてしまっている。
最後までスタミナが持つか、ギリギリのところになった、はず。
そして、立華トレーナーは言っていた。
『最後の直線───────君の、これまでの、今日の、このレースへの想いを全部乗せて、走れ』
そうすれば、勝てると。
(あたしは──────────────)
──────これまで。
家族に恥じない自分でありたかった。
金銭的な余裕はなくても、誇らしく生きてきた。
周りに余計な心配もかけないように、何でもないように周囲には振舞った。
辛い時もあった。
このレースを迎える前まで、眠れない夜もあった。
けれど。
『君の、これまでの生き様を俺は尊敬する』
『一人の女の子が、歯を食いしばって、周りに心配かけないように気丈に振舞う…並大抵のことじゃできない』
『同情はするな、と俺に言ってのけた君を、心から尊敬する』
──────今日。
エイシンフラッシュの、閃光の末脚を見た。
スマートファルコンの、強靭な豪脚を見た。
二人の、楽しそうな、輝かしいような、咲き誇るような勝利を、見た。
あたしも……あたしも、あの二人のように、輝いてみたい。
勝ちたい。
だから。
『あの二人は、俺に走りで応えてくれた』
『だから、俺は君の応えも聞きたい。君の走りを、俺は見たい』
──────このレースは。
勝ちたい。
勝ちたい。
勝ちたい。
負けられない、家族のためにも、私のためにも、負けられないレース。
だから勝ちたい。
エイシンフラッシュや、スマートファルコンが魅せてくれた、輝く笑顔を、あたしでも。
だから勝ちたい。
『──待ってたぜその言葉!』
勝ちたいといった私を。
勝たせてくれるといった、その言葉を信じて。
貴方と、勝ちたい!!!
「っ…はあああああああ─────!!!!」
裂帛の叫びと共に。
魂を燃やして、駆け抜ける。
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────────────────
サクラノササヤキは、マイルイルネルは、アイネスフウジンの走りの『圧』に、躊躇いを覚えた。
大声が邪魔だったわけではない。
進路を塞がれたわけでも無い。
ただ、アイネスフウジンから迸るほどの気迫…プレッシャーを至近距離で受けて、振り絞りながら最終直線を走るその1歩が、途端に重く感じられた。
(くっ…、これ、が!)
(先輩の、本気…!?)
レースを走りながら、
サクラノササヤキは自分の集中を乱されたこと。
マイルイルネルは仕掛け処を見誤らせたこと。
その二つは事実となって彼女らの走りに水を差したが、それでも最終直線で逃げ切れる、差し切れるであろうと見積もっていた。
しかし、実際はどうだ。
アイネスフウジンは、自分達なんかより遥かに力強く、魂を燃やすかのように直線を駆け抜ける。
この気迫の差は、想いの強さの違い。
すでにスカウトも内定しており、彼女らにとって今回の選抜レースはあくまで力試しのようなもの。
このレースにかける想いの差が、如実に最後の一伸びに現れる。
ウマ娘は、想いを乗せて走る存在であるとは、誰が言ったか。
このレースでは、その1点で…彼女たちは、アイネスフウジンに完敗していた。
(それ、でも!)
(全力で、走り、きる!)
それでも、彼女たちは走る。
ゴール板が目の前に差し掛かり、アイネスフウジンの背中が離れていくのを目前に見ていたとしても。
決着がつくまでは、勝負は捨てない。
この二人もまた確かに、トゥインクルシリーズを駆け抜けるウマ娘、その輝かしい舞台に立つ資格を有するのだから。
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『残り200mを切ったところで頭一つ抜け出すのはアイネスフウジン!アイネスフウジンだ!!差が徐々に開いていくぞ!サクラノササヤキは厳しいか!いや耐える、それ以上差は広がらない!マイルイルネルが伸びてくる!だが縮まらない!アイネスフウジンが強いっ!その差は埋まることなく、超高速レースとなった最終レースを1着で今ッ!!アイネスフウジンが駆け抜けたッッ!!素晴らしい勝負根性、見事な走りだ!!2着はマイルイルネル、3着はサクラノササヤキ──────』
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勝った。
ゴール板を、誰よりも早く駆け抜けた。
「はぁっ、はぁっ、はぁ、はぁ……」
クールダウンするために足を緩めて、それでも荒い呼吸がなかなか戻らない。
調整不足の結果が、レースが終わったこの瞬間に顕著に表れていた。
むしろ自分よりも早く呼吸を整えた、後輩の二人…サクラノササヤキとマイルイルネルが、後ろから追いついてきた。
「…アイネス先輩、お疲れさまでした!見事にやられました…!」
「うん、僕も最後の直線で行けると思ってましたが…強かったです、先輩は」
ぽん、と後輩二人に腰を軽く叩かれ、弱っている姿は見せられないと笑顔を作るアイネスフウジン。
「…えへへ、ありがと!でもホント、全力を振り絞ってこれなの…二人も強かったの!」
「ふふっ、本番では…トゥインクルシリーズではこうはいきませんからね!私がビートを刻みます!」
「いえ、僕が差し切りますよ。…それよりも、先輩。勝ったんです。ほら、観客に応えないと」
マイルイルネルに言われて、アイネスフウジンはふと選抜レースを見ていた観客たちに顔を向ける。
そこでは、ゴール直後の歓声を終えて、静かに、勝者のふるまいを待っている人たちがいた。
ああそうだ、これは見た。ついさっき、見た。
フラッシュちゃんが、ファル子ちゃんがやっていたように。
あたしは、勝ち、誇る。
「……やったの!!勝ったのーー!!」
両手を大きく広げて観客席に満面の笑みを向けるアイネスフウジン。
最終レースの勝者に、観客席からは惜しみない拍手と歓声が送られたのだった。
そしてその歓声も収まり、ゴール後の記録付けも済んだところで、アイネスフウジンの周りには複数名のトレーナーが集まってきていた。
ハイペースなレースを走り切ったそのタイムは選抜レースのレコードを更新。
また、レース展開を操る仕掛け、そして最終直線の気迫に光るものをトレーナーたちは見出していた。
中堅チームのトレーナーから、大手のトレーナー、新人トレーナーまで、この最後のレースという大舞台で勝ち切ったアイネスフウジンを見初めて、次々とスカウティングの言葉をかける。
しかし、アイネスフウジンはまだやり終えていないことがあった。
確認し終えていないことがある。
それを確かめないことには、今集まってきているトレーナーたちに返事できない。
アイネスフウジンは、集まってきてくれたトレーナーたちの中にはいない、その人を目で探す。
見つけた。
肩に猫を乗せて、同級生の友人二人に挟まれて立っているウマたらし男。
あたしを勝たせてくれた、トレーナー。
「ごめんなさい、ちょっと通して…!」
トレーナーの垣根を分けて、レース直後の疲労で震える足を回して、小走りにそのトレーナーのもとへ駆け寄っていく。
立華勝人。
家事代行バイトの雇い主であり……あたしの、運命を変えた、その人に。
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「はぁ、はぁ……立華トレーナー!!」
「やぁ、アイネス。見事なレースだったよ。…一着、おめでとう」
「おめでとうございます、アイネスさん!やりましたね!最終直線、お見事な走りでした!」
「おめでとー、アイネスさん!!えへへ、ファル子も見ててうれしくなっちゃった!」
小走りだというのに、疲れが取れ切っていないからか肩で息をして、アイネスフウジンが俺に声をかけてきた。
俺はまず返事として、勝利の祝福を。
横にいる二人も同じように、友人の勝利を、大切な勝負を勝ち抜いたことへの喜びの言葉をかけていた。
「あはは…二人ともありがと。トレーナーのおかげで勝てたの…なんとかね」
「光栄な話だ。…さて、アイネスフウジン。君は今、ちょうどスカウトを受けていたんじゃなかったかい?」
二人に祝福されて笑顔を作るアイネスフウジンに、俺は後ろでこちらの様子を見ているトレーナーたちのほうを見ていった。
先輩の皆様方から刺さる目線が痛い。
そりゃそうだろう。新人のトレーナーが、先ほどレコードを達成したウマ娘二人と、つい今しがた見事な勝利を飾ったウマ娘に囲まれているのだから。
オニャンコポンを肩から頭の上に乗せ換えて、遠目からの心理的ガードを図る。
そのうえで、俺は
「アイネス、君は勝ち切った。胸を張って誇っていい勝利だ。今ならスカウトも選び放題だろ?君の希望…一番早くメイクデビュー戦に出たい、勝ちたい、という希望を伝えても受けてくれるトレーナーもあの中に複数いるはずだ」
「────は?」
「そうだね、あの中だとカノープスの南坂先輩なんかはレース出走もウマ娘の希望をかなり聞いてくれるタイプだ。指導もしっかりしているし、実績もある。他のトレーナーなら───」
「ふっ!」
「しゃい☆」
「───黒沼先ぱぐっへぇ!!??」
直後、見事な肘が俺の両脇に突き刺さった。
我が愛バであるフラッシュとファルコンの謀反だ。
こんなにも早く担当ウマ娘から謀反を起こされることがあろうか?いやない。
「────トレーナーさん?何で無駄に恰好をつけようとしているんですか?そんなに情けない所を私に見せたいんですか?」
「────どうしてこういう所で素直になれないのかな?そんなんだからファル子を泣かせるようなことになったんだよ?反省してる?」
圧がすごい。
「ごめんなさい。なんか気恥ずかしくて気障ったらしく格好つけてました。本当はアイネスの担当になりたいです」
「それでいいのです。まったく…」
「え、何。立華トレーナーってこんな感じなの…?」
「うん、残念ながらこんな感じなんだ☆」
両脇を押さえて蹲りながら、なんとも情けない形でのスカウトの言葉になってしまった俺に、アイネスフウジンがあきれ顔で見下ろしてきた。
何だろう。今回の世界線ってやっぱりおかしくない?ここまで運命力がこんがらがったことってある?
ウララ…君が有マで勝ったことでなんか世界線おかしくなったかも知れないぞ。助けてくれウララ。
しかして空を見上げても、青空にコメくいてー顔でやれやれと肩を竦めるウララの姿が浮かんだだけで何も助けてはくれなかった。
「はーなの。……えっとね、二人とも話は聞いていると思うんだけど…でも、その前にあたしも一つだけ、確かめたいことがあるの」
「……確かめたいことですか?」
「うん、まだこの人から聞いてないから…その答え次第では、後ろのトレーナーたちのところに戻るの。…ねぇ、立華トレーナー」
「ん……何かな」
アイネスフウジンの瞳に、強い意志が込められているのを俺は見た。
本気の質問だ。
であれば、俺も本気で返さなければならない。
「なんで、あたしを助けてくれたの?もう二人も担当予定のウマ娘がいた…新人の貴方が」
それは、エイシンフラッシュからもスマートファルコンからも問われたもの。
なぜ、自分を?
そして、それぞれに嘘偽りなく俺は自分の想いで答えた。
もちろん、今回も嘘はない。本心から、俺の言葉で返す。
俺が気を引き締めてアイネスフウジンを正面から見つめ返すと、少し驚いたように、アイネスの顔が紅潮したように見えた。
アイネスフウジンを助けた理由。
偶然の出会いで、たまたま彼女の事情を知った。
そう、俺はそこで彼女に手を差し伸べない選択肢もあった。
すでに二人も声をかけている状況だったのだ。
それでも俺は彼女を掬うことを決めた。
それはなぜか。
少し考えて、しかし答えはすぐに出た。
「俺がそうしたかったからだな。俺はわがままなんだよ。フラッシュもファルコンもそうだけど…走れる、才能のあるウマ娘が、事情があって走れなくなる…輝けなくなる。そういうのが心底嫌なんだ」
「あたしも…そう、だったってこと?」
「ああ。間違いなく輝ける。輝いてほしい。願わくば、俺が磨き上げたい。アイネス、俺は
「────っ」
そうだ。フラッシュの時も脚を見て一目惚れで、ファルコンの時も脚を見てファンになった。
同じように、彼女の脚もまた、俺を魅了するのに十分な…輝きに溢れるそれだったのだから。
「だから、君をスカウトしたい。俺に…君が駆け抜けるトゥインクルシリーズの、その手伝いをさせてくれ」
「────────────」
俺の想いをすべて伝えて、そしてアイネスフウジンの長い沈黙。
彼女は、俺のスカウトの言葉に対して───すぐに返せる返事を、
だから、一呼吸を置いてから。
スマイルなどとは比べ物にならない、心からの笑顔を見せて。
「…あたしは、貴方と共に風になる!!トレーナー、これからよろしくお願いするの!!」
俺の想いに、応えてくれた。
────────────────
────────────────
「それじゃ、改めて……3人とも、これからよろしくな」
「はい。皆さんで、頑張っていきましょう」
「ふふ、なんだか変な感じ!同級生の私たちが、同じトレーナーの担当になるなんて」
「わかるの!あたしなんて、話が今日の今日だから余計なの!昨日までこうなるなんて全く考えてなかったの」
アイネスフウジンとも無事契約の約束を取り付けたところで、改めて4人で、いや4人と一匹であいさつを交わす。
先ほどまでアイネスに…いや彼女だけではなくフラッシュやファルコンに目をつけていたトレーナーの皆様方からの
これからは、俺には結果が求められるだろう。
だが、彼女たちならやり遂げられると信じている。
これからの3人の光り輝く勝利に向けて、俺も尽力していこう。
「ところで、アイネスさんはオニャンコポンとは初対面でしたっけ?」
と、ここで新入りであるアイネスに対して己が名付け親である猫を紹介しようとフラッシュが掛かりだした。
フラッシュは本当にオニャンコポンが好きだな。お母さんかな?俺も好きになったけどさ。
しかし残念なことに、既に二人は面合わせを終えている。
「んーん、オニャンコポンちゃんなら先日会ってるの!そもそも、出会ったきっかけが家事代行のバイトで立華トレーナーのお家に掃除に行ったことなの」
「あ、そういえばそうでしたね…トレーナーさんはその時にアイネスさんからお話を伺ったのでしたっけ」
電話で説明したよね?詳細には確かに伝えなかったような気もするが。
オニャンコポン可愛さにフラッシュらしからぬ失態を見せて、フラッシュのしっぽがふわふわ揺れていた。
あっオニャンコポンステイ。彼女らのしっぽはぺんぺん草ではありません!
「そーなの。そういえばその時にめちゃくちゃあたしの体に熱い視線を送られてた気がするの」
「は?」
「言い方」
「トレーナーさん☆?」
「違くて」
「何も違わないの。『もったいないな、その体…』って言われたの」
「体!?」
「もったいない☆!?」
「脚!脚が勿体ないって言った覚えがあるんだが!!」
「その時は何言ってんだろって思ってたけど、今日のレースで勝てたから…あの時の、立華さんの言葉、今なら信じられるの。あたし、勝てるって」
「『立華さん』?????」
「トレーナーさん☆?☆?☆?☆?」
「おっと急にワイバーンの群れが!」
旗色の悪くなってきた俺は、オニャンコポンをフラッシュにパスして時間を稼いでもらい、一目散に逃げだした。
トレセンステークス、グラウンド直線20m開催。レースの勝者はエイシンフラッシュであり、俺は見事に彼女のタックルを受けて倒れ伏し尋問を受けたのだった。
「…ふふん、あたしを泣かせた罰なの♪これからよろしくね、トレーナー♪」
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────────本当の出会いなど、一生に何度あるだろう?
俺はこれまでに、数々の、様々なウマ娘と、出会い。
そして、別れて。
そうして、今。
この世界で、また新たに、3人のウマ娘達と出会った。
数奇な運命を辿る俺の、この世界での本当の出会いは、3度訪れた。
これからは、彼女たちの為に。
俺は、俺の
第一部完結。ようやく3人が揃いました。
この後少し閑話を挟んで、第二部に進みます。
どうでもいい話1
アイネスフウジン未実装なので、トレーナーからの誘いに即答出来てません。
フラッシュとファルコンは育成選択画面の一言で応えてます。
実装されたときには必ず引いて更新します。
どうでもいい話2
僕っ子マイルイルネル君可愛い…可愛くない?
レース相手の二人はここだけのキャラと考えてましたが後でまた出します。書いてて気に入った。