「………やっぱり、な。そんなこったろうと思ったぜ。アタシの読み通りだ」
「うっ、うっ……こんなこと、されるの、私、初めてで……」
「泣くなって。……ってか、あたしの方が今キッツイんだからな。お前、よくこれで走ってたな……」
さて、この数分で何があったかについて説明しよう。
事前に弁解だけさせていただければ、サンデーサイレンスがキタサンブラックに行ったのはあくまで彼女の走りを想ったうえでの指導であり、そこに不健全な理由や行動は一切含まれていない。零した涙は思いやりによる嬉し泣きである。*1
言われるままにジャージの上を脱いだキタサンブラックの、その胸元。
あまりに窮屈そうに、サイズの合わない下着を着用しているのをサンデーサイレンスは見咎め、これがスランプの原因だと確信した。
キタサンブラックの走りが精彩を欠いていた理由、その最も
それは、彼女の体の急成長に、彼女自身の理解が追い付いていなかったことが原因だ。
身長が一気に伸び……当然の如く、彼女のその部分も発育よく育つ。
それにサイズが合わない、小さい下着をつけていたことで、体が締め付けられていたのだ。
常に締め付けられていれば、当然呼吸は苦しくなり、スタミナが持たなくなる。
こうなった原因は推して知るべしであろう。
中等部の一年生、思春期真っ盛りの多感な時期。しかも急な成長ともすれば、下着を毎月の様に買い替えることに忌避感を感じてしまうケースもある。
また、サイズの小さい下着を着用していることで……走りの重心があまり変わらないという副次効果も生まれる。
そのため、走りやすさは生まれるが、その分呼吸がつらくなり、締め付けられていることでフォームも歪む。大きさにあった走りのフォームが取れていないことになる。
ただ、その歪みははた目に見ていては分かりにくいものだ。何故なら、外見上はそのふくらみが見えていないのだから。
観察眼に優れた者でなければ、それを見抜くことはできないだろう。
胸を締め付けながら走っていることを監督官に一目で察しろと言うのも酷な話ではある。これが女性の監督官であれば、察する所もあったかもしれないが。
さて、そうして原因は分かったため、まずはその下着の戒めを解放するために、サンデーサイレンスは己にしかできない手段をここで取った。
この場で、お互いの下着を交換したのだ。
身長に大きな差はあれど、幸いにしてそこのサイズはほぼ同格。いや、むしろまだサンデーサイレンスの方が上回る。
体のサイズ差もあり、完全にぴったりとは行かなかったが、少なくとも締め付けられていた今までよりずっとキタサンブラックは呼吸が楽になった。
代わりにキタサンブラックが今までつけていた下着を着用しているので、サンデーサイレンスは随分と胸元に不快感を覚えることになったが。
「とりあえず、深呼吸しろ。息の仕方を思い出せ。……夜もこのサイズで寝てたのか?」
「あ、いえ、夜はその、ナイトブラで…」
「……で、胸元緩めて走ってみたら思いのほか走りづらくて、サイズが合わなくても締め付ける形でそのまま着けてた、ってところか。ああ……まぁ気持ちは分からなくもねェけどよ。相談しろって」
「ごめんなさい……同室のダイヤちゃんと比べても急に大きくなったから、なんか、その恥ずかしくて……」
「……いや、責めてるワケじゃねェけどよ。それに、気持ちはわかるからなァ。……アタシも昔そうだった」
「え、サンデートレーナーも……ですか?……ああ、いえ、ですよね」
「ああ。この悩みはタチバナには一生分からねェだろうなァ」
同じような悩みは、サンデーサイレンスも過去に味わったことがある。
修道院で、まだ友人たちと神父様が存命だったころ。第二次性徴期が早く来て、身長はたいして伸びもしないのに、胸だけが無駄に大きくなっていた時期だ。
下着を買い替えるというのは、出費が大きい。当時、まだ貧困にあえいでいた修道院で、毎月下着を買い替えたいなどと言い出せるはずもなく、サンデーサイレンスはサイズの合わない下着を我慢して着用していた。
そうして、同じようなスランプに陥りかけたのだ。
ただ、そこはトレーナーを兼務していた神父がすぐに気づき、走り方を適切に指導をしたうえで、しっかりと下着を買い替えてくれたので、早期にスランプを脱することが出来ていた。
少しだけ、懐かしむように昔を思い出すサンデーサイレンス。
あの時の、どう考えても恥ずかしい過去だが、こうして大人になってから、仕事に活かすことができている。
塞翁がウマ、とはよく言ったものだ。
そして、その経験をしている自分だからこそ、キタサンブラックにも適切に走りの指導が行える。
「よし、そんじゃあキタ、グラウンドに戻るぞ。お前の走りのフォームを変える。今までの走り方で走ったら、今度は重心が違う所にあるからまた走りがグッタグタになっちまうからなァ。今度はアタシと併走だ。アタシの走りの呼吸を盗め。もう一回走れるだけの体力は戻ってきたか?」
「はい!!胸が楽になったから、すっかり!!サンデートレーナーと併走できるなんて光栄ですっ!!」
「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか。よし、行くぞ」
お互いにジャージを締め直し、動きが問題ないことを見て、グラウンドに戻る。
今度は併走だ。先ほどと違うのは、キタサンブラックの縛りが解けている点。
しかし今度は胸元が解放されたため、重心が異なっている。先ほどまでのフォームで走ってはタイムが出ない。
だからこそ、同じような悩みを抱え、同じような経験をしたウマ娘である己の走りを間近で見せることで、フォームを改善しようとサンデーサイレンスは考えた。
少なくとも、この一回の走りで前よりも改善されるだろう。
これからもフォーム改善には取り組む必要があるが、そこは親身に相談に乗ってやろう。
そんな気持ちを携えて、グラウンドに戻ってくる二人。
「よし、今度はアタシとの併走になる。アタシが先に走り出すから、後ろからついてこい。スピードはお前の限界を見極めて調整してやるから、お前は何も考えずに、アタシの走りを真似ろ」
「はいっ!!よろしくお願いしますっ!!」
出走前に、フォームの簡単なコツを言葉で教え、姿勢で教え、ある程度の確認が出来た時点で、二人でスタート地点に並ぶ。
後は実際に走るのが一番だ。
先程の2分11秒台といった眠たくなるようなタイムではない、キタサンブラックが持つ素質が十分に発揮されたタイムになるはず。
「よし、行くぞ。………スタート!」
「っ!!」
そして、運命の出会いが幕を開けた。
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(す、ごいっ……!!すごい、すごいっ!!今までと、全然違うっ!!)
キタサンブラックは、余りにも新鮮な驚きと共に、芝を駆け抜けていた。
苦しかった胸元が、すっきりしただけで。
サンデートレーナーに、僅かにフォームの指導を受けただけで。
こんなにも。
走る世界が、違うのか。
目の前を走るサンデーサイレンスの、その背中。
併走で、勿論本気ではないだろう、さらに言えば今は自分のサイズの合わない下着をつけているせいで走りにくいであろう彼女の、しかしそんな走りでも。
歴戦たる伝説を刻んだウマ娘の圧が感じられるその背中を、一心に追いかける。
(……かっこいい。私も、あんな風に……!)
驚きと尊敬を籠めて、サンデーサイレンスの走り、そのフォームを吸収する。
カッコイイと感じたところを真似するだけで、一段と気持ちよく走れるような、そんな感覚。
一歩ごとに自分が成長していることが分かる。
目の前に、最高の見本があるからこそ。
最強のウマ娘がいるからこそ。
(やっぱり、私の直感は間違ってなかった……!!この人なんだ、私には……!!)
フォームを真似て腕を振り、キタサンブラックがさらに踏み込みを強くする。
今、夕暮れ時のこのグラウンドに二人の併走を見ている者は誰もいなかった。
だからこそ、
キタサンブラックの速度が、尋常ではない。
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(待って。待って……待って待って、そんなことあり得るの!?)
サンデーサイレンスは、キタサンブラックと一バ身ほどの差をキープしながら、1000m地点を通過していた。
59秒8。
彼女の体に刻み込まれている時計感覚は、正確にそのタイムをはじき出す。
自分にとっては、そこそこのハイペースと言ったところ。
デビュー前のウマ娘にとっては、とんでもないハイペース。
その時計に、しかし、キタサンブラックが苦も無くついてきている。
サンデーサイレンスの流れるような黒髪に連なるように走る黒髪が、その距離を離さない。
(確かに、それは、もう……私だって、走りづらいわ!こんな下着じゃ!!でもっ、このペースについてくる……!?)
あり得ない事だった。
本来、デビュー前のウマ娘が出していい速さではない。
しかしそのサンデーサイレンスのペースに、キタサンブラックはついてきている。
元々はこんな速度を出すつもりではなかった。
足音からキタサンブラックの踏み込みの強さやお互いの距離を察し、息遣いから体力を想定し、無理のないペースでフォームを彼女の体に馴染ませようとしていた。
だが、キタサンブラックの成長が想像を超えて早い。
早すぎる。
一歩ごとにすぐ後ろを走るウマ娘の強さが増していくような、そんな感覚。
これまでに味わったことのない経験だった。
無論、今走る自分が万全な状態ではないことが前提にある。
本気の勝負ならば相手にはならないだろう。
しかし、だからと言って、このペースはデビュー前に出していいものではない。
(でもっ、足音も、呼吸音も、無理をしてる感じじゃない…!この子、どれだけタフなのよ…!?体幹も、脚だけ見ればいい感じだとはわかってたけど、全身を使えるとここまで……!?)
デビュー前のウマ娘、という冠言葉はついてしまうが。
それにしたって、キタサンブラックのこの走りは異常だ。
サンデーサイレンスは、思わず肝が冷えるような……まるで、イージーゴアや、トレーナーズカップで走った、いわゆる
(っ……!)
思わず、無意識にコーナーに飛び込んでしまった。
自分は今、窮屈な下着をつけて重心が安定していない状態だ。内ラチに擦るような本来の走りはできない。領域にも入っていない。
だが、それでもサンデーサイレンスのコーナリングは芸術。速度はともかく、走りの技術としては超一流のそれで、減速を極限まで抑えて走り抜ける。
しまった、と思った。
これは併走なのだ。レースではない。
こんな、ついてくるのが難しいほどに、コーナーを攻めてしまって。
そして、次の瞬間には。
(……!!ウソでしょ…この子…!!)
サンデーサイレンスのコーナリングの、その技術すら盗み、同じようなフォームで己との距離を空けずに食い下がるキタサンブラックの足音が間近に迫っていた。
間違いなくジュニア級では……いや、下手すればクラシック級ですら中々この速さの域には達しない。
この子もまた、コーナリングに才能がある。
鍛え上げれば、弧線のプロフェッサーとなる資格がある。
そんな才気煥発の走りを見せつけて、コーナーを駆け抜けて、あとは残り300mの直線。
胸を締め付けられながら走るサンデーサイレンスとしても、苦しい距離。
勿論、キタサンブラックに負けることはないが、それでも踏ん張って末脚を繰り出したところで。
「……うっ、わっ、あああああああああああ!!!」
「…………!!!」
後方から、叫び声をあげながら、徐々に距離を詰めてくるキタサンブラックの気配が迫っていた。
叫べるほどに。
ここで、さらに振り絞れるほどに。
彼女は、スタミナをまだ残していた。
先程、
「……ふぅっ…!!」
「ああああああああああああああああっ………!!」
最後の100m。
サンデーサイレンスは、全力を出してゴールまで駆け抜けることとなった。
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「……はぁっ!はぁ、はぁ……つ、かれたァ……!!やっぱり、合わない下着で走るもんじゃねェな……!」
「…ぜーぇ、ぜーぇっ……!!」
ゴールを駆け抜け、脚を緩め、クールダウンに入る二人。
サンデーサイレンスは、疲弊しきっていた。
それは勿論、胸を締め付ける下着のせいでもあるし、後ろから圧をかけられ続けたせいでもある。
止む無くジャージの上から背中のホックを解き、胸元を解放する。
ばるんと音がしそうなほどにサンデーサイレンスの胸元が緩み、ようやく深呼吸が出来るようになった。
しばらくはお互いに酸素を取り込むために大きく呼吸を繰り返す。
「はーぁ……はぁー………ふー……。キタぁ……大丈夫か…?相当、ハイペースにしちまったからよ……?」
「はぁー…はぁー……いえ、大丈夫です……!苦しく、なかったので……!!」
キタサンブラックが、自分よりもむしろ早く呼吸を整える様を見て、サンデーサイレンスはまた驚きを深めた。
余りにもタフすぎる。
その体を見れば、走り終えて筋肉が使われ、膨張している状態だ。
これ自体はどのウマ娘も起きる現象だ。レースを全力で走り終えた後、彼女たちの筋肉はより太さを増す。全力で走ったことの証明であり、それが良いというファンも少数はいる。
だが、その筋肉の膨張量が並ではない。
ジャージの上からでも一目でわかるほどの筋肉の張り。速筋と遅筋が理想的に含まれた、黒曜石のような至極の筋肉。
胸元を縛り付け、教科書通りのフォームで走っていたころには生まれなかった、キタサンブラックの体幹の筋肉を酷使した全力疾走によるそれで、全身の筋肉が産声を上げていた。
類稀なるフィジカルの、その全貌がサンデーサイレンスの前に初めて晒される。
(…………!!この子……これが、この子の……!)
その、キタサンブラックの真の姿に、サンデーサイレンスが目を見張った。
彼女の観察眼でも察しきれなかった、剝き出しの才能が目の前に晒されていた。
どこまでも広がる、基礎固めのコンクリート面を見せつけられたようだ。
ここにどれほどの建物が、ビルが建つのか想像すらできない。
地固めと表現される体幹の、走るために必要な筋肉が、全身に理想的なほどに搭載され、この先の成長が見通せないほどに、才能の塊。
────────この子だ。
そう、確信した。
「……なぁ、キタ。…いや、キタサンブラック」
「へぇ?きゅ、急に何です…?キタでいいですよ…?」
息を整えて、汗だくになったサンデーサイレンスが、同じく汗だくになったキタサンブラックを正面から見据える。
二人の黒い髪が、夕暮れ時の光に当たり、オレンジ色の逆光を受けて。
「────お前の才能は本物だ。キタ、アタシの下で……チームフェリスで、走るつもりはねェか?」
「……ええええええっ!?!?」
「気が多い女で悪ィが、今の併走で確信した。お前だ。今日の出来事はたぶん、ここでお前と走るために……お前の走りを知るためにあったんだ。お前の走りにホレた。アタシは、お前とここで走るのが運命だったんだ。アタシはお前が欲しい」
今日のスカウティングがすべて失敗したのも。
その最初に、キタサンブラックに出会ったのも。
彼女が道案内を買って出てくれたのも。
スランプになっていることを相談してくれたことも。
すべて、運命だったとサンデーサイレンスは思った。
僅かな無言の間。
そして、キタサンブラックの出した答えは。
「─────これから、よろしくお願いしますっ!!私のトレーナー!!」
「─────ああ、こちらこそ、よろしく頼むぜ、アタシのウマ娘」
快諾を大声で示し、笑顔を見せるキタサンブラック。
そうしてそれを笑顔で迎え入れるサンデーサイレンス。
夕日が地平線に沈むころに、二人で誓いの握手を交わしたのだった。
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一目惚れ。
それは、キタサンブラックが好きになる人に対して、必ず起きる現象だ。
最初の一目惚れは、サトノダイヤモンド。
出会った瞬間にビビっときた。この子とは、きっと、末永く親友として付き合っていけるような、そんな気がして。
次の一目惚れは、トウカイテイオー。
彼女の日本ダービーに魅せられた。競技者として、ウマ娘として、誰よりも尊敬しているテイオーさん。
そして、そんなトウカイテイオーを追ってこの学園に入学して。
次に起きた一目惚れは、サンデーサイレンスだった。
トレーナーズカップで見た、彼女の走り。
全身に電撃が走ったかのようだった。
あまりに神秘的な彼女の走りに、レース前の祈りに、心を奪われた。
この一目惚れは、どこに行きつくのかわからなかった。
それ以降、サンデーサイレンスを目で追っていた。
彼女が立華トレーナーと共に世に出した論文は、発表された瞬間に読み込んで、
サンデーサイレンス。
きっとこの人が、私の運命を変える出会い。
私が一目惚れした、私だけのトレーナー。
ああ、だからこそ、今日一日はハラハラした。
年始の生放送でチームフェリスが新人を募集しているという話が出た時に、私が何とかそこに入れないかと強く思っていた。
サンデーサイレンスと担当契約を結んで、走りたかった。
けれど、私はスランプだった。
速く走れない私が、凄まじい実績をたたき出すチームフェリスに入れるはずもないと思っていた。
でも、選抜レースで何とか好走して、目に留まれば……なんて思っていたところに、今日の話だ。
リッキーさんがスカウトを受けていたのを間近で見て、本心では嫉妬していた。
断ったときに、よかった、と思ってしまった。
自分のそんな卑しさが嫌になる。
その後も邪魔はしなかったが、タルマエさんやアキュートさんがサンデーさんのお誘いを断ったときには、内心で胸をなでおろしていた。
こんな、走るのが遅いウマ娘を見てくれるはずもないのに。
でも、サンデートレーナーの事は手伝ってあげたくて。
けれど。
けれど、けれど、ああ、けれど。
この人は、私を見捨てないでいてくれた。
私の悩みに、真摯に付き合ってくれた。
そして、私のスランプも吹き飛ばしてくれた。
その上、私を、スカウトしてくれた。選んでくれた。
これが、奇跡でなくて、なんだ?
ああ。
サンデートレーナー。
私は、貴女のために走りたい。
貴方の笑顔が、見たいです。
夢を駆ける。
私は、貴女に夢中です。
最近世間ではGL育成流行ってますね。
タグにGL(意味深)追加しとかなきゃ(使命感)
話は変わりますが水星の魔女一話よかったですね(性癖直撃)
潔く脱ぎ捨てて裸になり自由を舞う薔薇のようになりそう(革命感)