【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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136 フェブラリーステークス 後編

 

 

『スタートしました!!……()()()()()()()!!横一列から当然のように伸びてくるのはスマートファルコン!!今日もただ一人先頭を行くっ!!他のウマ娘達も落ち着いて得意な位置取りを選んでいきますっ!!』

 

 ゲートが開かれ、飛び出していく優駿たち。

 しかし、その中で普段と違う形のスタートとなったウマ娘が一人。

 これまでのレースでは機械仕掛けのように正確に、スタートダッシュを決めていたスマートファルコンが、他のウマ娘と変わらぬ程度のタイミングでゲートを出ることになった。

 

(……よし、出遅れはなかった!及第点!ここからだ……!)

 

 先程、ゲート内でフジマサマーチに仕掛けられた圧により、ギリギリのタイミングでスタートを切ることを諦め、落ち着いてゲートを出ることにして、それが功を成した。

 遅れて出なければ、問題はない。

 何故ならスマートファルコンの真の武器はスタートしてからの加速。

 体幹を鍛え抜いたことによる『地固め』と、前を譲るつもりはないという強い意志で踏み込む『先駆け』、そして『逃げのコツ』を誰よりもその脚に染み込ませているスマートファルコンにとっては、この『道悪』な状況である東京レース場のダートの上でも、問題なく加速を繰り出すことが出来た。

 後続との距離を徐々に広げながら最初のコーナーへ向かう。

 

(……やはり、これだけでは仕留めきれんか。当然だな……だが、効果はあった。コンマ数秒でもスタートが遅くなればバ群との距離は狭まるはずだ)

 

 そしてその後ろ、先行集団の前目につけたフジマサマーチが執念を燃やして走る。

 おおよそ他のウマ娘に己の背中を見せながら走る形だ。

 フジマサマーチの背中を視界に入れた他のウマ娘は、その気配に尋常ならざるものを感じた。

 鬼の宿る背中を見た。

 

 フジマサマーチは、今日、仕上げてきている。

 

 そう、誰もが察するその走り。

 先頭を走るスマートファルコンだけではなく、それに次いで走るフジマサマーチにも注目が集まる。

 注意を払わざるを得ない。

 

 それこそが、フジマサマーチの敷く『布陣』の始まりであった。

 

 

『スマートファルコンが第三コーナーに入る!体勢を落として、速いぞ速いぞ!!砂の隼にとってコーナーとは加速するもの!!尋常でない速度で回っていきます!!後続のウマ娘との距離がさらに開いていくか!』

 

 

 後続からいくつか牽制が飛ぶ中で、しかしスマートファルコンが減速をせずコーナーに飛び込んでいく。

 今日走るレース、ライバルたるウマ娘の中に、牽制技術に特化したウマ娘はいなかった。

 ノルンエースや、芝であればナイスネイチャのような、放っておくと何をするかわからない曲者のようなウマ娘は今日はいない。

 牽制が全くないことはないが、それは砂の隼の羽ばたきを阻害するに至らない。

 サンデーサイレンスに鍛え上げられたコーナリングで、ロスなくコーナーをかけていく。

 

(よし…!大丈夫!スタートでは面食らったけど、このままいつも通り走り抜ければいける…!!)

 

 スマートファルコンは、スタート時点で味わった動揺の色が落ち着いてきているのを感じていた。

 脚は絶好調。踏み込むダートも想像以上の重バ場ではない。

 フジマサマーチの気配だけは気になるが、レコードで駆け抜けてしまえば関係ない。

 誰にも先頭を譲るつもりはない。

 

 だが、スマートファルコンが振り返らない後続で、異変が起きていた。

 

 

(マーチパイセン、静かすぎる…!?その気配でっ、何、いつ仕掛けんのよ…!?)

 

(何をするつもりですか、フジマサマーチ先輩…!?ファルコン先輩に仕掛けるならもうやらないと…!!)

 

(いつだ……いつ飛び出す?いつ仕掛ける?マーチ先輩、位置取りは2番手なのに、いつまで溜める…!?)

 

(何かやろうとしてる……でも、まだなの!?気配だけが重くなる……!!)

 

 

 フジマサマーチの後方、彼女の背中を追いかけるウマ娘達が、彼女の気配に疑念を抱き、戸惑っていた。

 まず、背中が語り掛ける執念の圧が強すぎる。

 それだけで後続としては驚愕を味わうほどのもの。この深みは、彼女がダートレースのベテランであり、誰からも敬意を受ける素晴らしい先輩であることが生んでいるもの。

 誰よりもよく知っており、そしてそんなフジマサマーチが過去に見せたことのないほどに熱を迸らせている。

 そして、その熱がまだ放たれない。

 溜めている。

 踏み込む脚、揺れる尻尾、そして先頭を走るスマートファルコンの背中を見据える眼光が、後続に語り掛ける。

 

 私は、()()()、と。

 

 絶対に何かをしでかすつもりだ。

 そんな気配がフジマサマーチから漂っていた。それを感じ取れる優駿たちが集まっていた。

 

 そうなれば、走るウマ娘の内数人は、同じ想いを抱えることになる。

 

 このレースで勝つための絶対条件は、あの砂の隼を堕とす事だ。

 であれば、フジマサマーチの策に乗り、タイミングを合わせて己も動く。

 その後の叩き合いで、スマートファルコンに追いつかんとするフジマサマーチ、この二人と競り合えれば、紛れはある。

 

 絶対の条件が一致しているからこそ導かれる結論。

 スマートファルコンが誰よりも強いからこそ、あれに対する対抗策を取りたい。

 フジマサマーチがその指揮を取ってくれるならば、それに乗ってでも。

 

 ノルンエースが、フジマサマーチに教えた『布陣』。

 それが、彼女自身が長く、ダートの最前線を走り続けた、他のウマ娘からも敬意と注目を集めるウマ娘であるからこそ、その効果は高められ、発揮されていた。

 

 コーナーを駆け抜けながら、中盤戦に入っていく。

 

 曲がる過程で一度だけ息をつき……僅かな時間で、一気に極限の集中状態まで意識を切り替えるスマートファルコン。

 彼女の領域は、その時に先頭である、というシンプルな条件を元に、本人が、いや魂がダートレースへの適合を果たし切っていることもあり、極めて突入率は高い。

 一般的に領域に突入する際にウマ娘に求められる過集中状態、それに一気に至る事が出来る。

 前兆が極めて小さい。これを潰すには、同じ逃げウマ娘で何度も共に練習していたセイウンスカイであっても、有マ記念でエイシンフラッシュの領域を潰したナイスネイチャほど上手くは潰し切れないだろう。

 

 と言うよりも、実際、一人でスマートファルコンの領域を潰し切るのはほぼ不可能と言える。

 先頭を走るスマートファルコンに、中盤のこの時点で追いすがれるウマ娘はダート界には皆無。

 距離もあるし、牽制への圧も砂の隼は備えている。

 絶対に最も近い強者たる走りで他を圧倒している。

 

 だが。

 今日のレースでは、それを潰すためだけに策を練ってきた者がいた。

 

「─────ふゥ────────」

 

 後続、二番手。

 フジマサマーチが、ここで初めて、大きく息をつき、動く気配を見せた。

 その僅かな動きに、後続の優駿たちは敏感に反応する。

 

 今なのか。

 ここなのか。

 ここでやるのか。

 

 フジマサマーチの執念から生まれる判断力を信じ、己も牽制の準備を整える。

 彼女たちの瞳に映るのは、先頭を走るスマートファルコンの背中。

 

 そこから見える、彼女の尻尾が、一度大きく揺れた瞬間。

 

「─────────────ッッッ!!!」

 

 フジマサマーチが、全力の睨みによる『逃げ牽制』を放つ。

 そして、その動きを見た後続も、続くようにスマートファルコンへ次々と己の出来る牽制を放った。

 全員ではないが、この瞬間だと信じて疑わずに、睨みつける。

 

「──────っ、」

 

 その、複数名からの牽制を、圧を受けて。

 しかし、それでもなお。

 

 

「……だぁっ!!!!」

 

 

 ────────【砂塵の王】

 

 

 意識を零さずに、スマートファルコンが領域に突入した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……何とか領域は入れたか」

 

 俺は、ファルコンが中盤戦、後続からの足並みのそろった牽制を受けてなお、己の領域に突入し、加速を果たしたのを見届けた。

 よくぞ入った。心から褒めてやりたい。

 ダートを走る上での彼女の誇り。誰にも前を譲るつもりはない、という強い気持ちがそうさせたのだろう。

 

 しかし、その牽制の足並みをそろえさせたフジマサマーチが、かなりヤバい。

 鬼が宿っていると直感したのは間違っていなかったようだ。

 スタート時点から、いやゲートに入る時から、彼女はファルコンに勝つというそれに全てを注ぎ込んできている。

 執念の鬼。

 そこまで己を鍛え、追い込んでいたのだ。

 

 無論……それでもまだ、ファルコンが負けるとは思っていない。

 俺が鍛えた砂の隼は、伊達ではない。

 どれほど牽制をかけ、どれほど研究をされてきていても、その上でなお捻じ伏せるだけの実力がある。

 だからこそ、絶対に誰よりも近いと称される。

 

 このレースだって、スタートは臨機応変にロスを減らしたし、領域にも突入できている。

 後続との差は開き、6バ身といったところ。

 このまま第四コーナーを抜けて、最終直線で速度を落とさなければ勝ちだ。

 

 フェブラリーステークスの最終直線は500mと日本のダートコースでは最長だが、それでもそこを全力で、全身全霊で駆け抜けるスタミナは残している。

 荒れたバ場だけが心配だが、()()()()()()()()()()()

 

「……行ってくれよ、ファルコン……!!最後まで油断するな……!!」

 

 だが。

 往々にして、絶対を破るのは…奇跡を起こすのは、執念を宿したウマ娘だ。

 想いが奇跡を起こすならば、それがたとえ執念であろうと力になる。

 

 祈るような気持ちで、俺は第四コーナーへ突入していくファルコンを見守った。

 

 

────────────────

────────────────

 

(っ……牽制で、ちょっとだけ加速が鈍った!!でも、息は入れてる、走れる……ッ!!)

 

 スマートファルコンは先ほど、領域に突入する前後で複数名から牽制を受けたことで、若干、ほんのわずかに己の加速が鈍ったことを察した。

 一人や二人なら問題なかった。ノルンエースの強い牽制ですらもしのぎ切ったスマートファルコンの牽制への抵抗力はそう簡単に崩れない。

 だが、これだけの人数にタイミングを合わせられれば影響も出る。

 突入寸前と、突入直後に圧がかけられ……以前チームミーティングで話した、エイシンフラッシュとアイネスフウジンが出した案、その二つが同時に仕掛けられたような状況。

 それでも領域による加速を果たせたのは彼女が絶対の強者たる証であろう。

 

 そして、誰がこの仕掛けを作ったのかも、スマートファルコンは理解している。

 何故なら己の後方、その最も近い位置。

 振り返りはしないが、気配でわかる。圧でわかる。

 彼女から迸る、己への執念でわかる。

 

()()()()()……!!今日、ホントに、ヤバいよね!!負けないんだからっ!!!)

 

 愛する先輩たるフジマサマーチの圧だ。

 ここまでやるかと言わんばかりの徹底マーク。

 だが、それでこそだ。だからこそだ。

 そんな先輩だからこそ、私は敬意を持ったのだ。

 

 こうでなければ面白くない。彼女の全身全霊を受けられることを、光栄に思わなければならない。

 誰よりも長くダートを走る、叩き上げ鍛え上げられた熱い魂。

 フジマサマーチに対し、スマートファルコンは敵意ではなく、敬意で相対した。

 

 だからこそ、そんなマーチ先輩に。

 

(勝ちたいっ!!私が、勝つんだ!!!)

 

 想いを深め、砂を蹴る。

 湿った砂は生憎にして土煙を巻き起こすことはなかったが、それでも爆発したかのように泥をはね上げ、スマートファルコンは誰よりも速く第四コーナーを回り終えた。

 

 

 勝負は残り500m。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(……っ、ここ…っ!!)

 

 ハルウララは、集団の後方、差しの位置から最終コーナーを上がっていた。

 先頭のスマートファルコンが間もなくコーナーを曲がり終え、最終直線に向かう頃。

 脚はこれまでしっかりと溜めてある。直線でぶちまけるその末脚。

 先頭との距離は若干離れているが、しかし、領域の効果が発揮されれば、まだ分からない距離だ。

 

(負けたく、ない!!わたしだって、ファルコンちゃんに…勝ちたい!!)

 

 追いつきたい。

 同じ世代の中でも、革命世代とも呼ばれるようになったダートを主とする二人。

 その中でも、しかし、ハルウララは自分がまだ、実力としてスマートファルコンに並べていないことを自覚している。

 スマートファルコンは本物で、自分はまだそこに至れていない。隣にいない。

 世間からの人気は高いが、しかし、レースでは及んでいない。

 

 悔しかった。

 

 追いつきたい。

 あの背中に、逃げる背中に、追いつきたい。

 私もいるんだぞ、って、みんなに見せたい。

 

「う、わ、あああああああああああああああ!!!!」

 

 過集中状態から突入する領域に、至る。

 

 

 ────────【113転び114起き】

 

 

 先頭との距離が離れているほどに加速を増す、その領域に入り。

 そして、コーナーを抜けて一歩踏み込んだ瞬間に。

 察してしまった。

 

 これまでのレースを、激戦を潜り抜け、経験を積んだハルウララは、ふと、感じてしまった。

 

 

 ────追いつけ、ない?

 

 

 先頭を走るスマートファルコンが、このまま走り抜けてしまえば、自分は追いつけないんじゃないか、という気持ちを。

 抱いてしまった。

 

 それは、絶対と呼ばれる存在への、畏怖。

 スタートや中盤戦で牽制を受けてもなお、それでも、スマートファルコンの背中は遠くて。

 

 そして、次の瞬間に。

 

(………!!)

 

 もう一人、勝利を諦めないウマ娘が、領域に突入した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 ────────【闘ヱ、将イ、行進ス】

 

 

 フジマサマーチが、己の領域に突入する。

 相手が強ければ強いほど速度が上がるその領域。

 当然の如く十全の結果をもって、フジマサマーチが残り500mの最終直線を駆けるために加速を果たす。

 

 先頭を行くスマートファルコンまでは4バ身ほど。

 追いつくための距離は十分。

 

 そして、ここに至るまでに、事前に考えていた策もすべて打った。

 完璧とはいかないが効果はあった。

 ならば追いつける。

 あの隼に手が届く。

 

 なぜならば、この最終直線は重バ場の、荒れた道のり。

 スマートファルコンにとっては慣れぬバ場。

 そして、自分にとっては躊躇いなく踏み込める慣れた道。

 

 だからこそ、ここで、私はすべてを振り絞り、駆け抜ける。

 

 

 ──────実を言えば、フジマサマーチのこの考えは、間違っていた。

 チームカサマツが考えていた、荒れたバ場に関するスマートファルコンの走りについては、正鵠を射ていなかった。

 確かにスマートファルコンは、不良バ場は得意としていない。

 以前のJBCレディスクラシックでは本気で踏み込まなかったのも確かだ。

 そして、芝もダートも走れるオグリキャップのようなウマ娘が、重バ場になると走りに陰りが出ることも事実。

 

 だが、スマートファルコンが立華勝人から指導された走り方は、()()()()()()()()()()()()()

 重バ場であっても、決して苦手ではない。

 速度が落ちることはない。

 無理せず、問題なく加速を果たせるその走り。

 

 チームカサマツのプランで想定していたスマートファルコンの減速は、実際に果たされることはなかった。

 彼女の走りは極まっている。

 過不足なく、砂の隼は最終直線を羽ばたいていた。

 

 

 だが。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「────────勝つッッ!!!」

 

 

 勝つのだ。

 この直線で、あの隼を捉えるのだ。

 そのために、私は全てを懸けてきたのだと、叫ぶ。

 

 フジマサマーチのその執念が膨れ上がり、燃え上がる。

 最大限の加速を果たし、それでも迫り切らぬスマートファルコンの背へ、さらに追い縋るために、果てしない意志の強さで限界を超える。

 肺は破けそうになり、脚は止まれと訴えているが、それを強引に捻じ伏せて脚を止めない。

 限界を超えて回せ。

 そうでなければ、隼には縋れない。

 

「が……あ、アアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 咆哮を上げながら、スマートファルコンとフジマサマーチの距離が僅かに、僅かに縮まっていく。

 スマートファルコンも、その尋常でない気配を受けて、逃げるように加速を果たす。

 遊びはおしまいだとでも言うように、姿勢を下げて、誰よりも速くゴールを切るために駆け抜ける。

 

 だが、フジマサマーチが譲らない。

 技術などもうすべて使い果たした。しかしその上で、加速する。

 

 

(ファルコン…!!お前と、お前と出会って……!!)

 

 もう言葉は要らない。何もいらない。

 

(お前と初めて走った時の、あの驚愕を……!!)

 

 走マ灯がフジマサマーチの脳裏によぎる。

 

(本物だと証明したお前に……!!お前だから……!!)

 

 遠くから、北原の、チームメイトの声援が聞こえた気がする。

 

(お前と、出会えたから……!!)

 

 ゼロの領域に、()()()()

 理外の領域に、入れる理由も入れない理由も説明できない。

 ()()()()()()()()()()()

 

(だから、私は、お前と、もう……!!)

 

 思考は纏まらない。

 ただ、何よりも速く駆け抜けるために。

 これまでの己の競走人生の全てを籠めて。

 限界を超えて。

 自分のできる最高を、さらに超えた最高に至るために。

 己の意志で加速する。

 

 

 差が、縮まる。

 

 

 残り200m。

 1バ身。

 

 スマートファルコンが、渾身の力を振り絞り、姿勢を下げ、全身全霊を籠めて僅かに加速した。

 

 

 残り150m。

 3/4バ身。

 

 フジマサマーチが、ただ、ひたすらに脚を回し、追いすがる。

 

 

 残り100m。

 1/2バ身。

 

 

 

(ファルコン!!お前は、私のっ────────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱきっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な音が、した。

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 無限に引き延ばされた意識で、フジマサマーチはスローになった世界で、その音を聞いた。

 発生源は、己の右脚から。

 全力を籠め、限界を超え、それでもスマートファルコンに追いつくために廻し、酷使した脚が、物理的な限界を超えたのだ。

 

 長く、永く付き合ってきた己の脚。

 これまでに大きな怪我をすることなく、付き合ってきてくれた脚が、壊れた。

 

 

 ────────そうか

 

 

 フジマサマーチは、その事実を、受け入れる。

 ある意味では、ああ、当然と言えるだろう。

 なにせ、自分が今勝とうとしているのは、砂の隼。

 愛する後輩にして、砂の上での絶対。

 それに追いつこうなどと、浅学菲才、地方出身のウマ娘が無理をすれば……こうなることは、分かっていた。

 

 

 ────────ああ

 

 

 策を練り、精神的な限界を超え、肉体的な限界を超えても、まだその頂にはたどり着かない。

 ごく僅か、クビ差だけ前を走っているスマートファルコン、その跳ねる髪房と、必死な形相をちらりと見た。

 こいつも、全力で走っている。

 ああ、可愛い後輩だ。

 お前と走れて、本当によかった。

 

 

 私のレース人生。

 トゥインクルシリーズに挑む、デビュー戦。

 

 その時、私は、いきなり才能の塊と出会った。

 オグリキャップ。

 ヤツと過ごした笠松時代は、忘れることはないだろう。あのレースを、忘れることはない。

 私はそこで、一度折れた。

 溢れる才能を前に、心は一度、折れた。

 

 だが、それを継ぎ直してくれたヤツがいた。

 ノルンエースだ。

 私よりも遅いウマ娘が、しかし、全く諦めていない姿を見せられて。

 檄をかけられて。

 私は、もう一度、立ち上がった。

 諦めずに、オグリキャップを追うことを決意した。

 

 そこから私は変わった。

 走りに、それまで以上に、真剣に、想いを籠めて練習した。

 北原も、よく付き合ってくれた。

 私は実力をつけ、ジャパンダートダービーで勝ち……中央に移籍し、オグリのチームに入った。

 追いついたと、思った。

 

 だが、オグリは芝のレースを中心に走り抜けていた。

 私は芝は走れなかった。

 ヤツとの決着はドリームまで持ち越された。ドリームに行けるだけの実績をダートで積むことにした。

 

 そこから、長く、永く走っていた。

 オグリがドリームリーグに上がっても、トゥインクルシリーズを走っていた。

 勝ったり負けたりを繰り返し……それでも、何故か、ドリームに上がる気にはならなかった。

 カサマツにいたころにオグリと約束した、「お前よりも永くレース場に立ってみせる」という言葉を守りたかったのかもしれない。

 走っているのを楽しいと感じていたのは間違いないが、本当の理由は分からなかった。

 もしかすれば未練だったのかもしれない。オグリと決着をつけられなかったトゥインクルシリーズで、己の納得を得たかったのかもしれない。

 少し、走る理由が分からなくなっていた時期だ。超えるべき壁が、分からなくなっていた。

 

 

 でも。

 お前に出会えた。

 

 

 

 ────────ファルコン

 

 

 

 選抜レースでお前が見せた才能に、惹かれた。

 心から魅せられた。

 こいつが順調に強くなり、育てば、いつか私の新しい壁になってくれるのではないかと。

 

 そして、そんな想いは併走でさらに強くなった。

 オグリにも負けないほどの、迸る才能。

 それを、併走でお前は魅せてくれた。

 必ず、お前が私にとっての目標になってくれる。

 超えるべき壁になってくれる。

 

 そして、お前は私に見せた。

 全世界に、見せつけた。

 隼の走りを。

 ベルモントステークスでの奇跡を。

 

 お前は、私が求めたとおりに、世界最強のダートウマ娘になってくれた。

 

 

 

 ────────お前はすごいよ

 

 

 

 本当に、心から愛している。

 お前と言う後輩を持てたことは、私の誇りだ。

 思わず、笑顔が浮かぶ。

 

 

 

 そして。

 

 

 だからこそ。

 

 

 

 そんなお前に、勝つために。

 

 

 

 

 ────────あと50m、()てよッッ!!!

 

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『────────残り100mッ、もう差はない!!差はないぞッッ!!フジマサマーチが来た!!来たッ!!差が詰まるッッ!!交わすか!!交わすか残り50mッ、()()()()()()()()()()()()ッッ!!!分からないぞこれは分からない!!スマートファルコンも必死の形相!!今っ、並んでゴォォーーーーーーーーーーールッッ!!!』

 

 

『僅かにフジマサマーチが体勢有利か!?わかりません!!!写真判定になりましたッッ!!三着は4バ身ほどの差でハルウララ!!やはりこの3人での決着となりましたが、しかしスマートファルコンかフジマサマーチか!?際どく………おおっとぉ!?フジマサマーチがクールダウン中に倒れそうになったか!?大丈夫でしょうか!?咄嗟にスマートファルコンが支えて……トレーナー達も駆けつけているようです!!倒れるほどに、執念すら感じられる走りでしたが……ファルコンとハルウララが心配そうに見ています…』

 

 

『……!!!出たッ、写真判定の結果が出ました!!!一着は何とフジマサマーチ!!フジマサマーチだ!!!とうとう隼の牙城が崩れた!!世界の隼に手が届いたフジマサマーチッッ!!シニアの意地!!先輩の意地!!これがカサマツの意地だッッ!!!フジマサマーチ、スマートファルコンとハナ差を制し、一着を勝ち取った!!!今年最初のGⅠは大番狂わせから始まるッッ!!フジマサマーチが一着ですッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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