【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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139 先輩から、後輩へ

 

 

 フェブラリーステークスを終えて、その翌日の午後。

 俺は、今日の通勤に使用した愛車にファルコンを乗せて、病院へ向けて街中を走らせていた。

 

「トレーナーさん、お見舞いのフラワーバスケットも買っていくんだよね?」

 

「ああ。入院のお見舞いはフラワーバスケットだとよく治るってジンクスもあるしな。いい店知ってるから、そこに寄ってから行くよ。果物も買わないとな」

 

 助手席に座るファルコンが、どこかそわそわした様子で声をかけてくる。

 俺はそれに返事をしながら、今日のお見舞いと、昨日のレースについて少し思いを馳せた。

 

 今日お見舞いに行くのは、当然、昨日のレースで右脚を骨折してしまったフジマサマーチの所だ。

 昨日のフェブラリーステークス。そこで彼女は、今俺の隣に座るスマートファルコンに勝つために……己の意志で、限界を超えて脚を回した。

 結果、彼女の骨は悲鳴を上げて骨折し、レースを終えた後にすぐに救急車で搬送され、入院することになったのだ。

 レースを共に走った者として…また、大変親しい先輩後輩の仲としても、無論俺もトレーナーとして、お見舞いの気持ちを伝える必要がある。そのため午後の練習が始まってファルコンの脚をマッサージした後に、他の子の練習をSSに任せ、こうして車を走らせている次第である。

 なお、無論の事だが今回は流石に行き先が病院であるので、オニャンコポンは留守番だ。SSの肩に預けてきた。夜に家に連れて来てくれる予定だ。

 

 フェブラリーステークスの、その決着。フジマサマーチが限界を超えてファルコンに勝利した劇的なレース。

 昨日のレースの結果は、呑み込んでいる。

 フジマサマーチはドバイに挑むにあたり意識の集中が十全ではなかったファルコンの、その油断をつき、弱点を分析し、鬼を宿してきた。

 俺がファルコンに指導し、対策を組んだところを……上回っていた。

 完敗だ。俺がもっと、ドバイに向けた気持ちではなく、その前のレースに懸ける熱をファルコンに持たせてやれなかったのが最大の敗因。甘えたのだ。

 走りが絶対の領域に近づくファルコンのその強さに、勝てるだろう、と見積もりを甘くしてしまった。

 この甘え方は最もよくないタイプのそれだ。これが続いてしまえば、ウマ娘とトレーナーの関係が傷をなめあうようなものになってしまう。

 俺のそんな甘えすらも、北原先輩とフジマサマーチが咎めてくれたのだ。 

 

 ファルコンも、スタートや中盤……その道程で、己の弱点を理解し、それをつかれた時に果たしてどうなるかを経験できただろう。

 彼女自身も、昨日の敗北について己の油断が招いたことで、そしてフジマサマーチが其れほどの想いでぶつかってきてくれたことに感謝していた。

 この敗北は、ファルコンの走りをより絶対に近づけてくれるだろう。

 ファルコンにとっては、愛する先輩からのドバイに挑むにあたっての最強の応援、と言ったところか。本人もそんなこと言ってたしな。

 

 さて、しかし……俺は、昨日のレースを貶める意味ではないが、一つだけ不安を感じていた。

 それは、フジマサマーチが世間一般の目から、どう見られてしまうか、という僅かな懸念。

 砂の上の絶対、これまで無敗を貫いてきた世界レコード保持者のウマ娘であるファルコンに、脚を砕いてでも勝利を掴んだことで……さらに、その怪我が原因でドバイへの出走も叶わなくなってしまった彼女に、悲観的な風評が流れてしまわないかと言う懸念。

 これまでの世界線で、稀に見てきたものだ。ライスシャワーの菊花賞、天皇賞春がいい例であろう。そのような悪意に晒されてしまうようなことがないように、万が一の場合は気を配るつもりであった。

 

 だが、結論から言うと、俺の懸念は全くの杞憂であった。

 

 昨日のレース後、フジマサマーチが救急車で運ばれ、センター不在で開かれたウイニングライブ。

 そこで、2位であったファルコンと、3位であったウララ……共にフジマサマーチから想いを託された二人が、マイクパフォーマンスと歌で、聴衆に、世間に想いを伝えたのだ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『────悔しいっっ!!!すっごく悔しくて、でも!!今日のレースで、私はマーチ先輩に教えてもらいました!レースに絶対はないことを!私の気の緩みを……!そして、ウマ娘の想いの強さが、力になることを!!言葉ではなく、走りで!私に教えてくれた!!私がより速く走れるようにって、油断するなって、先輩が教えてくれたんです!!私は素晴らしい先輩を持てて、幸運だって思ってる!!だから私は、今日先輩から教えられたものを力に変えて────ドバイに、挑みます!!皆さん、応援よろしくお願いします!!────────はい、ウララちゃん!』

 

 

『ん!!!!────私もくやしいーーーーーーー!!……はぁ!ウララね、今日のレース、駄目だった!!応援してくれたみんな、ごめんなさい!私ね、最後の直線、二人に追いつけないかも、って思っちゃったの……気持ちで負けてた。心が、ううん、うまく言えないけど、負けちゃってたの!!でも、マーチ先輩は諦めなかったよ!!すごかった!!それで、ファルコンちゃんに勝った…!!……ウララもあんなふうに、走りたい!!レースが終わったらウララはいつも泣いちゃうけど、でも、負けちゃうよりも、諦めちゃうよりも……勝って、喜んで泣きたい!!だからね、今日、マーチ先輩に、ウララが託されたお願いがあって、それをがんばる!!絶対、やってみせる!!……私は、マーチ先輩の代わりにドバイゴールデン()()()()()に挑んで!!世界で一番になってきますっ!!!だから応援、よろしくねーーーー!!!』

 

()()()()()だね☆!?うん、でも私達、マーチ先輩の想いも背負って、全力で走ってきます!!!その想いを、歌に籠めて────────聞いてください!!UNLIMITED IMPACT!!!』

 

 

 

 ────視界全部奪うような 打ちつけるスコールの中でも

 ────きっとさらわれ流れるのは 言い訳と迷いだけよ

 

 ────逆境なくらいで絶望だとか

 ────マイナス先入観は似合わない

 ────劣勢ならあとは攻めるだけ

 ────この夢は揺るがないでしょう

 ────ココロのかぎり

 

 ────今を全霊で生きたいよ!!未完成な私で!!

 ────胸を張っていこう これが選びたい進化論!!

 ────何があったってスタートをしたなら行くっきゃない!!

 ────つらぬくよいつだって

 

 ────ずっと最大級を超えてく刺激をあげる!!

 ────その胸のなにか火をつけてくようなドラマ!!

 ────傷が塞がってしまうのを待たずに挑むから!!

 ────キミが目撃してよ?

 

 ────どうか全力で!射抜いてよ!瞳で私を!!

 ────焼き付けていこう それは約束の進化系!!

 ────傷を痛がって投げ出す程度の思いじゃない!!

 ────キミは目撃者だよ

 

 ────YES……UNLIMITED IMPACT!!

 

 ────見せてあげる EVOLUTION……!

 

 ────GO AHEAD…未来 DAYS!!!

 

 

 そのライブで、人々は彼女たちの想いを聞いた。

 フジマサマーチが走りで伝えた、先輩からのエールを二人が受け取ったことを悟った。

 

 そして、その日のうちにチームカサマツのウマッターで、フジマサマーチが投稿した内容がさらに世論の方向を決定づけた。

 怪我が骨折であったこと、ドバイへの出走は見送りになったこと。

 しかし後悔はない事、己の全てを今日の走りにかけて、愛する後輩達に、想いを託せたこと。彼女達の勝利を信じて、心から応援していることを。

 

 それは美談となり、おおむね世間一般の解釈は、マーチの激走の賞賛と、想いを受け継ぐウマ娘達の尊さに胸を打たれた…と言う形で落ち着いた。

 3人それぞれに応援のメッセージがSNSで大量に投稿されていたので、まったくもって俺の心配は杞憂だった。

 ウマ娘達が全力で走り、想いを伝え、継承していく姿は美しく……俺が、ウマ娘達が奏でるレースの中に含まれる要素で最も好きなものだ。

 彼女たちのレースは尊い。だからこそ俺は、それに長年取り組んだって欠片も飽きることがないのだ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……よし、ついた。ファルコン、後部座席からお見舞いの籠と果物、持ってくよ」

 

「はーい☆……怪我、大丈夫かなぁ…マーチ先輩」

 

 道中で見舞いのフラワーバスケットと果物を購入し、俺たちはフジマサマーチが入院している総合病院に到着した。

 受付で面会の手続きを取り、籠を持って廊下を歩いていく。

 ウマ娘の治療を専門としている病院であり、トレセン学園とも提携しているところだ。中央トレセンで怪我をしたウマ娘は大体この病院に運ばれる。

 説明するまでもないがこれまでの世界線で何度も来たところだ。出来る限り用事がないのが望ましいが、見舞いであったり、ケガでなくとも体調不良などがあったときにはお世話になっている。

 部屋番号を聞けば入院している部屋はすぐにわかる。迷うことなくフジマサマーチの入院している個室へたどり着き、俺は部屋をノックした。

 

「…はい」

 

「チームフェリスの立華です。フジマサマーチさんのお見舞いに来ました。スマートファルコンも一緒です」

 

「…ああ、立華トレーナーとファルコンか。大丈夫だよ、どうぞ」

 

 ノックの音にフジマサマーチから返事が来て、入室の了解を取って俺は病室の扉を開ける。

 そして、ベッドで身を起こしているフジマサマーチを見て────────固まった。

 

 

 ─────嘘だ。

 

 

 まさか。

 そんな。

 あり得ていいのか、こんなことが。

 昨日までは、そんな様子は一切無かったのに。

 

 内心の動揺が止まらない。

 見舞いの品を落とさなかったことを褒めてやりたい。

 心臓がドクン、と大きく一つ跳ねる。

 いけない。これは、よくないものだ。

 だが、俺は彼女の予想外の佇まいに驚愕しかなかった。

 そんなバカな、としか思えない。

 

 

 ────────フジマサマーチの長髪がバッサリ短くなっているんだが!?!??!?*1

 

 

 えっ嘘。マジ?そんなことある?

 フジマサマーチは長髪、綺麗な葦毛…薄浅葱色のつややかな絹のような髪を持つウマ娘だ。オグリキャップに似ているが髪質が違う。髪質はオグリキャップが若干水気の少ない髪をしているのに比べてフジマサマーチはまるで濡れているかのような艶を持つ髪をしており、晴れた日などは眼に眩しいくらいだ。俺はそんな彼女の髪型を勿論、トレーナーとしての目線で綺麗だな、とか髪型変えたら威力高そうだな、とか思っていたのだが、しかし今日、病衣に着替えて右脚にギプスをはめて吊り上げ、ベッドから上半身を起こしている様子のフジマサマーチの髪が何と肩口で綺麗に切り揃えられてまるで市松人形のような整った美しさに変貌していた。何という事だ。長髪が失われた悲しみよりもその髪型の変化による美への感動が勝る。何たる完成度。昨日の勝利と故障で彼女の中で何か一つ区切りがついたのだろうか。見ればその表情も、鬼を宿していた昨日と比べて、いやそれ以前のマーチとも比べて、どこか険が取れたかのような穏やかな顔だ。美しい。これ以上の美しさは存在しないでしょう。気持ちが軽くなったのだろうと一目で察せるような、その髪型の軽さ。今の彼女は光り輝いて見える。まるで迷いの果てにあったウララと、油断をしていたファルコンを共に掬うという慈愛を成した女神のようだ。見てくれよ今ドアを開けたことで風が入ってふわりと揺れた彼女の髪を。どうやるんだっけ国宝登録って。重要文化財に指定しなければならない。北原先輩はどこだ?急いで打合せし日本が、いやカサマツが誇るその彼女の髪型を世間に知らしめるために神殿を建てなければ────────

 

 

「ッしゃい☆」

 

「ぐっへェ!?」

 

 無限に引き延ばされた意識で、一瞬のうちにフジマサマーチのヘアスタイルの変化に思いを馳せていたら、横に立ってたファルコンから肘鉄が見舞われ、俺は正気を取り戻した。

 その代わりにアバラが何本かイッた気がするが気のせいだろう。ここは病院だしな。保健室と同じだ。たとえ怪我してても今日こうして通院したことで来週には治る。*2

 

「…どうした急に」

 

「ううん、何でもないよマーチ先輩☆…髪、切ったんですね?すっごく似合ってる!!」

 

「……ごほっ。…うん、似合ってる。……昨日はそうか、泥で汚れちまったもんな。すまん、気が配れなかった」

 

「ああ、ありがとう。立華トレーナーも気にしないでくれ。洗えばよかっただけの話なんだがな。入院生活で長い髪は不便もあるし……気持ちの切り替えでバッサリとやった。これで髪を切るのは二度目だ」

 

「もごもご………む!またお見舞いか!有難う立華トレーナー!ファルコン!」

 

 改めて冷静さを取り戻した俺とファルコンが髪を褒め、はにかむ様に笑うフジマサマーチ。やはり、だいぶ雰囲気が柔らかくなっている様だ。

 出せるものを出し切り、託せるものを託しきった……と言った様子だろうか。

 ベッドの向こうで、これまでに渡されていたのだろうお見舞いの果物を黙々と食べていたオグリキャップ(かんたん作画)が顔を上げ、新たな獲物として俺たちの手にある果物を見つけたようだ。

 見れば、オグリが空にした籠がいくつもある中に、奥のテーブルに他の見舞客からも渡されたであろうフラワーバスケットが……多く、とても大量に置いてあった。

 

「ん、ああ…これか?どうにも、今朝から見舞客が止まらなくてな。これまでダートで共に走っていたみんな…引退してしまった先輩や、今も走っている後輩たちから、次々と送られてしまってな。さっきはウララも来てくれた。全く、オグリが太り気味になってしまう」

 

「安心しろマーチ。果物ならどんなに食べても太らない…!」

 

「そうかなぁ!?でも、ホントにすごい量ですね……流石、長く走ってきたマーチ先輩だからですね!」

 

「……慕われてるんだな」

 

「どうやらそうだったらしい。怪我をして初めてそれに気づくのだから、まったく自分のことながら度し難いよ」

 

 ふ、と苦笑を零してフジマサマーチが並んでいる果物かごを見た。

 彼女の右脚にはめられているギプスを見れば、どうやら手術は実施されていないようだ。シンプルなギプスで骨折部が固定されており、そこにはみんなからの励ましの、お見舞いの言葉が既にいくつも書き込まれている。

 俺たちがこうして見舞いに来たのが、ファルコンのマッサージをしていたことで時間がかかり、およそ午後3時ごろだ。となれば、午前の授業を終えてすぐに見舞いに駆け付けたウマ娘が多かったのだろう。

 

「……どうだい、脚の方は」

 

「…よく、なりそうですか?昨日はトレーナーさんが大丈夫って言ってたけど……」

 

「ふふ、それがな、聞いてくれ。医師がCTなど撮影した限りでは確かにポッキリ骨折はしていたのだが、()()()()()()()()()()()()()らしい。まるで熟練の接骨師が接いだようなそれだったとか……おかげで治りもかなり早くなって、後遺症も残らないだろう、と言う事だ。……運が良かった、で済ませていい物かな?」

 

 なぜかフジマサマーチが俺の方をまっすぐ向いて、そんなことを言ってきた。

 しかしそれに対しての俺の返事はシンプルだ。俺はウマ娘に嘘はつかないが、方便は使う。

 

「おお、そりゃよかった!何よりだよ、怪我は小さいに越したことはない!うんうん、北原先輩のトレーニングの賜物だな!」

 

「………」

 

「…………ふっ、ははっ。そうだな、私は運がいい。そう言うことにしておこう」

 

 何故かファルコンからもジト目で見られ始めたが君からそんな目で見られると疑われるからやめてくれ。俺の秘密を知ってるからこそそんな目にもなったのだろうが。

 確かに俺は、レースのゴール直後……彼女の脚、その折れた骨を手技で接いだ。1000年の時を生きる俺にとって整骨、接骨技術も無論の事完璧に習得しており、また今回の骨折が昨日話した通り軽微なものであったことから骨をその場で接ぎ直したが、これが明るみに出るとよくない。技術はあるけど資格持ってないし。

 ただ、マーチから詳しく問いかける言葉が来なかったので助かった。何度も言うが、彼女の脚が強靭で骨折が小さかったからこそ俺も手技を使うことが出来たのだ。

 

「でも、治りが早いのなら本当によかったです!先輩、待ってますからね!!今度は、私が!ドバイで勝って、また砂の上で!」

 

「ああ。……去年の一月だったか、砂の上で待つ、と言っていた私と、立場が逆になってしまったな。しばらくリハビリと、実戦の勘も取り戻した上で、となるからすぐにとは行かないだろうが……ああ、必ずまた、お前ともう一度走ろう。ドバイで勝ったお前にも勝てれば、ふむ、労せずしてダート世界最強の称号が私のものにできるしな」

 

「あー!そんなこと言ってー!先輩、次は絶対に負けないからね!油断もしません!2000mで勝負です☆!」

 

「こら。距離を増やすな距離を」

 

 ファルコンとマーチが、うん、昨日の決着によるわだかまりなどなく、以前のように気安い距離感で話せているのを見て、やはり昨日のレースは彼女にとって必要なものだったと俺は確信する。

 ドバイに挑むことになり、その熱が高まり過ぎていい方向に向かっていなかったファルコンの、その方向をマーチがまさしく接ぎ直してくれたのだ。その返礼ではないが、彼女の脚の骨を接いで少しでも恩返しが出来ればと思う。

 

「ファルコン。……勝てよ。お前は油断しなければ誰にも負けん。中距離以上なら、なおの事負けん。私がそう信じている。……お前が世界で羽ばたく姿を、日本から応援しているよ」

 

「はい!!先輩に恥ずかしくない、私の走りを…世界中に、見せてくるね!見守っててください!!」

 

 そうしてフジマサマーチが伸ばした手を、ファルコンがギュッと握り……二人の想いが、腕を通して伝わったように感じられた。

 いい気迫だ。ファルコンの、迸り過ぎていたそれに一本の筋が通ったような。

 俺も、彼女たちの約束を壊さぬように、これまで以上に尽力しよう。

 

「……ん?声がしてると思ったら、立華クンも来てくれたのか!悪いな、昨日はマジで世話になった!!」

 

「あ、北原先輩…お邪魔しています。勿論、ファルコンにとって大切な先輩ですからね、見舞いに来ないはずがないでしょう。昨日の事は気にしないでください、むしろ俺の方が世話になりました。皮肉でも何でもなく……ファルコンが自分の走りを真剣に顧みることが出来た。昨日の敗北で、ファルコンは強くなれました」

 

「うん!北原トレーナーにも、有難うございました☆!ドバイでの走り、見ててくださいね!そして…マーチ先輩をしっかりリハビリして、リベンジもさせてくださいね!!」

 

「よせやい、こっちがどんだけ世話になってると……っと、おお、スマートファルコンにそう言われちゃ断れねぇわな。任せろ、きっちりダートにコイツを戻してやるからよ!なぁ、マーチ?」

 

「愚問だな。私は約束は破らぬ性質(たち)だ」

 

「…………ぷは。うむ、マーチは約束を違えないぞ。あーん……もぐもぐ……」

 

「……オグリはそろそろ食べるのを止めたらどうだ?」

 

 そうして病室に戻ってきた北原先輩にも、俺たちは挨拶と共に、昨日お世話になった礼を伝えて。

 次の見舞客が来るまで、そうしてしばらく他愛のない会話を、かけがえない時間を過ごしたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「マーチ先輩、元気そうだったね!ホントによかったぁ……」

 

「ああ。本人も随分すっきりした様子だったな。よかったよ、怪我が小さいのが一番だ」

 

「……すっきりした様子って、髪型のコト☆?」

 

「それもあるけどそんな目で見ないで」

 

 俺たちは面会を終えて、マーチの様子に喜色を零しながらも、総合病院の受付ロビーで面会カードを返す。

 後は帰るだけだ。病院だし、長居することもないと、1Fのロビーを歩いて出口に向かおうとしたところで、しかし。

 そこでまた、見慣れたウマ娘とトレーナーに出会うことになった。

 

「ん。……ウララと、初咲さん?」

 

「あれ、ホントだ☆おーい、ウララちゃーん!」

 

「ふぇー…?あ、ファルコンちゃーん!こんにちはー!うわーん!」

 

「立華さんか。お疲れ様です……ファルコンも、昨日はどうもな」

 

 会計窓口で何か精算をしていた二人、見知った顔であるウララと初咲さんのコンビとふと出会った。

 ファルコンとウララがわー、と近づいて挨拶をしながら、俺達もトレーナー同士として落ち着いた挨拶を交わして。

 さて、しかし、会計を済ませていたとなると……ウララの体に何かあったのか?

 面会ならば治療費などは掛からないので、会計は不要のはず。俺は気になり、ウララの姿をちらりと見て、一目で理解した。

 ファルコンの胸元に飛び込んだハルウララの、その腕……制服の下に、注射後につける止血バンドが巻かれているのが膨らみで察せた。

 

「…ああ、なるほど。ウララの血液検査と検疫検査したんだね、初咲さん」

 

「そういうこと。勿論フジマサマーチの見舞いが主目的だけど、ウララが病院あまり来たがらないからな……せっかくなんでついでにやってもらってた」

 

「ひどいんだよファルコンちゃん!私ね、マーチ先輩のお見舞いに行くよって言われたはずなのに、いつの間にかおちゅーしゃされることになって!」

 

「あはは……ドバイに行く前に検査必須だもんね。私たちチームのみんなは一斉に先週受けて来たよ。注射、やだよねぇ☆」

 

「やだった!!」

 

「ゴメンて……ほら、お詫びにアイス食べていいからさ、ウララ。売店で好きなの一つ選んでいいぞ?」

 

「ホント!?」

 

「ん……ファルコン、ウララと一緒に君も何か一つ買ってきていいよ。帰りの車で食べよう。チームのみんなには秘密な」

 

「え、いいの?わかった!ふふ、それじゃいこっかウララちゃん!最近流行ってる、季節限定の雪見大福あるかなぁ?」

 

「うん!!ウララはね、最近あいすまんじゅう、ってアイスがお気に入りなんだー!すっごくおいしくてね……」

 

 話の流れで俺はファルコンにもアイスを奢ることになり、財布を渡して二人で売店に行ってもらった。

 初咲さんが恐縮して代金を出そうとするが、俺の方で断った。レースで勝った方が奢る。トレーナー間では当然の流れだ。大した金額でもないし。

 

 さて、しかし俺がファルコンにそうしてウララと売店に向かわせたのには理由がある。

 初咲さんと少しだけ、二人きりで話したかったからだ。

 今日、こうして出会った初咲さん。昨日ももちろん観客席で話し、マーチの騒動の際にも傍にいたそれ、なのだが。

 その佇まいに変化が起きていた。

 

 昨日までは……ウララにも見えていたように、どこか調子が良くない様子だった。

 トレーナーとしても、迷ってしまっているような様子。ウマ娘を心から信じ切れていないような、スランプの予兆。

 ウララも心配だし、初咲さんの事も心配だったのだ。

 

 しかし、今日こうして会ってみると、二人ともそんな悩みがすっかりと払拭されているように感じた。

 ウララは分かる。昨日、走り終えたフジマサマーチに想いを託され、熱を取り戻していたのを間近で見たからだ。

 ウララは強い子だ。先輩の、熱い想いを受け取り力に変えられる優しい子。彼女の性格の根本はこの世界線でも変わることはない。

 だからこそ、彼女についての心配はいらなかった。

 

 だが、初咲さんは人間だ。俺の同期にして、3年目に入ろうとするトレーナー。

 彼がもし、己の担当ウマ娘とうまくいかないような……悩みを抱えてしまっているようなら、力にならねば、と思っていた次第に、しかし、今日の彼の様子を見るに、すっかりとそんなスランプを超えているように感じた。

 去年の9月のころの彼の雰囲気に戻っている。ウララの事を心から信じ、そしてそのために己の全てを懸けてもいい、とでも言うかのような、トレーナーとして最も大切な熱が戻ってきていた。

 

「……何かあったかい、初咲さん?」

 

「その質問、随分範囲広くねぇ?……ま、でも、そうな。最近ちっと悩んでたところがあったんだよね。ウララの事とか、俺自身の事とか……ドバイに挑むっつっても、どうすりゃいいか、正直判らなかったところがあった……」

 

 俺は、その理由を彼から聞くために問いかける。

 俺の言葉に、初咲さんが独白するように、気持ちを引き締めなおせたその理由について語ってくれた。

 

「…けどさ、昨日のマーチの走りを見て…ウララが想いを託された。その上で……今日、ウララが診察受けてる間に、北原先輩と話してたんだよ。俺の悩み。トレーナーとして、ウマ娘に対して何が出来るか、ってさ……」

 

「……」

 

「で、北原先輩に、すげー大切なことを教えてもらった。……違うんだな。俺の悩みはまず、そもそも素っ頓狂な勘違いだったんだよ。俺、ウララが去年GⅠ勝ってくれてさ、トレーナーとしても成長できたか、なんて思って……賢くなったつもりで、走る前からレースの勝ち負けなんて考えるようになってよ。勝てないかも、なんて悩んでたんだわな。……でも、違うんだ。そもそもトレーナーってのは、()()()()()()()()()()()のが仕事だ。俺はウララの勝利を、勝てるって信じ切れてなかったんだよ。(さか)しくなったつもりで、立華さんみたいにレースを分かった気になってよ。……違った。俺は賢くなる必要はなかった。俺は前みてぇに、ウララの事を信じて、信じ切って、そのために頑張る。それだけでよかったんだ。……同じような悩みを過去に味わってた北原先輩が、俺にそのことを教えてくれた」

 

 長い、彼の独白を聞いた。

 北原先輩。彼は、かつてカサマツでトレーナーをしていた時代に、オグリキャップと出会っている。

 酒の席で、俺はその時の話を北原先輩から聞いている。彼は自分がオグリキャップを信じ切れず……そして、己も信じられなくなり。当時のルドルフに打診された中央移籍、それについての答えが出せずに、やらかしかけたことがあった……と、語っていた。

 だが、最後には、ウマ娘を信じることの大切さを思い出せたのだと。

 俺もそこを詳しく聞いたわけではない。結果、オグリは北原先輩を置いて中央に移籍し……だが、結果として奮起した北原先輩やカサマツの皆が、迸るほどの成長を見せて、中央に続き、そして時代は流れ……昨日のレースと今日がある。

 

 その経験から、北原先輩が初咲さんへ最適なアドバイスをしたのだろう。

 きっと、恐らくは、同じような地方出身のウマ娘を鍛えた仲として。砂の隼に挑むウマ娘を育てている者として。

 初咲さんと北原先輩には共感できる点も多かったようだ。

 そして、初咲さんはどうやら、取り戻せたようだ。

 己の愛バを、担当ウマ娘を信じることがトレーナーにとって何よりも大切だということを。

 

 それは、かくいう俺だって、この世界線では一年目に僅かに見失いかけたモノだ。

 何よりも大切なモノなのに、忙しくなったり、変に経験を積んだりすると、すぐに頭から抜けそうになるモノ。

 

 ウマ娘を信じること。

 俺達トレーナーはウマ娘を心から信じているからこそ、それに全て(ユメ)をかけられる。

 

「……心配はいらなかったかな」

 

「いや、昨日までの俺なら心配されても当然だったと思うよ。けど、俺もよ……っぱ、勝ちてぇわ。ファルコンにもだし、世界のウマ娘を相手にしても……ウララを、勝ちたいと思ってるあの子を勝たせてやりてぇ。負けるかも、なんて考えは捨てたぜ。北原先輩に、地方出身のウマ娘のドバイ制覇を託されたのもあるしな…」

 

 ……いい、瞳の色だ。

 年齢的には同じだが、精神の経験の分だけ俺の方が僅かに人間に対しても観察力に優れているところはあるだろう。

 そんな俺は、彼の目から迸る熱を感じ、余計な心配は不要だと確信した。

 ゴールデンシャヒーンでも、ウララが全身全霊で、全てを振り絞って走る事が出来るだろう。

 

「……いいね。頑張ろうぜ初咲さん。ウマ娘達だけじゃねぇ、俺たちの代のトレーナーだって革命世代だって世間に見せてやろうぜ」

 

「おおよ。つっても俺らしかいねぇけどな同期って」

 

「それは言わないお約束」

 

「あとそれだと俺が一人で立華さん三人だからバランス悪くねぇ?」

 

「それも言わないお約束」

 

 お互いに肩を竦めて苦笑を零したところで、俺たちの愛バが買い物を終えて戻ってきた。

 

「……トレーナーさん、買ってきたよー!えへへ、お財布返すね」

 

「初咲トレーナーの分も、猫トレの分も買ってきたー!帰りの車で一緒に食べるんだよね!」

 

「え。いや、ウララ、俺達は帰りもバスの予定で……」

 

「構わないよ。どうせ帰り道は一緒なんだ、せっかくだし乗っていきなよ初咲さん」

 

「いいのか?…んじゃ世話になるか。ウララ、車の中でアイス零しちゃ駄目だぞ」

 

「はーい!」

 

「よし、んじゃ学園に帰ろうか」

 

 俺達4人はそうして騒がしくしながらも、共に学園に戻るため、病院を後にした。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 そんな彼らの様子を、病室の窓から眺める瞳があった。

 フジマサマーチと、北原穣だ。

 

 自分たちが、想いを託した愛する後輩たちに。

 重ねた想いの、紡ぐ先が栄光に輝くことを期待して。

 

 

 

 

「──────頑張れよ、二人とも。信じているぞ」

 

 

 

 

 

 

*1
コイツはよぉ。

*2
※個人差があります。

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