【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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14 閑話 エイシンフラッシュ

『お父さん!お母さん!』

 

『やあ、フラッシュ。見ていたよ、先ほどのレース。1着おめでとう』

 

『柔軟にコースを選んで、気持ちよく走っていましたね。成長が見えました』

 

 エイシンフラッシュは、最終レースを終え、4人で共に夢をかけることを約束した後…仕事で忙しい中、時間を作って今日の選抜レースを見に来てくれた両親に会いに来ていた。

 そのエイシンフラッシュに続くように、立華勝人…彼女のトレーナーも付き添う。

 折角両親が来日していらっしゃるのだから、ぜひご挨拶を、と考えたらしい。

 なお、彼が担当するほか二人のウマ娘たちは、親子の久しい再会にお邪魔するのも、と考え同席を遠慮していた。

 

『お父さん、お母さん。こちらが…私を、ここまで成長させてくれて、これから共にトゥインクルシリーズを歩むトレーナーです』

 

『ああ…こほん』「…初めまして、トレーナー、さん。大丈夫、娘と共に学んだので、日本語、少し──」

 

 母国語であるドイツ語で話していたが、日本人であるトレーナーへご挨拶をするならば、日本語で…とエイシンフラッシュの父が片言で日本語を話し出す。

 が、続くトレーナーの発言に、ご両親もエイシンフラッシュも、心底驚いた。

 

『いえ、配慮は不要です。──初めまして、お父様、お母様。エイシンフラッシュさんのトレーナーを務めさせていただきます、立華勝人と申します』

 

『!?と、トレーナーさん、ドイツ語を話せたのですか!?』

 

『ああ。学生時代(・・・・)に覚えたんだ。使う機会に恵まれてよかったよ』

 

『おお…語学にも明るい方でしたか。助かります。エイシンフラッシュの父です』

 

『母です。この度はお世話になります。それにしても、ドイツ語がお上手ですね』

 

 何と、立華がドイツ語を披露したのだ。

 挨拶だけではない、普通に会話もこなす。しかもネイティブレベルで流麗な発音。

 

 もちろん、学生時代に覚えたなどという話は方便である。

 実際は彼が何度もループを繰り返す中で、海外のレースに遠征などするとき…または、海外出身のウマ娘の担当をするとき、外国の論文を読むときに備え、覚えたものだ。

 他にも英語、フランス語、ロシア語、中国語などを修めている。

 なお、これらを覚えるのに、どの世界線でもとある記者(乙名史)の助力があったことを追記しておく。

 

『ありがとうございます。まだ若輩者で、新人の身ではありますが…誠心誠意、彼女たちの為に働く所存です』

 

『これはご丁寧に。大変お世話に……「たち」、ですか?』

 

『あ、お父さん……』

 

『ええ。私は、フラッシュさんのほかに、あと2名、担当することになっています』

 

 そして挨拶を交わす中で、立華は嘘偽りなく、自分のことを説明した。

 エイシンフラッシュのほかに、2名の担当を持つことを。

 それを隠すことは、彼女のご両親に嘘をつくことになるからだ。

 

『そうでしたか…。チームを運営するベテランのトレーナーだと、複数名担当することも多いとは聞いていますが』

 

『新人さん、なのですよね。ええと、それは……』

 

『お、お父さん、お母さん!この人はとても、信頼できる方で…』

 

『フラッシュ。心配される親御さんのお気持ちもごもっともだ。俺から説明させてもらう』

 

 立華は、かばってくれるように言葉を紡ぐフラッシュに、肩に乗せていたオニャンコポンを渡して口を閉じさせる。

 そうして、ご両親に向かって愛想笑いではない…真剣な表情を作り、想いを述べた。

 

『お二人が心配されるお気持ちもわかります。ですが…私も、彼女も、本気で想いをぶつけあって、この先を共に駆けたいと思い、お互いを選びました。他に担当する二人も同様です。私は、彼女たちの夢を託された』

 

『…………』

 

『であれば、私は自分のすべてを賭して、彼女たちの想いに応えます。私を、いえ、あなた方の信じる愛娘の選択を、信じてあげてください』

 

 エイシンフラッシュの父は、自分よりもだいぶ若い、いや息子と言って差し支えない年齢のトレーナーの瞳を、正面から見据えてその言葉を聞いた。

 立華もまた、真剣な表情の父親に真正面から見据えられてもひるむことなく、自分の意志を伝えた。

 

『…心から引き出されたものでなければ、人の心を惹きつけることはできない』

 

『…ドイツの詩人、ゲーテの一節ですね』

 

『ええ。私はこの言葉が好きでね。…君が、本当に心からの想いを担当するウマ娘達に伝えたからこそ。娘も、そのお二人も、君を信じることができたのでしょう』

 

『……私は』

 

『私も、君を信じることにします』

 

 想いを伝え、信じると言っていただけた。

 その言葉で、エイシンフラッシュもようやく安堵の息をつく。

 

『…君の瞳は、年齢に不釣り合いな、澄んだ色をしていますね。まるで、()()()()()()()()()な…深い経験を感じさせる目の色だ』

 

『っ。…初めて、そのような評価をいただきました。どうにも分不相応が過ぎますね』

 

『そうかな?……母さん、どうやら私達の育て方は間違っていなかったようだよ。男を見る目がある』

 

『あら、そう?貴方がそういうのならそうなのでしょうね。うまくやるのよフラッシュ、他の子たちに負けないように』

 

『ちょっ、お父さん!お母さん!?私とトレーナーさんはまだそのような関係では…!』

 

 エイシンフラッシュの父親は、本場ドイツでケーキ屋を営んでいる。

 老舗の名店であり、それは同時に様々な客と接することを意味する。毎日のように子供から老人まで、客を見続けてきた職人の目だ。

 それゆえ、人の目の色でその相手がどのような人なのか…ある程度察することができていた。いわば経験による洞察。

 

 その洞察が、立華という理から外れた存在の正体に僅かに触れた。

 もちろんそれは彼ら家族には想像もできないことであり、触れるだけで終わった…その後、何やら娘さんを僕に下さい的なシチュエーションに変わったことで、立華勝人は事なきを得た。

 

『…必ず、フラッシュの凱旋の報告を、ご両親に届けます。信じてお待ちいただけますか』

 

『ええ、無理はしないように、けれど、頑張ってください。娘をよろしくお願いいたします』

 

『はい!』

 

 日本式のお辞儀をどこで覚えてきたのか、やんわりと頭を下げるご両親に、立華も礼を返す。

 お二人の期待する愛する娘であるエイシンフラッシュを、彼女の望む、誇りある勝利を掴めるように。

 

 こうして、エイシンフラッシュのご両親と立華勝人の挨拶は無事に終了した。

 その後、外泊届を出していたためご両親と一晩、家族の時間を過ごすエイシンフラッシュを、オニャンコポンと共に見送ったのだった。

 




エイシンフラッシュのヒミツ①
実は、クソボケトレーナーから最初に立ててもらったスケジュール帳は大切に保管しており、今は二冊目。

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