『お父さん!お母さん!』
『やあ、フラッシュ。見ていたよ、先ほどのレース。1着おめでとう』
『柔軟にコースを選んで、気持ちよく走っていましたね。成長が見えました』
エイシンフラッシュは、最終レースを終え、4人で共に夢をかけることを約束した後…仕事で忙しい中、時間を作って今日の選抜レースを見に来てくれた両親に会いに来ていた。
そのエイシンフラッシュに続くように、立華勝人…彼女のトレーナーも付き添う。
折角両親が来日していらっしゃるのだから、ぜひご挨拶を、と考えたらしい。
なお、彼が担当するほか二人のウマ娘たちは、親子の久しい再会にお邪魔するのも、と考え同席を遠慮していた。
『お父さん、お母さん。こちらが…私を、ここまで成長させてくれて、これから共にトゥインクルシリーズを歩むトレーナーです』
『ああ…こほん』「…初めまして、トレーナー、さん。大丈夫、娘と共に学んだので、日本語、少し──」
母国語であるドイツ語で話していたが、日本人であるトレーナーへご挨拶をするならば、日本語で…とエイシンフラッシュの父が片言で日本語を話し出す。
が、続くトレーナーの発言に、ご両親もエイシンフラッシュも、心底驚いた。
『いえ、配慮は不要です。──初めまして、お父様、お母様。エイシンフラッシュさんのトレーナーを務めさせていただきます、立華勝人と申します』
『!?と、トレーナーさん、ドイツ語を話せたのですか!?』
『ああ。
『おお…語学にも明るい方でしたか。助かります。エイシンフラッシュの父です』
『母です。この度はお世話になります。それにしても、ドイツ語がお上手ですね』
何と、立華がドイツ語を披露したのだ。
挨拶だけではない、普通に会話もこなす。しかもネイティブレベルで流麗な発音。
もちろん、学生時代に覚えたなどという話は方便である。
実際は彼が何度もループを繰り返す中で、海外のレースに遠征などするとき…または、海外出身のウマ娘の担当をするとき、外国の論文を読むときに備え、覚えたものだ。
他にも英語、フランス語、ロシア語、中国語などを修めている。
なお、これらを覚えるのに、どの世界線でも
『ありがとうございます。まだ若輩者で、新人の身ではありますが…誠心誠意、彼女たちの為に働く所存です』
『これはご丁寧に。大変お世話に……「たち」、ですか?』
『あ、お父さん……』
『ええ。私は、フラッシュさんのほかに、あと2名、担当することになっています』
そして挨拶を交わす中で、立華は嘘偽りなく、自分のことを説明した。
エイシンフラッシュのほかに、2名の担当を持つことを。
それを隠すことは、彼女のご両親に嘘をつくことになるからだ。
『そうでしたか…。チームを運営するベテランのトレーナーだと、複数名担当することも多いとは聞いていますが』
『新人さん、なのですよね。ええと、それは……』
『お、お父さん、お母さん!この人はとても、信頼できる方で…』
『フラッシュ。心配される親御さんのお気持ちもごもっともだ。俺から説明させてもらう』
立華は、かばってくれるように言葉を紡ぐフラッシュに、肩に乗せていたオニャンコポンを渡して口を閉じさせる。
そうして、ご両親に向かって愛想笑いではない…真剣な表情を作り、想いを述べた。
『お二人が心配されるお気持ちもわかります。ですが…私も、彼女も、本気で想いをぶつけあって、この先を共に駆けたいと思い、お互いを選びました。他に担当する二人も同様です。私は、彼女たちの夢を託された』
『…………』
『であれば、私は自分のすべてを賭して、彼女たちの想いに応えます。私を、いえ、あなた方の信じる愛娘の選択を、信じてあげてください』
エイシンフラッシュの父は、自分よりもだいぶ若い、いや息子と言って差し支えない年齢のトレーナーの瞳を、正面から見据えてその言葉を聞いた。
立華もまた、真剣な表情の父親に真正面から見据えられてもひるむことなく、自分の意志を伝えた。
『…心から引き出されたものでなければ、人の心を惹きつけることはできない』
『…ドイツの詩人、ゲーテの一節ですね』
『ええ。私はこの言葉が好きでね。…君が、本当に心からの想いを担当するウマ娘達に伝えたからこそ。娘も、そのお二人も、君を信じることができたのでしょう』
『……私は』
『私も、君を信じることにします』
想いを伝え、信じると言っていただけた。
その言葉で、エイシンフラッシュもようやく安堵の息をつく。
『…君の瞳は、年齢に不釣り合いな、澄んだ色をしていますね。まるで、
『っ。…初めて、そのような評価をいただきました。どうにも分不相応が過ぎますね』
『そうかな?……母さん、どうやら私達の育て方は間違っていなかったようだよ。男を見る目がある』
『あら、そう?貴方がそういうのならそうなのでしょうね。うまくやるのよフラッシュ、他の子たちに負けないように』
『ちょっ、お父さん!お母さん!?私とトレーナーさんはまだそのような関係では…!』
エイシンフラッシュの父親は、本場ドイツでケーキ屋を営んでいる。
老舗の名店であり、それは同時に様々な客と接することを意味する。毎日のように子供から老人まで、客を見続けてきた職人の目だ。
それゆえ、人の目の色でその相手がどのような人なのか…ある程度察することができていた。いわば経験による洞察。
その洞察が、立華という理から外れた存在の正体に僅かに触れた。
もちろんそれは彼ら家族には想像もできないことであり、触れるだけで終わった…その後、何やら娘さんを僕に下さい的なシチュエーションに変わったことで、立華勝人は事なきを得た。
『…必ず、フラッシュの凱旋の報告を、ご両親に届けます。信じてお待ちいただけますか』
『ええ、無理はしないように、けれど、頑張ってください。娘をよろしくお願いいたします』
『はい!』
日本式のお辞儀をどこで覚えてきたのか、やんわりと頭を下げるご両親に、立華も礼を返す。
お二人の期待する愛する娘であるエイシンフラッシュを、彼女の望む、誇りある勝利を掴めるように。
こうして、エイシンフラッシュのご両親と立華勝人の挨拶は無事に終了した。
その後、外泊届を出していたためご両親と一晩、家族の時間を過ごすエイシンフラッシュを、オニャンコポンと共に見送ったのだった。
エイシンフラッシュのヒミツ①
実は、クソボケトレーナーから最初に立ててもらったスケジュール帳は大切に保管しており、今は二冊目。