ドバイに来て2週間が経過し、みんな学園から出された課題も無事やり遂げて、フリーとなった午前中の時間。
これからはこの時間を、レースに向けたミーティングと柔軟等の室内で出来る練習とで日に分けて実施する予定となっている。
そして今日は、チームJAPANで初めて行われる、レースにかかる内容検討のミーティングであった。
「はーい。そんじゃミーティング始めて行きましょっかねー。よろしくお願いしまーす」
「よろしくお願いします」
大会議室の前列、今日のミーティングの司会解説進行を務めるナイスネイチャと、その隣の南坂先輩が礼をし、並んで座るウマ娘達もそれに礼を返してミーティングが始まった。
こういった司会進行はそれなりに緊張する人もいる。が、いつもの気だるげさと秘めたる真剣さを兼ね備えたネイチャは、自然体で話を進めることができている様だ。
実を言えば、このミーティングの司会進行役は最初は南坂先輩と俺の役割の予定であった。
ドバイに行く前の打合せでも、相手方である世界各国のウマ娘の情報を分析し、レース展開を読み、そうして対策を取らせるミーティングが必須である。学生たちの課題も解き終えて、ウマ娘達の情報も集まってくるこの時期から始めて行きましょう、と言う所は決定していたのだが、それをやるのは当然にしてトレーナーである俺たちの予定だった。
カノープスを率いる情報収集に強い南坂先輩。および俺。この二人で最初は実施予定だったのだ。俺だって主にフラッシュが牽制を得意とする中で他のウマ娘の情報を集めることには長けている。アメリカでも実際そうしてたし。アプリも開発してるし。
しかし、ドバイ出発一日目にして、俺の中で考えを改めることになった。
ナイスネイチャ。
彼女が去年、トレーナーズカップで他の優駿たちの走りから覚醒し、レースの支配力を高め、そうして有マ記念にて立派な成績を残したことは皆の記憶に新しい事だろう。
その時は彼女の真の才能ともいえる視野の広さに目覚めたのだろうな、と俺も理解を落としていたのだが、しかし彼女のこの世界線での成長は、正直に言えば俺の理解の上をいっていた。
単純な牽制技術だけではない。視野の広さだけではない。
レースに挑む、その前の時点からの情報収集。
その能力に、ナイスネイチャは目覚めていたのだ。
いろいろな要因があって、彼女がその力を身に着けたのだろう、と言うことは分かる。
まず第一に俺が夏ごろにアプリをトレーナー向けに提供したこと。無論の事、サブトレーナーである彼女もそのアプリに触れる機会があり……その中で、アプリを介しての他のウマ娘のレース映像や記事などから情報を収集する楽しみに目覚めていた。
あらゆる情報がレースの上で武器になる。そのことに、正しく理解を落としているのだ。
また、ネイチャがカノープスに所属しており、南坂トレーナーとの仲を深めていることも要因の一つかもしれない。この世界線の南坂先輩は普段の世界線のそれよりもだいぶニンジャ寄りであり、トレーナーズカップでも見せた通り色んな事が出来る系のトレーナーなわけだが、当然情報収集も得意だ。どんな言語でも翻訳できるし。
で、そんな南坂先輩をネイチャが支えるように、そしてネイチャのひらめきを南坂先輩がフォローするように、二人は高めあい、そして情報戦という舞台において目を見張るほどの才を発揮し始めた。
彼女たちが初日の飛行機の中で集めていた情報を後日に俺達トレーナーで共有したが、唸らされるほどのものであった。レースの着順だけではなく、そのレースの中でどんな走りをしたか、そこから読み取れるウマ娘の長所短所、性格、日常の様子、交友関係、担当トレーナーの癖に至るまで……集められる情報はあらゆる媒体から集めたといった具合だ。
しかもそれをほぼ全員のウマ娘分で情報収集すらしていた。無論、全て完璧に集まるということはないが、有力なウマ娘のデータであれば、去年時点までのものなら過不足なく揃っているほどに。
だからこそ、俺はトレーナー同士とネイチャ本人と相談し、ミーティングの進行解説の役割を彼女に託した。
俺の長いトレーナー経験からしても、心底から間違いないと判断できたのだ。
ネイチャの方が、今回のドバイワールドカップミーティングの参加ウマ娘の説明においては俺よりも上手く説明できること。真摯に情報を集めてくれていたこと。
最初は面倒そうな表情をしていたネイチャだが、己の成長にもつながると南坂先輩から助言を得た結果、説明役に回ることに同意してくれた。
敬意を抱く。
これまでの世界線でも、中央の各トレーナー方に敬意を払ってきた俺だが、この世界線ではナイスネイチャのサブトレーナーとしての在り方に敬意を抱かざるを得ない。
俺が担当していた世界線のネイチャと比べるわけには行かないが……しかし、この世界線のネイチャは、俺が知るこれまでの世界線での誰よりも、その才覚を十全に発揮しているように見えた。
「……さって、みんなには自分が走るレースに出走するウマ娘、その全員の顔と名前と作戦は覚えてもらいます。一先ず今日はその中でも有力ウマ娘について紹介するね。明日以降は他のメンバーも覚えてもらって、それぞれのレースでの作戦とか戦略とか練っていきましょ」
「本当に細かい所は、勿論それぞれのトレーナーさんとよくご相談いただきたいところですが……相手の情報と、自分たちの情報をすり合わせて、レースの作戦を考え、イメージの中で試走し、意見を出し合うのも立派な練習です。たとえ自分が走らないレースの情報だからと言って、気を抜いて聞かないようにしましょうね」
そんな二人、ナイスネイチャと南坂先輩に今後の流れについて案内され、ウマ娘達は神妙な様子で頷いた。
二人が言った通り、まず今日は出走ウマ娘の顔と名前、作戦や強さの見込みなどを簡単に解説。明日以降はそれぞれのレースについて、作戦立案や考えられる流れなどにつき討議し、意見を出し合ったりしてレースの知識、戦略を深めていく。
最後の仕上げは勿論、担当トレーナーとウマ娘の間で行われ、当日の作戦について決めていく。
おおよそそんな流れになっていた。
そしてもちろんのことだが、最後の仕上げに入るまでのミーティングは全員が全員のレースについて参加しながらミーティングを実施する。
南坂先輩の言った通りだ。たとえ他の人のレースで、芝ダート距離の違いがあれど、意見を出し合ってお互いに学びあう事も練習の内だからだ。特に今は多くのトレーナーと革命世代のウマ娘が集まっている。ここで全員が成長することこそ、チームJAPANの勝利につながるだろう。俺たちは仲間でありライバルであるのだから。
革命世代の全員も、ことレースに掛けては真剣で真摯だ。誰もが他人のレースだからと気を抜いて話を聞くはずもない。全員がそれぞれ思い思いに意見検討を行い、知識を高めあっていくことだろう。
俺も、俺の持てる知識を存分に発揮し、アドバイスや戦略討議に努めていく所存だ。
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「……それじゃ、それぞれが参加するレースの有力ウマ娘の紹介から行きますかね。順番に全員紹介!ってやってもいいけど、それだとちょっと最終レースまで時間がかかりすぎるし。まずは軸となる、最強候補のウマ娘からね。勿論独自調査なんで、実際の今の調子とか見ないと何ともって所はあるけど」
「やはり、各レースに1人から2人は、頭一つ抜けて強い……恐らくは一番人気になるであろうウマ娘達が世界中から集まっています。まずは、この有力ウマ娘の存在をレース展開が作られる大きな要素として覚えておきましょうね」
さて、ミーティングは進み、まずはそれぞれが参加するレースの有力ウマ娘の紹介からになった。
当然だが、俺達チームJAPANが全てのレースで一番人気!となっているはずもない。同じように、国を代表するウマ娘が世界中から参戦しているのだ。
「さて、それじゃまずアイネス先輩の走るアルクオーツスプリントからね」
「はいなの!短距離専門とするウマ娘が集まってきてるよね?ヤバそうな感じのが」
「そっすねー。まぁ、基本的に全員がバクシンオー先輩とかカレンチャンみたいなもんだと思ってくれれば」
ネイチャが肩を竦めて苦笑を零す。
短距離、芝の直線1200mのアルクオーツスプリント。当然の如く、世界から集まるのは短距離を専門とした、スプリンターのウマ娘達だ。
俺のアイネスのように、マイルだって中距離2400mだって走れる、なんて距離適性の広いウマ娘はここには来ない。行くならドバイターフ1800mかシーマクラシック2410mに出るだろう。
ここに参戦するということは、短距離に絶対の自信があればこそ。
その距離に己の脚の全てを注ぎ込んだようなウマ娘達が、集まってくる。
「ま、中でも最強格って言われてる、現時点での人気投票一位のウマ娘さんがヤバいですね。……南坂トレーナー」
「はい。映像をスクリーンに出しますね」
「……この子。オーストラリアのウマ娘さん。名前は
その内容に、全員が息を呑んだ。
無論の事、事前に自分たちで同じレースに出走するウマ娘は調べていただろうが、改めて画面に出され、説明されて、この内容に恐怖を感じないものはいないだろう。
無敗。
それが、どれほどの奇跡の果てにあるものなのかを全員が理解しているからこそ。
しかもすべてが短距離戦だ。1つのミスが致命傷となる短い距離のレースで全戦全勝。
化物。そう表現するしかない相手。
だが、だからこそ。
そんな強敵だからこそ、破るに値する。
「……アイネス。怖気づいたかい?」
俺は席に座るアイネスに、あえてそう問いかけた。
帽子を目深にかぶりながらも、俺の言葉に出したアイネスの答えは。
「ふふ、まさか!むしろ最高にアガってくるの!いいじゃん、世界最強のスプリンターに勝って……あたしは短距離GⅠを獲得する!伝説の幕開けに相応しいの!!」
いつぞやか、ファルコンも近い笑顔を見せた……勝負してみたくて仕方ない、という様子のそれ。
油断でも傲慢でもない。果てしないレース欲。壁が、頂が高いほどにそれを求めるウマ娘の本能。
彼女がそんな表情を見せるのは初めて……いや、かつて一度だけ、近い状態になったか。
あのレースに、強く出走を求めた時の彼女に似ている。
魂が荒ぶって、貪欲に勝利を求めている。
少なくともメンタルは絶好調、と言えるだろう。クラシックのころに起きたスランプは、文字通り風に吹き飛ばされてしまい、もはや見る影もなく。
そこに在るのは一陣の風。
メンタルを彼女自身が整えているのであれば、後は俺の方で彼女のフィジカルを万全に整えてやるまでだ。
俺は彼女の勝利を微塵も疑うことはなかった。
たとえ相手が最強無敗のウマ娘であろうと、距離が短距離であろうと、フェリスの風神は簡単に破れるようなそよ風ではない。
比類なき暴風を世界に見せつけてやる。
「これを相手にそう言えるんだから流石チームフェリス……いや、革命世代、って感じですねぇ。頑張ってくださいよアイネス先輩。さて、そんじゃ次のレースの有力ウマ娘紹介に行きますか」
「次のレースはハルウララさんが出走する、ゴールデンシャヒーンですね。映像出します」
「はい!私のライバルはどいつだー!!」
続いて話は次のレース、ウララが出走するゴールデンシャヒーンに入る。
ダート1200m、今度はダートのスプリントレースになる。無論の事、ここにもダートを専門としたスプリンターが集まっており、世界最高峰の戦いとなる。
「残念、ドイツの子じゃないんだな。今の所一番注目されているのは、シンガポールのウマ娘さんだね。名前は
「ミサイルマンちゃん!!名前がつよそー!!」
「この方はここドバイのほか、香港スプリントなどにも出走していますね。芝ダート、どちらも走れる方のようです。噂レベルではありますが、いずれは日本のスプリンターズステークスも狙っているとか……」
紹介されたウマ娘は、こちらもまた短距離専門のウマ娘だ。
1着か2着しか取っていないという連対率100%の成績。うちのチームで言えばフラッシュやSS、他にも名のある優駿で言えばビワハヤヒデやダイワスカーレットとも同じ、結果に安定感があるウマ娘。国際競走にも参加経験があり、遠征慣れもしているようだ。
さらに言えば、去年にもドバイに来ておりレースの感覚は掴んでいる。
先に述べたブラックベルーガのような絶対に近い成績を残してはいないが、遠征経験もある分、厄介さは同じくらい、と言ったところか。
高い壁である。
普通のウマ娘が、トレーナーが聞けば怖気づいてもおかしくない、伝説に刻まれるであろうウマ娘。
だが、そんなウマ娘達を相手取ったとしても、それで泣き言をいうほど、俺のライバルたちは弱くない。
「なるほどね、すんげー強いウマ娘、ってことか……なぁ、ウララ。……ワクワクしてこねぇか?」
「うん、すっごいワクワクしてる!!ねぇ初咲トレーナー、この人に勝ったら、マーチ先輩もキングちゃんも褒めてくれるかな?」
「そりゃ褒めてくれるさ!俺だって褒めるし、みんなが褒めてくれる。そして、それに挑むお前を応援してくれてる。……
「うおー!がんばるぞー!!」
熱い。
かつての彼らの最大の武器であり、しかし年明けに一時期鎮火しかけたそれが、北原先輩の、フジマサマーチの活を受けて、再度燃え上がっている。
想いだけで、勢いだけでレースは決まるわけではない。勿論、確かな努力とレース運びも重要だ。
だが、しかし。
その想い、執念の走りが生んだ奇跡を、俺たちはもう目撃している。
強い想いには絶対すらも敵わない。
勝利を己に引き込むための第一歩にして最後の一手は、いつだって熱い想いだけなのだ。
俺が先ほどアイネスにそう思ったように、初咲さんもまたウララを心から信じている。勝てる、と信じている。
ウララもまた、己が先輩から託された想いを背に、勝つために走ろうとしている。
であるならば、俺のやる事は一つだ。そんな彼女たちを全力で応援し、支援し、この世界の舞台で早咲の日本桜が満開になる光景を見せてもらうだけである。
「熱いねぇ…。アタシに足りないのってそういうところかなぁ?どう思う南坂トレーナー?」
「何を言ってるんですかネイチャさん。貴女ほど、勝利に向けて真摯に、熱を持って向き合うウマ娘を私は他に知りませんよ。こうして事前に情報を集め、己の出来ることをすべてやり遂げるために一切の妥協をしない……そんな貴女を見初めて、私はカノープスのトレーナーになったのですから」
「………ふにゃぁぁ………!………きゅ、休憩!!ここまで結構説明してきたし10分休憩にしまーす!!」
ここまでに、有力ウマ娘の詳細な情報から、勿論1レースにつき一人だけでなく2~3人の詳しい解説などもしていたので、一時間ほど時間が経ったところだった。
成程、いいタイミングでの休憩だ。やっぱりネイチャは人前で講義する才能があるな。意外と先生なんて将来の職業に向いてるのかもしれないな。
俺はそんな理想的なタイミングで休憩に入るために小芝居を打つほどの余裕を見せるネイチャと南坂先輩の姿にいたく感心しながら、休憩の為に椅子から腰を上げたのだった。