ドバイワールドカップの当日がやってきた。
今日の午後からレースが開催されるメイダンレース場へ、俺達チームJAPANは万全の準備を整えて移動することになっている。
この1か月守っていたルーティーンで、いつも通り朝7時に起床し、朝食を食べる。
論ずるまでもないが、ここ一週間はカーボローディングを実施し、カロリーをウマ娘達の体に蓄えらえるような食事メニューに切り替えていた。高糖質食に切り替え、全員がエネルギー貯蔵量をピークに持って来るための食事メニューを取っていた。
ただし、高糖質のメニューは消化があまりよくないものも多い。対策として、消化吸収力に優れ、食物繊維も豊富で、かつカロリーも多分にあり、日本の味を思い出せる料理……おソバを、最後の夕飯でお出しした。
当然俺の渾身の手打ちである。ウマ娘12人分は流石に一日がかりになったが、みんな喜んで食べてくれたので何の問題も無い。
今朝それぞれのウマ娘に体調を確認したが、みんな問題なく絶好調。
レースで、体調が理由で好走を果たせないことはないだろう。実力で勝負だ。
「……さて、みんな集まったかな」
そして朝10時、レース場に移動するためにホテルのフロントに集まったウマ娘達をざっと見渡して、声をかける。
みんな、戦意に満ち溢れた表情……と、言えればいいのだが。この海外レースは、普段のGⅠとはまた趣が違うため、中には緊張を隠せないように尻尾が揺れているウマ娘もいた。
それはそうだ。ここはドバイであり、日本ではなく……そして、革命世代であるみんなが、日本の期待を背負い、走るのだから。
そこに緊張がゼロ、と言うのは無理がある。彼女たちは勿論、スポーツマンとして十分な経験を積んだ優駿たちではあるが、同時にただの女の子でもあるのだから。
だからこそ。
そこをどうにかするのが、トレーナーである俺たち大人の仕事である。
「……立華トレーナー」
「ん、南坂先輩。……準備できました?」
「ええ。他の国のウマ娘の邪魔にならないよう、バスは駐車場の奥へ。そこまでの道中、手配完了です。沖野トレーナーと小内トレーナーと初咲トレーナーが準備してくれてます」
「助かります……驚くでしょうね、みんな」
一仕事を済ませた南坂先輩が、ウマ娘達に聞こえない様に注意を払って俺に耳打ちしてくる。
なんか明らかに俺の鼓膜にだけ音が聞こえてるような気がしなくもないが気のせいだろう。俺の肩の上に乗るオニャンコポンに一切音が聞こえてないような気がするが、気のせいだ。
そして秘密裏にとあるイベントの準備を終えて、俺はウマ娘達に声をかける。
「よし、それじゃあみんな、バスへ移動しよう。荷物はサブトレーナーの子やトレーナーに任せて、身一つで移動していいからね」
「はい。……ふぅ、やはり、どうしても緊張はありますね」
「なの。けど、どの国の子も一緒だと思うから……」
「負けてられない、ね。よーし、行くぞー☆!」
俺の声に、チームの三人から、また他の子からも返事があって、全員でフロントを出て移動する。
少し歩いて、駐車場……そこに待たせているバスまで向かうことになっている。
だが、そこに俺達トレーナーが準備したサプライズが待っているのだ。
ホテルをぐるりと回って、裏手にある広い駐車場。
一番離れたところにバスは準備してある。
そして、建物の角を曲がって、奥にあるバスまでの約30m。
そこに、その道は出来ていた。
「────────ッ!!」
最初に驚いたのは、俺の後ろを歩くフラッシュだ。
そして、角を曲がった直後、全員が驚いた表情を作った。
バスまでの道、そこにはなんと。
「……あ、来た来たー!!頑張れ!!革命世代!!」
「マジで応援してるよー!!目指せ全勝!!世界に日本を見せつけろー!!」
「ファイトー!!いつも通り、奇跡の走りを見せてねー!!」
「緊張してないー!?リラックスしていいからねー!!深呼吸深呼吸ー!!」
「アイネス先輩、頑張ってー!!全距離制覇、応援してますっ!!」
「ウララちゃん、頑張れー!!地方からもめっちゃ応援の声上がってたからね!!」
「ヴィイ、負けたら承知しないからね!!海外ならアンタが強いっ!!」
「ササちゃん、ビート刻んでいこうぜ!!目立って行こー!!」
「イルイルー!!負けんなよー!!アンタの差し足は海外でも通用するっ!!!」
「フラッシュさん、頑張ってー!!ダービーウマ娘が世界でも勝つところ、見せてくださいっ!!」
「ライアン先輩、ここでこそですよ!!筋肉勝負でブロワイエに負けないでー!!」
「ファルコン先輩!!逃げきってくださいね!!逃げ切りシスターズのリーダーの背中見せてくださいーい!!」
「絶対他の国のウマ娘に負けるんじゃねーぞ!!」
「行けますっ!!喉が張り裂けるまで応援しますからね!!」
「世界を革命するレースをっ!!!頑張れーーー!!」
ウマ娘達による、応援の道。
左右に分かれ、列を作った、日本のトレセン学園から応援団としてやってきているウマ娘達が、そこには並んでいた。
その数実に100人以上。学園総出で、応援団を結成し、そしてドバイに前日入りしていたのだ。
そうして彼女たちに俺達トレーナーから助力を仰ぎ、レースに挑む前の革命世代に……応援を、檄を飛ばしてほしい、とお願いした。
朝早くにこのホテル前に集まってもらい、バスに乗り込むまでの道を作ってもらったのだ。
「っ…!皆さん、こんなに…!!有難うございます!」
「わー!!すごーい!!みんな、応援しに来てくれたんだ!ありがとー!!」
「こんな……いや、気合入っちゃうね、嫌でも。熱いな…!」
「うわー☆!みんな、応援ありがとー☆!ファル子、頑張っちゃう!!」
「ありがと、みんな!チームJAPANの一番槍、頑張ってくるの!!見ててね!」
「皆さん……有難うございます!見ててくださいね!有マ記念覇者が、世界でも通用する所を見せます…!!」
「……既に泣きそうなんですけど!!!!こんなに応援されるの初めてで!!!!」
「ササちゃんの大声で僕の涙は引っ込んだけどね。うん、でも……勝ちたくなりました、なおの事。みなさん、有難うございます!僕、頑張ってきます…!!」
革命世代が、応援の声を受けながら、ウマ娘達によって作られたバスまでの道を進んでいく。
その表情は驚愕から感謝へと。そして、今度こそ、戦意に溢れた、高揚した表情となる。
緊張は驚きで吹っ飛んでいったようだ。
よし、少なくない効果があった。俺達トレーナー陣は目線でアイコンタクトを交わし、笑みを作る。
ウマ娘達の、緊張をほぐす一番の薬。
それは、応援の声を直に聞くこと。心からの声援を受けること。
俺たちはまずそうして、彼女たちの戦意を奮い立たせた。
全員の尻尾が、嬉しそうに、楽しそうに、そして絶好調であることを表すように揺れている。
俺達は、日本の期待を、夢を背負ってドバイを駆ける。
その想いを、目に見える形で彼女たちに伝えてやれたのだ。
「……いい絵だな。よし…SS、ちょっといい?」
「ん、何だァ?」
そんな中で、バスでの移動組ではなく車で移動する俺は、同じく車で移動するSSに声をかけて、一つお願いをする。
それに快諾を貰って、俺の肩の上にいたオニャンコポンをSSの頭の上に移動させてもらった。
そして、バスの前にちょうど革命世代が並んだところで、その前にいっぱい集まってきた学園のウマ娘達もまとめてファインダーに収める。
高さよし。アングルよし。
「みんなー!今日のオニャンコポン撮るからこっち見てー!!」
その掛け声とともに、こちらを向いたウマ娘達が笑顔を見せて、そしてオニャンコポンと、上を向いたSSを中央に添えて、パシャリと俺はカメラのシャッターを切り、完璧な一枚を撮る事が出来た。
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メイダンレース場に到着した。
バスを追うように車を走らせていた俺達も、すぐにウマ娘達と合流する。
駐車場から関係者用通路を通り、受付を済ませる段で、他の国のウマ娘もちょうど集まり始めたところであり、列が作られ、軽い混雑を見せていた。
まぁ、大きな国際レースだとこうなるのは常である。周りに様々な国のウマ娘が、今回のレースで共に走るライバルたちが、それぞれ気合が入った様子でその列を待っていた。
そこに俺達日本勢も並ぼう……と、いったところで。
とあるウマ娘が、俺達チームJAPANに近づいてきて、とあるウマ娘に声をかけた。
『───ハルウララ!!』
「ぽぇ?……あ、ブロワイエさんだー!!わー、ひっさしぶりー!!ジャパンカップ以来だね!!」
フランスのブロワイエだ。
彼女が、普段の厳かな佇まいから一転、嬉しそうな笑顔を見せてハルウララに挨拶をしてきた。
『ああ、随分と久しぶりだ…あの時貰ったカツオのフィギュア、今でも大切に自室に飾ってあるよ。そして、あの時とは……本当に、随分と見違えるようだ、ハルウララ。頑張ってきたんだな、君も』
「ほわー!……うんうん!うん!!!猫トレさーん!!通訳お願いしまーす!!」
「はいよ、任せてくれ。ウララに貰ったカツオの人形、大切に今も持ってるってさ。んで、前見た時と比べると見違えたって。頑張ってきたなって……」
当然だがウララはフランス語が分からないし、ブロワイエも日本語を喋れない。
他の国のウマ娘と話す時には、その言語を喋れる人がいつも通訳していた。英語だったらトレーナーの全員が通訳できるが、フランス語は俺と南坂トレーナーしか訳せないので、俺が通訳することになった。
なのでこの後の二人の会話は適宜俺が間に入っていると思ってほしい。
「ありがとー!ウララもね、今日、ここにくるまで……色々あったんだ!でも、がんばって、ここまできた!!今日のウララは、負けないよ!!」
『なるほど……その脚と瞳で分かるよ、ハルウララ。君もまた、得難い経験を積んできたのだと。君の好走を心から応援しているよ』
「うんうん!!ブロワイエさんも頑張ってね!!今回は体調、大丈夫?」
『ハハハ、二度同じミスを繰り返すほど愚かではないさ。今回は万全に仕上げてある。君の国のエイシンフラッシュとメジロライアンが目下ライバルとなるだろう。勝っても怒らないでくれよ?』
「ふふー、だいじょーぶ!ブロワイエさんも応援してるけど、それでもフラッシュ先輩もライアン先輩も、つよーいから!!こっちこそ、二人が勝っても怒っちゃやだよ?」
『怒らないさ、きっと楽しいレースになるだろうからね。私が日本のウマ娘を侮ることはない。全力でお相手させていただこう。今日は素敵な日になるね』
「うん!!ウララもね、今日のレース、すっごい楽しみ!!」
随分と仲の良い様子だ。通訳する俺も、思わず笑顔がこぼれてしまう。
しばらくそうして話をして、フランスの入場が先に入り、ブロワイエがウララを高い高いしてきゃっきゃとウララが喜ぶ様子を見せてから、離れていくところで……最後に、通訳していた俺にブロワイエから声がかけられた。
『……貴方が、ケットシーだね。チームJAPANを率いる
『魔術師とは随分な言われようだね。奇妙な二つ名ばっかり増えて困ってしまうな。……今日はよろしくな、ブロワイエ。俺のフラッシュと、チームJAPANのライアンが君に挑むよ』
『は、これは可笑しなことを言う。……違うだろう?
ブロワイエから、圧が漏れ始める。
凱旋門賞を連覇した、世界有数の実力を持つウマ娘の、その圧。
日本に二度と負けるものかと言う執念が、彼女から零れ始め、それが俺に向けられ始めたところで。
『そこまで、です』
慣れぬフランス語で、俺を守る様にブロワイエの前にフラッシュが立ちはだかった。
『……失礼した。そうだな、これを向けるべきは君に対してだ。エイシンフラッシュ』
『……フランス語、あまり、わかりません。私が、言えること、一つ、だけ』
ブロワイエの圧に負けぬくらい、強い圧がフラッシュからも零れる。
そして、笑顔を浮かべた彼女が一言だけ、口にする。
『──────
その言葉は、ブロワイエにとって……ああ、どんな言葉よりも突き刺さる一言だろう。
かつてスペシャルウィークがその意味を取り違えて用いて、しかしその言葉通りに奇跡の走りで一蹴した、日本総大将の決め台詞。
『……ハッハッハッハッハ!!ああ、最高だ……いいレースになりそうだな。後は、走りで語るとしよう』
その言葉に満足したように笑い、離れていくブロワイエ。
俺はそんな様子を見守り、一先ず大事にならずに事態が収束したことで内心でほっと一息ついた。
彼女たちにとってはレース前の軽い挨拶のようなものかもしれないが、人間にとってはそのプレッシャーは中々に重い。
ウララもドキドキした様子でそんなフラッシュを眺めていたようだ。全く心臓に悪かった。
「ふ、フラッシュ先輩?喧嘩は駄目だよ?ブロワイエさん、いい人なんだから!」
「……ふふ、大丈夫ですよウララさん。これは喧嘩でも何でもないです……そう、挨拶のような物ですから」
「そうは言うけどねフラッシュ。俺は少しドキドキしたよ。君がそこまで強く出てくれるとは思わなかったから……俺を守ってくれたんだろうけど」
「あら、それは私の
「さらっと所有物にされてるね?」
まぁ確かに俺と言う存在はチームメンバーの共有備品みたいなもんではあるので特に反論はないのだが。
しかし、実際俺を守ってくれたフラッシュに少し頼れるものを感じてしまったのも事実だ。今日のフラッシュは気合が入りまくっている様だな。きっとブロワイエを相手にしても勝ってくれるだろう。
そんなひと悶着もありながら、俺達チームJAPANも無事に受付を済ませて、控室へ向かうのだった。
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アイネスの走るアルクオーツスプリントが始まるまで、あと2時間。
昼食はそれぞれ、ベストなタイミングでカーボローディングの効果が出る時間におにぎりを食べさせた。アルクオーツスプリントが始まる1時間前には起きるように軽く仮眠もとらせており、少しずつレースに体を備えていっている。
ドバイワールドカップはとにかく派手で、夜になればレース場のまわりで盛大に花火が上がったりもする。綺麗である反面、大きな音を苦手とするウマ娘達には刺激にもなり過ぎて、その時間に仮眠をとったりすれば悪影響を及ぼすので、最初のレースが始まる前までに整えさせるに限る。
つい先ほど、全員の安眠のツボを押してお休みさせたところだ。1時間後には起きるだろう。
さて、そうして俺がレースまでのこの時間何をしているかと言えば、ゲストでお呼びした皆さまを迎えにレース場の入り口付近で待っていた。
前に、ジャパンカップでもやったそれだ。しかも今回は、それが
今回、ドバイワールドカップデーに愛バ達3人が挑むにあたり、その家族たちに俺は招待状を送っていた。
飛行機の予約チケットと前日から翌日までのホテルの手配、レース場の観戦チケットも完備だ。
折角の世界の大舞台である。ご家族にも、ぜひ日程折り合わせの上で、娘達の応援に来てもらうようにお願いしたところ、全員から快諾を頂いて、応援に来てくれることになっていた。
なお、チケット代については俺の自腹であるのは勿論のことだが、なんとゴールドシップからも寸志を頂いている。
年始の特番ぱかちゅーぶで愛バ達3人が出演したことで飛んだスパチャの額が大きかったので、せっかくだし使ってくれよ、と頂いてしまった。
無下にするわけにもいかず、しかし家族をお呼びすることに使うのであれば何より彼女たちの為になると思ったので遠慮なく使わせてもらった次第である。
ちなみに、特に俺は旗とかホワイトボードとかで目立つようなそぶりは見せていない。
ただ、頭の上にオニャンコポンを乗せて突っ立っているだけである。これだけで十分に目立つ。
頭の上に猫を乗せているトレーナーなんて俺くらいしかいないからな。周りの外人さんから奇異の目で見られているが慣れたもんだ。
「……さて、そろそろ集合時間だけどな……迷ってないかな?」
スマホを開き、LANEに遅れる旨の連絡など入ってないかと確認しながら待っていると、まず一組目が俺を見つけてやってきた。
外国人の男性と、その隣にウマ娘の奥方。
ドイツから遥々観戦にやってきてくれた、フラッシュのご両親だ。
『お久しぶりです、お父様、お母様。いつもフラッシュにお世話に─────』
俺がドイツ語に思考を切り替えて、挨拶をかわそうとしたところで、フラッシュのお父様が、いつか俺がやったように……掌を見せ、言葉を止めた。
「……配慮は不要だ、立華くん。今度は私達が日本語をバッチリ覚えてきたのでね。どうかね、君から見て違和感はないかな?」
「この人ったら、フラッシュが日本で走る時のレース映像から、雑誌から、動画から全部集めてましてね?万全に意味が分かる様に、って日本語をすっごく勉強していたんですよ。それにつられて、私も覚えてしまいました」
「なんと…!完璧です、まったく違和感はありません!敬語も完璧で……流石、フラッシュのご両親ですね。この度は応援に来てくれて有難うございます」
「お礼を言うのはこちらだ、立華くん。娘を3冠を獲れるほどにまで強くしてくれて、その上この世界の大舞台に招待までしてくれたのだから……有難う。いつも、君には心から感謝している」
驚くことに、フラッシュのご両親は日本語をマスターしてきていた。
俺の耳から聞いても完璧。SSやマジェプリのように、恣意的な教材で短期で覚えたのではなく、恐らくはレースの映像や雑誌を読み解くために真剣に学んだのだろう。癖のない日本語が披露されていた。
娘を想う親の愛ほど強い原動力はないのだな、と思わせるその努力。敬意しかない。
そして日本語で挨拶を交わしていたところに、もう一組が合流場所にやってきた。
「おや……既に一組、いらっしゃっていましたか。……フラッシュさんのご両親さん、かな?」
「立華さん、大変ご無沙汰しております。いつもファルコンがお世話になって……」
「ああ、ファルコンのお父さんとお母さん!こちらこそ、いつもお世話になっています!ご無沙汰してしまいまして…」
「ははは、本当に久しぶりだね。いやぁ、ジンクスが破れてしまったのが嬉しいやら悲しいやらで……でも、やっぱりずーっと娘の応援に来たかったからね。今日は何の懸念もなく、全力で応援させてもらうよ」
「勿論、ぜひお願いします!きっとファルコンの力になります!」
やってきたのは、ファルコンのご両親だ。こちらは夫婦ともに人間であり、勿論の事俺もファルコンをスカウトした直後から連絡を取りあう仲だ。
転勤族である彼ら夫婦は、中々一か所に留まれない都合で、ファルコンがトレセン学園に入学するまでは苦労させた……という負い目があり、しかし、そんな彼女が世界で羽ばたくほどの輝きを見せたことに、心から喜んでいた。
娘を想う気持ちは、他の家族にも負けないほどに強いものだ。
では、しかし、そんなご両親がなぜこれまでのレースで応援に来なかったのか?
それは、とあるジンクスがあったからだ。
実を言えば、まったくレースに応援に来てなかったわけではない。仕事の都合もついて、ファルコンが挑む大きなレースで、娘には秘密で応援に来ていたことを俺だけは知っていた。
レースで勝ったら、終わった後に出て行って、祝福の言葉をかけようとしていたのだ。
そのレースは、
スマートファルコンにとっては、デビューしてから初めての敗北を喫したレースだ。
芝の適性や、ライバルがフラッシュであったこともあり、ファルコン自身にとってはそこまで引きずらない敗北の味ではあったが、しかしご両親は応援に来たレースが初敗北のレースになってしまったことが結構なショックだったようだ。
俺もファルコンに察されない様に、LANEで謝罪とお気になさらない様に、とお話をしたものだ。
しかし、ご両親としては、自分たちがレース場に応援に来ると負けてしまうのではないか、というジンクスが生まれてしまい、その後はレース場へ応援に来るのは避けていた。
ベルモントステークスの時などでも、実は俺の方から応援に来てくれないか打診していたのだが、そういうこともあり、これまではテレビの前で応援し、勝ったらLANEで褒める、という応援の形を見せていた。
彼女が勝ち続けるうちは、応援に行かない。そんなジンクスを守ろうと。
しかし、ファルコンが先日、フェブラリーステークスで敗北した。
俺の油断であり、ファルコンの油断でもあり、そして最高の先輩が執念を燃やし、全てを賭した走りで決着したあのレース。
あの敗北には納得をしているところで、しかし、同時にあのレースはご両親のジンクスも破っていたのだ。
応援に行かなくとも負けてしまうこともある。
だからこそ、応援に来てくれたって、いや応援に来てくれるからこそ勝てることもある。
そのように俺はご両親を説得し、そうしてここドバイにまで足を運んでもらったというわけだ。
「…今日は、ファルコンは仕上がっています。ご両親に恥ずかしくない、最高の走りを見せてくれることでしょう」
「ああ。ファルコンもLANEで言っていたよ……最高の先輩から、最高のエールを貰って挑むレースだ、って。……娘を立華さんに託してよかったな、って心から思うよ」
「あら、この人ったらこんなこと言って。最初のころは3人も担当がつくなんて不安だー、なんて言ってたのに。でも、今は私も同じ気持ちです。本当に、お世話になっているわ」
「ははは……恐縮です」
そうして二組目の家族とも挨拶を終えたところで、俺の耳に聞き慣れた子供の声が入ってきた。
もうわかるだろう。アイネスのご両親と、スーちゃんとルーちゃんだ。
「あー!!お義兄ちゃんだー!!」
「お義兄ちゃーん!!オニャンコポンもひさしぶりー!!!」
「やぁ、立華さん。…っと、私たち家族が最後だったかな、お待たせしてしまって申し訳ない」
「すみませんね、うちの子たちが元気に走り回りそうになってしまって……」
「いえいえ、まだ時間ちょうどと言う所ですから……」
俺は両腕に飛びついてくるスーちゃんとルーちゃんを廻し受けで受け流しつつ、アイネスのご両親にもご挨拶を交わす。
もちろんのこと、ご家族皆様をお誘いさせていただいていた。奥様の体調が心配であったが、ジャパンカップで愛娘の激走を見届けてからというもの、すこぶる体調がよいらしく、今回の海外旅行でも医者から太鼓判を押されるほどにご健勝であられたという。なによりである。
これで3組、全てのご夫婦が揃ったわけだ。
それぞれが自然と挨拶を交わす。何気に、家族の皆様がこうして一堂に揃うことは初めてじゃないだろうか。
同学年の子たちと言えども、アイネスは高等部からの編入生で、フラッシュも海外からの編入生だから3人とも入学タイミングは違うしな。入学式でも会ったことはないだろう。
「ああ、つい先ほど私達も来たところです。お気になさらず………初めまして、エイシンフラッシュの父です」
「母です。日本語、覚えたてなのでおかしかったらごめんなさいね。敬語とかも不慣れなもので……」
「いえいえ、完璧ですよ…フラッシュさんは才女だって娘が言ってたけど親御さんもすごいんだなぁ……っと、スマートファルコンの父です」
「母です。あらやだ、お二人ともウマ娘の奥様がご一緒なんて、お美しいお二人に並んでしまうと小じわが気になっちゃうわ」
「いえいえそんな、奥様もお綺麗ですよ。初めまして、アイネスフウジンの母です」
「父です。こちらの二人は双子の妹ですね。ほら、ご挨拶」
「スーです!!はじめまして!!」
「ルーです!!はじめまして!!」
「これはこれは、可愛らしいお嬢さん達だ。この子達もいずれはレースに挑むのですかな?」
「いやいや、この子たちは走るのも好きですが、ダンスの方が好きでしてね。そっちで頑張りたいと言っておりまして…」
「ほぅ、ダンス。いいですなぁ、うちのファルコンも幼い頃はよーくダンスの練習をしていたものです。ウマドルになるんだと言って……今はそちらも頑張りつつ、しかしレースの方が楽しそうでね。娘さんが楽しめる道を選ぶのが一番ですよ」
「仰る通りだね。私もフラッシュが最初、3年が過ぎたらレースから引退してケーキ屋を…ああ、私の本業なのですが…そちらを継ぐために勉強する、と言っていたのですが、今は立華くんと一緒にレースを走るのが何より楽しいようでね。そっちを満足するまでやる様に、と言ったものだ」
ご両親たちもどうやらアイスブレーキングがしっかりできている様だ。
何よりである。娘さんを預かる身である俺としても安心する限りだ。
彼女たち3人は本当に、チームとしてこの上なく仲がいいからな。ライバルでもあるが、今日は3人とも別のレースだし、そこで競合することはない。
穏やかに話せるのが一番である。よかったよかった。
「……ところでアイネスさんのお母様?娘からお伺いしましたが、立華さんをご自宅にお呼びしたことがあるのですって?家族で遊園地に出かける時にお誘いしたとか……」
「あらいやですわファルコンさんのお母様、確かに自宅にまで来てもらったことはありますが……私達の我儘で、娘達を遊園地に連れて行く、その監督をしていただいただけですよ?娘達も、義兄のように慕っておりましてね……」
「仲が良くて羨ましいですね?ああ、そういえば私達、フラッシュが日本でも店を持てるように、日本に支店を出そうかって考えておりまして……ね?いずれはその店を継いで、日本にずっと暮らしてもらおうかとも考えて居まして。娘と、そのパートナーたる方次第ではありますが……」
「あら……お二人とも、随分とご熱心なようで……勿論、私達も娘を想う気持ちもございますもの。自由に、やりたいようにやりなさい、とアドバイスをしているところですわ。やはり若い頃には無茶をするのも特権ですからね……」
なんだろう。奥様方の会話がなにやら達人の間合いで一瞬の隙を探す
気のせいだろう。みんな笑顔だしな。なんかスーちゃんとルーちゃんの尻尾が逆立ってるような気がするが気のせい気のせい。
仲がいいのが一番である。よかったよかった。
「……積もる話もある事と思いますが、まずはお席までご案内いたします。入り口であまり長話しても、ですからね」
「ああ、これは失礼した。今日一番忙しい立華くんがこうして時間を割いてくれているわけだしね」
俺はいいタイミングで一度話を区切り、スーちゃんとルーちゃんに両手を掴まれながらも、ご両親を観戦席までご案内する。
観客席の高い所、一番よくレース場を見渡せるその席に皆様をご案内して、俺も一先ずはチームJAPANの方に戻る段になった。
「……この後の観戦はご自由になさってください。自分もこの後はチームの方に戻らなければいけないので……この後、自分がここに来るのは、勝利者インタビューにお呼びする時になりますね」
俺は改めてご家族に話を通す。
この後は、中々こうして顔を出せる機会はない。
あるとすれば、アイネス、フラッシュ、ファルコンがそれぞれレースに勝利し……その勝利者インタビューに、家族もお呼びする時だ。
ドバイワールドカップデーでの勝利者インタビューでは、ウマ娘が応援しに来てくれた家族をお呼びして、一緒にインタビューを受けることも多い。国際的なレースではよく見られる光景で、だからこそご家族をお呼びしたという所もある。
「ほう?なるほど……では、この席に
「ですね。万感の信頼を籠めて、そう信じられる。私達の娘と、彼がやってくれるでしょう」
「私達も、娘達が一番に走り抜けるのを見守って……彼が、迎えに来てくれるのを待つとしましょうか」
しかし、お父様方から随分と重い信頼のお言葉を頂いてしまった。
俺は肩を竦めて、しかし、無理です、とはおくびにも思っていなかった。
そうありたいと願っているし、そうなれるように俺たちは今日と言う日まで練習を積んできたのだから。
「……ご期待に、沿えるように。誠心誠意努力してきたつもりです。皆様の娘さんの走りを、見守って、応援してあげてください。では、失礼します」
俺は皆様に大きくお辞儀を送り、観客席を後にした。
これで準備は整った。
学園が。ご両親が。日本が。
俺たちチームJAPANを全力で応援してくれている。
それを更なる力に変えて────────俺たちは、世界に挑む。
※重要なお知らせ※
少しだけ隔日更新をお休みさせていただければと思います。
次の話からドバイ編の5レース、およびぱかちゅーぶが始まるのですが、書き溜めが微妙に追いついておらず、キリの悪い所で更新が止まりそうな懸念があります。
一度ドバイ編を書き切るまでの時間をいただきます。すまんやで。
12月から更新再開の見込みです。