【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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159 ドバイターフ 後編

 

 

(────────ッッッ!!!!)

 

 

 確信、してしまった。

 

 ここ最終直線に至るまで、ヴィクトールピストは出遅れにも心を乱さず、冷静に、そして適切な位置取りでレースを進められていた。

 己の領域の効果を存分に発揮し、マイルイルネルや他のウマ娘からの牽制を拒み、脚を整え、最終直線に突っ込めていた。

 完璧と評してもいい。最高の走りが、出来ていた。

 

 それはきっと、サクラノササヤキとマイルイルネルもそうなのだろう。

 

 サクラノササヤキは、己の領域に突入する条件───己のビートを刻むペースをコンマ1秒たりとも違えなかった。

 ペース配分は、己の配分で決定できる。

 大逃げに基準を合わせたその爆速のラップタイムは、しかしここドバイターフにおいて見事に果たされ、最終コーナーから領域に突入した。

 

 ────────【トキノサエズリ】

 

 サクラノササヤキは、己のスタミナ切れからくる減速を拒みながらもゴールに向かって突き抜けていた。

 

 

 マイルイルネルは、孤独な詰将棋の果て、凍えるほどの絶対零度の思考に至っていた。

 事前に組み立てた牽制を果たしたことで、思考はどこまでもクリアに、冷静になっていた。

 そしてその感情を一気に沸騰させる。

 絶対零度から灼熱沸点まで、最終コーナーを回り最終直線の先、ゴール板を見た瞬間に感情を加熱した。

 その温度差、感情のバーストから生まれる領域。

 

 ────────【万歳三唱(ハイルマイネル)

 

 マイルイルネルは、最終直線から全てを抜き去らんと、執念の加速に至った。

 

 

 そして、ヴィクトールピストもまた、己の第二領域【届いた祈り、叶った夢】への突入を求める。

 有マ記念で目覚めた、あの感覚。

 未だに練習では安定はしていなかったが、しかしここドバイターフの最終直線において、最高の走りを果たしたチームJAPANの二人、そして世界最強であるウィンキスと競り合うにあたり、そこに生まれる負けん気から領域に突入し、加速を伴い、後は全力で勝利に向かい邁進するのみだ────────と、思っていた。

 

 

 だが、ヴィクトールピストは。

 

 確信、してしまった。

 

 

 

 

(───────勝てない)

 

 

 

 

 敗北を。

 

 

 

 

 駄目だ。

 

 あの加速には、誰も追いつくことができない。

 

 己が優駿であるからこそ、否応なしに理解してしまう。

 

 

 ウィンキスの加速が、()()()()()()()()

 

 

 エイシンフラッシュのように、地面に顎を擦りつけるような特別なフォームで走っているわけではない。

 

 アイネスフウジンのように、暴風を纏う特殊な領域に突入しているわけでもない。

 

 スマートファルコンのように、無限のスタミナを見せつけるような奇跡の走りをしているわけでもない。

 

 

 

 ただ。

 

 ただ、速すぎた。

 

 

 

(────────勝てない、の?)

 

 

 

 確信の後に、動揺が来た。

 

 このレースには、強い想いを持って参加していた。

 

 どうしても、ドバイに挑みたかった。勝ちたいと願っていた。

 

 それに備えて、1月から練習に手を抜いたことはない。

 

 自分でも満足いくほどの仕上がりだった。今ならば、エイシンフラッシュだろうとアイネスフウジンだろうと勝ちきれると思えるほどの、己の人生で最高の仕上がりと表現してもよいほどの、体が作れていた。

 

 レース展開も、スタートの出遅れはあったがあれはむしろ良い方向に作用した。己への牽制が減った。

 

 追込と言う作戦にシフトして、冷静にレースを俯瞰できたからこそ、マイルイルネルの張った罠にもかからずにここ最終直線に臨めていた。

 

 行けると思っていた。

 

 たとえ、世界のウマ娘達を相手にしても。

 

 最強のウマ娘と評価されているウィンキスを相手にしたとしても、勝てると───勝負になると思っていた。

 

 

 

 それなのに。

 

 

 今、敗北を、確信してしまって。

 

 

 それを、受け入れてしまいそうに、なっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────許されない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────こえが、聞こえた。

 

 

 

(ッ!?!?)

 

 

 

 その、唐突な声は。

 

 

 己の内から、叫ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────許されない

 

 

 

 

 

 

 強制的に、覚醒(めざ)めを促される。

 

 

 

 かつて、サンデーサイレンスは、()()に至る条件をこう表現した。

 

 

 ()が必要なのだと。

 

 

 絶体絶命の淵に立った際に、誰かの声がトリガーになり、()()に至るのだと。

 

 

 

 

 しかし、今回のヴィクトールピストの()()は、事情が違った。

 

 

 

 

 ()()は、日本を応援する大歓声からのものではなく。

 

 

 ()()は、かつてスペシャルウィークをそこに導いた、サイレンススズカの名前を呼ぶ声援でもなく。

 

 

 ()()は、いつかの世界線、己のチームのウマ娘全員を一気に高みにぶち込んだ、原初のトレーナーである沖野の叫ぶ声援でもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()は。

 

 

 

 ヴィクトールピストの、己が魂の叫びにより、果たされた。

 

 

 

 彼女の意識は、それに溶けて───────

 

 

 

 

 

 

───

─────

───────

─────────

───────────

─────────────

───────────────

─────────────────

───────────────

─────────────

───────────

─────────

───────

─────

───

 

 

 

 

 

 

 そこは暗雲。

 

 

 目の前に黒い海。

 背後には無機質な砂漠。

 薄暗く、陰鬱とした雰囲気のそこに、ヴィクトールピストは立っていた。

 

 

 誰もいない。

 余りにも殺伐とした、悲しい空。

 

 ヴィクトールピストは理解する。

 

 

 ────────これは、私の魂の中だ。

 

 

 誰もがそこに悲しみを覚えてしまうほどの、暗い空間。

 海の向こう、ああ、きっとそれは日本の方角なのだろう。

 己の魂の原風景を見て、ヴィクトールピストはそう感じられた。

 

 そして、今、日本のある方角の海の上に、余りにも暗い闇が広がっている。

 日本が、負けそうになっているのだ。

 ああ、言葉にもできないほどの、なにか、とても辛いことが、日本に起きているのだ。

 ()()()()()()()()()

 未曽有の災厄が。

 

 そう、感じられた。

 そして、それは、今の自分たちの状況を表しているようなそれであった。

 今にもウィンキスに負けそうになっている、私達チームJAPANを。

 

 

 ────────やっぱり、だめなの……?

 

 

 そんな想いを、ヴィクトールピストは抱いてしまう。

 絶望的な感情。

 悲哀の感情が身を貫き、竦み、震えあがりそうになってしまいそうな、そんな時だ。

 

 

 一筋の流星が、空を照らした。

 

 

 それは、ヴィクトールピストが向いていた海の方角、その背後にある砂漠の国から空に放たれていた。

 その光は、確かに日本に届き、そしてその光が、絶望の中にあったそこを明るく照らし、希望を齎した。

 

 ヴィクトールピストは振り返る。

 その輝かしい流星の発生源を、確かめるために。

 

 そして、そこには光があった。

 その光は、雄々しく、凛々しく、そして覚悟をもって、確かに4つの脚を砂の地につき、日ノ本(ひのもと)に想いを馳せていた。

 

 

 ああ、これは、私の、魂だ。

 

 

 ヴィクトールピストは、なぜか、そう確信した。

 

 

 

 ────────許されない

 

 

 

 魂は、毅然とした声色で、ウマ娘である彼女に語り掛ける。

 ()()()()()()()()()に、語り掛ける。

 

 

 ────────たとえ、その名を(たが)えても

 

 

 彼と、彼女の名は等しくはなかった。

 仮初たる空間にその存在を表す際に、歪んでしまった。歪めて、しまった。

 

 

 ────────たとえ、走る勝負を(たが)えても

 

 

 彼が走ったレースと、彼女が走ったレースは等しくはなかった。

 時代が巡り、彼が走ったオールウェザーの舞台は失われ、芝の上を彼女は走っていた。

 

 

 ────────たとえ、世界最強が相手でも

 

 

 彼が挑んだ舞台に、世界最強の馬(ウィンクス)はいなかった。

 夢を舞台とするこのドバイワールドカップに、世界最強馬は本来の歴史では挑むことはなかった。

 

 

 

 ────────それでも

 

 

 

 

 ────────勝利の名を冠する者(ヴィクトワールピサ)が、ドバイの地で負けることは許されない

 

 

 

 

 魂の、その崇高なる決意。

 

 それを、ヴィクトールピストは真正面から受け止めた。

 

 

 ああ。

 今、全て理解した。

 

 私の魂は、誓ったのだ。

 全てを賭して、誓ったのだ。

 必ず、日本に凱旋の報を届けると。

 

 彼の挑んだドバイに、敗北は許されなかった。

 日本が未曽有の危機に陥り、人々が涙に濡れ、悲劇を嘆く中で、彼はこのドバイに挑むことになった。

 悲劇の渦中にあった日本に、何としても、良い報せを、便りを送らなければならなかった。

 たとえ、過去に日本が一度も勝利したことのないその世界最高峰のレースでも、負けるわけにはいかなかった。

 普段の芝のレースとは違う、慣れぬ砂の場であるそこに在ってもなお、一着以外は眼中になかった。

 己の全てをその勝利に捧げる事に躊躇いはなかった。たとえその後にまともに走れなくなるほどの怪我を負っても、一片の後悔もなかった。

 

 

 そして、勝った。

 

 彼は、日本の祈りを背負い、誇りを胸に、全てを賭した走りで、勝利した。

 

 

 

 ────────日本の祈りは届き、夢を叶えた。

 

 

 

 なんて。

 なんて、偉大なる魂。

 

 その誇りを、ヴィクトールピストは尊く思った。

 瞳から自然と、涙を零していた。

 

 彼の在り方を、奇跡を、尊く思った。

 

 

 そして、そんな彼の、魂の輝きに、ウマ娘である己は、まだ至れていない。

 

 雄大に聳え立つ魂の光に、追いつきたいと思った。

 

 彼のように、全てを賭けて、勝利したいと。

 

 夢を、叶えたいと。

 

 

 

 なぜならば。

 

 

 私もまた、勝利(ヴィクトワール)の名を冠するのだから。

 

 

 

「………!!!」

 

 

 

 ヴィクトールピストが、駆ける。

 

 魂の光を受け入れるのではない。

 

 私が、魂の光に並ぶ。

 

 その高みに、己が至る。

 

 

 もう、二度と負けなんて考えない。

 

 

 

 

 勝つために。

 

 

 

 ただ、勝つために!!!

 

 

 

 

 ヴィクトールピストの疾走を、(ヴィクトワールピサ)が受け入れる。

 

 一つになる。

 

 

 そして、世界の闇は晴らされた。

 

 

 大いなる霊峰がそこに現れ、曇りなき青空に、輝かしい希望でその山稜を彩った。

 

 

 

 

 

 勝利の山が、覚醒(めざ)めた。

 

 

 

 

 

 ウマ娘という存在と、魂という存在が一つになり。

 

 そして。

 

 

 

 ─────────────奇跡へと、至る。 

 

 

 

───

─────

───────

─────────

───────────

─────────────

───────────────

─────────────────

───────────────

─────────────

───────────

─────────

───────

─────

───

 

 

 

 

 

 ────────【()()()祈り、()()()夢】

 

 

 

 

「………!?」

 

 

 ウィンキスは、己の魂が震えあがるような謎の感覚を覚えた。

 その発生源は、1バ身後ろから。

 ゴールに向けて全力で走る最中に、しかし、急にその位置に()()()()()()()かのような驚愕をもって、走りを乱そうとしてくる。

 

 

「こ、れは……!!」

 

 

 これは、間違いない。

 至ったのだ。

 スマートファルコンが、アイネスフウジンが至ったようなあの謎の力に、後続、恐らくはヴィクトールピストがそれに至ったのだ。

 気配が、圧が先ほどまでとまるで違う。

 深く重く大きな足音が、迫ってくる。

 

 

(──────です、が)

 

 

 それでも、まだ。

 それでもまだ、私が勝つ。

 

 姿勢を僅かに落とし、更なる加速を求める。

 いわば、無茶をする、と言う形でのそれだ。

 己の出せる100%の力を毎回のレースで果たしていては、すぐに脚が壊れてしまうために、()()()()()()()()()()()()その加速を、振り絞る。

 ここから先は、己も全力の100%で走る。

 

 そして、己がその走りをすれば、たとえヴィクトールピストがあのような理不尽な加速に至ろうとも、勝率は下がらない。

 敗北には至らない。

 この1バ身は、埋めさせない。

 

 

「「───あああああああああああああああああ!!!」」

 

 

 全てを振り絞るような叫び声が聞こえ始める。

 ああ、私に競りかけ、迫ってくる声だろう。

 だが甘い。叫んで速くなるのであれば、誰もが叫んでいるだろう。

 

 そんな、叫び声が二つ聞こえたところで────────

 

 

 

 ────────二つ?

 

 

 

「「「────────ああああああああああああああああああ!!!!」」」

 

 

 ………三つに、増えた。

 

 ウィンキスは、これまで長く、何回もレースを走っている中で、今日、初めて。

 

 後ろから迫ってくるウマ娘の、そして前を走るウマ娘の、その表情を見たいがために、振り返りたいという衝動に駆られた。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 ヴィクトールピストの目覚めに気付いたのは、この二人のウマ娘も同時だった。

 

 

「────────!!」

 

「ヴィイ、ちゃん…!!」

 

 

 サクラノササヤキと、マイルイルネルが敏感に彼女の覚醒を感じ取る。

 並ぶように加速していたマイルイルネルなどは、領域の先の領域に入った彼女の、その透き通るような表情の変化も見届けてしまった。

 

 そして、見届けた上で。

 見送るようなことは、絶対にしたくなかった。

 

 

「────────ふざ、けるなッ!!!僕だってッ!!!」

 

「私、だってェェ!!」

 

 

 振り絞る。

 ここまでに絞りに絞ってきた己の力を、さらに振り絞り、限界を超えるために脚を回す。

 先程沸点まで加熱されたマイルイルネルの情緒は最早蒸発し、しかし気化したその熱を逃すことなく更なる高温へと至る。

 

 サクラノササヤキもまた、同様だ。

 大逃げにより作ったマージンを極力減らさぬように駆け抜け、減速を抑えるはずのそこで、()()()を成すために脚を振り絞る。

 限界を超えて走れ。

 追いつかれないために、逃げ切れ!!!

 

 

 ─────その、二人の強い感情は、どこから生まれるものなのか?

 

 答えは簡単だ。

 

 

 

 ────────彼女たちは、壊れてしまっていた。

 

 

 

 そう、壊れてしまっている。

 

 壊されたのは、()()()()()の時だ。

 

 

 メイクデビュー前の、選抜レースで。

 彼女たち二人は、壊された。

 ウマ娘にとって……いや、人間が持つ、とても大切な、己を守るための感情の機構が、壊されてしまった。

 

 アイネスフウジンと走ることで、彼女たちの運命は変わってしまったのだ。

 風神の走りに、壊されてしまった。

 

 

 ────────()()()ということが、出来なくなってしまっていた。

 

 

 まるで中毒者(ジャンキー)のように、勝利を諦めることができない。

 どれほどの実力差を見せられても、彼女たちは諦めずにここまで来た。

 カノープスの魂を体現するように、他の同じ世代のウマ娘が強くとも、諦めることだけは絶対にできなかった。

 

 ()()に敗北があろうとも、()()に敗北はない。

 そんなものは、負けを理解した上で己の全力を繰り出した、選抜レースのグラウンドに置いてきてしまった。

 

 

 そしてだからこそ、この最終直線で、彼女たちは開花した。

 

 覚醒せしめた同世代に負けまいと、全てを賭して意地でも追いつく気概を生んだ。

 

 

 ああ、だが、残酷な表現をすれば……彼女たちは、強い(ウマソウル)ではない。

 その名の元となった魂たちは、アイネスフウジンと戦った朝日杯フューチュリティステークスにおいて好走を果たしたが、その後は重賞勝利もなく、クラシック期で他の優駿たちの陰に埋もれ、競走生活を終えるような、そんな魂で────────

 

 

 

 

 

 ────────知ったことか!!!

 

 

 

 

 ウマ娘である()が!!!

 

 

 目の前のライバル(仲間)に、負けたくないんだッ!!!!

 

 

 

「ぐ、がッ、あ、あああアアアアァァァァァァッッ!!!!」

 

 

「いィやあああァァァァァァァァァーーーッッ!!!!」

 

 

 

 最早叫び声は猿叫(さるたけ)に近い、魂の底……否、魂ではなく、己が腹の底から振り絞った大絶叫をあげて。

 今まさに覚醒し、ウィンキスをブチ抜くために加速したヴィクトールピストに、絶対に負けてたまるかと全身で叫んで。

 ウマ娘である限界を超える。

 

 

 ウマ娘が、人間ではなく、しかしれっきとした生物であるのならば。

 本能で走れ。

 獣となれ。

 

 

 

 ────────見せてやる。

 

 

 

 

 ────────これが、()()()()ってことだ。

 

 

 

 

 

 

「──!!……はああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

 

 そして、その2頭の獣に感化されるように、ゼロの領域に至ったヴィクトールピストもまた、更なる加速を果たす。

 末脚の限界に挑むようなその加速に、しかしマイルイルネルがその差を離さずぴったりと横に追走し、速度を上げた。

 サクラノササヤキは、まるで磁石が同じ極を向き、反発するかのようにその距離を埋めさせない。

 

 

 

 チームJAPANの3人が。

 

 ゼロに至り。

 

 諦めを捨てた獣に成り。

 

 世界最強に、その牙を突き立てる。

 

 

 

 

『残り200m!!ここで来た!!なんと二つ来たッ!!ヴィクトールピストとマイルイルネルが揃ってブチアガってきたーーーーーーっ!!!ウィンキスに並ぶぞ!?並ぶか!?サクラノササヤキもその速度を落とさない!!加速した!?ウィンキスも伸びている!伸びているが三傑がその独走を許さないッ!!泣きそうだッ!!残り100!!!ここで完全に横一線か!?並んだ!!4人が並んだッッ!!!行ってくれ日本!!!()()()()()ッッ!!!』

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 ────────見惚れて、しまった。

 

 

 一番外側を走る、己に並ぶ、3人の日本から来たウマ娘の走りに、見惚れてしまった。

 先程から、己の組み込んだ勝利の方程式が、エラーを吐き出し続けている。

 

 ヴィクトールピストの覚醒までは、まだ、なんとか式に組み込めた。

 

 だが、その先、サクラノササヤキもマイルイルネルも、明らかに限界を超えてきた。

 しかも、100%を超える120%、()()()()()()()()()()()()()()()()

 無限だ。

 無限に、その強さを増していく。

 

 それは、彼女たちがお互いに、負けるまいと力を振り絞っているから、なのか?

 サクラノササヤキとマイルイルネルに引き上げられるように、ヴィクトールピストも更なる加速を果たし。

 それに呼応するように、また二人も高みへと至り。

 無限に、己に肉薄してくる。

 

 

 ────────見惚れてしまった。

 

 

 ウィンキスが走ったこれまでのレースで、そんなウマ娘はいなかった。

 方程式が完成してから、己が常に一着を取り続け、最終直線で自分に追いすがるウマ娘はいなかった。

 いて、くれなかった。

 

 エラー。

 ウィンキスは、己の内から溢れる数式に当てはまらない感情に、エラーを見出し削除する。

 エラー。

 それは、どれほど削除を繰り返しても、止めどなく湧いてきた。

 エラー。

 方程式は最早ぐちゃぐちゃで、証明に至らない。イコールの先に結べない。

 エラー。

 わからない。判らなくなってしまった。

 エラー。

 自分の気持ちに、名前がつかない。

 エラー。

 エラー。

 エラー。

 エラー。

 エラー。

 エラー。

 

 

 方程式を削除。

 一度、己の思考を真っ白にフォーマット。

 

 真っ白になって、走り始めたころの己に戻る。

 

 そして、隣を走る彼女たちを見て、一番最初に湧いてきた感情を定義付けする。

 

 

 

 ────────ああ。

 

 

 ────────なるほど、これが。

 

 

 

 

 ─────────────『()()()()』。

 

 

 

 

 

 ウィンキスは、今、この瞬間に初めて、己がこれまでのレースで一度も抱かなかったその感情の名前を知った。

 勝ちたいという気持ち。

 ライバルに、負けたくないというこの気持ち。

 誰よりもウィンキスが強くあり過ぎたことで、ウマ娘ならば当然に持つはずのこの気持ちを、ようやく今日、初めて知ることが出来た。

 

 

 そして。

 

 それが、彼女が己の領域(ゾーン)に目覚めるための最後のピースだった。

 

 

 

 

 ────────【Forever Winning Run(誰よりも勝ちを重ねて)

 

 

 

 ()()5()m()

 

 

 

 

 

 

 

『───ッ今!!ゴーーーーーーーーーーーーールッッ!!!ゴール!!ゴールですっ!!!勝ったか!?勝ったか日本!?ほぼ完全な横並び!!横並びでしたっ!!!誰の勢いもよかった!!ほんの僅かにヴィクトールピストか!?わかりません!!確信が持てない!!とてつもないレースになりました!!間違いなく今大会ベストレースッ!!チームJAPANの3人と!世界最強のウマ娘が!!ドバイターフに伝説を刻みましたッ!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 ヴィクトールピストは、ゴールを駆け抜け、大歓声に包まれた瞬間に……己を、取り戻した。

 まるで夢のような最終直線。

 全力などと言う言葉では表せないほどの極限まで酷使した体は、意識を取り戻した瞬間に全身に極度の疲労が走り、肺は酸素を求めて収縮を繰り返す。

 

 

「─────う、っぇほ!!ごほっ、こほっ……!!……ッはぁーーーー!!はぁーーーー……!!」

 

 

 かつて、ベルモントステークスでファルコンが見せたそれ、ほどではない。

 ジャパンカップでアイネスが成った程度のそれで済んでいた。

 それは、ヴィクトールピストもまた体幹を磨き上げ鍛えぬいてきた脚を持っているからでもあり、距離が1800mと彼女たちに比べて短かったからでもあるだろう。

 何とか、倒れずにはすみそう、だった。

 

 だったのに。

 

 

「………うーーーー、わぁーーーー!!!」

 

「こんのぉ!」

 

「えっ………っきゃぁん!?」

 

 ゴール後、並んでクールダウンに入っていた左のサクラノササヤキと右のマイルイルネルから、思いっきり()()()()()()()()()()、ばちーん!!!と気持ちよい音をメイダンレース場に響かせてヴィクトールピストは倒れ伏した。

 しかもそのまま両隣の二人も倒れこんできて3人で川の字になるというそれだ。

 覚えてろよお前ら。

 

「………っはぁ!!っはぁー!!!………負けた!!!」

 

「ああ、負けた……!ウィンキスさんは離れてたからわからなかったけど……ヴィイちゃんには、負けたよ!クソっ!!」

 

「……あ、………私、どうなったの……?」

 

 勿論起き上がる力など残っているはずもなく、そのまま3人で息を必死に整えながら、先ほどのレースの勝敗について言葉を零す。

 ゼロの領域に至り、無意識の中にいたヴィクトールピストには分からなかったが、どうやら自分はこの二人には勝ったようだ。

 極限まで攻め込み競い合ったウマ娘には、たとえそれが僅かな差でも、勝敗は察する。どっちが勝ったか、分かってしまう。

 そして、サクラノササヤキとマイルイルネルは、少なくともヴィクトールピストには先着できなかったことを、その身で感じていた。

 

「……すごい走りだったよ、ヴィイちゃんは!!!何あれ、フェリスの先輩たちみたいな加速、して……!!」

 

「ズルいよ……あんな切り札、隠してたなんて……っふぅ……やるなら言ってよ……おかげで僕たちも、たぶん、3段くらい飛ばして限界、超えられた、けど……」

 

「え……ごめん、覚えてなくて…………はぁ、ふぅ………」

 

 二人が己の走りを褒めてくれるが、ヴィクトールピストにはいまいち実感がわかない。

 首だけ向けて掲示板の方を向いても、未だに上位4名の名前が示されるところは黒く染まったままだ。

 ただ、レコードを更新していることだけは、recordの英字が表示されていることで理解した。

 

 そして、そんな川の字の3人の元へ、もう一人激走を果たしたウマ娘が近づいてくる。

 ウィンキスだ。

 彼女は、あの凄まじい激走を経てゴールしたその後に、なんと。

 

 

 息が、乱れていなかった。

 

 

「………化物……」

 

「なんで……呼吸が整ってるんですか…あの人……」

 

『……ウィンキスさん………何か、私達に?』

 

『……いえ。ただ、どうしても、伝えたいことがあったので』

 

 3人の内英語が出来るヴィクトールピストが、ウィンキスに言葉をかける。

 ウィンキスもまた、そこに彼女らしからぬ感情の色を含んだ声で返した。

 

 ウィンキス自身も、己のスタミナに戸惑っていた。

 脚の負担を考えて途中まで100%で走らなかったのは事実ではあるが、それだって変に勘ぐらなければ、どのウマ娘も意識せずにやっていることだ。

 限界ギリギリまで毎回絞るようなレースは、本来は走ってはいけない。実力差があるのならばなおさらだ。

 

 そして、その上で当然、ウィンキスだって最終直線で振り絞って走っていた。

 途中から全身全霊の100%を繰り出したし、普通であれば己も息を切らせ、汗だくになっていておかしくない。これまでのレースだってそうだったのだ。レースでスタミナを使いきれないような走りはしない。

 

 だが、ゴール直前にウィンキスが目覚めた、彼女の領域(ゾーン)

 【Forever Winning Run(誰よりも勝ちを重ねて)】。

 それは、彼女が他の優駿と比較しても多くのレースを走り、そして勝利を重ねていたことによる魂の躍動。

 

 その効果は、最終直線を加速し続け、かつスタミナが一気に回復するという物だった。

 

 恐らく、あと500mは軽く走れてしまっただろう。

 ウィンキスは己が目覚めた領域の効果を実感しきれないままに、ゴールラインを越えることとなった。

 

 しかし、そんなウィンキスがしばらく悩んで浮かべた表情は、笑顔であった。

 普段は冷静沈着、無表情である彼女が見せる、心からの笑顔。

 

 このレースで得られたものが、本当に大きかった。

 

 

『ヴィクトールピスト。そして、サクラノササヤキ、マイルイルネル』

 

『……はい』

 

「呼んだ?今私の事呼びました??」

 

「……リスニングなら何とか。プリーズスロートーク……」

 

 笑顔を浮かべたままに、横たわる三人にかける言葉を決めて、ウィンキスは言葉を紡ぐ。

 マイルイルネルに乞われた通り、言葉をゆっくりと語り掛けるように、優しく。

 

 

 

『……とても、楽しい勝負でした。でも、覚悟の、準備を、しておいてください。今度は、私が──────日本に、貴方たちに、()()()()します』

 

 

 

 

 次の瞬間、大絶叫がメイダンレース場に生まれた。

 

 着順掲示板に、確定のランプがついたのだ。

 

 

 

 

 

 1着 ヴィクトールピスト

 2着 ウィンキス

 2着 サクラノササヤキ

 2着 マイルイルネル

 

 

 

 

 

 

 1着、ヴィクトールピスト。

 2着は同着が3名。チームJAPANの2名と、ウィンキスが。

 

 

 チームJAPANが、勝利した。

 

 

『……!!……勝った……勝った!私、勝った……!!』

 

『ええ、貴女の勝ちです、ヴィクトールピスト。そして、サクラノササヤキとマイルイルネルにも、私は勝っていない。私は初めて、悔しい、という感情を味わっています。……この甘美な疼きを、次は、貴方たち日本にプレゼント、します』

 

「何言ってるかわからないけど!!!とりあえず誇れる二着ーーーッッ!!!」

 

「ああ。次は負けないけど………でも、悪くないっ!!世界には並べたッッ!!」

 

 川の字になったまま、それぞれが身をよじって勝利の感動を味わうチームJAPAN。

 そんな彼女たちの様子に苦笑を零しつつも、ウィンキスもまた、味わい深い激戦の決着を反芻していた。

 

 

『さあ、ヴィクトールピスト。勝者がいつまでも寝ていてはいけません。貴女には……いいえ、貴女方には、勝ち誇る義務がある。手を』

 

 

 そしてようやく呼吸も落ち着いてきた頃に、ウィンキスに差し出された手を取って立ち上がるヴィクトールピスト。

 隣の二人も続けてなんとか立ち上がり、ウィンキスの促す先、向こう正面に向けて走り出す。

 

 1着のヴィクトールピストだけではなく、同着2位という奇跡を果たした二人も共にウイニングランに参加することを、観客の誰もが拒まなかった。

 当然の権利だと実感した。

 彼女たち、チームJAPANの起こした奇跡に、脳を焼かれていた。

 

 

「………ねぇ、どうする?」

 

「どうって、ねぇ?そりゃ、今回は3人でここに来ちゃったし?」

 

「ヴィイちゃんがいいなら、僕たちも交ぜてよ。みんなでこのレースを誇ろう」

 

 

 そうして、向こう正面にたどり着いた3人がスタンドに正面から向き合って、観客たちが一寸押し黙る。

 彼女たちが勝利を誇る姿を、待つ。

 

 

 軽い打合せを終えて、うんと頷き、そうして笑顔を見せた三人が取った行動。

 

 

 

 左手を腰に。

 

 右手を天に。

 

 そして、それぞれが指を1本、夜空に向けて。

 

 

 

 3本の、勝利を誇る人差し指。

 

 

 それは、チームJAPANの3連勝を勝ち誇る、雄弁なるメッセージとなった。

 

 

 大歓声と拍手に会場が沸き上がり、花火が上がって。

 

 ドバイターフの激戦は、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

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