「はい、立華さん!今日のお仕事終わったの!ゴミは裏の倉庫にまとめておいたから、ちゃんと指定の日に出してくださいね!」
「ああ、ありがとうアイネス。いつも助かるよ。そんじゃ飯の時間にしようか」
リビングでオニャンコポンと遊んでいた立華勝人が、割烹着で部屋に入ってくるアイネスフウジンに労りの言葉をかけた。
今日は週末、アイネスフウジンの家事代行のバイトの日であり、朝から家の掃除をしていたのだった。
そうして、午前中に掃除を終えれば、お昼を立華が作って振舞い、アイネスがゴチになる。
そんな関係が、数回目の勤務にして固定化されてきていた。
「前も言った通り、遠慮しないで食べていいからな。特にメイクデビューまでは色々大変だろうし。何なら持って帰るか?おにぎりにして」
「んふー、お言葉に甘えちゃうの!いつも悪いねぇ立華さんや」
「ネタが古いが?」
「もー、乗ってくれないと恥ずかしいの!」
オニャンコポンの相手を切り上げて、作っておいた料理を台所から持ってくる立華。
割烹着を脱いで畳み、手を洗って料理が出てくるのを待つアイネスフウジンは、満面の笑顔だ。
そもそも、このように立華が手料理を振舞うようになったのには理由がある。
『アイネス、君はこれから本格的に練習をするようになる。…つまりはその分、時間を割かれる。バイトについては…』
『うん、わかってるの。事前にいくつかのバイト先には話してるし、少しずつ減らしていくの』
『…すまんな、いろいろ関係ができてるところもあるだろうから全部とは言わない。ただ、平日はなるべく少なくしてくれると助かる』
『オッケーなの!…あー、でもそうなるとまぁ、ちょっと
『だよな。ただ…その分お金を貸す、とか言っても君は断るだろう。…だから、なんだ。金銭のやり取り以外の部分で、まず俺に全力でタカってくれ』
『…いいの?遠慮、しないけど?』
『ああ、飯はいくらでも奢るし、練習用品ならチーム費でもポケットマネーでもいくらでも出す。もちろん、フラッシュやファルコンにも同じように伝えるし、同じように奢る。そんな余計な負担は君にかけたくないんだ、大切な時期だからな』
『………わかったの!それじゃ、お言葉に甘えて…この借りは、レースの勝利で返すことにするの!』
『ああ、それが俺にとって最高のお返しだ。期待してるぜ』
そんなやりとりがあって、特に休日のアイネスフウジンが家事代行で働きに来るときは、必ず昼食を振舞うことにしていた。
時間があればその後練習用品などを一緒に買いに行ったりもする。チームの備品を買いそろえるほか、彼女が私的に使うシューズや蹄鉄なども買いそろえていた。
なぜなら金はあるのだ。
立華としては、愛バ達に使わなくてどこに使うんだって話である。
「今日は麻婆豆腐と青椒肉絲だ。中華で攻めてみました。豆腐と肉でタンパク質も考慮。サラダもちゃんと食べような」
「わー、今日も美味しそうなの!立華さん、料理上手だよねぇ」
テーブルに並べられる料理に、喉を鳴らして笑みを浮かべるアイネスフウジン。
最初のころは恐縮もあったが、何度も奢られれば、この境遇に慣れてしまった。
立華としては、大型犬を餌付けしている気分である。
その隣で子猫が猫缶を食べているのを見ると「俺の家ペット増えたな」と謎の思考が頭をもたげてくるのだった。
「いただきますっ!…んー、ウマいの!お代わり!!」
「早食いはよせーっ!」
ウマ娘用に作られた20合炊きの炊飯器から米を山盛りよそってアイネスに渡してやる。
この後おにぎりも作って、焼きおにぎりにして日持ちするようにして渡してやるつもりであった。
そうして暫く食事を楽しみ、お互いに綺麗にテーブル上の料理を平らげた。
「ごちそうさまなの!今日もありがと、立華さん」
「ああ。……なぁ、ところでアイネス」
「ん、なぁに?」
食器を片付け、二人でかちゃかちゃと洗い物をしながら、前から気になっていたことについて立華は問いかける。
「────────その、なんで俺のこと、家では名前で呼ぶんだ?」
「え?苗字だよね?」
「まぁ苗字だがそうじゃない」
「…名前で呼んでほしいの?」
「そうじゃない!ほら、他の子はトレーナーって呼んでくれるし、アイネスだって学園ではトレーナーって呼ぶだろ?…なんでここでだけ?」
そう、それが疑問だった。
フラッシュやファルコンと同じように、学園では「トレーナー」と自分のことを呼んでくれるアイネスフウジンだが、なぜか家事代行として家に来るときは、「立華さん」と名前で呼ぶのだ。
最初に家に訪れた時は雇用関係のほうが優先されていたのでそれもそうか、とは思っていたのだが…担当になったのだし、と。立華はその疑問をぶつけてみた。
「んー…なんていうか、あたしなりの区別?配慮?なの。ほら、一応あたし、家事代行として仕事の為に来ているわけじゃない?」
「そうだな」
「で、お給料も貰ってる。ごはんとかはまぁ、業務に対する報酬とは別の感謝の気持ちとして受け取れるけど…ここでさ、あたしがいつもみたいにトレーナー、って立華さんのことを呼んで、トレーナーと担当ウマ娘として接するとするじゃない?」
「…そうすると?」
「担当トレーナーの家にお金貰って毎週お掃除に行くウマ娘になっちゃって、それはヤバいの」
「あー…………なるほどなー………」
立華は、その理由に合点がいった。
確かに、トレーナーとして彼女と向き合っているつもりではあるし、アイネスフウジンもまたトレーナーとして自分のことは認めてくれているのだが、それはそれとして今の状況は雇用人とハウスキーパーの関係である。
金銭の絡んだ雇用契約でもあるため、ここに別の関係性であるトレーナーと担当ウマ娘という関係を含めると、それは若干の危険性を伴う。
なにせ金銭が発生しているのだ。これが金銭のやり取りが発生していない、エアグルーヴのような「お手伝い」で済むものならばよかったのだが、そうではない。
しっかりとした立場を組み立てないままにこれが外部に漏れれば、担当のウマ娘に金を払って休みのたびに家に呼び、掃除をさせているクソ野郎トレーナーの肩書を得てしまうこと請け合いである。
「ようやく理解したわ。なるほど、俺の考えが足りなかったみたいでした。これからもそれで頼む」
「わかってくれたならよかったの…立華さん♪」
「だからと言って耳元で囁かないで」
立華は事情を理解し、自分が思慮が浅かったことに反省して呼び方を改めることはやめた。
それはそれとしてふざけて耳元で囁いてくる愛バには、お仕置きとしてオニャンコポンをけしかけてやることにした。
いけっ!オニャンコポン!
アイネスフウジンの しっぽをふる!
オニャンコポンは メロメロに なっている!
役に立たない番猫だった!
「……ってかさ、思ったんだけど」
アイネスフウジンがオニャンコポンにしっぽを振って遊んでいるところに、立華は一つ思い立って提案する。
「呼び方がまずいっていうのは、家事代行のバイトしてるからだろ?この仕事も、ある程度レースに勝って金銭的な余裕が出てきたら辞めればいいんじゃないか?俺んちが初めての勤務先ってんなら元請け業者にも迷惑は掛からないだろうし、俺は別の人雇うし─────」
アイネスフウジンの ふぶき!
タチバナは こおりついた!
「……あ、ごめんね立華さん。オニャンコポンと遊んでて、
「アイネス、君がいつも俺の家を掃除してくれて本当に助かってるよ!これからもよろしく頼むな!トゥインクルシリーズを駆け抜けるくらいまではずっとお願いしたいな!」
「ん、もちろんなの♪」
この大型犬には、家事代行の仕事に謎の執着があるらしい。
ウマ娘の尻尾をわざわざ踏みに行く必要はない。
立華は、努めて冷静に
アイネスフウジンのヒミツ①
実は、クソボケトレーナーの家になんやかんや理由をつけて私物を増やしていくのが楽しい。