ドバイ3戦目を終えて、4戦目を控えるチームJAPANの控室内。
既に走り終えたウマ娘達や、そのチームトレーナー達が、つい今しがたドバイターフの激闘を終えた3人の脚に処置を行っていた。
「……一先ず骨折はなさそうで安心したぜ。あれだけの走りだったからな……フェブラリーステークスが頭によぎったが、何とか耐えたな……」
「3人とも、限界を超えた走りだったことは間違いありません。今はしっかりとアイシングを受けて、動かさない様に。この後のライブにもちゃんと送り出さなければ」
沖野先輩と南坂先輩が、控室内の簡易ベッドに横たわる3人の脚を触診し、大きな怪我がなかったことを喜んだ。
今はスズカがヴィクトールピストの脚を、ネイチャがササイルの脚をアイシングしている。初咲さんもそこに加わり手伝う形だ。
アイネスとウララについては短距離レースであったこともあり、脚の負担は軽かったので道具出しなどを手伝ってくれている。
3人の果てしない激走。
間違いなく、革命世代であることを雄弁に語る走りだった。
すっかりと俺も脳を焼かれてしまっている。最高のレースを見られたことに感謝さえ感じた。
だからこそ、俺からもわずかばかりのプレゼントを贈ってやらねばならない。
「先輩方。……ドバイワールドカップのレースが終わったら、3人とも、俺の方で脚を補助するテーピングしますからね。あれだけの勝利です。踊らせてやれないのは余りにも可哀そうだ」
「ん、ああ……スズカが言ってたな、ベルモントステークスのファルコンが踊れるようになったっていうアレか?効果すげぇらしいな……助かる、立華君」
「以前より、テーピングの噂は聞いていましたからね。勉強させていただきます」
俺は彼女らのトレーナー2人に向けて、秘伝技術であるテーピングを用いて彼女たちをライブに参加させてあげたい事を伝え、快諾を得た。
あの技術は、しっかりとした医療知識や、ウマ娘の肉体の知識があって初めて巻けるようになるそれだ。巻き方を公表していなかったのは、素人が判断しそれをやるとむしろ悪影響を与える可能性があるからだ。最低でも、中央のトレーナー資格を有していなければ習得は難しい。
だが、この二人であれば……いや、今ここにいるトレーナー達であれば、その技術を公にしてもいいだろう。彼らは信頼できる。きっと、真剣に巻き方を覚えてくれるはずだ。
「……よし、そんじゃ次はドバイシーマクラシック、だな。フラッシュ、準備はどうだ?」
「はい。それなりに緊張は大きいですが、脚は問題ありません。先ほどオニャンコポンもキメられましたし、ある程度は落ち着けています」
「……ライアンさんも、いかがですか?オニャンコポンさんを吸うのは」
「………むふー………ん、すごく、いいですね……なるほど、これはキマる……ウチのチームでも猫飼いたくなりますね……」
3人の処置が進むが、俺達チームJAPANには次のレースも控えている。
俺と小内先輩は、次の勝負に挑む二人、フラッシュとライアンに声をかける。先ほどまではフラッシュがオニャンコポンを吸っていたが、今はライアンに交代していた。
ライアンもまたオニャンコポンの魔性のふわふわボディに夢中になっていた。やはりオニャンコポンは猫吸いにて最強。俺のオニャンコポンが世界で最もウマ娘を勝たせた猫として伝説に刻まれる日も近いだろう。
さて、しかしてオニャンコポンをキメた二人が顔を上げ、もう少しで始まるレースに気持ちを向けるのだが。
「………ふ、ぅ」
「……うん、やっぱり緊張は、あるね」
そこには、緊張の色があった。これまでに走ったウマ娘達よりも大きなそれが窺えた。
当然と言えるだろう。
なにせ、俺たちチームJAPANはこのドバイワールドカップミーティングにおいてGⅠを三連勝しているのだ。
この流れ。勿論前向きに向かえばすさまじい力を発揮するものだが、同時に勝利へのプレッシャーも加わる。
そのプレッシャーが、彼女たちの緊張を生み、心拍数を高める要因となっていた。
だが、問題ない。
俺達トレーナーが、君達にはついているんだから。
君達をベストの状態でレース場まで送り届けるのが、俺たちの使命なのだから。
「……ライアンさん」
「ん、はい……小内トレーナー」
まず小内先輩が、ライアンの緊張を解くために優しい声色で声をかけた。
大きな体に隈の残る目を持つ彼は、その厳つい外見で初見のウマ娘に時々怖がられることもあるが、そのウマ娘の事を想う優しい心持は俺も見習いたいと思うほどだ。
まっすぐにウマ娘の事を想い、信じる彼だからこそ。今のライアンに適切なリラックスを促せる。
「……
「…!いいんですね?レース前です、アタシ、手加減できませんよ?」
「望むところです。担当するウマ娘の全力を受けられなければトレーナーたりえません。……手を」
小内先輩はそうしてライアンを誘い、両手をずい、と前に出した。プロレスラーなどが良くやる構え、と言えばイメージが付きやすいだろうか。
その大きな手を、ライアンが腕を伸ばし、女性らしい小さな手でしっかりと指と指を絡めるようにして握る。
お互いに腰を軽く落とし、小内先輩が上から力を籠め、ライアンが押し上げるように下から力を籠め始める。
「………っ、!!」
「……くっ、流石、小内トレーナー……!!相変らず、すごい重さ…っ!!」
みし、と空気が鳴る様な錯覚を生むほどの力のぶつかり合いがそこに在った。
人間とウマ娘だ。当然、筋力としてはライアンの方がはるかに優れている。
そもそも彼女はウマ娘の中ではかなり筋肉を鍛えている娘で、そこには覆せない種族の差があるはずだった。
しかし、小内先輩はそれを体格の差と、鍛え上げた己が全身の筋肉の躍動で、受け止めていた。
体の厚みが倍になったかのような筋肉の隆起を見せ、ライアンの力を必死に受け止めていた。
凄まじい光景だ。
恐らく俺には、いや彼以外のトレーナーでは一生できないであろう、ライアンの筋肉の緊張をほぐすためのそれ。
筋肉の緊張をほぐすためには、一度ぐっと力を籠めて、一気に力を抜くのが良いとされている。「筋弛緩法」と呼ばれるリラックス方法だ。
もし興味のある方は試してみてほしい。例えば寝る前、体の各部位の筋肉、顔や両腕、肩、背中、お腹、脚、と筋肉にぎゅっと10秒ほど力を籠めて、一気に脱力。これを全身の部位でルーチンし、最後は全身に力を入れてみて脱力すると、驚くほど体がリラックスするのだ。安眠を迎えられるだろう。*1
そして、その全身の筋肉の緊張を、トレーナーである彼の体が受け止め、成したのだ。
これほどウマ娘にとってテンションの上がるリラックス方法はないだろう。
先程まで緊張の顔色を見せていたライアンも、これをやりはじめてからは子供のような楽しそうな笑顔を見せていた。
そして、15秒ほどの手四つが終わりを迎える。
「……2……1……0、です」
「……っふぁー!!脱力ぅ~……うん、全身の筋肉、良い感じに解れました!!有難う、小内トレーナー!トレーナーの方の体は大丈夫でしたか?その、お顔が7色に光っていますが」
「鍛えていますので全く問題ありません。ライアンさんがリラックスし、勝負に挑めることが何よりも大切ですからね」
僅かにずれた眼鏡をくいっと元の位置に戻し、小内先輩がぎこちない笑顔をライアンに向ける。
ウマ娘と力比べをしたというのに、その顔色は一切変わらず……いや7色には光っているのだが。汗ひとつない冷静な表情を浮かべたままであった。
だが俺は知っている。あの色の光り方は、全身が極度の疲労状態にある時の光り方だ。
かつて俺もタキオンのモルモットだったから理解る。小内先輩は、ライアンをリラックスさせたいという想いを成すために、己の筋肉を犠牲にした。明日から筋肉痛がひどくなることだろう。
しかしそんなことは一切表に出さない小内先輩。やる事の突飛さも、その想いの強さも、まさしく中央トレーナーの鑑だ。
俺も見習わなければ。
愛バのために、俺が出来ることなら、なんでもやってやらなければ。
『……トレーナーさん』
『ん、フラッシュ……俺達もあれ、やるかい?』
『怒りますよ?……いえ、力で貴方を屈服させるのも興味がないわけではないので、日本に戻ったらやりましょう』
『やるんだ……』
そんな光景を見ていたフラッシュが、ドイツ語で俺に言葉を投げかけてくる。
軽い冗談を零したら藪蛇を踏んだ俺だが、しかし当然にして、俺だって彼女の緊張をほぐすために何でもやる次第である。
今日の彼女のおねだりは何だろうか。いつもの親愛の言葉を囁く形が良いか?
この部屋の中で、ドイツ語が分かるのは誰も……ああいや南坂先輩が理解できるかもしれないが、まぁあの人は口出ししないだろう。二人だけの秘密である。
何でもおねだりをしてくれ、フラッシュ。俺は君を最高の状態にしてあげたい。
『……そうですね。今回は、少し、距離を縮めてほしいです』
『距離?』
『ええ。これまでは、パートナーの距離感で言葉をかけていただいておりましたが……もう少し、距離を縮めたいです。私と貴方は、共にお互いしか知らないことを知っている、唯一無二の存在ですから』
『っ……ああ、なるほどな。確かにそうだ……他のチームメイトや、SSもいるが……俺と、君が、特別な関係であるということは、間違いのない事実だもんな』
『ですよね?ですから……そう、家族のように。接してほしいと、考えています』
家族。
そのように接してほしいというお願いがフラッシュから零された。
家族か。それくらいお安い御用だ。そもそも俺は自分が担当するウマ娘を家族のように想っている。
それはこれまでの世界線で二人三脚していた時もそうだったし、こうしてチームを率いていてもそうだ。
SSが長姉、フラッシュファルコンアイネスが三つ子の次姉、キタが末妹みたいなもんか。
随分と妹が増えてしまったものだ。流石にこの歳で子供には見れないしな。可愛い妹たちだぜ。
だからこそ、俺はこう答えた。
『家族ね。オッケー、全然問題ないよ』
俺のその言葉に、ふふっと策士の笑みをフラッシュが見せた気がする。
なんだろう。そんなに嬉しい一言だったのかな?
『有難うございます。では………』
その言葉と共にフラッシュが椅子から立ち上がり、俺の前にやってくる。近づいてくる。
お互いの距離は50cmほどになった。かなりの至近距離の位置まで、彼女は俺に近づいて、そして。
『……家族に向けた、ドイツの挨拶を私にしてください』
彼女の真のおねだりがやってきた。
なるほどね?
確かに、ドイツの文化は日本に比べてボディランゲージの色が強い。
彼女が以前、選抜レースの後にご両親としていたように、家族などの深い関係の間柄では、会った時の挨拶は熱烈なボディランゲージを用いることがある。
日本人が見れば、そこに赤面してしまいそうなほどのそれなのだ。
それを、このチームJAPANのみんなが見ているここでやってほしいと。
そういうことか。
俺は一寸だけ悩む。
悩んで、すぐに答えは出た。
やらない理由がない。
彼女にとっては、ただの祖国の挨拶なのだから。
何を恥ずかしがることがあろうか。それで彼女が絶好調を迎えてくれるのならば、俺に一切のためらいはない。
『……了解。家族である君に、親愛を籠めて』
『……っ』
俺はフラッシュの肩に両手を乗せる。
俺の手と、勝負服を着ているフラッシュの露わになったその肩の柔肌が触れ、お互いの体温がお互いに伝わる。彼女がくすぐったそうに息を漏らした。
そうして、彼女の顔に向けて、俺の顔をゆっくり近づけていく。
周囲が、息を呑むような音が聞こえたが関係ない。
俺は彼女を心から想っているからこそ、そこに躊躇いはない。
彼女の頬に、俺の頬を触れ合わせて。
チュ、と空中で音を出す
これでいいはずだ。
ドイツやフランスなど欧州各国では、親密な相手との挨拶に、ほっぺたへのキス、もしくはビズを行う。
民族的な文化で、そこには何の恥じらいもない。
流石に教え子のほっぺたにキスを仕掛けるわけには行かないので、頬どうしを触れ合わせながらのビズで済ませた。
俺は彼女の肩に手を置いたまま、顔を離していき、そうして彼女の表情を見る。
そこには、蕩ける様な表情を見せつつも、しかしどこか残念そうな雰囲気を見せる彼女の姿があった。
ん。ベストコンディションの時に見せる表情は出来ているんだが、何か足りなかったかな?
なにせこちらは初めてだったんだ。流石にこんなあいさつは1000年の時の中でもやったことはない。慣れてないからな。不満点があったら許してほしい、改善するから。
『……いえ、いえ。堪能させていただきました。これからは毎回、これでお願いいたします』
『そう?君が喜んでくれたのならよかったよ』
しかしその不満げな雰囲気とは裏腹に、彼女は喜んでくれていたようだった。
ううん、乙女心と言うものはよくわからない。1000年たってもわからないのだから本当にこの部分は謎である。
さて、そうして彼女の肩からも手を離し、彼女のおでこに指をあてる。
忘れてはいけない。おねだりの後に、必ず俺達が行うこの大切なおまじないを。
『………toi.toi.toi。……フラッシュ、君が、君らしく走ってきてくれ。ゴール前で、待っている』
『はい。……必ず、誇りある勝利を』
このおまじないをもって、フラッシュの緊張は完全に解れたようだ。
蕩ける様なリラックスした表情の上に、レースに向けた高揚も加味して。魂が打ち震える様な、戦意溢れる笑顔を見せてくれた。
完璧だ。今日の彼女は、黒き閃光となってドバイの夜を彩ることだろう。
「……これでフラッシュちゃんが負けたら流石にキレていいよね?」
「いいと思うなー☆部屋でハサミギロチン*2かけちゃおうね☆」
「いや、別に普通じゃねェか?アメリカでもパーティならあんくらいするぞ?」
「えっ……じゃ、じゃあサンデートレーナーから今度私にしてみてもらっていいです……!?」
控室の遠くで何やら俺のチームのウマ娘達がひそひそ話してんな。遠くて小声だからよく聞こえないけど。
きっとフラッシュへの激励の言葉だろうな。多分そうだ。下手に声をかけると雰囲気を乱すから遠くから応援してくれているのだろう。優しい子達である。
なぜかその後控室内に盛大にため息が生まれたが、俺には理由は分からなかった。
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さて、そんなことをしているうちにゲート前に集合する時間が迫ってきた。
「……時間ですね。行きましょうか、ライアンさん」
「うん。いい感じに筋肉も、メンタルもリラックスできたよ。これくらいの雰囲気がいいよね、チームJAPANは。何かいつも通りって感じ」
笑顔を見せる余裕も生まれてきた二人が、改めてレース場に向かうために控室を出ようとする。
椅子から立ち上がり……そして、勿論、すぐに扉に向かうのではなく、脚は別の方を向いた。
簡易ベッドに横になり、脚の処置を受けている3人の方へと。
「……フラッシュ先輩、ライアン先輩。信じていますからね」
「最強の二人が、世界をズドバン!!とぶち抜くのを、控室のモニターで見て応援してますから!!!」
「今、すごく安心していますよ……お二人なら。そして、その後に続くファルコン先輩なら……絶対に、勝ってくれるって信じられますからね」
「はい。皆さんの走りに、私も脚が疼いています。私の走りを、見守っていてくださいね」
「アタシも随分と活を入れられたよ……勝って来るよ。世界にも、ブロワイエにも、フラッシュちゃんにもね」
上半身だけベッドから起こした3人が、これから走る2人へ激励の言葉をかける。
そして、かけるのは言葉だけではない。託すものがあった。
これまでに、チームJAPANが託してきた大切なものを。
ヴィクトールピストが手を伸ばし、ベッド横の机に手を置いた。
そこから一瞬、逡巡した二人であったが、5人で目線を交わすことで会話し、意思疎通を終え、サクラノササヤキ、マイルイルネルもベッドから降りて、ヴィクトールピストの手に重ねるように手を乗せる。
そこに、一位か二位か、などという縛りはない。世界に勝った彼女たち全員が繋いだ勝利のバトンだ。
それを、フラッシュとライアンに継がなければならない。
3人の手が重ねられたそこに、ライアンが両手で半面を包み、意志を受け取る。
フラッシュは机の傍に片膝をつき、
バトンは繋がれた。
「……有難うございます、3人とも。誇りあるレースを誓います」
「見ててね。チームJAPANの想いを背負った、アタシの全力を!」
大切な約束を、誓いを胸に。
2人はレース場に繋がる道へと、歩みを進めていった。
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エイシンフラッシュとメジロライアンが、通路を抜け、ゲート前に現れる。
二人の姿がターフに見えた瞬間に、観客席から大歓声が贈られる。
世界の祭典であるこのレースにおいてはすさまじい現象であろう。
それほどに期待されているのだ。チームJAPANの覇道を。5連勝の奇跡を。夢の物語を。
しかし、それは反面、本来ならばレースではありえない、一つの変化を生んだ。
「─────っ。成程……そうですよね、こうなることは自明の理でした」
「だ、ね。アイネスと、可愛い後輩たちが頑張ってくれたからこそ……こうなる、よね」
ゲート前に集まる、世界各国のウマ娘達。
その敵意が。
絶対にお前には負けないと言わんばかりの圧が、チームJAPANの
最早彼女たち世界のウマ娘にとっては、日本にこれ以上の連勝を重ねられることは恥となる。
何としても止めなければならなかった。日本の革命を。
勝ち続ければ、周り全てが敵になる。
このドバイシーマクラシックにおいて、初戦と二戦目のような油断は無く、三戦目のように世界最強の存在もない今回のレースでは、全ウマ娘のマーク対象はチームJAPANの二人に向けられていた。
無論、こうなるであろうことはエイシンフラッシュとメジロライアンの中では腑に落ちている。
逆の立場ならば当たり前に自分達もこうなるだろう。
アイネスフウジンと、可愛い後輩たちが繋いでくれた勝利のバトンの代償、その重圧を。
しかし、二人は過不足なく受け止め、それでも前を向いていた。
『……ふふ。やはり、こうなっていたか。懐かしいな……』
『……!ブロワイエさん……』
『………ブロワイエ。貴方も、過去にこのような状況になったことが?』
そんな二人の後ろから続くように出てきたウマ娘がいた。
本日朝の時点では世界一番人気。しかし、今このレース直前においてはエイシンフラッシュに人気順を逆転された、フランスのブロワイエだ。
彼女は、日本の二人が明らかに周りのウマ娘からマークを受けている様子を見て、昔を懐かしむ様に微笑みを浮かべ、英語で二人に言葉をかけてきた。
フラッシュも、勿論メジロ家であるライアンも英語は堪能だ。問題なくその意を汲み取り、そしてその内容に触れる。
かつて、彼女も同じような状態になったことがある、と言う話。
しかし、ライアンが問いかけたその内容には、ブロワイエは苦笑と共に、ぎらついた瞳で答えを返した。
『ふふ……酷いことを言うものだ。私がかつて、同じように他の走者全員から、敵意を……リベンジするという想いを向けられたレースがあった。私にとって初めての海外戦だった……ここまで言えば、分かるかな?』
『……っ、なるほど。
『凱旋門で、エルちゃんが貴女に負けましたからね。確かに、そうか……あの時、貴女は日本のウマ娘からも、外国のウマ娘からも、全員からマークを受けていた……』
『ああ。あのレースでは見事にやられたよ……スペシャルウィークは息災かい?いつかまた、彼女とも走ってみたいな。……ただ、まぁ。今日は私がリベンジする番だ、日本に。たとえこのような環境にあっても、君達日本のウマ娘の力が削がれるとは考えない。私も一切の手加減をすることはないだろう。今日の私は───
その言葉を切り口として、ブロワイエから迸るほどの圧が漏れる。
最早そこに優雅さはない。ただひたすらに研ぎ澄ました殺意にも似た、真っすぐな復讐心。
それを、日本流に表せば、ああ、こう表現できるだろう。
────────鬼を宿してきた。
『………ええ。そんな、貴女だからこそ。私達が挑むに値します』
『アタシも。かつて日本は貴女に土をつけたけど、アタシたちはまだ世界に勝ったわけじゃない。だからこそ、勝ちに行く……負けない』
しかし、そんな鬼を宿した様子のブロワイエに相対しても、日本の二人は動じなかった。
鬼ならば、既に何度も身近なそれを見てきている。
そして、その執念が持つ恐ろしさも理解している。
だからといって、怖気づくような
相手が強敵であればあるほど。
レースが過酷であればあるほど。
咲き誇る様に、燃え上がる。
『……いいレースにしよう、などという言葉は無粋だな。後は走りで語るとしよう』
『ええ。結果こそが、私達の想いを証明する果ての答えであれば』
『後はただ走るだけ。アタシは貴方にも、フラッシュちゃんにも、世界にも勝つ。結果で証明する』
最後に視殺戦による一瞥を互いに交わし終えた3人。
この会話で、3人とも……今度こそ完全に、コンディションは整ったと言えるだろう。
世界最高峰のレースで。
最大に仕上げた状態で。
最強のライバルと戦う。
震えるような魂の熱が、3人の心の内に生まれた。
そしてゲート入りの時間となり、次々とウマ娘達がゲートに収まっていく。
もう間もなく始まるのだ。
ドバイワールドカップミーティング、そのラスト2。
2410m、芝の高速バ場、その最強を決める戦いが。
『────ゆっくりと、一人ずつウマ娘がゲートに入っていきます。エイシンフラッシュは、メジロライアンは勝つことが出来るのか!このドバイにて、チームJAPANの連勝を!!革命の火を絶やさぬ走りを期待したいっ!!……各ウマ娘ゲートイン完了!!ドバイシーマクラシック………スタートですッ!!!』