【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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164 ドバイシーマクラシック 後編

 

 

 

 少しだけ、領域(ゾーン)の効果とその特性について解説を挟ませていただきたい。

 

 

 領域(ゾーン)。これまでのレースでも優駿達が見せた、ウマ娘達が過集中状態や、それに近い心理状況で目覚める、物理現象をも超える不可思議な力。

 これには様々な種類がある。

 

 まず、優駿が最初に目覚める【第一領域】。ウマ娘が持つ魂の可能性を表すもの。一般的に領域(ゾーン)と言われるものはおおよそこれである。

 

 次に、【第二領域】と呼ばれるもの。ウマ娘の魂が持つ別の可能性が顕現し、目覚めるモノだ。先般の有マ記念が記憶に新しいだろう。また、スマートファルコンなども芝の上、砂の上で使い分けているが、第二領域に目覚めている。

 

 3つ目に、【ゼロの領域】だ。この領域については、これまでにサンデーサイレンスが解説したことと、目覚めの描写が全てである。これは極めて稀な領域であり、特殊な条件が重ならないと突入し得ないものとなる。

 

 4つ目に、今メジロライアンが目覚めたような、【進化した領域】だ。領域それそのものが成長し進化することもある。ナイスネイチャやエアグルーヴ、ウイニングチケットなどの第一領域が、進化した領域のそれと言えるだろう。

 また、アイネスフウジンの【零式・風神乱気流】やヴィクトールピストの【届ける祈り、叶える夢】はゼロの領域と進化した領域の両方の特性を持っていると言える。

 

 

 さて、ここで説明をしたかったのは【第二領域】についてだ。

 

 

 第二領域。

 歴史に刻まれるようなウマ娘が稀に目覚める、魂の別の可能性が生み出す新たなる領域。

 世界線が違えば、この第二領域が第一領域として目覚めるケースも存在する。

 第二領域は第一領域とは別のものとなるため、条件は厳しいがうまく使いこなせれば一つのレースで第一領域と第二領域、二つを繰り出すこともできる。

 有マ記念でそれを見せたウマ娘も多い。また、この世界線ではシンボリルドルフなどは既に第二領域も使いこなして走る事が出来ている。

 

 しかし、第二領域の存在は、ウマ娘の絶対の勝利を約束するものではない。

 先の有マ記念でも結果としては第二領域に目覚めたヴィクトールピストが勝利したが、しかし他のウマ娘と大差がついていたというわけではなかった。

 

 それはなぜか?

 

 

 答えは、第二領域として目覚めた領域には、()()()()()()という特性があるからだ。

 

 本来、第一領域で目覚めた時の領域の効果量を()()とすれば、第二領域は()()()()程度の力しか生まれていなかった。

 

 これには理由がある。

 領域は、ウマ娘の魂から生まれる不可思議な力であるがゆえに。

 基本的には、1人のウマ娘に1つの(ウマソウル)があり、その魂自体が目覚める第一領域の効果は十全に発揮されるが、別側面の可能性として生まれた第二領域は、効果が薄れてしまうのだ。

 この世界線のスマートファルコンのように、適性の薄い芝の上を走っていたことで、本来は第二領域に当たる【キラキラ☆STARDOM】が先に目覚め、本来の第一領域である【砂塵の王】が後から目覚めるようなこともあるが、しかし魂に合致した第一領域の方が効果が高いというのは彼女の走りを見てもわかるだろう。

 ()()のスキルとしてウマ娘が持ち得る領域は一つで、新たに第二領域に目覚めたとしても元々その世界線で持っている()()スキルには及ばない、と説明させていただいたほうが理解が得られやすいだろうか。

 

 尤も、この事実についてはどのウマ娘も知らないままに第二領域を使っている。

 当然だ。その世界線で目覚めた第二領域と、別の世界線で第一領域として目覚めた場合の効果量など比較することはできないのだから。

 領域それぞれに効果の違いがあり、また、それを使うウマ娘の実力も個々に差がある。純粋な領域の比較など、出来るはずもない。

 それを比較できるのは、世界線を超える理外の存在である立華勝人のみであり、彼はその事実を感覚として理解はしているが、誰にも伝えることはなかった。

 

 

 第一領域に比べて、魂の別側面の可能性として生み出された第二領域は、効果が落ちる。

 これは、ウマ娘であるならば必然の理。

 ウマ娘は、一人につき、一つの(ウマソウル)しかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────だがここに()()が存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人のウマ娘に、二つの魂を持つ存在。

 

 エイシンフラッシュが、この世界線には存在していた。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(────────)

 

 

 エイシンフラッシュは、極限の集中状態にあった。

 レースが始まり、周囲から向けられる牽制を堪えに堪え、己の走りにのみ徹し、集中を乱すことはなかった。

 己が考えている戦略をとるために、必須である集中力を切らしたくなかった。

 そのため、普段見せていた周りへの牽制も抑えた。

 位置取りも、無理に上がることはせず、バ群についていく程度に留め、脚も溜めていた。

 

 

(────────)

 

 

 深い集中が必要だった。

 有マ記念で目覚めた、第二領域。それを、第一領域を併せて使うためには、今はまだ深い集中力を必要としていた。

 それに至るために、ここまで、まったくと言っていいほど牙を見せなかった。

 ペースを乱さず、心の水面は欠片も波紋を生まず、明鏡止水の境地に在らねば、二重の領域の突入は難しかった。

 

 

(────────)

 

 

 だが、確信があった。

 

 

 二つの領域に入れれば()()()()()

 

 

 それは、有マ記念で第二領域に目覚め、そして前の世界線の記憶も取り戻したエイシンフラッシュのみが得る、確信。

 想い出と共に生まれた、前の世界線で己が使いこなしていた領域の力を得た彼女が信じる、己の爆発力。

 それを、このレースで過不足なく果たすために、集中が必要だった。

 

 

(────────)

 

 

 コーナーの出口が近づいてくる。

 既に、己のライバルたるメジロライアンと、最強の刺客たるブロワイエは最終直線に臨んでいる。

 二人とも領域を存分に発動し、己とは1()0()()()以上は差がついているだろうか。

 すでに最後方と表現してもいい位置取りに、自分はなってしまっている。

 

 だが関係ない。

 最後方から差し穿つ閃光の末脚が、己の武器である故に。

 ()()()()()()()()()()()()()()であるがゆえに。

 

 

(────────)

 

 

 コーナー出口が見えてきた。

 残り600m。

 ラスト3ハロン。

 

 

 私が、世界を革命する距離。

 

 

 光の道が、己の前に現れる。

 それは、これまでにも見えていた第一領域のそれに重なる様に、桜色の光を生んで。

 その光に、優しく温かい、懐かしい香りを思い出し、ふ、とエイシンフラッシュが微笑んだ。 

 

 

 

「────────gehen(行きます)

 

 

 

 呟くように言の葉を零し。

 

 

 

 ────────【Schwarze Schwert】×【Guten Appetit Mit Kirschblüten】

 

 

 

 10の力を生む第一領域と。

 

 1()0()()()()()()第二領域に、同時に突入した。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『───────は?』

 

 

 思わずつぶやいてしまったウマ娘がいた。

 最終直線を残すところのコーナー出口で、そのウマ娘は差し集団の位置から先頭を狙い、加速を始めるところだった。

 自分の領域は残り300mから放つタイプで、そこに至るまでに前の二人、メジロライアンとブロワイエとの距離を少しでも埋めなければならず。

 だからこそ加速を果たすために脚に力を入れ、飛び出したところで。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 シニア級で2年目を迎える彼女の、世界でも高レベルなレースを繰り返し経験してきた彼女の、常識の外からそのウマ娘はやってきた。

 ドバイの夜に生まれる幽霊か何かかとすら思った。

 黒い閃光が、桜色の光を携え、己の傍を掠めていった。

 

 ()()()()

 2000m近く走ってきたウマ娘が出していい速度ではない。

 そんな閃光が、加速しているはずの己の横を、圧倒的な速度差でぶち抜いていった。

 

 目で追えない。

 常識が邪魔をする。

 通常、この位置からアガってくるウマ娘の速度の限界を超えた閃光は、そのウマ娘の目に残像が残るかのような幻影を生んだ。

 

 

 エイシンフラッシュが、桃色の光を纏った一筋の閃光となり、最終直線に向かい解き放たれた。

 

 

 

『あっ、ヤバ……!?ちょっ……!!』

 

 しかし、そんな彼女のアガっていく道の先、さらに別のウマ娘が存在した。

 いわゆる、垂れウマというそれだ。

 このウマ娘は逃げの作戦を取りコーナー中盤までは先頭を維持していたが、後続からくるメジロライアンとブロワイエの圧にやられ、末脚を削られ、ずるずると位置取りを落としてしまっていた。

 そんな彼女が、エイシンフラッシュの進路上に位置する。

 その事を、背後から迫る足音で察していた。

 

 決して、日本のウマ娘に強い害意があるわけではなかった。

 勿論レースではあるため、中盤までのチームJAPANへの牽制などはこのウマ娘も参加していたが、しかし己が先頭の二人に敵わぬと感じてしまった今、後続からアガってくるエイシンフラッシュを潰すためだけに壁になる理由はなかった。

 どちらかと言えば正々堂々、牽制だってまっすぐに実施する彼女としては、力尽きて垂れることでフラッシュの進路を阻害してしまう事に罪悪感すらあった。

 

(わー、ごめん!でも今から進路変えられないし、これもレースの常ってことで許して…!!)

 

 ああ、きっとエイシンフラッシュは自分を避けるために、減速して進路を変える必要があるだろう。

 自分から避けてやってもいいのだが、それでさらに進路が被ってしまったら黙阿弥だ。自分は自然なままに落ちるしかなく、それを加速するエイシンフラッシュが回避してくれることを祈るのみだ。

 接触はしないと思うが、しかしここから加速して行くエイシンフラッシュの末脚に水を差してしまったことに彼女が申し訳なさを感じていると、目の前にエイシンフラッシュが現れた。

 

 もう一度言う。

 そのウマ娘の目の前に、エイシンフラッシュが突如として現れた。

 

『は?………え、はっ……?』

 

 信じられない物を見た。

 いや、見たのだが、見えなかった。

 何が起きたのかわからず、ただ、ぽかんと口を開けてしまった。

 己の体をまるですり抜けて来たかのように、ただ急に目の前にエイシンフラッシュが現れたのだとしか思えなかった。

 その後も走る脚は緩めずに疲労の中ゴールまで回し続けていたが、そのウマ娘は最後までこの一瞬の攻防が信じられない現象として脳裏に残り続けていた。

 

 エイシンフラッシュがやったことは至ってシンプルな行動。

 

 目の前の垂れウマを回避しなければならない。

 先頭を穿つために速度は落としてはならない。

 

 だから、無減速(ノンストップ)でのクロスステップを繰り出した。

 まるでレーンに描く魔術師のようなその光速のクロスステップは、加速を一切削ぐことはなく目の前のウマ娘を2歩で抜き去った。

 覚醒せしめし閃光の軌道は一直線の筋ではない。

 稲妻のような軌道を描き、なお更なる加速を果たす。

 

 

 効果を十全に発揮する二つの領域の同時発動。

 

 瞬間の超加速を生む領域と、ゴールまで加速し続ける領域の相乗効果。

 

 在り得ない奇跡を描いたその閃光は、止まらない。

 

 

 

『なっ────なんと減速せずに目の前のウマ娘を追い抜きましたエイシンフラッシュ!?あわや前が壁かと思われましたが何だこれは!?速すぎる!?!?速すぎるぞ!?!?これは本当に2400mのレースなのかッ!?!?見る見るうちに先頭を走るメジロライアンと!!ブロワイエとの距離が詰まって行く!!詰まって行くッ!!まだ加速するッ!!もはや言葉になりません!!あと300m!!!日本の4連勝となるか!?』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「やはり来たかフラッシュちゃん────────ッ!!!」

 

『待っていたとも……君をッ!!!』

 

 1バ身以上の距離を離さずに、デッドヒートを見せていた先頭を走る二人、メジロライアンとブロワイエが同時に後方からくる圧を感じ、声を上げる。

 間違いなくエイシンフラッシュだ。

 この2410mの最終直線で、こんな速度で迫ってくるのはエイシンフラッシュしかいない。

 彼女が、革命世代を象徴する覚醒を伴い、差しに来ているのだ。

 

 

「フゥ────────ッッ!!!」

 

 

 大きく長い一息をつき、エイシンフラッシュがさらにその速度を上げる。

 姿勢を下げ、顎を地面に擦るほどに前かがみになりながら、しかしその豪脚が前に倒れそうになる体を支え、体幹全てを用いてバランスをキープし、全ての運動エネルギーを前進のみに注ぎ込む。

 エイシンフラッシュの走った後の道が芝をまき散らし、その空間は桜色の光を零し、桜が舞い散っているかのような幻影すら生んだ。

 

 見る見るうちに距離が縮まっていく。

 600m地点で15バ身近くあった彼我の差は300m地点で5バ身ほどまで縮まり、残り200m地点でさらに3バ身ほど迫り、このままの勢いが続けばエイシンフラッシュが差し切ることをその走りを見ていた全ての観客が察した。

 

 だが無論の事、それを許さぬ二人の優駿。

 

「負けるかぁ!!アタシが一番勝ちたいのは、フラッシュちゃんなんだあああああああ!!!!」

 

『この、奇跡に……勝ちたいからこそ!!!私は、ここを走っているのだッッ!!!』

 

 メジロライアンの筋肉が、更なる隆起を見せる。

 否、服の下に隠れてはいれどもブロワイエもまたその至高の筋肉を積み上げた体を振り絞る。

 体力も尽きようとしているこのラスト1ハロンにおいて、さらに加速を重ねるという奇跡を成した。

 己の筋肉への信仰を極めたメジロライアン。

 日本への執念を鬼に宿し限界を超えるブロワイエ。

 この二人も間違いなく、レースの常識を超えて走っていた。既にレコードペースは超えて走っていた。

 

 だが。

 

 ああ、だが、それでも。

 

 

 その閃光を、止めるには至らない。

 

 

「────────ッ!!」

 

『────────くっ……ッ!!』

 

 

 足音が近づくのが止まらない。

 閃光の走りが、その加速を止めようとしない。

 まるで無限のように感じられるその加速。

 一瞬の切れ味を持つ閃光が、600m続くという超常的な加速。

 

 エイシンフラッシュの、その無限の加速。

 それを成したのは、二重の想い。

 

 

 彼女の持つ、二つの同じ(ウマソウル)が。

 

 

 同期の(ヴィクトワールピサ)の輝きに感化され。

 

 

 ドバイに置いてきた忘れ物(勝利)を、今度こそこの手に。

 

 

 

「────────やあああああああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

『残り100mッ!!堪えるライアン!!堪えるブロワイエ!!だがフラッシュだ!!フラッシュだ!!!これは行った!!差し切った!!そのままエイシンフラッシュが一着でゴーーーールッッ!!!…やりました!!エイシンフラッシュが間違いなく、一着でゴールしました!!二着は僅かにメジロライアンか!?ブロワイエの最後の伸びが際どい所!!』

 

 

『掲示板が出ましたっ!!一着はエイシンフラッシュ!!レコードです!!レコードを見事に成したぞエイシンフラッシュゥ!!これが日本の三冠ウマ娘だ!!!そして二着にメジロライアン!!凄まじい!!またしても日本のワンツー!!日本のウマ娘がドバイの夜を駆ける!!革命が止まりま────────』

 

 

『────────ッ!?!!?し、失礼しました、思わず言葉を……え、エイシンフラッシュの最終3ハロンの記録が、なんと30秒8ッッッ!!!!30秒8ですっ!!!絶句!!!余りにも信じられない記録が誕生してしまいましたっ!!!2400mレースにおいて、間違いなく史上最速でしょう!!!革命世代の伝説が、また一つこのドバイに誕生いたしましたっ!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……はぁっ、はぁ………はぁー……ふぅ……」

 

 エイシンフラッシュが、ゴールした後のクールダウンに入るために脚を緩める。

 だが、加速が余りにも乗り過ぎていたその脚は、少しずつ速度を落としたうえでもなかなか止まらずにコーナーにまで及んでしまっていた。

 怪我はない。彼女の脚もまた、立華が想いを籠めて磨き上げた筋肉で守られていたがゆえに、限界は超えてはいなかった。

 ただ、己の持つすべての力をラスト3ハロンに注ぎ込み、伝説の記録を生み出した。

 

「……フラッシュちゃん」

 

「…ん、ライアンさん……」

 

 エイシンフラッシュのクールダウンの速度が落ちなかったおかげで、若干速度を上げて追いつかなければならなかったメジロライアンがようやく彼女に声をかける。

 その筋肉は先ほどまで膨張していたものがようやく脱力し、それでも血管が浮くほどの張りをもって、観客の視線にさらされていた。

 汗を拭いながらクールダウンを果たす二人。

 

「…悔しいよ、心から。今日はアタシの限界を超えた走りが出来た……会心だった。けど、まだフラッシュちゃんには届かなかったね」

 

「……ライアンさん。私も、貴方が怖かった……これまでのどんなレースよりも。でも、だからこそ限界まで振り絞れました。最後の直線、見事な走りでした」

 

「ふふ、どうも。……でも、諦めないからね。今日のレースでアタシはまだ強くなれるってわかったからさ。さらに力をつけてまた挑むよ。勝つまでね」

 

「ええ、いつでも」

 

 敗北を認めるライアンの言葉に、フラッシュは強い否定の色を示さずに同調を示した。

 正直に言えば、フラッシュとしてもこの勝利が全て己の力によるものだ、とは思っていなかった。

 序盤から中盤にかかるチームJAPANに仕掛けられた牽制について、自分はそれを静かに堪えるばかりであり、途中からは周りも自分が落ちたものとみて、矛先をライアンに向けていた。

 牽制の多くを受け持ったのはメジロライアンだと言えるだろう。

 勿論、それも含めてレースの展開であり、戦術だ。結果を否定することはこのレースを走ったウマ娘すべてを侮辱することと同義であるとフラッシュもわかっているため、否定はしない。

 だが、今回のような特殊な状況ではない、同じ条件で……そう、例えば日本で共に走ったならば、もう勝敗はわからない。

 これまでも侮ることは勿論なかったが、メジロライアンがとうとう己の勝利を揺らしかねない最強のライバルになったことを、今日の走りで察した。

 半バ身差の勝利。薄皮よりも薄氷の勝利であった。

 力強さに溢れた走り、心から敬意を覚えた。

 

『……Félicitations(おめでとう)、エイシンフラッシュ』

 

『ブロワイエさん…』

 

 続いて追いついてきたブロワイエがフラッシュに声をかける。

 彼女の表情は、ライアンのような悔しさに溢れるそれ……とはまた違い、どこかすっきりとした様子であった。

 

『強かったな、君は……いや、君達は。私も、己の全てを発揮して走れたレースだと思ったのだがな……日本がここまで力をつけているとはな。だが不思議と、悔しさは余り感じない。前のジャパンカップの時とは違い、全力で走れたから、なのかもしれないな……』

 

 彼女の気持ちよい表情の理由はそこに在った。

 以前のジャパンカップの時とは違い、全てを仕上げ、油断も一切なく、間違いなく全力で走り抜けられたこと。

 その上での敗北であれば、そこに「もしも」が存在しない。

 もしかしたら勝てたかも、という気持ちすらわかない、全力のぶつかり合いだからこそ、悔しいという気持ちは強く萌芽しなかった。

 

 しかし。

 それでも、もう戦いたくないというわけではない。

 

『ああ、だが勘違いしないでほしい。君達に勝ちたいという気持ちはなお一層、強くなったからね。私もさらに己を鍛えて、また再び君達と走りたい。……フラッシュ、ライアン。よかったら、ぜひ今度、凱旋門に挑みに来てくれたまえ。次は私の祖国で勝負しよう……君達日本にとっても悲願だろう?』

 

『ッ。……そう、ですね。まだそこまで先のレースは決めておりませんが、考えておきます』

 

『同じく。貴方の得意なレース場です……挑むなら、万全に備えてから、ですね』

 

『ふふ、ぜひ招待を受けてもらいたいものだな。君達にもアウェーの気持ちを味わってもらおうとも。……さて、敗者はこれ以上は無粋だな。ウイニングランだ……誇ってくるといい。改めて、日本の四連勝、おめでとう』

 

 ブロワイエは、己の祖国であるフランスのレース、日本の悲願である凱旋門賞に二人を誘い、しかし無理強いはせずに引き下がった。

 今回のレースで自分が勝っていればより推せたかもしれないが、しかし今回は敗北したのだ。

 後は彼女たちの選択に任せればいい。日本の悲願である凱旋門賞の勝利というエサがあれば、運命が廻れば出走することもあるだろう。

 そうなれば、私も真の力で相対し、楽しませてもらうこととしよう。

 

 そうして、ブロワイエがコースを逸れていく。

 向こう正面に向かうのは、ウイニングランの権利があるものだけだ。

 

 今回のレースでは、チームJAPANにその権利がある。

 エイシンフラッシュは、チームJAPANの勝利を誇るために、胸を張って、仲間でありライバルでもあるメジロライアンと共に向こう正面に向かった。

 

「……では、行きましょうか、ライアンさん」

 

「え?なんで?いや、アタシ行かないよ?勝ったのフラッシュちゃんでしょ?」

 

「……え?」

 

「いや。そんな顔されても」

 

「で、ですが前のレースでも3人で勝ち誇っていました。チームJAPANの4連勝を誇るには二人で行ってもよいのでは?」

 

「前はほぼほぼ差のないゴールだったけど、今回みたいに半バ身も差が付いたらしっかり負けだって。そんな緊張するタイプでもないでしょフラッシュちゃんは。アタシの分までしっかり勝ち誇ってきてね!!」

 

 ぱんっと背中を強く叩かれ、エイシンフラッシュは軽くむせる。

 そうしてメジロライアンがさっさとコースから出て行ってしまった。

 

 ……プランが崩れてしまった。

 フラッシュは若干の動揺を覚える。

 

 先程のドバイターフで3人が一緒に勝ち誇っていたこともあり、もしライアンさんが2着になれば日本のワンツーで二人でウイニングランをする……と言うのを先ほどまでのクールダウン中に考えていたのだ。

 完璧なプランニングと言えた。二人であれば、4連勝を表す4本指も二人でピースサインを作ればよかった。

 しかし一人で行くとなれば、自分一人でピースを二つ作らなければならなくなった。

 この時点でエイシンフラッシュの脳裏からは、普通に片手で4本の指を立てればいいという思考は抜け落ちていた。

 

 

 向こう正面に入る。

 観客の大歓声が、レコードで勝利した彼女を、神速のラスト3ハロンを見せたエイシンフラッシュを讃える。

 しかし、エイシンフラッシュは勝利の喜びの他、全てを振り絞り無心となったそこで急なライアンからの裏切りを受けて若干の動揺を伴ったままに、そこに立って。

 

 まず、いつものルーティーンで、最敬礼。

 

 観客席に大歓声が広がって。

 

 そして身を起こし、もうなるようになれ、と若干自棄になりながら。

 照れも混じった笑顔を浮かべて、顔の両横にダブルピースを作る。

 

 観客席に、更なるとてつもない大歓声が広がった。

 

 

 ────────チームJAPAN、4連勝。

 

 

 それを示したダブルピースは、しかし慎ましい彼女が見せる照れの含んだ笑顔を伴い、世界中に閃光のファンを生み出す結果となった。

 

 

 

 

 

 

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