死ぬほど筆が乗ったのは内緒。
読みづらいかもしれないので注意。
吾輩は猫である。名前はオニャンコポン。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。
何でも、薄汚れた段ボールの箱の中でニャーニャー鳴いていた瞬間からが、私の
私は、いわゆる生まれ変わりというやつである。
猫の身になる前には人間の雌であったことは覚えている。
以前の生がどのようなもので、どのように終わったかは、とんと記憶にない。
ただ、猫の身で動く自分を自覚した、段ボールの中で意識が目覚めた時に、私は以前の生を思い出した。
しかし状況は最悪である。
恐らく私は捨て猫なのだろう、段ボール箱のふちが高く外の世界が見渡せぬが、青空が見えていることから屋外であることがわかる。
冷たい寒風が身に染みて、近くにあった薄汚れたタオルに身をくるみ、自分を誰かが拾ってくれるのを震えて待つしかなかった。
しかし何度か太陽と月が過ぎていくほどの時が経っても、待てども誰も己をのぞき込む人間はおらず、時には雨にも打たれ、意識が朦朧としてきている。
たかが猫畜生、己の身の儚さと運の悪さに嘆くしかできない。
だいぶ衰弱が増してきたとき、夕暮れの明るさを段ボールの底から見上げながら、天使か死神か、それが迎えに来るのをただ待った。
「~まだ終われない♪たどりーつきーたい…」
そんなとき、何やら歌声が猫畜生になった私の耳に入ってきた。
天使の歌声にしては随分と激しい旋律だ。だがその声色は私にとって最後の賭けをする切欠となった。
歌声が聞こえてくるのであれば、近くに人間がいるのかもしれない。
ならば、今残る体力で最後の一鳴きを。
それで気づいてくれて、助けてくれれば賭けは私の勝ち。
気づいてくれなければ、気づいて見に来ても助けてくれなければ、死神の勝ちだ。
歌の切れ目を狙い、私は残る力を振り絞って、声を上げた。
しかし、それはあまりにもか細い子猫の鳴き声となり、段ボールに反響の一つも残さず吸われてしまった。
ああ、ああ、ここまでに体力を失いすぎたのだ。このようなか細い鳴き声では人間の耳には届くまい。
歌声が聞こえた程度の距離であれば、風にかき消えてしまっただろうか。
賭けに負けたことを悟った私は、鳴き声の結果を見ることなく、目を閉じて意識を途絶えた。
きっと、目覚めることはないのだろう。
これで次の生に行くのかどうかは知らないが、次に行くのであれば、願わくばこれほどの厳しい状況で目覚めたくないものだ───────────
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結論から言えば、私は生き延びた。
目が覚めた時はどうやら動物病院のベッドであり、近くにいた看護師が言うことによればあの後人に拾われ、ここへ運び込まれたらしい。
人間の話している内容は、何となくだが理解できる。意味として頭に落ちてくる。
ただ、言葉として十全な理解が出来ているとは言い難い。これは私の脳みそが猫畜生の大きさになったことで思考能力も大したものにはなっていないのだろうと自分の中で理解を落とした。
さて、こうして幸運にも命を繋いでしまったのであれば、ぜひとも私を掬いあげてくれた人へは何かしらの恩を返したいものだ。
どうやら看護師が勝手に話しかけてくる話から推測すると、拾ったのは女子高生で、そばにいた教師のような人間がここまで運び、治療費などを負担し、さらにその後の飼育まで担当してくれるというのだ。
ああ、なんと出来た人間であろうか。
見知らぬ薄汚れた子猫を見つけ、咄嗟に動物病院へ運び、治療費まで支払ってその後の世話までしてくれるとは。大した聖人に救い上げられたものである。
これはなんとしても、私も恩を返さねばなるまい。
猫畜生に出来ることは大したことはないだろうけれども、それでも転生した元の知識もあり、その辺の猫畜生に比べれば随分に頭の廻る私であれば、何かしらできることはあろう。
まず飼われる際に迷惑になるような行動はしないようにしよう、と。心に誓い、新たなる飼い主に相見えるのを心待ちにするのであった。
そうして私の体力もすっかり回復し、予防接種の注射も大人しく甘受して、私が引き取られる日になった。
初めて出会った我がご主人は、まだ20代も前半の若者といった具合である。
顔立ちはなかなかに整っている。優男のようにも見えるが強い芯を持った瞳のようにも見え、自信家のようにも見えるがお調子者のようにも見える。
また、見方によっては凡才のようにも見えるし、天才のような雰囲気も感じる。
猫畜生にこのような評価をされるのは腑に落ちんだろうが、なんともつかみどころのない奇妙な青年であった。
しかし、これまでの経過を知っていればそのような失礼な思いは雲散霧消する。
これから私が息絶えるまで共に歩むであろうご主人へ、愛嬌を込めて、ニャー、と挨拶をするのであった。
なお、私には名前がついた。
私の名前はオニャンコポンというらしい。
なんともまぁ、珍妙な名前をもらったものだ。
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さて、我がご主人の宅に居を構えて翌日。
間取りを把握した私は、独り身でいることの若干の寂しさを紛らわすためにご主人の布団に潜り込んで眠った。ご主人の体温がとても優しく私の心を温めてくれていた。
目覚めたご主人が私の頭を撫でる。恐らくは、人懐っこく賢い猫だと思われているのだろう。
催したとしてもその辺でまき散らす猫畜生とは違い、こちらは思考の基準が人様である。
トイレもしっかり覚えたしその辺を汚したりもしない。本能には負けるので爪は研ぐし動くものは追いたくなるが、ご主人に迷惑を駆けぬ忠猫となるよう努力する所存である。
さて、しかしてご主人が身嗜みを整え、どうやらご出勤のようだ。
家で一人で待っているのももちろん構わない。私はできる猫畜生なのだ。
何ならお見送りをなさろうかと玄関先までついていき、出かけるご主人をじーっと見つめていると、どうやら出かけにくそうにしてしまったようだ。
気にしないでよいという意味を込めて、ニャー、と返事をしたつもりであった。
しかしその返事をどう勘違いしたものか、一緒に行こうかと言わんばかりにご主人が手を伸ばしてくるではないか。
大丈夫なのだろうかと猫畜生に落ちた小さい脳味噌で私は考える。
通常、猫畜生といえば野良で歩くか家で飼うもの。お仕事先に連れていけるようなことがあろうか?そういう職場で働いているのだろうか。
ただ、ご主人の面を拝むとどうにも優しい微笑みで、その整った顔には私の雌の部分が随分と気分を良くしてしまう。
ならば乗ってしまおう、とご主人の腕を伝い上り、今後私の定位置となる彼の肩を掴んで、むん!と気合を込めるのだった。
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ご主人が出勤した職場は大変に大きな、恐らくは私立の学園なのだろう、なるほどそういえば看護師が教師が連れてきてくれたと言っていたなぁと今更ながらに思い出す。
そして学園が近づくにつれて当然生徒ともすれ違う。淡藤色を基調とした制服の、どうやら女子高のようだ、スカートを履いた女としかすれ違わぬ。
しかしそこで私は気づいた。
そして
なんと、その女子高生には謎のウマ耳と尻尾がついているのである。
なんということだろうか。
私の以前の生の記憶にはこのような生物は存在していなかった。
はて、どうやら私は単純な生まれ変わりをしたわけではなく、異世界転生をしていたようだ。
これはびっくり大三元。
周りの女子…ウマ娘?というらしい彼女らにやれ可愛いとおだてられるものだから、ご主人の邪魔にならないように愛嬌だけは振りまいておいた。
しかしその大きなウマ耳を見れば得心の行くとおり、恐らくは人の耳よりも集音性能が高いのだろうと察せる。
私のか細い最後の鳴き声を拾い取ってくれたのは、この立派なウマ耳様であるのだ。
そう考えれば、なるほど愛嬌のあるこのウマ娘という異形の存在が好きになってしまったのだから、猫畜生の嗜好など単純なものである。
その日に出会ったものとしては、よもや小さく、はて小学生か迷子かと勘違いするような幼子が学園の理事長を務めているというのだからまた魂消てしまった。
どうにもこの世界には私の世界の常識は通用しないようである。
彼女の肩にもまた私とは別の猫畜生が居座っており、あちらは私と違い人様の心を持たぬ猫畜生のようだが
恐らくは年齢としても学園としても相手のほうが先輩であろう、そういう存在には
どうやら私のことは初めての後輩として気に入ってもらえたらしく、その後はその猫とは学園でよく遊ぶ仲になった。猫の知人が初めてできた瞬間であった。
さて、そうしてご主人の肩に乗り1日を学園で過ごしたところ、ある程度の状況はこの猫畜生の頭でも把握ができた。
このウマ娘なる子らは走るのが大好きで、レースで勝敗を決め、それが国民的なイベントになっている。
私の元の世界で言う競馬のようなものかとやれ思い、なるほどウマ娘という名前も安直だがわかりやすい一杯だと腑に落ちかけたが、競馬では競争後にライブなどしないのでやはり違うなと考えを改めた。
とにかくそのようなレースがあり、我がご主人はそのレースに出走するウマ娘達を育て導くトレーナーであるということは理解した。
若い顔立ちからも予想していたがやはり新人のようで、今は担当のウマ娘を見定めている最中らしいが、しかしすでに候補は幾人もいるらしい。
どうにもトレーナー室という所の周りの会話を耳にするに、新人は一人のウマ娘のみ担当とするのが慣習のようだが、我がご主人はすでに数人につばをつけるという女誑し、いや馬誑しっぷりを見せていた。
あわや女の敵か、とは思ったが、しかし私にも見せたように、真摯な表情をしたときにこのご主人はなんとまぁ、雌の心に突き刺さる表情を作るものだと私はすっかりと知っている。
やれそれに誑かされたウマ娘達に合掌し、しかし私はご主人の猫なので担当につくウマ娘らには愛想をよくしておこうと心に備えた。
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そうして時期が立ち、何度かご主人には精神的な盾として扱われながらも穏やかな日々は過ぎていった。
どうやら最終的にご主人のもとへは3人のウマ娘が集ったらしい。
猫にレースはわからぬ。だが、ご主人が言うには将来が楽しみな原石であるようだ。
穏やかな雰囲気を持つ、私の名付け親だという黒髪のウマ娘。
私を見つけてくれたという、歌うのが趣味の茶髪で髪房を二つに結ったウマ娘。
私のおかげで掃除の手間が増え、その結果ご主人との縁ができたという、活発的なサンバイザーを付けたウマ娘。
この3人が一室に集まり、ご主人の話を聞いていた。
さて、何の話をしているのやら、と猫畜生の頭を使い意味をかみ砕いていると、なるほどどうやらこの3人はチームという扱いで今後活動をしていくらしい。
チーム、となると名前を付けねばなるまいと。
名前。私の名前のように、あんまりにも珍妙ではその後のこの子らの行く先がかわいそうになってしまうだろう。
わかっているだろうなご主人、女にとって呼び名とは大切なものなのだぞ、と。そんな意味を込めて、ニャー、と小さく鳴いてやった。
まぁ、さてはて。こんな猫畜生に落ちた人生だが、しかしなんとも幸運にも、平和な日常を満喫できている。
その日常に今後深く絡んでくるであろうこの3人のウマ娘達に、私は改めての挨拶として、ニャー、と小さく鳴いてやった。
ご主人をよろしく頼むぞ、ウマ娘らよ。
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「今日はオニャンコポンがよく鳴いてるの」
「ですね。…眠いのでしょうか?」
「ふふー、チーム活動の初日だからオニャンコポンも張り切ってるのかも?」
「どうかな、いつもは大人しいやつだけど。…さて、んじゃ俺たちのチーム名だが…これで本当に決定でいいんだな?」
「ええ。異論はありません」
「ファル子も賛成ー!響きも可愛いし、私たちにピッタリだもん!」
「そうね、あたし達みんな、猫に…オニャンコポンに縁があるもの同士なの。だから、今は使われてない星座ではあるけれど、『ねこ座』から名前を取って……」
「チーム『フェリス』!これで決定!それじゃ、今日から本格的に頑張っていこうっ!」
「「「おー!」」」
オニャンコポンのヒミツ①
実は、ご主人と一緒に入るお風呂がとても楽しみ。
次からチーム結成後の話になります。
オニャンコポンはメイン盾として頑張っていきます。