【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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174 活動記録② 天皇賞・春

 

 

 

 

 静音キーボードをととと、と叩きながら、私はチームフェリスの出来事を紡いでいく。

 ファン感謝祭の内容を書き終えて、次は4月下旬の本格的な練習再開から、天皇賞春まで。

 

(この時期……ひとまずフラッシュとアイネスの脚が回復したから、3200mのレースに備え始めたのよね)

 

 未だに脚のダメージが抜け切れていないファルコンはリハビリを続けながらも、フラッシュとアイネスの脚は練習を再開できる程度に回復が見えてきたため、2週間ほどを長距離を走るための練習に充てていた。

 この時期の練習、私は十全に併走で付き合うことはできなかった。

 私のレンジは最長でも2400m。3000mを超える様な長距離のレースに出走したことはなく、また長距離の適性にも乏しかったからだ。

 二人の併走は、主に私の愛バ……キタが、務める形になっていた。

 

(それにしても、キタの才能は本当に……天井知らずだわ。デビュー前のこの時期でも、問題なく3200mを走れるのだから……タフという言葉が一番似合うわね)

 

 隣の席で眠りこけている私の愛バのその寝顔を横から見る。

 この子が、長距離に凄まじい適性を持っていることを、その時に私は初めて知った。

 以前よりその無限のスタミナはわかっていた通りで、しかしキタは体が大きい。身長の高いウマ娘は往々にして長距離を走り過ぎると脚に負担がかかることも多く、得意としないウマ娘が多いが、キタにその常識は通用しなかった。

 余りにも強靭なその脚力は、これから天皇賞春に挑むシニア世代…革命世代の優駿である二人との併走においてなお、3200mを10バ身以上の差はつけさせないほどのペースで走り切っていた。

 デビュー前のウマ娘が、革命世代に2秒の差をつけさせなかった。

 

(来年の菊花賞……そしてその後の天皇賞春はキタが勝つわね。間違いなく)

 

 自分の担当するウマ娘が強さを見せてくれるのは嬉しいものだ。

 僅かに微笑みを深くして、活動記録の執筆に戻る。

 

(さて……練習の時点で、正直、フラッシュとアイネスの走りに、適性の差は見えてたのよね)

 

 レース前の1週間はそれぞれ別に練習をさせ、お互いの走りの仕上げは分からない様にタチバナと私が努めていたが、しかしやはり二人の走りをトレーナーの目線から正直に比べれば、長距離の適性についてはフラッシュが優れていた。

 長く使える末脚を菊花賞でモノにしていたフラッシュに、3200mの距離は決してスタミナ不足になる様な距離ではない。

 アイネスだってもちろん、タチバナの常識外れな指導の下で、3200mを走り切れるスタミナはついており、まったく勝負にならないかと言えばそれはNOだったが、しかし練習のタイムでは明らかに差が出ていた。

 そこだけを見れば、フラッシュが勝つであろう。

 そう、思わせる練習結果ではあったが、しかし。

 

(足に残る疲労……前のレースで1200mしか走らなかったアイネスに比べて、フラッシュの方が長い距離を走ってる。そういう影響も無視はできなかったわ…)

 

 ドバイワールドカップデーの出走レースでは、まぁ、余り恣意的にそれを考えてはいけないが、事実としてフラッシュが倍の距離を走っていることになり、脚の負担は完全に抜け切れているわけではない。

 ウマ娘がレースを走るスパンとしては通常のモノで無茶をさせているというわけではないが、そういった要素も無視はできないものだ。

 勿論アイネスだって、1200mのラスト200mに全てを注ぎ込むゼロの領域を使っているため、負荷がないということはないが、それでも。

 

(そういう意味では……ヴィイがドバイでゼロの領域に目覚めてあれ程の激走を見せていなかったら、一番怖かったのは彼女かもね。尤も、ゼロに入ったからこそ、回復も早まって天皇賞春に間に合った、とも言えるけれど)

 

 思考は伸びて、共に天皇賞春に挑む他のチームのウマ娘……ヴィクトールピストに考えが至る。

 彼女も長距離を走れるウマ娘だ。有マ記念を見事に一着で駆け抜けていることからも分かる通りだ。スタミナを回復する第二領域にも目覚めている。

 もちろんの事、彼女も天皇賞春に挑みに来ていた。

 また、他に革命世代から天皇賞春に出走するのはメジロライアンが該当する。この4人の革命世代で、覇を争うのかと当時の記事はそんな内容で盛り上がっていた。

 

(ライアンも強くなっている。長距離も問題なく走り切る豪脚……力で無理やり仕上げてきたわね。……でも、この二人もアイネスと比べれば脚への負担は残ってた。そういう意味では、かなり平等なレースだったのかも)

 

 事前に私が予想していたレース展開としては、アイネスが逃げを打つがスタミナと適性の都合で最終直線で後続に捉えられる。

 フラッシュとライアンであれば菊花賞の結果からフラッシュに有利がある。今回は前4人で争うのでフラッシュも領域に入れる。

 アイネスはゼロの領域に突入したとしても、スタミナ不足で加速の方は望めない。差し切るフラッシュと、ゼロの領域に入って回復して走るヴィイとの勝負になるか……、と思っていたのだが。

 

(……予想外、とは、タチバナは言わないんでしょうね。こういう結果も予想していたわね、彼なら。私も勉強になったわ……)

 

 レース前の私見を活動記録に簡素にまとめる。

 こういった予想部分もレースを語る上では重要な情報である。後で見返したときに己の思考の道筋が分かるからだ。

 そしてそこをまとめ上げて、あとは実際のレースを見て語るのみだ。

 

 

 私はネット上から天皇賞春の動画を見つけ、その再生ボタンを押した。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『───────さぁ阪神レース場芝3200mも残すところあと1000mッ!!世界を騒がせた革命世代の優駿たちが!!それを超えんとするウマ娘達が!!内回りのコーナーを走り抜けるッ!!坂を降りた先は最終直線!!誰が最初に抜けだすのかッ!!注目が集まりますっ!!』

 

 

 3度目のコーナーとなる、最終直線に続く下り坂にウマ娘達が突入していく。

 先頭を3バ身差ほどの距離をもって走り抜けるアイネスフウジンが、ここまでの道中の昇坂をじゃじゃウマ娘のように駆け上がりスタミナの温存に努め、下り坂に突入した。

 ここまで彼女は先頭を走り抜いていた。逃げウマ娘として、久しぶりの一人旅である。

 そしてその後方、位置を上げ始める3人の革命世代がその後を追う。

 

(アイネス先輩……スタミナはまだ()つようね!!けどっ、もうギリギリじゃない!?)

 

 深呼吸────スピカの誇る天皇賞春の覇者、メジロマックイーンから学んだ深呼吸のタイミングを逸さず、スタミナを回復させながら、先行の位置でヴィクトールピストがその後ろを追っていた。

 そしてアイネスフウジンの背中を見て、そのスタミナの難を見抜く。

 やはり短距離から中距離までをこれまで走り抜けていたアイネスフウジンの、そのスタミナが怪しい。2400mを超える距離を走り抜けた今、まだ彼女の脚は衰えてはいなかったが、しかし限界は間違いなく近い。

 その気配を鋭敏に察することが出来た。ヴィクトールピストもまた、ドバイを経て世界トップレベルの優駿に名を連ねるからこそ理解る気配。

 最終直線で、差し切れる。

 

(アイネス、体力的には厳しそうだ……ラスト300m地点で出てくるあの領域だけが怖い、ってところか。だがこの長距離なら、300m地点までは10mの範囲に入らずにやり過ごして、残り200mで差し切れるはずっ!!)

 

 メジロライアンも、周りのウマ娘の走りに惑わされず冷静なペースキープを見せて、最終直線にスタミナを残せていた。

 菊花賞の時とは違う。この距離、このレースに焦点を合わせてスタミナを、筋肉を積んである。

 春の天皇賞はメジロ家のホームレースのようなものだ。ここで無様な走りなど見せられるはずもない。

 今日の相手はメジロマックイーンでもメジロブライトでもない。あの二人が相手なら余りにも厳しいレースになるが、今日のライバルの中に専門のステイヤーはいない。

 ならばアタシにも分がある。メジロ家を無礼るなよ。

 

(……位置取りは問題なし。脚もまだ残せている……領域の同時突入は厳しいかもしれませんが、それでも差し切れるはず。残り300mからが勝負です!!)

 

 そしてその後ろ、コーナーが下り坂に入ってもなお脚を溜めるエイシンフラッシュの姿があった。

 彼女は菊花賞でも見せた通り、コーナーでスタミナを回復させるマエストロのような円弧を描き、最終直線に備える。

 チームフェリスで併走時に見ていたアイネスフウジンの残り体力は推察できている。彼女は領域発動後の加速は、この距離では望めない。

 暴風に耐えながら、ヴィクトールピストとメジロライアンとの勝負になるだろう。

 菊花賞勝利ウマ娘の意地としても、二人に負けるわけにはいかない。

 長距離を走ってきたことで領域のセットアップのタイミングがずれているため、同時の発動は叶わないが……加速し続けるほうの領域【Guten Appetit Mit Kirschblüten】は万全に突入できる構えがある。

 ここに至るまでに4人とも、それぞれの牽制で体力は削れており、ここからは消耗戦でどれほど脚を残せていたか、その答え合わせが始まる。

 勝負です。

 

 

『下り坂をアイネスが降り切ったッ!!最終直線360mッ!!だがここに来てもう後続との差はわずかとなった!!加速してくるぞ!!ヴィクトールピストが!!メジロライアンが!!エイシンフラッシュがブチアガってくるーッ!!やはりこの4人か!!革命世代の筆頭たる4人かァーーーッ!?アイネスフウジンまだ先頭!!ここで加速してきたのはヴィクトールピストだ!!先頭が変わるか!?』

 

 

 ────────【届いた祈り、叶った夢】

 

 

 ヴィクトールピストが、己の第二領域に突入し、加速とスタミナ回復を伴ってアイネスフウジンに襲い掛かる。

 劇的な加速を伴うものではない。ドバイのレースで発現した、ゼロの領域ではない。

 あの時に見せたゼロの領域は、それがドバイの地であったからこそ。魂が完全に合致したアイネスフウジンやスマートファルコンのように、まだゼロの領域を使いこなせる段階には至っていない。

 しかし、そんな第二領域としても効果は十分。徐々に加速し、アイネスフウジンとの距離を詰めていく。

 

 そしてその後ろから、差し戦法の二人もまたそれぞれ領域に突入した。

 

 

 ────────【金剛大斧(ディアマンテ・アックス)

 

 

 ────────【Guten Appetit Mit Kirschblüten】

 

 

 己の限界に挑む。

 消耗戦の果てを迎える。

 

 だがその中で、エイシンフラッシュは今差し切ろうとしたメジロライアンの領域の効果を、ここで新たに学び得た。このタイミングで得てしまった。

 

(っ!!ライアンさんの、これッ……圧が、強い!!近いウマ娘にプレッシャーを強いる…!!)

 

 前回のドバイシーマクラシックでは、最後の最後で一瞬で撫で切ったため、強く味わうことなかったメジロライアンの新領域の副次効果。

 その膨張した筋肉が、周囲に圧を生む。そばにいるウマ娘の心を委縮させる。

 無論、それに負けるエイシンフラッシュではなかったが、しかし僅かに末脚の加速が鈍った。

 

 だがメジロライアンも同時に、後ろから迫るエイシンフラッシュのその加速度は身に染みて覚えている。

 

(くっ、フラッシュちゃんが速い!!これは位置を上げざるを得ないか…っ!!)

 

 アイネスフウジンと保とうとしていた10mという距離は、埋めざるを得なくなった。

 だがヴィクトールピストほど接近はしていない。外周の縁であればあの暴風の影響が少ない。

 差し切れる、問題ない。ヴィクトールピストの領域の加速は、ドバイで見せた特殊なそれでなければ強くないことも知っている。

 筋肉で耐えて、筋肉で差し切れる。

 

 そんなハイレベルな攻防が、坂を下り切ったわずか数秒で革命世代間で交わされたのち。

 

 このレースの運命を決める、アイネスフウジンの暴風が吹き荒れた。

 

 

「……い、やああああああああああああああああっっ!!!!」

 

 

 ────────【零式・風神乱気流(ゴッドブレス=タービュランス)

 

 

 

(ッ!!来た…!!)

 

(いつ受けても、本当にズルい…!!)

 

 メジロライアンが、エイシンフラッシュがその暴風で姿勢が崩れぬように耐える。

 だが強い。この幻影の乱気流は、そこを走っているだけで抵抗が厳しい比類なき暴風。

 速度が、奪われる。

 

(ここ!!ここでッ、私だけが優位に立てるッ!!勝負ですアイネス先輩ッッ!!)

 

 そしてこの瞬間こそがヴィクトールピストの勝機。

 彼女の特異性の、その最たる第一領域。1500m地点で発動した【勝利の山(サント・ヴィクトワール)】が、暴風から彼女を守る。

 この聖域は、たとえそれがゼロの領域による暴風でも崩す事能わず。

 アイネスフウジンを差し切るために駆け抜ける3人のうち、ヴィクトールピストだけが風に影響されずに走り抜けることが出来た。

 言葉を放つ余裕はない。こちらも限界に近い体力で、しかし第二領域により僅かに回復したそれを持ち、脚に全力を籠めてアイネスに追いすがった。

 

 残り250m。

 

 

 ここで、このレースで初めて。

 

 

 アイネスフウジンが、()()()()に迫られた。

 

 

『ここでヴィクトールピストが一伸びするっ!!後ろからくるライアンとフラッシュはまだ来ない!!並ぶぞ!!アイネスフウジンは限界か!?ここで並ぶ!!並んだ!!並んだ並んだ!!並んで─────並んで、いるッ!!!交わせない!!粘る!!!アイネスフウジンが粘るッ!!!』

 

 

(────────ッッ!?!?)

 

 ヴィクトールピストの顔が驚愕に歪む。

 確かに迫った。アイネスフウジンのその背に迫り、肩を並べた。

 だが─────そこから、速度を併せるように加速し、アイネスフウジンが先頭を譲らない。

 

 アイネスフウジンの得意とする走りのスキル、遊びはおしまいっ!!は発動されていない。

 スタミナはもう限界を迎えているのだ。今しがたゼロの領域を発動した時点で、ほぼほぼ空っぽになったと言っていいだろう。

 この後200m地点から、奪った速度を起点に加速する形になるが、しかしそれもほんの僅かといった程度であっただろう。アイネスフウジンは、もう己の力で加速する術を持たなかった。

 

 だが、己の力が尽きたのであれば。

 ()()()()()使()()()()()

 

 そのアイネスフウジンの戦略は、走りのスキルによるものではない。

 ただの勝負根性だ。

 迫られたら、負けるかと闘志を燃やし、抜かさせない追い比べ。

 

 ウマ娘が最終直線、最後の力を振り絞って追い比べをするときに、最も重要なものは根性だ。

 根性があるほうが追い比べに勝つ。

 余りにもシンプルなレースの原点。

 そこに技術やスタミナは関係ない。

 

 根性で、前には行かせない。

 誰よりも根性だけは負けるつもりがないアイネスフウジンの、その隠れた力がここで目覚めた。 

 

 

「…っ!!!」

 

 

 ヴィクトールピストが再三のアタックを仕掛けるが、その度にアイネスフウジンがギリギリで抵抗して粘る。

 どこまでも粘る。

 まるでアキレスと亀のように、アイネスフウジンとの距離がゼロにならない。

 

「くっ……アイネスぅ!!」

 

 続いて競りかけるのはメジロライアンだ。

 暴風を耐えきり、残り200m地点から彼女もまた競り合いに加わった。

 先頭を走るアイネスフウジンに、筋肉が生む末脚で追いすがる。

 200m地点で、アイネスフウジンのゼロの領域の加速効果は生まれなかった。本当にスタミナが限界に達しているのだ。

 

 だが。

 

(く、っそぉぉ!!どこからそんな力が生まれるんだよ、アイネスっ!?)

 

 それでも、アイネスが粘る。

 追い比べをするウマ娘が増えたことで、アイネスの根性がさらに燃え上がり、ヘロヘロの表情を浮かべながらも先頭を譲らない。

 

 そして、そんな状況を後続から観察してしまったエイシンフラッシュは、ここで己の取った作戦がミスであったことを察した。

 やってしまった────────いや、やられた。

 

(……!!これが、中距離のレースであったなら……!!)

 

 無論の事、エイシンフラッシュも加速し続ける末脚を発揮してアイネスフウジンに競り掛かる。

 しかしその加速は、2400mで見せたその速度に比べれば落ちる。当然にして落ちる。

 メジロライアンの領域と、アイネスフウジンのゼロの領域の暴風に晒され、姿勢は下げきれず、加速は鈍っていた。

 この速度では─────アイネスフウジンの根性の抵抗を、穿てない。

 

 やられた。

 これが自分やメジロライアンが得意とする中距離、またはヴィクトールピストが得意とするマイルのレースであったなら、万全に末脚を発揮し、その速度差でアイネスに追い比べを発揮させることなく差し切れたであろう。

 しかしこの長距離で、それぞれの脚も削られている現状では、どうしても追い比べが発生してしまう。

 ヴィクトールピストの、僅かな加速と僅かなスタミナ回復を伴う第二領域では、加速が足りずに一息で差し切れず。

 メジロライアンの、万全の筋肉に溢れた領域であっても、彼女の長距離適性の僅かな弱みが決定打にならず。

 そしてフラッシュ自身も、アイネスの放った暴風と、メジロライアンの領域にもまれた減速で、末脚が鈍った。

 レース前は追い比べで勝り、そうして勝利する、そんなプランを組んでいたが、しかしアイネスフウジンが誰よりも追い比べに強かった。

 その根性を、甘く見積もっていた。

 

 これが、生粋のステイヤーであればまた話も違っただろう。

 スタミナを十全にキープした状態で最終直線でぶち抜けられるようなウマ娘……セイウンスカイやメジロマックイーン、ライスシャワーやマンハッタンカフェ、ゴールドシップなどであれば、こんな追い比べが発生することもなく、一息で抜き切れたはずだ。

 いや、何ならアイネスフウジンと左右の距離を空け、大外から回るという手段も考えられた。

 追い比べにさえならなければ、勝機はあった。

 

 

 だが、今。

 残り100mを残すこの地点において。

 お互いの距離は詰まり切っており、アイネスフウジンとの差は僅かで。

 

 そして、追い比べが必然として生まれる密集が、作られてしまっていた。

 

「くっ……!!アイネス、さん……ッ!!!」

 

 加速する。

 振り絞り、限界を超えての加速。

 革命世代の得意技と言っていいだろう。彼女たちに限界という言葉はない。

 エイシンフラッシュも、メジロライアンも、ヴィクトールピストも。

 勝利を求めて、この3200mの長旅の最後100mで、更なる加速を繰り出して。

 

 しかし。

 アイネスフウジンもまた、革命世代であるからこそ。

 その加速に負けまいと、己の限界を超えていった。

 

 

 勝負は決した。

 

 

 

『粘る粘る粘る粘るっ!!!アイネスフウジンが粘るっ!!!疲弊した表情でも後続に譲らないっ!!残り50!!全員が必死な表情!!!しかしまだ粘るっ!!!幾度ものアタックを粘り切ったぞアイネスフウジン!!今ゴールインッッ!!!際どいっ!!長距離レースでこれほどの接戦は珍しい決着ですっ!!!やはり革命世代の4人だった!!この4人の勝負だったッ!!しかしその激戦を制したのは────────アイネスフウジンですっ!!!アイネスフウジンが一着だ!!確定が出ました!!クビ差でアイネスフウジンが一着ですっ!!』

 

 

『そしてっ!!この勝利により、彼女は成したのです!!!日本初!!!すべての距離でのGⅠ制覇、その快挙を成し遂げたのですっ!!やったぞアイネスフウジンっ!!すごいぞアイネスフウジンっ!!!その風は、どのレースでも吹き荒れるっ!!!前人未踏、またしても革命世代が伝説を生みだしたッ!!!彼女たちの伝説は留まるところを知りませんっ!!またしても革命世代が、チームフェリスが世界を革命したぞ!!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 レースの映像を視聴し終えて、停止ボタンを押す。

 

(……ふぅ。アイネスの根性……追い比べの、強さ。その勝利ね。確かに、冷静になって彼女のレースを観察すれば、その兆候はあった……追い比べで、無類の強さを発揮してたわ……)

 

 私はその劇的な決着の要因、アイネスフウジンの追い比べでの強さについて思考を伸ばす。

 思えば、メイクデビュー前の……選抜レースの時から、その兆候は見えていた。

 サクラノササヤキとマイルイルネルに調整不足で挑んだ、アイネスフウジンの走り。

 あの時も、最終直線で二人と競り合い、そして勝利していた。

 

 その後もメイクデビューでは圧勝だったが、ジュニア期の重賞レースでは後続と競り合ってからの加速で勝利を重ねるパターンが多かった。

 朝日杯などは分かり易いだろう。最後に競りかけたマイルイルネルと追い比べの上で突き放すように加速して勝利をもぎ取っている。

 桜花賞でも、後ろからじわじわと距離を詰めるササヤキと追い比べた上でマイルイルネルを二の脚で突き放し、リードを守り切っての勝利。

 日本ダービーはフラッシュとのマッチレース。これだって追い比べの結果だ。フラッシュの閃光の末脚の切れ味が勝ったが、スタミナの絶対値はフラッシュが上だったところで、あそこまで粘っていた。

 スランプであった秋華賞でも、競り合いの末に敗北となったが、領域無しで領域に突入したササイルの二人と差のない粘りを見せている。

 ジャパンカップはゼロの領域に突入し、その後強引に追い比べに持ち込んで勝ち抜いている。

 アルクオーツスプリントでもそうだ。一度抜かれても、根性で追いすがり、差し返すのはまさしく追い比べによる根性があってこそ。

 

 追い比べた末の敗北もあるが、しかし、ぶち抜ける末脚で一気に差し切るフラッシュや、大逃げで先頭をただ走り抜けるファルコンとも比べて、アイネスは接戦による勝利が多い。

 それが、彼女の勝負根性から来るもの……で、あることにタチバナは気付いていた。

 彼が前に過ごした世界の経験からくる学びであったのか……いや、それはないだろう。彼も以前に零していた。どの世界線も変化があり、前の世界線の実力なんて一切当てにならないと。

 彼が、自分の愛バを誰よりも観察していたからこそ、察していたであろうその武器。

 

(そして……レース前にあの人はもう、詳細な戦略を二人に伝えることはしなかった。……レースの展開を、自分で考えられるように指導していた。その力をつけさせていた……その結果のアイネスの勝利、ね)

 

 私は重ねて、タチバナの指導方針の変化にも触れ、天皇賞春のあとがきとして活動記録に記述しておく。

 彼はこのシニア期に入り、ジュニア期やクラシック期に見せていたような、レース展開の戦術の指導を積極的には行わなかった。

 アイネスフウジンに追い比べを期待して走る様にも言わなかったし、フラッシュにその点を事前に注意するようにも話さなかった。

 妥当な範囲までの戦術の相談と、適切な相手方の情報収集……そこまでに留めて、レース中の展開についてはウマ娘達に考えさせるようにしていた。

 フェブラリーステークスでファルコンと行った、長所と弱点の検討などがその筆頭だろう。

 タチバナは、自分で考え、レース中に判断して走れるように、と彼女たちを指導している。

 

(シニア級になって、周りも優駿揃い……走るレースのレベルが上がってきている。その中で、ずっと指導の通り、事前に教えられたとおりにしか走れない、なんていうのは論外だしね)

 

 タチバナらしい指導方針だ。彼が、3年間をループし続けた存在だからこそ、そのように方針に舵を切っているのだろう。

 3年を超えた先でも、愛バが万全に走れるように。

 勿論、ループの先でも彼は一緒に歩み続けてくれると約束しているし、私もその彼の約束を疑ってはいないが、それでも彼自身の中で、ループし続けた彼なりの想いがあるのだろう。

 3年の間に教えた内容が、愛バの中で大きなものになってほしい、という、そんな裏の想いまで読み取れるようだ。

 まったく、彼らしい。

 

(……天皇賞春、アイネスフウジンが一着。これで彼女は短距離から長距離まで、その全てのGⅠの冠を被ることになった………、っと)

 

 私は天皇賞春の活動記録を書き上げて、ふぅ、と一息つく。

 これでまた、おおよそ大きなイベントは書き上げた。サービスを頼み、コーヒーのお代わりを注文する。

 少し一服し、休憩するとしよう。書き続けるのは眼と体に毒だ。

 

 続いての話は5月上旬。

 

(さて、この時期は何があったかしらね)

 

 私はコーヒーに口をつけながら己の記憶を手繰り寄せ、天皇賞春の後の出来事を想起し始めた。

 

 

 

 

 

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