【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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177 活動記録⑤ メイクデビュー

 

 

 

 

「んー、満腹!おいしかったですね!」

 

「あァ。日本便のビジネスクラスは飯美味くていいな」

 

 私とキタは注文した料理を終えて、フレッシュウォーターで喉を潤して食事を楽しんだ。

 ヴィーガン向けの肉を抜いた料理も意識され始めた近年のサービス事情は私にとってはありがたいことだ。肉類を抜いても美味しい食事がちゃんと出てくる。

 味噌汁まで準備してくれてるのが好評価。今後も飛行機を使う際はちゃんと機内食も調べた上で予約しよう。

 なお私はウマ娘用1人前の料理で済ませたが、キタは10人前食べた。フライトアテンダントの人が表情を変えずにしっかり料理を提供しきったのは流石プロだと言えるだろう。

 

「……さて、そんじゃアタシは仕事に戻るか。悪ィなキタ、暇潰しててくれ。暫くはレースもねェからまた寝ててもいいぞ」

 

「大丈夫です、レースとかの動画見て過ごしてますから。お仕事お疲れ様です、トレーナー」

 

 食事休みも取り終えて、私は活動記録の執筆に戻ることにした。

 ようやく5か月分が書き終わり、あと7か月分は書き起こさなければならない。フライトの時間はまだまだあるので問題なく書き上げられるだろうが、ここで愛バとのんびり過ごすわけにもいかない。

 キタも仕事の邪魔をするような我儘は言わず、ウマホとイヤホンを取り出して隣で静かに過ごしてくれるようだ。本当に気配りの出来る子だ。いつも助かっている。

 

(……よし。それじゃあ6月の分、ね。ここではチームの全員がレースに出走した……そこを中心に書かないとね)

 

 私はタブレットを立ち上げて、改めて活動記録を記入し始める。

 6月。この月は、チームフェリスのメンバーの全員がそれぞれレースに出走している。

 まず6月上旬に開かれたメイクデビューの年内初戦で、キタサンブラックが芝1800mに。

 そして宝塚記念にエイシンフラッシュとアイネスフウジンが。

 最後に6月末の帝王賞で、スマートファルコンの復帰戦。

 

(…そうね。一先ずはそれ以外の所を、軽く触れておきましょうか)

 

 私はまず、6月にあるGⅠの中でチームフェリスが出走していないGⅠレース、安田記念について記述することにした。

 安田記念には、ウオッカが連覇を目指し出走したほか、革命世代からはマイルイルネルが出走している。

 結果は、ウオッカがマイルイルネルをハナ差で差し返しての一着。

 マイルイルネルは、またしてもGⅠの冠を逃すことになった。

 

(イルネルの脚……1600mだと、ちょっと足りない感じがあるのよね。1800mから2200mがあの子の末脚を十分に発揮できる距離なのかも。尤も……)

 

 あのレースについては、まさしく革命があらゆる世代に及んでいることの証明のような形だった。

 蜘蛛の巣のようなレース支配により、道中はマイルイルネルの支配下にあった。

 しかし問題は、支配から抜け出すことを何よりも得意とするウオッカというウマ娘がいたことだ。

 最終直線、ほぼ同時に飛び出したウオッカとマイルイルネルのデッドヒート。お互いに領域にも突入し、加速は互角……いや、獣を宿したマイルイルネルが、むしろ、加速では勝っていた。

 じりじりと距離が広がり、マイルイルネルの勝利を観客が確信した瞬間に、ウオッカが第二領域に目覚めたのだ。

 ロケットのような劇的な加速を伴い、ギリギリでマイルイルネルを差し切っての勝利だった。見事なレースだったと言っていいだろう。

 

 マイルイルネルは距離の適性の他、恐らくは彼女がこれまでのレースで、基本的に追いかけることで力を発揮してきており、後ろから迫られた経験に乏しかったことが、ハナ差で差し切られた原因だと思う。

 どちらの走りも、見事の一言。また、彼女らの激走についていった後続集団だって、大差は開いていない。去年までのレコードは6人が更新している。

 走りのレベルが極限に近づいていることの証明だ。勝利と敗北の差はいつだって紙一重で、誰が勝つかはわからない。絶対はないのだから。

 

(ササイルは…本当に、良い走りをしているのだけれど。GⅠの冠には中々恵まれないわね。とはいえそれは、もう革命世代だって、他の世代だって、変わらないのだけれど。だからGⅠというレースは権威があるのだから……)

 

 実力のあるウマ娘が、しかしレースに勝てないことはよくあることだ。

 強ければ勝てる、というものではない。特に全体がレベルアップしてきている今のレース界隈では、もう、誰がいつ勝つのかは全く分からなくなった。

 だからこそ、レースで安定して勝つためには、限界を超えるような、圧倒的な強さが必要なのだ。

 隣に座る私の愛バ、キタサンブラックのような。

 

(……6月上旬。キタサンブラックのメイクデビュー、芝1800mのレース。新時代の到来を感じさせるには十分なレースだったわね……)

 

 さて、改めて私はキタサンブラックのメイクデビューについて記述する。

 1800mの、マイルレース。

 無限のスタミナを持つ彼女にとっては短すぎる距離だ。本来はエイシンフラッシュのように、中距離のメイクデビューに出走させるのが勝率を高めることになるのだろう。

 しかし、私は目的をもって、彼女を1800mのメイクデビューに出走させる道を選んだ。

 

(キタの走りの真価を見せたくなかった。私の目から見ても、タチバナの目から見ても……今のジュニア期、これからデビューしていくウマ娘達の中でも突き抜けるほど才能のある彼女の脚を、周りに知られすぎたくなかったのよね……)

 

 私の考えはそのようなものだった。

 中距離のメイクデビューでキタが走ろうものなら、まず必勝、その上で彼女の脚のすさまじさが周囲に知られ、警戒を生んでしまうだろうと考えた。

 これは私なりの考えだ。レースを無礼ているわけではない……が、その後もジュニア期、クラシック期とレースを走っていくにあたっては、キタの実力は隠せるところは隠していきたいという、私の指導方針があった。

 タチバナならば、このようにはしないだろう。実際に彼は、特にジュニア期はアイネスの事情による短距離レースを除き、ウマ娘達が一番走りやすい、走りたいレースを走らせている。当時は芝のGⅠを走っていたファルコンなんかも、ウマ娘の希望を汲んだものだ。

 だが、私がキタと歩んでいくにあたっては……少しでも実力を隠し通したかった。

 特に今のウマ娘のデビュー事情は、ほぼ全員がT-S論文による体幹を仕上げた状態でスタートしている。予想外の実力を持ったウマ娘が刺客のように挑んでくるケースだって考えられた。

 そういった事情で、中距離ではなくマイルレースに私はキタを送り出したのだ。勿論、その意図はキタにも伝え、納得を得て挑ませている。

 

 そして、そもそもだが私のキタは強い。

 ドバイでの革命世代との併走、そしてチームメンバーとの併走を経て、何だったら短距離1000mだってそれ専門のウマ娘といい勝負をするであろう、距離を選ばぬ万能の体幹をその身に蓄えている。

 マイルレースでも1800mならば間違いなくジュニア期のトップ。

 早い時期で逃げの作戦を体に覚え込ませたこともあり、勝利については疑っていなかった。

 

 先に結論を書いてしまうが、実際にレースは勝利した。

 キタサンブラックは、メイクデビューを見事な一着で決めたのだ。

 

 だが。

 それでも、やはり彼女もチームフェリスに所属するウマ娘であり。

 世間からも注目を集めるウマ娘であり。

 

 そして、チームフェリスのウマ娘のレースは、常に何かしらが起きるものなのだ。

 

(……いえ、そうね、これは私の見積もりが甘かった。遅かれ早かれ気付かれるキタの才能を、隠そうなんて無理な話だったわ……この子を責めるつもりもないし。ええ、大きな才能を導く者には大きな責任が伴う。そういう事よね、タチバナ……)

 

 私は隣に座る愛バをちらりと見る。

 何やらウマホの映像を見ながら笑いをこらえて居るらしい彼女がメイクデビューで起こした大事件について、私はレース映像を見ながら振り返ることにした。

 

 

 

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(行ける!今日のアタシの仕上がり、すごくいい!!脚に力がみなぎってる……!)

 

(体幹トレーニングの効果が出てる…チームの先輩と走ってもかなり手応えあった…!)

 

(公表してないけど、私の併走の上りタイムは去年のレコードペースまで行けてるのよね。私の走りがしっかりできれば……)

 

 メイクデビューの、そのスターティングゲートの前に、出走ウマ娘達が集まってきた。

 これからトゥインクルシリーズに挑む、可能性の卵たち。

 世間はまだ彼女たちを知らず、これからどのような走りを、成長を、物語を見せるのか。

 そこには無限の未来がある。

 しかし、現実的な面として、まだ原石である彼女たちを見るために、ファンが客席を埋めることはない。

 話題になるような勝利も敗北も、これからなのだ。通常、メイクデビューのレースまでばっちりチェックするファンは熱狂的な一部だけであり、客席はある程度まばらになるものだった。

 

 だが、その日は違う。

 満員……とは言わぬまでも、この東京レース場の4Rのこのメイクデビューに、それなりの観客が押し寄せてきていた。

 

 その原因は、一人のウマ娘。

 ()()()()()()()()()が送り出す、キタサンブラックが今日初めて出走するのだ。

 

 世界を騒がせた革命世代、その代表格たるチームフェリスのニューメンバー。

 アメリカの英傑サンデーサイレンスが送り出す秘蔵っ子が、どのようなレースを見せるのか、そこにウマ娘ファンの興味は向いていた。

 

(まぁ、ファンの皆様の気持ちも分かるわ……私だって、革命世代の奇跡は目に焼き付いてるもの。でもこれはチャンスよ……ここで勝てば、私の印象をファンに焼き付けることもできる。やってやるんだから!)

 

 そんな大観衆に迎えられるメイクデビューで、幾人かはやはり緊張と委縮を零してしまうものの、しかし中にはこれをよい機会ととらえ、前向きにとらえらえるウマ娘もいた。

 今、挑戦的に観客席を見ているウマ娘、シノビスティーリーもその一人。

 学園ではキタサンブラックと同じクラスで、よき友人として仲良く過ごしている。

 しかしこのメイクデビューにおいて、彼女は争うライバルであり、そして一切油断できない一人であると知っていた。

 

(キタちゃんは中距離の方が得意のはず……このマイル戦なら、私にも可能性はある!あの子が加速しきる前に、突き抜けてやる…!!)

 

 自分がこれから走るレースの展開を、幾つもの可能性を脳裏で描きながら勝負の時を待つ。

 しかしその最中、観客席からわぁっ、と大きな声援が上がった。

 その理由はすぐに分かった。

 

 注目のウマ娘、キタサンブラックがゲート前に姿を現したのだ。

 

 シノビスティーリーは級友である彼女が出てきた方に目を向ける。

 そして、そこにいたのは。

 

 

「………えへへ………えへへぇ………」

 

 

 何とも緩んだ笑顔を浮かべるキタサンブラックであった。

 

「……ちょっと!?顔が緩みすぎじゃない!?」

 

「何!?もしかして噂のオニャンコポンキメてきたってやつ!?やっぱ効果あるのアレ!?」

 

「スイーツを前にしたマックイーン先輩でもそこまでの顔にはならないわよ!?」

 

 周囲のウマ娘全員から総ツッコミが入る。

 基本的にお助けキタちゃんとして学園でも顔の売れている彼女は、最大のライバルとして認識はされていても、それはそれとして周囲から可愛い後輩として愛されていた。

 

「……ちょっと、キタ。ファルコン先輩みたいに口が緩んでるわよ。しっかりしなさい」

 

「あ、シノちゃん……えへへ、ごめん。ちょっとね、さっきトレーナーとした話が嬉しくて……」

 

「…トレーナー?サンデートレーナーの方よね?何よ、どんな話してきたの…?例のおねだり、ってやつ…?」

 

 シノビスティーリーは、同級生としてキタサンブラックのその緩んだ口元を、呆れ顔で咎めた。

 まぁ、リラックスとしては悪くないのだろうが、しかし緩みすぎている。

 ドバイの後に発行された記事の中に、チームフェリスではオニャンコポンをレース前に猫吸いし、かつおねだりをしてメンタルを整えている……という内容があったので、それについてなのかもしれない。

 しかしサンデートレーナー、ここまで緩めるのはやり過ぎではないですか?

 シノビスティーリーの脳内に疑問符が浮かんだ。

 

 さて、しかし自分もいい意味で肩の力も抜けて、キタがどんなことをしてきたのか、と問いかけた。

 なんてことはない、このメイクデビューの時点ではまだ因縁も執念も生まれておらず、ライバルに向けたガチガチの牽制というわけでもない。世間話の延長だ。

 声をかけることで、自分の緊張も解す効果を生むであろう、それ。

 

 しかし、その問いかけに応えたキタサンブラックの言葉が、シノビスティーリーの気を引き締めさせた。

 

「うん…サンデートレーナーは立華トレーナーと違って、レース前におねだりは駄目だ、って。でもね……」

 

 言葉を紡ぐキタサンブラックの表情が、緩んだそれから、変化する。

 それは、強い勝利への意志を秘めた瞳。

 かつて、ドバイワールドカップデーを走り抜けた先達たちの背中を見てきた経験が生む、深い瞳の色。

 

「……勝ったら、何でも一つおねだりしていい、って言ってくれたから。だから、勝つよ。サンデートレーナーの教えを継いだ私が、今日は勝つ」

 

「………っ。そ、う……頑張ってね。勿論、私も負けるつもりはないから」

 

 圧、だ。

 これは、優駿がその身にまとう、圧。

 革命世代が、それに影響を受けた優駿たちがレースを走る前に見せる圧。

 それを、メイクデビューの時点において、キタサンブラックが放っていた。

 

「うんっ!!今日はよろしくね、シノちゃん!!」

 

「ええ」

 

 シノビスティーリーは、冷静にキタサンブラックとの会話を終えて、振り返り、空を見上げて……冷や汗を零さぬように気を払った。

 キタサンブラックの内面が、変化している。

 かつてはとにかく元気でパワフルな、しかし子供っぽい印象も持ち合わせていた彼女だが……サンデーサイレンスと出会ったことで、チームフェリスに所属したことで……ドバイの遠征に付き合ったことで、質が変化している。

 それを、どう変わったか…と言うのは説明しきれないが、しかし、油断はやはり一切できない。

 改めて心を引き締めたところでゲート入りの時間になり、シノビスティーリーはゲートに入って行った。

 

(勝つ……勝つぞ……)

 

(負けない…!頑張るんだ…!!)

 

(見ててくださいね、トレーナー!!私、頑張ります…!!)

 

(いける……行ける!自分を信じろ!!)

 

 そして他のウマ娘達も、思い思いの誓いを背負いながら、ゲートに入って行く。

 メイクデビューというレースの、想いの強さ。

 勝利に賭けた想いだけは、他のあらゆるレースよりも、強いものだと言えるだろう。

 ここが始まり。

 ここで失敗してもその後のチャンスはあるが、しかしやはり、スタートダッシュを決めたいと全員が思っており。

 だからこそ、気持ちは全員が高まっている。

 

 

 

 ああ、だが、それでも。

 

 

(…行きます、サンデーさん)

 

 

 才能とは、時に残酷なものだ。

 

 

 

 

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了……スタートしました!大きな出遅れはない様子……先頭を走るのはキタサンブラック!チームフェリスの新星がハナを取って走り出しましたっ!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(……あっ、来た!やった!!)

 

 キタサンブラックは、高揚した気持ちを落ち着けてから好スタートを切り……そして、スタート地点から200mを走ったところで、不意に、ある感覚をつかんだ。

 それは、これまでの併走でも、稀に生まれていたもの。

 絶好調の時だけ見える、キタサンブラックだけに見える()()

 

 キタサンブラックの1バ身先を、黒鹿毛のウマ娘の幻影が走っていた。

 そのウマ娘は、サンデーサイレンスの姿に酷似していた。

 長いロングストレートの髪、一度だけおねだりして見せてもらった勝負服を来た彼女の姿。

 アメリカを蹂躙した、沈黙の日曜日が目の前を走っている。

 

 この幻影を見た瞬間に、キタサンブラックの意識は目の前のそれだけに集中した。

 

(トレーナーの走り……うん、やっぱり、いつ見てもかっこいい!)

 

 キタサンブラックは、目の前を走るその幻影との対話を始めた。

 本来はキタサンブラックは逃げウマ娘で、サンデーサイレンスは先行策をとるウマ娘なので、この位置取りになるのはおかしいのだが、しかし、キタサンブラックの中ではこの並びは当然の事だった。

 

(私よりトレーナーの方が速いんだもん、前を走られても仕方ないよね!でも、今日こそ追いつくぞぉ…!!)

 

 心底より惚れ込んでいるその相手が前を走っていることに何の疑問もない。

 世界で最強のウマ娘はサンデーサイレンスである、とキタサンブラックは心の底から信じている。

 だからこそ、そんな彼女が、自分のイメージの中であっても、自分より先を速く走っているのは当然の事であった。

 

 そして、この影が見えた時、キタサンブラックはいつも彼女との初めての併走を思い出す。

 私を導くように走ってくれていたサンデーサイレンスの背中を。

 あの時、私が上手く走れるようにと、手加減しながら走ってくれていた彼女は、それでも全く追いつけないほどの走りを見せてくれた。

 そして、その後の練習の中でも、私が強くなれるように、と速度を併せて何度も一緒に走ってくれていた。

 だからこそ、勝ちたい。

 まだまだ届かない背中だとはわかっているけれども、追いつきたい。

 

 キタサンブラックは、己が生んだ絶対の象徴の背中に追いつくために、目の前だけに集中する。

 

(っ……やっぱりコーナーがすごいっ!!今の私じゃ、こんなに速く曲がれないっ…!)

 

 コーナーに入り、目の前のサンデーサイレンスが加速した。

 ラチの下に頭を潜り込ませるような、彼女の領域による加速。これより速く走れるウマ娘は存在しない。

 でも、何とか追い縋る。

 大きな体を極限まで姿勢を下げて、全身の類稀なる体幹を振り絞り姿勢を崩さず、凝縮した力を斜め後方に放ちコーナーを駆け抜ける。

 距離は開けられない。ここで離れ過ぎてしまえば、この幻影は消えてしまうから。

 

 消したくない。

 私の手が届かないところまで、離れてほしくない。

 どうか私の手が届くところに、いつまでもいてほしい。

 絶対に逃さない。

 

(………よしっ!!コーナー乗り切った!!まだ見える!あとは直線、ここで少しでも距離を詰めないと…!!)

 

 キタサンブラックは目の前の幻影との距離、4バ身ほど離れてしまったそれに追いすがるために、脚に力を籠める。

 チームフェリスで磨き上げられた珠玉の両脚が、ダイヤモンドのような筋密度を生み、爆発的な加速を見せる。

 それでも、目の前のサンデーサイレンスとの距離は中々詰まらない。

 直線は苦手だとは本人が言っていたが、しかしそんなのは謙遜だ。

 穴が開くほど見たサンデーサイレンスの現役時代のレースで、あのイージーゴアにも負けないくらいの速度で直線を走っているのを、キタサンブラックは知っている。

 だから、今の私の全力でも、中々距離は縮まらない。

 

 いや───離れていく。

 

 当然だ。

 だって相手は、サンデーサイレンスなのだから。

 まだ、あの背中は遠い。

 遠すぎる。

 

(くぅー、駄目かぁ!でも、いつか、あの背中まで追いつきたいなぁ…!!)

 

 そして、お互いの距離が5バ身ほど離れたところで、その幻影はそのまま逃げ切り、キタサンブラックの前から消えてしまった。

 ううん、残念。でも、いつもよりは粘れたかな。

 キタサンブラックはふぅ、と一つ息を入れて、本人すら気付いていない極限の集中状態から意識を取り戻した。

 

 よし。

 それじゃあ、ここからはしっかりとレースに臨んで───────

 

 

『──────ルッッ!!!何というウマ娘を送り出したのだチームフェリス!?そんな走りがあるか!?一切!!一切の減速をせず1800mを走り切ったぞキタサンブラックッッ!!圧倒的な実力!!…今っ!!今、ようやく二着のウマ娘がゴールですっ!!!前代未聞のメイクデビューとなってしまった!!後続との差は数えきれないっ!!余りにも超然とした一人旅っ!!当然のレースレコード!!いやっ、芝1800mのジュニアのレコードを軽く超えている!!とんでもない新星が現れた!!その名はキタサンブラックですッ!!!!』

 

 

「えっ……あ、あれぇ……?」

 

 しかし、意識を平常に戻した頃には、すっかりゴール板の前を駆け抜けており。

 そして後続は誰もその異様なる速度に追いつくことは能わず。

 彼女の伝説、その初戦たるメイクデビューは、鮮烈なる輝きを以てファンたちの目に焼き付いたのであった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(……最終着差は24バ身。2着との差は約5秒。まったく……本当にやってくれたわ。絶好調の最高の走りを、初戦から見せる子がいる…?)

 

 レース映像を見終えて、苦笑を零しながら、私は活動記録にレース結果の詳細を記入する。

 キタのメイクデビューは、圧勝で終わった。

 完璧な適正とは言えないマイル戦で、しかし、私の想像以上の走りを見せた彼女は、余りにも強すぎる走りを見せつけた。

 愛バが初勝利をする時は、どんなレースでも感動してしまうものだよ……とタチバナから事前に聞いており、実際にきっと感無量の勝利を見せてくれるだろうと思っていた私でも、笑顔と共に冷や汗を浮かべるほどであった。

 URA規定によれば3着以下のウマ娘が全員タイムオーバー*1なのだが、今回は余りにもキタサンブラックの出した記録が速かったため、裁決委員によってタイムオーバーの適用外とされていた。

 

 ─────やり過ぎなのよ。

 

(練習中にごく時々、キタが見せる領域に近い極限の集中が見せる走り……それが、最高のタイミングで出ちゃった形ね……もう、本当に私が見初めただけあるわ。私もこれで腹をくくることになったわよ)

 

 ジュニア期を走り終えた今の時点でも、キタの走りに領域は発現していなかったが、きっと、彼女の領域に近い感覚なのだろう。

 後続を気にせず、完全に己の走りを果たすために集中したとき、キタの走りは一変する。

 どんなウマ娘も追い縋れないと思わせるような、圧倒的な力を見せる。

 いつか、この力を彼女が使いこなせるようになれば……無敗のウマ娘も、夢ではないのかもしれない。

 

 とはいえ、懸念がないわけでもない。

 キタの走り……類稀なる才能と、それをフェリスで磨き、先輩たちの背を見続けたことで円熟した走りの技術により、現時点のジュニア期ではまだ周囲の有力ウマ娘と比べても一線を画す強さだ。

 しかしそれは同時に、ライバルが不在であるという事。

 競り合いや、極限まで追い込まれた中での勝負という経験が積めていない。

 キタのまなざしはあくまでゴールに、走る己にのみ向けられており……そこに、競い合う誰かがいないのだ。

 どうしても勝ちたいと思うような何かが、ジュニア期を終えた今になっても、まだキタの中に生まれていない、ように感じる。

 

(けど、そこは今後、レースを重ねる中できっと現れるはず。……流石にここまでの大差を生んだのはこのメイクデビューのみで、その後に走った重賞や朝日杯では、他のウマ娘も少しずつ追い縋ってきている。いつ誰がライバルになってくれるか……油断は今後も一切、出来ないわね)

 

 改めて、自分が担当するウマ娘がとてつもない才能を秘めていることを、このレースで思い知らされた。

 私もタチバナもウマ娘達も、チームの全員が気を引き締め直すよいきっかけとなった。

 キタサンブラックの走りが、キタサンブラックの才能によるものだけではなく、革命世代が生んだ気勢によるものもあるとすれば、同じような劇的な走りを他のウマ娘がしてこない理由はない。

 だからこそ、私達も練習に今後も一切気を抜かず、高みを目指していくのみだ。

 

(……メイクデビューでの劇的な勝利により、キタサンブラックの世間での注目度は上がり、同時に周りから徹底マークを受ける対象にもなった。ここは今後の練習でより注意していかなければならないところだった……っと。こんなところかしらね)

 

 おおよそ、キタのメイクデビューにかかる内容を書き終えて、ふぅ、と一息つく。

 やはり自分の愛バの事を書くだけあって、私も気合が入ってしまう所だ。

 勿論活動記録の全てを気を緩めて書くわけではないのだが、この辺りはタチバナだって同じだろう。担当ウマ娘には愛着がわくという物。

 

(……あ、そういえば勝利後のおねだりについて書き忘れたわね。……まぁいいか。大したことでもなかったし)

 

 メイクデビュー後のキタからのおねだりについて、活動記録に書いていなかったことに思い当ったが、しかし実際に何か大したことをしたわけでもなく、私はそれを記録に残すまでもないと思い、やめた。

 あのクソボケが見せる様な、明らかに愛欲の籠った熱のある肉体的接触をしているわけではない。

 ただ望まれるままに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 何やら尻尾ハグ、というものらしいが、ウマ娘同士でやる手慰みのような物なのだろう。何が嬉しいのかは分からなかったが、キタは随分と喜んでくれていたのでよしとしよう。

 

(……よし。それじゃ、次は宝塚記念と帝王賞ね……)

 

 私はページを切り替えて、執筆を再開した。

*1
メイクデビューでは1着から5秒以上離されると、1か月の出走できない期間が設けられる。







(アプデ感想)
この世界線のターボの固有はスタート時点で発動する(鋼の意志)

しかしとんでもねぇことになりましたな…ヴィイちゃんのパパが来るとは思わんやん。
3月完結見込みで物語を書き切りたい(怒涛の情報量に流されかける)
アニメもアプリも楽しみですね。サイゲさん最高。
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