【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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第二部 ジュニア期
18 始動、チーム『フェリス』


 早速だが俺は理事長室に呼び出されていた。

 選抜レースを終えて3人と契約を結び、チーム『フェリス』を結成して、今日の午後から本格的にトレーニングを始めようといった矢先の出来事である。

 いきなりか。

 

「まぁそりゃ来るよな…」

 

 俺は肩でニャーと鳴いたオニャンコポンの喉をくすぐりつつ、理事長室の扉の前で一つ深呼吸を入れる。

 新人のトレーナーが、選抜レースで優秀な成績を残したウマ娘をいきなり3人も担当することになったのだ。

 それはもはや事件である。同輩のトレーナーたちからは羨望のまなざしを、先輩のトレーナー方からは一部の方々からの心配と、大多数からは嫉妬に近い感情の視線を受けてはいた。

 その辺はすべて含んだうえで彼女たちの担当になると決めていたので、俺の中ではこうなる覚悟はあったのだが。

 

「ま、なるようになるだろ…失礼します、トレーナーの立華です」

 

 俺は理事長室のドアをノックして返事を待つ。

 

「許可っ!入ってほしいっ!」

 

「おはようございます、立華さん。…さて、早速ですが御呼ばれされた理由はお分かりですか?」

 

 中に入るとそこにはいつものように理事長と、たづなさんが待っていた。

 雰囲気としてはあまり重苦しくはないだろうか、取り合えず折檻を受けるようなことはなさそうだ。

 

「失礼します。理由につきましては、まぁ……私の担当するウマ娘の件ですね?」

 

「肯定っ!!君は、新人にして…なんと!3人のウマ娘の担当になると聞いているっ!!」

 

「これまでの学園の歴史でも、極めて珍しい出来事です。大変仲良しのウマ娘達が友情から3人一緒に…といった話などはありましたが、今回はどうやらそういうご事情でもないと聞いています」

 

 学園では過去に新人が二人以上の担当を持つといったことはほとんど事例がない。

 それは、新人としての経験の浅さから、ウマ娘側でも自分以外の担当がつくことで指導の質が落ちることを危惧するし、トレーナーとしても面倒を見きれなくなる懸念がある。

 たづなさんの言うように、友達同士でセットでの契約を希望する、といった形の契約でもなければ…新人トレーナーの担当は基本的に一人。

 規則に明記はないが、暗黙の了解があった。

 まぁお叱りの言葉はあるよな、とソファに座って身構えていると、次の理事長の言葉は俺が思ってもいなかった内容だった。

 

「率直に言おうっ!我々は、君が本当に3人を育て切れるのか、君自身の負担が大丈夫かを心配しているっ!!」

 

 オニャンコポンをリリースして理事長の猫と遊ばせてやりながら、しかし理事長から出てきた言葉は、意外にも俺への心配の言葉であった。

 

「……分不相応だと叱責されるものかと思っていました」

 

「慮外っ!君は自信家なのかと思っていたが、案外小心者なのか!?」

 

「いえ、流石に自分がやってることが周りからよく見られないことくらいは理解してますからね。怒られるのかと」

 

「ふふ、一応今回の件にあたりましては…後からの報告にはなりますが、きちんとリサーチをしたうえで立華さんをお呼び出しさせてもらっています」

 

 たづなさんが説明を引き継いで言葉を続ける。

 

「エイシンフラッシュさん、スマートファルコンさん、アイネスフウジンさん…それぞれ、生徒会と私たちで今回のスカウトについて、経緯と事情、そして担当にかける想いをお伺いさせていただいておりまして」

 

「その中で、君が新人としては極めて有能なトレーナーであることは理解できたっ!彼女たちとの契約の中にも後ろめたい点はなく、きちんと信頼関係を構築したうえでの契約であったことは私が保証するっ!」

 

「説明を補足しますと…それぞれのウマ娘さんから聞いた貴方の行動、その内容が評価された、ということですね」

 

 エイシンフラッシュには、適切かつ綿密なスケジュール管理、レース情報の提供、肉体的なケアの手腕。

 スマートファルコンとは、思い悩むウマ娘のメンタルケアや、相談に親身に乗り、献身的な対応の実施。

 アイネスフウジンからは、レースに対する緻密的な作戦立案、レース相手のウマ娘の実力を見切る慧眼。

 

「この内容は貴方以外の他のトレーナーにも簡単にご説明させていただいておりまして、3人担当がつくことについてはひとまずのご了解を得ています」

 

「ここ最近、先輩トレーナーからの視線が痛かったですからね…特段のご配慮、ありがとうございます」

 

「いえいえ。トレーナーとして必要とされる能力…心構えはすでにできているものと私も判断できましたからね」

 

「過分な評価ですよ。まだ何の結果も出していない」

 

「ふふ、謙遜しすぎてはいけませんよ?…それにしても見事な手腕です。立華さんは、これまでにウマ娘を指導した経験があったのですか?」

 

「───はは、()()()

 

 明言はしない。

 方便で済ませておく。

 誰に言っても、()()()()()は信じてもらえないのだから。

 

「うむ!君という才能あるトレーナーが、これからさらに花開くことを我々も期待しているのだ!猫仲間でもあるからな!!…しかしっ!!やはり3人をいきなり担当となると、どうしても負担は大きくなるっ!結果も求められるだろうっ!」

 

「ええ、レースの遠征なども増えますし、チーム費で賄えない出費も出てきます。結果を出し切れなければ、周りからの目もなお厳しくなるでしょう…そのあたりも含めて、心配されていることがあれば、お伺いしておきたいんです」

 

 二人のお話を傾聴させていただいて、改めて大変に心配をかけてしまっているのだと自覚した。

 確かにお二人の言う通りで、チームの遠征などは人数分増えることになるし、指導だって3人分をこなすことになり単純計算で業務量は3倍になるのだ。

 それに、俺自身、過去のループの経験でも、いきなり3人を担当するのは初めてだ。

 なまじ業務を知っている分、今後自分にかかるであろう負担量も逆算できていた。

 流石に俺も内心では懲りており、これ以上ウマ娘の担当を増やさないように、とは思っている。サブトレーナーでもつかない限りは物理的に限界が来る。

 

「まず、心配していただいてありがとうございます。もちろん私も、業務量の負担や周囲の評価については理解しております」

 

「…ですよね?ええ、これまでの立華さんの業務成績も把握しています。()()()()()()()()()()、ほとんど残業もなく素早く正確にお仕事もできています。業務の呑み込みが本当に早くて…その分、これからご自身のお仕事がかなり増えてしまうこともご理解のはず。…そのうえで、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です、と胸を張れはしませんが…大丈夫なよう、心構えはしているつもりです」

 

 改めて、俺は姿勢を正して真剣に表情を引き締めて、二人を正面から見据える。

 これは真剣な話だ。であれば、俺は二人に対しても、担当ウマ娘にするのと同じように、真摯に想いを伝えるべきであろう。

 

「私は確かにまだ新人のトレーナーです。ですが、3人の想いを聞いて、心から力になりたいと思い、担当になることを選びました。私を選んでくれた3人のために…私は、私ができるすべてを彼女たちに捧げる所存です」

 

「「…っ」」

 

「もちろん、全部自分一人でできるなんて思っていません。遠征の際には他のチームトレーナーに担当を預けることにもなるでしょうし、困ったときには先輩トレーナーに躊躇わずに相談し、たづなさんや理事長にも相談をさせてもらうと思います。俺が俺一人の力だけであの子たちを育てたいんじゃない。あくまで、()()()()()()()()()()()、俺という存在があらゆる手段を使って全力でケアをするものだと思っています。だから俺は…ああいえ、失礼、熱が入って…私は…結果という目にわかる形でも…」

 

「……熱情っ!!君の熱い想いを受け取った!!だから、その、少し落ち着いてほしい!!君がとても真摯な想いを持ったトレーナーであることは十分に理解したっ!!」

 

「……そこまで想われる担当ウマ娘さんたちが少し羨ま…こほん。いえ、とても素敵な心掛けです。でしたら、困ったときには何でも相談してくださいね」

 

「……ありがとうございます。たづなさんの助力が得られるとなると、本当に心強い」

 

 俺は二人が若干たじろぐほどに熱を入れてウマ娘への想いを語ってしまったらしい。

 なんせ1000年近く煮詰めた俺のトレーナーとしての心情である、熱が入るのもやむを得ないだろう。

 本当は「結果という形でも出します、1年以内に重賞レース以上の成果を必ず~」と話を続けるつもりだったのだが。

 まぁいいや。少し落ち着いて、一息つくために出されたコーヒーを口にする。

 たづなさんの淹れる理事長室のコーヒーは美味い。

 

「得心!君が一人で何でも抱え込もうとしているようであれば止めたが、そうでないことも聞けて安心した!存分にやってほしいっ!困ったときには力になろうっ!」

 

「お話が聞けて良かったです。今日はありがとうございました、トレーナー室に戻っていただいて大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます。改めて、これから誠心誠意、努力して参ります。…行くよ、オニャンコポン」

 

 俺は話を終えて、お咎めもなくこれからの活動にご理解をいただけたことに安堵を覚えつつ、オニャンコポンを肩に乗せなおして理事長室を後にした。

 

 

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「…ふぅ!うむ、たづなよ!なんだな!あの顔は、目はずるいな!ウマ娘に特効だ!」

 

「ええ、まだ若いのに、あそこまで()()()()()()()()()()目が出来る人がいるんですね…驚きました」

 

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「では改めて、チーム『フェリス』は今日から始動します」

 

「はい。今日からよろしくお願いします、トレーナーさん」

 

「ファル子頑張っちゃうよー☆ね、ね!トレーナーさん!どんなトレーニングするの?」

 

「これまでのトレーニング不足を取り返すの!メイクデビューで勝ち切れるように、よろしくねトレーナー!」

 

 午後になり、授業を終えたウマ娘達がチーム『フェリス』に割り当てられたチームハウスに集まっていた。

 担当が一人だと空き教室などを使ってトレーナー室兼チーム室になることが多かったが、今回は担当が三人もいるため、新人としては破格の待遇であるチームハウスを受け賜っていた。

 

「そうだな、とりあえず一番早い開催のメイクデビューまで約4か月。それまでにみんなにやってもらうトレーニングは……」

 

 俺はチームハウスに備え付けのホワイトボードに、メイクデビューに向けたこれからの練習内容について記入していく。

 

 まず一つ目。

 『体幹トレーニング』と書く。

 おしまい。

 

「はい。これだけです」

 

「…え?」

「…んん☆?」

「…マジで言ってるの?」

 




クソボケのヒミツ①
実は、今の世界線に入ってようやく、大好きな曲「涙の種、笑顔の花」をフルで聞けるようになった。

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