6月の活動記録を書き終え、私はページを切り替えて、7月以降の展開について書き進めることにした。
(夏合宿はオニャンコポンもいるから、去年と同じ旅館に泊まることになった。そこについては特に不満とかはなかったわね、温泉もあったし……和風で落ち着ける、良い所だったわ)
宿泊については改めて特筆することはない。チームスピカとチームフェリスが使うその旅館は、何やら観光客からは一種の聖地のように扱われているようで、夏シーズン以外の客足が増え、改築なども行われてだいぶ設備もよくなってる……とタチバナが言っていた。
実際、合宿期間中は楽しかった。フェリスのメンバー四人が一部屋と、個室に私とタチバナがそれぞれ宿泊する形だったが、生徒たちの部屋に遊びにも行けたし、晩酌でタチバナの部屋に集まってオキノとかとも呑んだりもできたし、終わった今ではいい宿泊所だったと手放しでほめられる。
今後もオニャンコポンがいる限りは、あそこの旅館にお世話になることだろう。
(で、宿泊場所を決めるミーティングは特に問題なく済んだ。……その後の、今年の下半期の出走レースを決めるミーティング、ここで一悶着あったわね。ここは……少し、しっかり書いておかないと。当時のチームの出走プランをどのように考えてたか、記録に残しておく必要がある……)
そして、ミーティングは上半期を走り終えたウマ娘達の、下半期のレースでどのレースに出るか、という所となり、ここで結構な揉め事があった。
そこについては記しておかなければなるまい。
私は当時の記憶を思い出しながら、改めて今後のチームフェリスが走るレースについてのミーティングについて詳細に書き起こし始めた。
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「……じゃ、キタは夏合宿は実力をつける期間に充てて、9月前半の札幌ジュニア、10月前半のサウジアラビアロイヤルカップ、11月後半の東京スポーツ杯ジュニアステークスを経て……朝日杯。このプランで決定、と」
「はい!頑張りますっ!」
「京都ジュニアやホープフルみてェな2000mレースは今年は無しだ。マイル戦の最終直線でぶち抜ける瞬発力を今のうちにモノにしておきゃ、翌年からのクラシック3冠を狙う時にも武器になるからな。厳しい戦いになるだろうが、アタシのキタなら全勝行けるって信じてるぜ」
俺はメンバーのうち、まずキタサンブラックの出走レースについて調整を終えて、ホワイトボードに書き出した。
4つの重賞レースを目標とする。これらのレースはすべてマイルレースだが、今のキタの脚なら、楽勝とは行かないまでも、十分に勝ちきることが出来るだろう。
SSの希望……今年は中距離以上、キタの脚が一番輝く距離のレースには出走させたくない、という意志について、俺からは特にその点は指摘しなかった。トレーナーとして実力を隠すのもまた作戦の内だし、キタのほうにもこの案に一切の不満などもなさそうだったからだ。ジュニア期ではマイルレースを走り、クラシックで仕上げて中距離に挑むというのはかなり一般的な流れだしな。
同じチームで、勿論俺の大切なチームメンバーではあるのだが、キタサンブラックはSSの担当ウマ娘だ。
その指導が妙な方向を向いていない限りは、俺から口出しをするつもりはない。
「マイルの走りを仕上げるのはSSが一番得意とする距離だろうからな。そこは任せるよ、俺も尽力する。……じゃ、次は………誰から決める?」
キタのレースプランを組み終えて、続いては俺の愛バたる3人のプランニングに移る。
今年1月からのレース、彼女たちの走ったGⅠレースはそれぞれ3つ。
フラッシュはドバイシーマクラシック、天皇賞春、宝塚記念。このうちドバイで一着。
ファルコンはフェブラリーステークス、ドバイワールドカップ、帝王賞。このうちドバイと帝王賞で一着。
アイネスはドバイアルクオーツスプリント、天皇賞春、宝塚記念。このうちドバイと天皇賞春で一着。
それぞれのレースで好走を果たしており、調子も好調を維持できていると感じている。
しかし、ジュニア期やクラシック期に見えた周囲との実力差が、かなり詰まってきているのもまた事実だ。
特に、芝を走る二人は……革命世代と、その革命に促され成長を果たすシニア世代が、相当に仕上がりだしている。
ダートだってウララがマイル以下の距離じゃあいつ食らいつかれてもおかしくないし、フジマサマーチも秋口にはリハビリを終えて復帰してくるころだろう。
油断できない、などという表現はもう失礼だ。油断する立場ではなく、挑戦する立場として、意思を籠めて全霊で挑んでいかなければいけない。
だからこそGⅠというレースは面白い。
「あ、じゃああたしからいい?前々からプラン決めてたの!」
「ん、アイネスか。……いいよ、それじゃあアイネスの希望から聞こうか」
一番に手を挙げたアイネスに俺は眼を向けた。
彼女の瞳は、まったく曇りのない好奇心と挑戦心で煌いてた。いつぞやのスランプを超え、伝説を刻みたい、と楽しそうに走る彼女は、レースへの熱意も常にマックスになっている。
とにかく走りたい、勝ちたい、という原初の欲求に従って走れている。
彼女は心配はなさそうだ。
俺は残る二人……フラッシュとファルコンに一度目配せする。
二人の目には、それなりに悩みというか……逡巡がある様な気配があった。耳と尻尾も、それを表すような微妙な動きを見せている。
二人は何か相談がありそうだし、先にチームメンバーでもありライバルでもあるアイネスの案を決めてしまうのもいいだろう。俺はアイネスの答えを聞くことにした。
「うん!えーとね、まず夏合宿期間は改めて鍛え直す期間に充てるとして……まず9月末にスプリンターズステークス、これは外せないの!ブラックベルーガちゃんもミサイルマンちゃんも来るって言ってたし」
「ああ、そうだよな。ドバイのレースの後でLANE交換してたもんな……海外からはあの二人。日本からはバクシンオーとカレンチャンは間違いなく来るだろう。……過去最高のスプリンターの頂点を決めるレースになりそうだな。OK、まずはスプリンターズステークスね」
「ふふ、楽しみなの!」
まず最初にアイネスはスプリンターズステークスへの出走を希望してきた。
日本の短距離レースの頂点を決める戦い。ドバイアルクオーツスプリントの世界のウマ娘にも負けず劣らず、日本の最強のウマ娘達が集まってくる。
既にアイネスの脚はすべての距離を狙える万能脚質になっている。短距離なら領域が最大効果を発揮するし、長距離なら根性の粘りが武器として存在する。
クラシックの頃に俺がそう表現していた……領域抜きならチームでも一番バランスよく育っている彼女の走りが、スランプを抜けてさらに成長した結果、距離を問わずに駆け抜ける事が出来る万能の脚を生んだ。
再びの短距離戦だって、距離の心配はない。あとは強敵に勝てるよう、夏合宿で仕上げ直すだけだ。
「で、その後は天皇賞秋、マイルCS、有マ記念、の流れかな。全部去年は走れなかったレースだしね。それに……」
「……それに?」
「スプリンターズステークスから数えて、短距離マイル中距離長距離、全部のレースを走る事になるでしょ?全部勝ったらこれもまた伝説になっちゃうの!!色んな子と走れるしね!」
「……いや、すげェこと考えるなアイネス。確かに、今のお前なら仕上げりゃ行けるだろうけどよォ……」
「ほわー……楽しそうですね、そういうのも!私もシニアになったら試してみたいなぁ…」
「…面白いね。OK、それで行こうか。レースの間隔も十分取れてるし……無茶なプランじゃないしな。どの距離でも風神は吹き荒れるってことを世間にまた知らしめてやろうぜ」
「うん、頑張るの!!」
俺はアイネスの出走プランを確定とした。
スプリンターズステークス、天皇賞秋、マイルCS、有マ記念。
昨年はアイネスが挑まなかった、挑めなかったレースを総ナメする。
後はそれぞれの距離の猛者たちと雌雄を決するのみだ。
「……よし、それじゃアイネスのレースプランはこれでOK。次はどっちにする?レースが被る可能性もあるフラッシュは少し考える時間があった方がいいかい?もしくは二人がまだ決めかねてるようなら、今日無理に決めなければいけない物でもないけれど」
「……いえ、決めかねているわけではないのですが……そうですね、では、次は私からいいですか?ファルコンさん」
「ん……うん、大丈夫☆」
続いてのプランをどちらから決めるかと確認したところ、フラッシュから声が上がる。
プランニングやスケジュール管理は最早生活の一部となっているフラッシュの事だ。決して今の時点で出走レースをまだ決めていない……と言うようなことはないと思っていたのだが、しかし、彼女なりにそのレースを決めるのにある程度悩みを有するものだったというのは、言葉や態度の節々から理解した。
そして、彼女が悩むほどのレースとなれば……おおよそ、俺の中で彼女が望むであろうレースは分かっていた。
「私は────────凱旋門賞へ、挑みたいと考えています」
「……!」
「凱旋門……!!挑むんですね、フラッシュ先輩!?」
「……前に言ってたね、ブロワイエさんから誘われてたって。フラッシュさん、それで?」
「ああ、いえ……それも、まったくないわけではないのですが」
「フラッシュ。……勿論、駄目なんて言わないさ。でも、理由は聞きたいな。どんな想いで……日本の悲願に挑む?」
俺は凱旋門へ挑む気持ちを見せたフラッシュの、その理由の続きを促す。
フラッシュから聞いていた、ドバイでブロワイエに勝った後に声を掛けられていたという件は聞いていた。
だが、彼女なりに別の理由もあるようで、そこは聞いておきたい所だった。
「はい。……私は今年、まだGⅠを一勝しかしておりません。ファルコンさんとアイネスさんと比べる……というわけではないのですが、不甲斐なさを感じていたところは、ありました。貴方の愛バである私が、貴方の為に、勝ちたい……そう、想っていたのに」
「……フラッシュ」
「…そんな不甲斐なさを感じていたのですが、宝塚記念を終えた後、実は
「っ……」
「だから……私は、凱旋門賞に挑みたいです。トレーナーさん、私は……挑んでもよいですか?」
俺を見上げて、フラッシュが想いを籠めて俺に出走の許可を求めてくる。
……凱旋門賞を走る事については、問題はない。距離は2400m、フラッシュの脚に合致する距離だ。
強いて懸念点を挙げるならば2つ。
一つは海外遠征になることだ。そこにトレーナーの付き添いが発生する。だが、そこはSSに日本でのレースや練習を任せればいい。去年には取れなかった選択肢だが、今年、もうチームの業務をバッチリ覚えてくれているSSならば万全の信頼を持って任せられる。問題はないだろう。
そして、もう一つの懸念点は……芝だ。
凱旋門賞、パリロンシャンレース場で行われるレースだが、ここのバ場は世界でも有数の『深さ』を誇る。
正確には、芝の草丈だけの話をすれば日本の方が長いくらいなのだが、芝の下の地面、地下にある茎が日本に比べて細い洋芝で固められている。
これが反発力を生み出し、日本の芝と比べるとかなりの違和感を伴うのだ。
ここについては、夏合宿で仕上げなければならないだろうが、しかしそれだって……不可能ではない。
俺の出来る全ての知識と、俺以外が持っているすべての先輩トレーナー、ウマ娘達から情報を集めて、彼女の脚を仕上げ切る。
そして、俺は凱旋門賞に挑むフラッシュを、勝たせてやりたい。
俺の答えは、決まり切っていた。
「勿論だ。……挑もう、凱旋門に。そして、俺と君で、日本の歴史を変えるんだ。凱旋門の呪いを超えて見せよう。革命世代の力を再び、世界に見せてやろう!」
「ッ……はいっ!!」
決まりだ。
フラッシュは、凱旋門賞に挑む。
夏合宿から脚を仕上げて、日本の悲願に手を向ける。
「頑張って、フラッシュさん☆ファル子も応援してるよ!」
「凱旋門賞かー……あたしも考えなかったわけじゃないんだけどね、世界挑戦はあんまりピンとこなかったの。日本で活躍したいって気持ちが強いし……うん、フラッシュちゃんに任せるの!頑張ってね!」
「ドバイワールドカップに勝ったウマ娘がいて、凱旋門賞にも勝ったウマ娘がいるチームなんてなったらとんでもねェなそりゃ……ああ、面白そうだ。うし、気合入れて仕上げてやっからなァ、フラッシュ」
「フラッシュ先輩ならきっと勝てます!!私も練習の併走、頑張って付き合いますから!」
「ふふっ、皆さんありがとうございます」
チーム全員からも歓迎の言葉が出てきて、フラッシュは笑顔を見せてお辞儀をした。
何よりだ。特に海外遠征は、チーム全員の理解があって初めて全力で挑戦が出来るものだ。
「ああ、でもあんまりトレーナーさんを独占しちゃ駄目だよ☆?二人きりはちょっと危ないよね?」
「そうね、そこは平等にお願いしたい所なの。もし抜け駆けするようだったら日本からでも飛んでいくからね?」
「大丈夫です。ちゃんと節度を保つようにしますから」
何故か急に夏だというのに部屋の温度が急激に冷えた気がするな。クーラーが効きすぎてるのかもしれない。
SSもオニャンコポンもなぜかため息をついているしキタは苦笑を零している。
俺は部屋の設定温度をちょっとだけ上げてから、改めてフラッシュに向き直り、プランニングを再開する。
「うん……じゃあフラッシュ、まず凱旋門賞に挑むとして……その前はどうする?フランス、パリロンシャンレース場で開かれる他のレースとかに出走は考えてるか?」
「ああ、いえ……できれば、本番まで脚を溜めておきたいのです。恐らくは当日、最大のライバルとなるのはブロワイエさんとヴィイちゃん…の、見込みですから実力は分かっています。勿論、フランスへは2週間前までには飛んで、現地の芝には慣れたいのですが……」
「ふむ。その心は?」
「……私の走りは、最終直線に全て注ぎ込むタイプです。ドバイで万全の力で走った時と、天皇賞春や宝塚記念、有マ記念で負けてしまった時を比較すると……あまり連戦を重ねると、末脚が完全に放てない、そんな気配を感じています。9月中にフランスでレースをして、10月頭の凱旋門賞に挑むとなると……その影響を無視できません。ヴィイちゃんは回復も早いし、走りのタイプもまた違うので、別途レースに挑むかもしれませんが。私は、凱旋門賞に直行がいいです」
「……うん、論理的かつ実感の伴った分析による判断だね。9月出走からの凱旋門も不可能ではないとは思うけれど、君が一番の走りが発揮できるシチュエーションが望ましいからね。全く問題ない。それで行こうか」
「はい」
「となると、10月頭の凱旋門賞に直行として……その後のレースはどうする?秋三冠があるが、天皇賞秋は少し間が短い。凱旋門での消耗次第になると思うが、あまり無理はさせたくないな……」
「はい、私も同様の考えです。天皇賞秋は来年も走れますから……その後は、脚の調子を見ながらジャパンカップ、有マ記念のどちらか、ですね。距離としてはジャパンカップですが、去年の雪辱を果たすためにも、有マ記念に挑みたいという気持ちも強いです」
「ん、OK。じゃあそこは柔軟に行こうか。有マの見込みとはしておくけれどね」
俺は彼女の意見も聞きながらレースを決定していく。
まず、凱旋門前のニエル賞などの重賞レースだが、そちらへは出走しないことを彼女は選んだ。
彼女の分析の通り、フラッシュは中距離~長距離を中心に走るウマ娘で、レース後の脚の負担がそれなりに大きい。
その上で連戦をすると、末脚の輝きがくすぶる懸念もあった。
凱旋門賞の前のレースを芝とレース慣れの為に脚は緩めて走る……などという発想はフラッシュにはないだろう。勿論俺にもない。レースはどんな時でも全力で挑んでこそだ。
さて、このウマ娘の脚の回復という点は、アイネスやファルコンも同等のリスクももちろんあるのだが……しかし、この二人はフラッシュと比べて、明確に回復が早い。
その理由は、恐らくはゼロの領域、なのだろう。SSが言っていた通り、一度ゼロの領域に目覚めると、ウマ娘の本能が高まり、回復力も高まっていく。
ヴィクトールピストもドバイ以降の回復力が目を見張るようだし、マジェスティックプリンスも5月からアメリカでバリバリ走っている。
勿論、それは優劣というものではない。フラッシュ自身が己の脚のダメージコントロールを万全に考えてくれているようなので、トレーナーとしては心配はいらなくて助かる、と言ったところか。
練習でも結構な距離の走りをしてなお全く消耗しないキタサンブラックはどうなのかって?あれはまた別枠。オグリやウィンキスとかそういうウマ娘の枠を半分踏み越えてる方々と同じレベルの何かです。
「じゃあフラッシュ、君はレースの数ではなく、質で勝負だな。その分全霊を注ぎ込もう。凱旋門賞で挑むブロワイエはドバイよりも脚があったバ場での勝負になる……今度こそ最強の敵となって立ちはだかるだろう。全力でぶつかっていこうぜ」
「はい。次こそ、本当の勝負ですね。一切の油断なく、誇りある勝利を」
これでフラッシュのレースプランは決まった。
俺が廻ったかつての数多の世界線でも数えるほどしかやらなかった、凱旋門賞への挑戦。
そこに挑むフラッシュを……これまでの世界線とも比べて極限まで仕上がっている彼女を、これまでの世界線とも比べて極限まで仕上がっているライバルたちに、勝たせる。
そして、凱旋門の冠を持ち、有マ記念でアイネスと、革命世代のウマ娘達と、今年最後の勝負だ。
「よし、それじゃあフラッシュもこれで決まった。あとはファルコンだけど……結構、悩んでるかい?出走するレースについて……」
「うん……そう、ちょっとね。どうしようかなって思ってたところがあって……トレーナーさん、相談に乗ってくれる?」
「勿論。何でも言ってくれ、ファルコン。前も言ったろ?俺は、君が君らしく走れるレースを走る姿を見たいって。どんな挑戦だって構わないよ。君は下半期、どのレースに出たい?」
「うん。私は────────」
俺は最後に、ファルコンの出走レースについて……彼女なりの、何かしら悩みがあると察されるプランニングについて。
勿論、彼女の想いを、悩みがあればそれを聞いてやり、彼女がも心から納得して出走できるレースを共に探そうとして、しかし。
そこで一つ、事件が起きた。