────────ぽこん。
そんな、間の抜けた音がチームハウスの扉の向こうから聞こえてきた。
「……ん?」
「おや?」
「ん?何の音☆?」
「なんかチームハウスに当たったの」
「鳥……ってわけじゃないですよね。ノックの音でもない、足音もしてませんでした」
「何だァ……?」
扉の近くに立っていたSSが、その音の正体を確かめるために扉に手をかける。
ガチャリ、と扉を開けてチームハウスの外を調べたSSが、どうやら何かを見つけたようだ。視点が壁の上の方を向いている。
「……矢、かァ?なんかおもちゃの矢みてーなもんが刺さってんぞ」
「……矢?SS、それは…あれかい、何か紙みたいなものが巻かれてたりしないか?」
俺はSSの言葉に、これまでの世界線でも何度かあった、弓矢による挑戦状などの襲撃を思い出す。
ツインターボとか、精神的にわんぱくな子がたまにやるのだ。チームハウスに矢文を打ち込み、挑戦状を送ってくることが。
それ自体はまぁ、トレセン学園特有の文化のようなものだ。挑戦心によるものからで、基本的に怒るようなことではない。
それかと察し声をかけるも、しかしSSの答えは俺の予想とは違うものだった。
「いんや。何にもついてねェよ?悪戯か?」
「え。ついてないの?」
「おォ。ってか撃ってきたヤツ普通にいたわ。……何やってんだァあいつら」
文がついていないことに俺は首を傾げつつ、俺もSSに続いて外を眺める。
そして、扉の横にいつものおもちゃの矢が刺さっていることを確認し……そして、フェリスのチームハウスから少し離れたところに、よく見慣れた二人がいるのを見つけた。
「わぁ!やったやった!!ちゃんと狙ったところ当たったよ、トレーナー!かいちょーに弓矢教わってよかったねー!」
「おー、やったなウララ!……ところであの矢、手紙がついてないように見えんだけど?」
「……あ!手紙つけてから撃つの忘れちゃってた……てへへ……」
そこにいたのは、ハルウララと初咲さんだ。
君達なにやってんの。
「……SS、キタ、とりあえず確保で」
「おォよ」
「はい!」
俺はSSとキタに指示をだし、下手人であった二人が逃げ出す前に手荒にならないように捉えてもらい、チームハウスにお呼びした。
────────────────
────────────────
「ウララさん、にんじんジュースでいいですか?それとも麦茶にしますか?初咲トレーナーはいかがなさいます?」
「ありがとーフラッシュ先輩!ウララ、にんじんジュースがいいなー!」
「麦茶で頼むよ、ありがとなフラッシュ」
チームハウスの来客用の椅子に座った二人に、フラッシュが飲み物を出してとりあえず一息ついてもらう。
つい先ほどチームハウスに謎の矢を放った下手人はハルウララだった。
見ればその手にはおもちゃの弓と、そして矢に巻き忘れたのだろう手紙が握られているのが分かる。
撃つことに集中しすぎて文を巻き忘れたらしい。成程ウララらしいな。
「……で。今日はどうしたの、初咲さん。挑戦状をウチに投げるなら普通に持ってきてよかったのに」
「あー、まぁな。けどなんかウララがツインターボから前にスピカに矢文を撃った話を聞いてたらしくてさ……前からやりたかったそうだ。見事に失敗したけど」
「でも、練習したらちゃんと矢は当たったんだー!楽しかったー!」
「そっか。よかったなウララ」
挑戦状を撃つというシチュエーションに楽しくなりすぎて手紙をつけ忘れるというポカをやらかしたものの、しかし楽し気に笑うウララの様子に、我がチームメンバーも柔らかい雰囲気で苦笑を零す。
初咲さん。
ハルウララ。
この二人は、俺達チームフェリスのメンバーにとっても随分となじみの深い関係だ。
ドバイで共に過ごし、そしてあの革命の夜を共に駆けた戦友。
だからこそ、別段今回のそれでミーティングが中断されたことに怒ったりはしなかったのだが、しかしその内容は確認しておかねばなるまい。
「成程ね……じゃあ、ウララ。君が俺たちチームに送りたかった挑戦状、ってのはどんな内容だい?」
「ん!……うん。今日はこれを、ファルコンちゃんに渡しに来たんだ。……これを、ファルコンちゃんに読んでほしいの」
そうして俺が口火を切ると、ウララの表情も真剣なものへと変わった。
既に彼女もこの世界線では歴戦の猛者。レースに真摯に向き合う時には、その表情は普段の其れとは一線を画し、歴戦のウマ娘のそれを見せる。
そうして己が手にある挑戦状を、我がチームのダートのエース……ファルコンへ手向けた。
「……うん、ウララちゃんからの挑戦なら、私だろうって思ったよ。読ませてもらうね」
「うん」
そして、受け取った挑戦状を開いて、ファルコンが読み上げる内容を聞いた。
「────『挑戦状。11月に行われるJCBで』……JBCだね?カード会社になっちゃうね?……『わたし、ハルウララは、ファルコンちゃんと─────』」
「『──────
「…………成程ね」
その内容は、実にシンプルなもの。
JBCスプリントで、ファルコンと勝負したい、というもの。
……これをウララが出した理由は明白だ。
まず一つ、JBCは一日でいくつもの距離のGⅠが開かれる祭典であること。
ここに、まぁ、事前にお互いのレースをすり合わせずに去年のように出走登録をすれば、違う距離のレースに出走し、戦えないケースが出てくる。
事前に出るレースを意識し、協議の上でレースを併せる、というのはウマ娘のレースでは普通にあることだ。ライバル関係、友人関係……その中で、お互いが円満に納得して出走するならば、そこに何のルール違反もない。これ自体は咎めるようなことではない。
そしてもう一つの理由。
JBCスプリントが、短距離戦である事。
短距離はウララの得意距離だ。まさしく3月のドバイにおいて、1200mで世界一の冠を獲得した、魂に合致した距離。
そして、スマートファルコンにとっては、マイルや中距離と比べれば、僅かながら距離適性が落ちる。
有利不利……という部分だけを考えるならば、ハルウララに有利であろう。
そのレースの舞台に、しかしそれらも呑み込んだうえで、こうして挑戦状を出してきたのだ。
「……初咲さん」
俺は同僚にして戦友たるウララのトレーナーに声をかける。
「……言いたいことは分かるよ、立華さん。けど、これはウララの意志によるもの、だからな。……ダート短距離。ぶっちゃければウララの一番得意な距離だ。今のウララが、一番力を発揮できる距離……そこで、ファルコンと戦いたい、勝ちたい、っていう、な。俺はそれを応援することにした。俺が出来る全霊を持って、1200mにウララの全てを出せるように指導するつもりだ。……勿論、受けるか受けないかはそっちの判断になるから、今日じゃなくても答えを貰えると嬉しい」
「ああ……いや、いいんだ。内容は突拍子もないわけじゃない。初咲さんも呑み込んでる話なら問題ないよ。あとは─────ファルコン。君が、どう答えるかだ」
初咲さんに声をかけたのは、ウララのこれがちゃんとトレーナーに話を通していたのかの確認だ。
そして、初咲さんもウララの意志を汲んでいることを理解した。
ならば、それはいい。トレーナーによる入れ知恵…いや、まぁ初咲さんはそんなことは絶対しないだろうけど、そういう不純物が混ざっていなければそれでいい。
ウララの想いによるものだというならば、この挑戦状に貶めるものは一切ない。
だから、あとは。
「………そう、だね……」
ファルコンの意志次第だ。
「ファルコン。君がこの挑戦を受けるというならば、俺はそれに合わせて指導プランを組む。勿論、君が走るレースは君が走りたいレースを走るべきだと思うから、断るならそれでもかまわない。スプリントじゃなくても、チャンピオンズカップや、来年のダートレースでもウララとは絶対に顔を合わせるだろうからね……日本の砂の上での一番のライバルだからな、ウララは」
「むふー!」
俺はファルコンに、俺自身の意志をまず伝える。
君が挑戦を受けても、受けずに別のレースを選んでも、それを咎めはしないと。
君が走りたいレースを走るのが一番であると。
実際、ファルコンが走れるダートのレースは選択肢が多い。
JBCなら短距離マイル中距離、その全てを走れるし、中距離を選ぶのも自然な流れであろう。
また、ドバイでの別れ際にマジェスティックプリンスがブリーダーズカップクラシックへの勧誘をしていたことも覚えている。時期がJBCと丸被りするのでどちらかの出走になるが、アメリカへの遠征だって可能だ。
勿論、その後のチャンピオンズカップや東京大賞典だってある。どのレースに砂の隼が出るかは、彼女の選択に任せてやりたい。
そして、だが、ウララとの勝負をファルコンが望んでいることも知っている。
だから、この挑戦状を受けるかは、ファルコン次第だ。
「………………」
だが、ファルコンはそこで即答はしなかった。
悩んでいる様子の尻尾の揺れを見せている。まぁ、当然と言えるだろう。
レースプランを組む中でも悩んでいたところで、さらに挑戦状まで来たのだから。
「……あー、ファルコン。急な話を持ってきたのは俺達だし、別に今すぐ返事してほしいってわけでもないぞ?というか、俺らがいない中でチームで話し合って決めてもらってもいいし……」
「うん、ファルコンちゃんにわたしのお願いを聞いてもらうことだからね!わたし、いつまでも待つよ!」
そんな俺の考えに、初咲さん達もこの場で絶対に回答を得たいわけでもないという答えでファルコンに返してくれる。
挑戦状として置き逃げしようとさえしていたのだから、この場で答えを必要としていないものなのだ。
無理強いではない。その気配りも見え、二人がチームハウスから出ようか?と目配せをしたところで─────
「─────ううん。今、決めた。今、私の答えを言うね」
スマートファルコンが、決意に満ちた瞳で、俺たちを見た。
長い葛藤を超え、己の答えに納得した……そんな様子の見える、意志の強い眼差し。
俺はごくりと生唾を飲みこむ。
その瞳の色に、覚えがあったからだ。
「トレーナーさん」
「…ああ」
「私、今からすっごいわがまま言うけど、怒らないでね?」
「……勿論、怒りはしないさ。脚に負担がかかり過ぎる様なレースプランだったら止めるけど」
俺はファルコンの言葉に、本心で返す。
彼女がどんなレースを選んでも、基本的には反対するつもりはない。連闘とかでもない限りは、背中を押してやるつもりだった。
「うん、大丈夫。そういうわがままじゃないから。……あと、ウララちゃん」
「ん!」
「ウララちゃんのお願い、聞くから……私の我儘も、許してくれる?」
「うん、もちろん!!……あれ、とゆーことは……?」
「ありがと。……うん、私はJBCスプリントに出る。世界で短距離ダートの世界一になったウララちゃんと、そこで決着をつける。ウララちゃんに勝つことで、私は世界一のダートウマ娘であることを、証明する」
「……うん!!!ありがとう、ファルコンちゃん!!ウララも、絶対、ファルコンちゃんに勝つ!!」
そしてファルコンが出した答えは、JBCスプリントでのウララとの決着。
ダート短距離でウララがファルコンを制し、短距離の王座に就くか。
ウララすらも踏み越えて、ファルコンがダートの頂に立つか。
その、日本の革命世代のダートの決戦が、ここに約束された。
ああ……だが、その内容は、別段、彼女が「すっごいわがまま」というほどの其れではない。
そして、俺は、なぜか、魂が震える様な錯覚を覚え始める。
俺の愛バであるファルコンが、何というのか……想像して、しまって。
「うん。それで、私は、JBCスプリントのあとは……もう、
「…ええ!?ど、どーして!?」
「……ファルコン、そりゃどういう意味だ?……ああすまん、怒ってるとかそういうんじゃないんだ。けど、純粋に聞きたい……年末はチャンピオンズカップや東京大賞典だってある……連覇は目指さないのか?」
「うん、初咲トレーナー……私ね、今年のダートレース、心残りはウララちゃんとの勝負だったんだ。ウララちゃん、フェブラリーステークスの頃よりも、本当に強くなってる。勿論私もだけど……今のウララちゃんとは、今年の内にもう一度勝負したいって思ってた。その舞台をJBCスプリントにするのは、すごく納得した。そこにウララちゃんの全部をぶつけてきてほしい……」
「……ファルコンちゃん」
「……もし、そこで私が負けたら、悔しくってきっとまたウララちゃんと戦いたくなるかもだけど。けど、……私、今年は、どうしてもやりたいことがあって。そっちを優先したいの」
「ファルコン。君のやりたいことって言うのは……年末のダートGⅠを走ることよりも優先したいって言う、それは………」
俺は彼女の言葉に、猛烈なデジャヴを感じて問いかけた。
そして、彼女の答えは。
「トレーナーさん。私───────
俺の魂を揺さぶるには十分な、それだった。
ダートを走るウマ娘が。
俺の愛バが。
部屋の中の全員がファルコンのその言葉に息を呑んだ。
俺の……いや、俺と、フラッシュの驚きはその中でもひとしおだったであろう。
まるで運命が輪廻を巡ったような、彼女のその答えを。
「……詳しい理由は話せないけど……私、ドバイで振り絞り切ってから、今年一年のダートレースについて、どうしようか考えてたの。帝王賞は勿論まだ勝ってないレースだから走りたかった……けど、秋のレースは去年も走ってる。来年には新しいダートGⅠもかなり増えるから、それに全部出てGⅠグランドスラムしたいな、なんて考えてるし、海外挑戦もまたしたいし、来年からはダートに戻るつもり。……だけど、そんな風に考えてる中で、私はまだ一つ、やってないことがあったのを思い出した」
独白のように言葉を紡ぐファルコンのその瞳が、フラッシュとアイネス、二人に向いて。
「それは……このチームの、始まりの三人である私達が同じレースで走ったことがない、ってこと。芝のレースだって、私は走れなくはない。仕上げ直す時間はまだ半年ある……そして、2500mなら、ダート2400mを走れる私なら、走れない距離じゃない。……日本の、最高の舞台のレースで、私は、フラッシュさんとアイネスさんに挑みたい。最高のレースを………
ファルコンの最後の言葉の前に、視線は俺を向いた。
……明らかに俺を意識したものだ。
俺の秘密を知る彼女が、俺がループする3年が終わる前に、3人で競い合うレースを見せたいと。
そんな出走プランに、俺は、俺なんかを理由に君が苦手な芝のレースを走ることはない、と言いかけた所で……
「─────これは私のわがまま。そう言ったよね、トレーナーさん」
「っ……」
「これが、私の嘘偽りない、走りたいレースなの。芝に慣らす時間も、2500mに慣らす時間も必要なのは分かってる。でも、私、全力でそれをやり遂げるから。そして、有マ記念でも……芝のレースでも、私らしく、羽搏いて見せるから。だから、トレーナーさん。お願い」
強い意志で、絶対に走りたい、と俺に伝えてきた。
……勝ちきれるように指導することは、不可能ではない。
なにせ、芝と長距離に脚を併せる指導を延々と繰り返してきた俺だ。ファルコンは既に芝の走りはモノになってるし、2400mを減速なく走り抜けられるファルコンのスタミナを、100m伸ばすくらいなら全く不可能はない。
そして、懸念事項である、彼女が芝を走る際に感じる違和感、澱みのようなそれだが──────実を言えば、これも解決していた。
彼女が6月、脚が回復してから練習に復帰した際に、恐らくはその時からこのプランを考えていたのだろうが、中距離の芝の併走で、フラッシュ、アイネス、キタ、SSを相手にファルコンが併走に付き合ったことがあった。
その際、普通に好走を果たしている。逃げウマ娘3人の争いになったが、最後まで粘り、キタとSSには先着している。
そして、走り終わった後も違和感などはないと言っており、魂の色が見えるSSも太鼓判を押していた。SS曰く、「魂が完全に固定されたから、余計なダートへの執着も無くなって、どこ走っても自分の意志で走れるようになった」ということだ。
そのスピリチュアルな表現を十全に理解はできなかったものの、しかし、今のファルコンは一人のウマ娘として、どんなレースにも挑戦できるメンタルを秘めているのだ。
そして、俺は少しばかり思考の渦に沈む。
最初は、俺という存在を理由にレースを走るのは、あまり喜ばしい事ではないと考えた。
ループの最後に、チームの最初の3人が別々のGⅠレースを走る事……これは俺の中では織り込み済みだし、ファルコンが普通に考えられる東京大賞典への出走だって全く問題はなかった。最後に勝ちきってくれればそれだけで十分な満足を得られるものだ。
そして、俺はファルコンがダートの勝利を求めるものだと思い、そうなるものだと思っていた。
だが、彼女は俺を選んだ。
俺の心に残るレースを走りたい、そのことを選んだのだ。
その想いを、俺から、否定していいのか?
俺の事を想い、そして、新たな挑戦をしようとする彼女を、止めてしまって、良いのか?
ファルコンと、そしてフラッシュとも共に歩いた、3年前の……東京レース場からの帰り道を思い出す。
────────俺は…
────────大丈夫、走れるよ
そう、その時に彼女たちに約束した俺が。
このファルコンの想いを、否定できるはずがなかった。
「……………わかった。ファルコン、君のプランの通りでいこう」
「っ!トレーナーさん……!!」
「ああ。腹をくくった。全部の距離を走りたいといったアイネスを、短距離レースから長距離レースのローテーションで走らせるようにしておいて、芝を走りたいと言っていた君を走れるようにしておいて……今回のその挑戦をNOなんて言えるはずがないからな。JBCスプリントでウララと勝負して……そしてファルコンの今年の最終戦は、有マ記念だ。どっちのレースも、勝ちきれるように仕上げて見せる」
「うん!!ファル子、頑張る!!」
俺は腹をくくった。
彼女の想いを否定しない。俺の事を想ってくれる彼女を、肯定する。
そして、その一言で、戦意に溢れる微笑みを見せたフラッシュとアイネスのことも。
俺は、今年最後の大一番、有マ記念にて。
俺の愛バ達3人の、最高のレースを見届ける。
それが、この数奇な世界線のフィナーレに、相応しいのだろう。
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────────────────
「や、なんかとんでもねー話まで聞いちまったな…ってかその指導が出来る立華さんやっぱやべーな。……でも俺らのやる事は変わらねぇわな。ウララ、ファルコンが悔しくてやっぱチャンピオンズカップに出たいってなっちまうくらいに、JBCスプリントでわからせてやろうぜ」
「うん!!ファルコンちゃんの想いもわかったけど、それでも私が勝つからね!!芝の長距離なんて、ウララが
「叩き潰す、か?」
「そー!たたきつぶしちゃうんだから!!」
「ふふっ……うん、ウララちゃんとの決着を楽しみにしてるのは本当だから。短距離だって、砂の隼は逃げ切るよ?楽しみにしてるね?」
そうしてファルコンのレースプランも話の流れで決まったのち、初咲さんとウララがそれでも改めて、JBCでは全力でぶつかり合うことをファルコンと誓い合った。
その表情に暗いものはない。
……捉えようによっては、ある意味でウララや、ダートを走るウマ娘達を無礼ているとも取られかねない出走プランだ。もうダートで相手になるウマ娘がいないから芝に行きます……なんて、捉えられても仕方のないそれ。
勿論、秋口にメディアにこれを伝える際には細心の注意を払い、今年限りの挑戦であることを理解してもらったうえで、ダートウマ娘を無礼ているわけではないことはちゃんと伝えなければなるまい。そんな考えは一切ファルコンにはないのだから。邪推されてしまうのはよくない。
しかし、そんな邪推をこの時点で一切せず、ただ目の前のレースの勝利を求めて本気でぶつかり合ってくれるウララたちに、俺は感謝に近い感情を覚えた。
やっぱり、この世界線ではこの二人がベストパートナーだ。
「うし、そんじゃ話もひと段落したから俺らはお暇するよ。急な話だったのに受けてもらって有難うな、ファルコン。立華さんも。勿論、ファルコンのレースプランについちゃ俺達からは絶対に口外しないよ。……他のみんなも、急にお邪魔してすまなかったな。後で何か御礼するわ」
「うん、おじゃましましたー!!あ、夏合宿でもいっぱいあそぼーね!!」
そうして初咲さんが立ち上がってお礼を言って、ウララと共にチームハウスから立ち去っていった。
「……なんか、色々一気に話が進んだな」
「そうですね……私にとっては、ファルコンさんの決断が一番の驚きでしたが」
「あたしもなのー。……けど、めっちゃくちゃやる気出てきた。いいね、始まりの3人で有マ記念で勝負……燃えるじゃん?」
「ふふ、急な話でゴメンね?でも、前からずっと考えてた……ウララちゃんの挑戦状で、いいきっかけになったかな。これから
「………いや、改めて思うわ。このチームとんでもねェなって。アタシはファルコンが実際に芝走ったレース見てねぇから、そう感じるのはなおさらだなァ……ま、やれる限りやってやるけどよ」
「うーん……今年の有マ記念、ものすごい盛り上がりになるでしょうね!!今から私も先輩たちが競い合う姿を見るの、楽しみです!!」
俺たちは一息ついて、それぞれが所感を零した。
特に、ファルコンが芝GⅠに挑戦していたころにこのチームにいなかったSSとキタは驚きもひとしおであろう。ダートの王たるファルコンの芝の長距離の挑戦なのだから。
しかし、俺はもう腹をくくった。
彼女の想いを、俺は受け入れた。
繰り返す側の俺が最後に見るレースは、有マ記念と決まった。
であれば、俺はそこに全てを注ぎ込む。
勿論ファルコンだけではない……凱旋門に挑むフラッシュだって、全距離のレースに出るアイネスだって、全力で仕上げて、彼女たちに勝利の景色を見せたい。
共に、その勝利を見たい。
俺はそれを見るために存在している。
なぜなら、俺はトレーナーなのだから。
そうして、俺たちの下半期の出走レースのプランニングは終わった。
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(……フラッシュの凱旋門賞までは想像していたのだけれど。まさか、ファルコンが有マ記念に出るとはね……でも、彼女の魂はもうファルコンと一つになっている。彼女の力となり、魂が暴走するようなことはなくなっている。芝を走る時の違和感はなくなって……走ること自体は問題なかったのよね)
私は改めてその時のミーティングで決めた出走レースの予定表を活動記録に記載し終えて、当時の想いを綴る。
ファルコンの再度の芝挑戦。これは、3年でループしてしまうタチバナの、最後に見せるレースとして選んだものだ。
3人が競い合うレース。世界中の誰もが見たいと思っている夢のレースであり、そしてその想いは誰よりも、タチバナが強かったはず。
しかしその舞台は、ファルコンの決断がなければ実現し得ない物だった。ダートと芝の違いがあり、芝を走るフラッシュとアイネスの二人はダートを走れない。
芝も走れるファルコンが芝に挑戦してくる必要があった……が、宝塚記念では帝王賞と被るため遠慮したのだろう。脚を仕上げる時間もドバイの疲れがあり、殆どなかったのが実情だ。
(しかし、やっぱり、どう考えても頭がおかしいわ。ダート短距離を走らせたその翌月に芝の長距離を走らせる……そして、それが実現できてしまっているのだから。この半年の指導は、私にとっても目から鱗が落ち過ぎた……いい勉強になったわ)
そして、夏合宿以降から、タチバナの教えは常識を超えたものになっていった。
体幹を仕上げ切った3人に果たす、彼の叡智の結晶のトレーニング。
ここについては活動記録ではない、練習記録に記載があるから詳細は記さないが……彼が、どれほどの時間を歩み、どれほどの経験を果たしていたのかを如実に表すような、常識外れのものが多かった。
私にとってはいい勉強だ。本当に、彼と共にいると、驚きに事欠かない。
(……さて、これで合宿前までは書き終えたわね。次からは夏合宿、7月と8月に起きたことについてね)
私は記録を一度保存し、ページを更新して、さらに執筆を続けるのだった。