【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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183 活動記録⑩ 夏合宿 お酒の勢い編

 

 

 

 さて、夏合宿で8月に起きた出来事について述べていこう。

 練習も本格化してきた頃で、しかし勿論練習以外の日常でも、様々なイベントが起きた。

 

(うちの子達は3人が高等部で、キタはお助け活動で顔が広いこともあって……知り合いも多いから、必然的に付き合いが増えてたのよね。その分、いっぱい遊んでたようで……何よりだわ。私もいくつか巻き込まれたけど…)

 

 チームメンバー同士の絆の他、勿論他チームの友人、同期の友人、同学年の友人なども多いチームメンバーたちは、練習前も練習後も、何かしら友人に付き合ったり、逆に遊びに誘ったりしていて、精力的に活動していた。

 私もそれを監督するために同席したら巻き込まれたりしたが、おおむね楽しい事が多かったのでよしとしよう。

 

 例えば……学園のイベントとして行った肝試し、あれは中々に興味深かった。

 私は危険がないように監督役として、生徒たちが山中を散策する前に兄さんと一緒に巡回したのだが、まぁ浮遊霊の多いこと多いこと。

 なぜ日本というのは、墓もないただの山中にあれほどの幽霊がいるだろうか?アメリカにはない概念だ。アメリカではゴーストが出るのは墓地だと相場が決まっている。

 未練のある浮遊霊は私が祝詞を唱え昇天させ、未練のない土地に固着した霊などとは話して仲良くなり、肝試しの悪戯に協力してもらったりなどもしたのだが。

 そしてそんな風に虚空に話す私に兄さんが怪訝な顔をしており、オニャンコポンの尻尾が常にレーダーのようにぴんとしていたのだが。

 まぁ、その後の肝試しではウオッカとダイワスカーレットがマチカネフクキタルに化けた幽霊に脅かされて気絶した以外は特段事件も起きなかったのでよしとしよう。

 

(……そうね、他にもスイカ割り……ああ、夏祭りもあったわね……ユカタ、という服。中々風情のあるものだったけれど、少し胸が窮屈ね、あの服は……動き回るのには向いていないわ)

 

 そういえば夏祭りにも参加したのを思い出す。

 どうやら夏の祭りでは特に女性は浴衣を着用する文化らしく、他の子達とも一緒に私も黒の浴衣を着用した。

 私は胸が少々窮屈だった。キタも大きめの浴衣を借りた上で、しかしやはり胸元が苦しかったようではだけてもよいかと聞かれたが、はしたないと咎めておいた。

 私の浴衣にも、タチバナは喜んでくれていた。

 彼の視線は浴衣姿の私というよりも、高い位置で結い上げた私の髪に向かっていたような気もするけれど。

 

 6人と1匹で回った祭り会場の屋台というのも、日本独特の文化なのだろう。

 ああして色んな店が出るところを歩き回ることで、人々は祭りの熱狂に酔い、楽しむ。そういったものだと私は理解を落とした。

 屋台で食べたりんご飴がお気に入りだった。来年また行くときも、りんご飴は必ず食べよう。

 

(……ふふ、本当に楽しかった想い出ばかり出てくるわ……)

 

 筆が乗ってきて、静音キーボードをたたく私の指もよどみなく日本語を綴っていく。

 夏合宿の、楽しかった出来事を思い出すたびに、当時の情景が、感動が思い描かれ、止めどなく文が溢れてくる。

 余りこの部分だけの文量が増えてしまってもよろしくはないのだが、しかしやはりあの2ヶ月は私の中でも濃密な想い出となっている。

 後で推敲はするとして、一先ずは気持ちのままにどんどん当時あった出来事を書き記していくことにした。

 

(ゴールドシップの出店の焼きそばも美味しかったわね……屋台でアイスを売り歩いてた子もいて……砂浜でやったビーチバレー大会は誰が勝ったのだったっけ……そうだ、勝負といえば合同合宿所の麻雀大会もあったわね、ナカヤマフェスタとゴールドシップとミナミザカと兄さんが凄まじい勝負を繰り広げたあれ……他にも旅館でみんなでやったインディアンポーカーにんじん勝負、あれは私が勝ちすぎてイカサマを疑われて……ふふ、トレーナーなら誰だって、あんなに尻尾振ってたら分かるって言うのに……)

 

 大きなイベントから小さな出来事まで、一先ず内容を自分の所感で書き起こしていく。

 まるで日記帳だ。夏の宿題として出される、子供が書くような日記。

 私が、人生で初めて書くもの。

 幼い頃を修道院で過ごしたため、旅行やイベントなどが少なかった己の青春を取り戻すように、私の手は止まらなかった。

 

(そうね………あ、あと、そうだ。兄さんがやらかした事件が一つあったわね……)

 

 そうして8月の中旬を過ぎたころで起きた、一つのイベント……いや、事件について私は想い出し、その流れのまま指を動かし、当時のコトを振り返り始めた。

 

 

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────────────────

 

 

 私は旅館の自室で、チーム練習の成果をタブレットで確認しながら、のんびりと夜の時間を過ごしていた。

 タブレットに表示される時間を見れば、夜の10時を回った所。

 夕食を終えた後に源泉かけ流しの温泉を満喫し、その後に先日やったインディアンポーカーでボロ勝ちした私にリベンジを申し込みに来たトウカイテイオーとメジロマックイーンを勝負で下し、ダイワスカーレットが第二領域の目覚めについて相談してきたのでそれに乗ってやり、ファルコンの課題が終わっていなかったことが判明してそれを手伝ってやり、それらが落ち着いて、今の時間になったというわけだ。

 なぜ私がここまでやっているかというと、今日、この旅館にそれぞれのチームの主管トレーナーであるオキノとタチバナがいないためだ。

 二人に生徒たちの監督を任されて、いろいろ相談に乗ったりしていたというわけである。

 

『……トレーナー男子会、ねぇ。随分とワクワクした様子だったわ、二人とも。男子ってそう言うの好きよね……』

 

 二人がいない理由については簡単で、二人が呑みに出ているからだ。

 二人だけでの呑みではなく、トレセン学園の夏合宿に参加している男性トレーナー全員で、この旅館のすぐそば、リギルも宿泊している高級ホテルに併設されているチェーン店の飲み屋に集まり、男性トレーナーだけで盛り上がるつもりらしい。

 随分と結構なことだ。実を言えば7月にトレーナー女子会もやってるし、それ自体に反対とかそう言うのはない。

 女子会では東条サン主導の元、それぞれが指導理論や自分の愛バの指導への相談など、非常に有意義な検討が行われて、私も満足する時間が過ごせていた。

 それに、夜はある程度自由な時間とはいえ、私達トレーナーは現在学生たちを指導する夏合宿の真っ最中だ。日が変わるまで吞んでいる……などということはないだろう。

 10時を過ぎたので、もうすぐ戻ってくるころだとは思う。生徒達も部屋では寝ているころなのだろうし、戻ってきたことを確認したら私も今日は眠りに就こうと考えていた。

 

(ま、いい大人だものね。心配することはないか……)

 

 タブレットをたん、と叩いて練習メニューを閉じて、暇つぶしに海外のウマ娘指導の論文でも目を通そうかとネットを開く。

 兄さんから学んだ癖だ。暇なときに論文を読み漁っているタチバナを見て、私もそれに倣って積極的に世界中の論文を読む癖をつけることにした。

 古い論文は当時の指導状況、指導の根幹の概念が読み解けるし、最新の論文は世界のウマ娘のトレーニングの流行などを見ることが出来る。これを始めてから自分の指導理論も円熟してきているという実感がある。

 そうしてタブレットを弄りながら少し時間を潰していると……ぽこん、とLANE通知が届いた。

 

(ん。兄さんからかしら……?)

 

 この時間にLANEを送ってくる相手に心当たりはない。時差を考えなければアメリカから届く可能性もあるが、基本的にゴアや修道院のみんなとは必要な時にしかLANEはしていない。

 となれば日本の誰かで、しかし生徒達もおおよそ眠る時間である。この旅館にいるメンバーなら用事があれば直接私の部屋に来ればいい。

 そうなると、恐らくはタチバナだろう。呑み会が終わった連絡だろうか、とその通知を開くと、しかしそこには予想外の相手からの連絡が入っていた。

 

『……え?東条サン?』

 

 その相手は東条サン。チームリギルのトレーナーにして、私からすれば学園の先輩トレーナーだ。

 勿論トレーナー同士でLANEの交換もしている。タチバナを後輩として世話を焼いてくれている彼女は、私にも助言をよくくれる。人柄も私好みで、それなりに頼らせてもらっている相手だ。

 しかし、LANEを普段からやり取りするような仲……と言うほどでもない。となれば何か用件がありLANEをくれたのだろう。

 なんだろう、と思いLANEを開くと、そこには

 

(ピコン)『サンデートレーナー、起きてる?悪いけれどこちらのホテルまで来られるかしら?』

 

 と、奇妙な呼び出しの文面が入っていた。

 私はLANEに返事を入力する。

 

(ピコン)『起きてましたので問題はありませんが、何かありましたか?』

 

(ピコン)『ちょっとね。貴方のとこのトレーナーが』

 

(ピコン)『え。うちの立華が何か?』

 

(ピコン)『酔いつぶれてるから一人で帰すと危ないかなって。沖野もそうで、ゴールドシップとも一緒に来てくれる?彼女にもLANEしてるから』

 

(ピコン)『了解です。迷惑かけてすみません、すぐ行きます』

 

 ……ええ。

 何やってんのあの二人。

 

 そして私は黒ジャージに着替えて身支度を済ませて自室から出る……と、そこには同じくジャージに着替えたゴールドシップが待っていた。

 彼女も東条サンからLANEを受け取ったのだろう。一応、サブトレーナーとして働く彼女は、オキノの次にチームでは責任のある立場だ。

 学生ではあるが、学生離れした活動力を持ち、また最近はなんだかんだ真面目に姉御肌してるので、トレーナー陣や学園からの信頼も厚くなっている。

 体格もあるので、オキノ一人を運ぶ分には全く問題ないだろう。ドナドナする姿を学園でよく見ているし。

 これが同じサブトレーナーのスズカだと部屋まで運んでからスズカが掛かる可能性があるので、東条トレーナーの判断は適切だと言えた。

 

「よっす、サンデートレーナー。東条トレーナーからの連絡だろ?他の子達はもう寝てっからよー、静かに行こうぜ」

 

「おォ。……悪ィなぁゴルシ。大人がだらしなくってよ……生徒のお前にまで負担かけちまうのは同じトレーナーとして……」

 

「なーに気にすんなって。沖野トレーナーとの付き合いはアタシが一番なげーんだ、こんくれーのことはこれまでもあったしな。男のだらしなさを受け入れるのもいい女の条件ってやつよー。サンデートレーナーが気にするこっちゃねぇよ」

 

「……そォか。…うし、んじゃ行くか」

 

「おぅ」

 

 私とゴールドシップは足音を極力立てぬようにして、旅館を出発した。

 

 

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────────────────

 

 

 そしてすぐ隣の建物である高級ホテルに到着した。

 この夏合宿に来てすぐに思ったのだが、なんで高級ホテルのすぐ隣に旅館があるのだろう。そして経営できているのだろう。永遠の謎である。

 

「ん……来てくれたのね。ごめんなさいね、呼び出しちゃって。万が一があるといけないから」

 

「いえ、お疲れ様です東条サン。………で、こっちがコレか。おいおい……」

 

「ぶはははは!ったくよー、完全に出来上がっちまってまぁ……」

 

 ロビーに着くと、そこで待ってくれていた東条サンと、ロビーの椅子に座って完全に酔いつぶれた二人の姿があった。

 勿論タチバナの肩にはオニャンコポンがいる。彼女はぺちぺちとご主人のほっぺを叩くが、起きる気配がないのでふんふんと鼻を鳴らしていた。

 そばには南坂と初咲もいて、二人がそれぞれ介抱していた。

 この二人はホテル組だ。カノープスと、ウララが今年はこのホテルを使っているので、部屋に戻る分には問題ないだろう。

 酒に酔っぱらう南坂という姿は思いつかないが、初咲もピンピンしているのが少し意外である。

 

「……で、なんでこんなことになっちまったんだよ。タチバナはそんな酒の飲み方ヘタクソじゃねェと思ってたんだがよォ?」

 

 私はタチバナに駆け寄り、一先ず急性アルコール中毒とか、そういった状況にはなっていないことを確認してから、そばにいる二人に問いただした。

 この二人も呑み会には参加していたはず。何があったのかは確認しておくべきであろう。

 

「あー……それがですね、私達にも責任はあるのですが……」

 

「いやさ、飲み会の途中でうちの子自慢大会みたいになっちまって……」

 

 そして二人が説明した呑み会の流れはこうだ。

 

 男子全員集合。

 乾杯の音頭を取ってからそれぞれがまず自然に飲み食い。

 ドバイの話に流れは進み、オキノらドバイ組が盛大に祝われる。

 その中でそれぞれがスピーチし、自分の愛バへの想いを熱く語る。

 それに感化され、その後トレーナー全員が自分の担当する愛バの強さ、素晴らしさ、可愛さについて全力で自慢する流れになる。

 酒が進む。

 まだまだ自慢は零れる。

 酒が進む。

 無限に零れる。

 酒が進む。

 愛バに愛着があるトレーナーほど酒が進む。

 進む。

 ご覧のありさまだよ。

 

「……アタシはまだ酒飲めねーけどよ。あれなんか?そんなアホになんのかお酒って?」

 

「はぁ………ホント、男って………」

 

 ゴールドシップが呆れ顔でそれを聞いて、東条サンがため息とともに眉根をつまむ。

 私も真顔になり、男子のアホさ加減にため息をついた。

 

「私も……つい熱が入ってしまいまして。ええ、負けじと語りつくしてしまい、随分と酔いつぶれてしまうトレーナーがいつの間にかできてしまって……」

 

「何人かはサブトレーナーとか酔いの浅いトレーナーに宿泊所まで連れてってもらった。んで、宿が近い二人が後回しになったんだけど時間たったら酔いが回り切ったらしい。……いやすまんサンデーさん、ゴルシも」

 

「話は分かった……ま、自業自得だから二人にどうとは言わねェけどよ。……で、ミナミザカが無事なのはミナミザカだからわかんだけど、ウサキはなんで無事なんだよ」

 

「あ、俺ザルだから。どんだけ飲んでも潰れたことねーんだ」

 

「そっかァ。羨ましいぜ」

 

「なんで私は理由の説明もなしに納得されたんでしょうか……?」

 

 とりあえず事情は理解した。

 タチバナとは晩酌に何度も付き合ったことがあり、お酒の飲み方も丁寧なものではあるのだが、唯一愛バの話に熱が入った時にお酒の量が増すことを私は知っている。

 それが、男子だけのテンション自由空間で、ドバイの熱もあり、爆発してしまい、やらかしたということなのだろう。

 まったく、男子って。

 

「南坂トレーナーと初咲トレーナーに運んでもらってもよかったのだけれど……やっぱり、私たちは人間だからね。この二人も酔ってないわけじゃないし、万が一運んでる時に転倒なんてあってもまずいわ。近い距離とはいえ油断して下らない怪我でもしたらコトだから、ウマ娘の二人を呼んだというわけ。本当に悪いわね、二人とも。特にゴールドシップは……」

 

「おー、気にしねーでくれ東条トレーナーよ!!ゴルシちゃんは沖野トレーナーのこういうだらしねー所見るのが趣味みてーなところあっから!こうして弱みを握ってまたいつでも悪戯できるってもんよー!!」

 

「……本当に、世話掛けるわ」

 

「いや、世話かけてんのはこの二人デスからね。東条トレーナーもお疲れさまデス。様子まで見に来てくれて連絡もくれて……」

 

「……酔いつぶれたトレーナー達を他のウマ娘に見せるわけにはいかないでしょう。これが大事になったら来年から女子会も開けなくなりそうだからね。後でせいぜい叱ってやるわよ、二人とも」

 

「おお怖。どんまいだな立華さん」

 

「ちなみに南坂トレーナーも初咲トレーナーもちゃんと後で叱りますからね、たづなさんと一緒に」

 

「げぇ!藪蛇!」

 

「テンションを上げすぎた私達が悪いですからね。その時は甘んじて……」

 

「ったく……オニャンコポン、お前も悪いぞォ。いい女ってのは、ちゃんと男の手綱を握るもんだからなァ。お前がついていながら、タチバナにここまで呑ませちゃ駄目だろォが」

 

「ニャー…」

 

「いやいや、オニャンコポンには無理ってもんだろー?そりゃ無茶振りが過ぎるぜー!」

 

 この辺りで話を切り上げて、私とゴールドシップはそれぞれのトレーナーを運ぶことにした。

 私は上背が足りないのでタチバナを背負いこむ。オニャンコポンがひょいっとタチバナの肩から降りて、私の隣についてくる形になる。

 ゴールドシップはズダ袋を準備していたのだが、流石にこの酔いでは袋の中で揺さぶられるとぶちまける危険性ありと判断して、素直に背負うことにしたようだ。

 ウマ娘は何かを背負う際に謎の力が生まれ、驚くほど重い物でも運ぶことが出来る。世界の常識なので改めて説明するまでもないだろう。

 

「じゃ、世話かけまシタ。このまま宿まで運びマスんで」

 

「おー、二人もちゃんと水飲んで早く寝ろよな!!明日も練習なんだしよー!!」

 

「いやほんとこちらこそ面倒かけてすまねぇな」

 

「お疲れ様です、お二人とも」

 

「悪かったわね、急に呼び出して。二人の事よろしくね」

 

 私とゴールドシップは残る3人に挨拶し、ホテルを後にした。

 

 

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────────────────

 

 

「じゃ、ゴルシはそっち頼むぜ。適当に水飲ませたらあとは放っといていいから、お前も早く寝ろよォ」

 

「あいよー。サンデートレーナーもお疲れさまなー」

 

 二人を背負ってきて旅館に戻り、私もゴールドシップと別れた。

 旅館の部屋割り、東側にチームスピカ、西側にフェリスとなっており、その最東端と最西端にトレーナーの部屋があるからだ。

 ゴールドシップはしっかりしてるから、この先は任せても問題ないだろう。オキノも軽く診察した感じ、酔っぱらっている以上の症状はなく、帰り道でも愛バの自慢を呟ける程度の意識はあった。

 布団に入れてしまえば朝まで寝ていることだろう。明日の二日酔いまでは知らないが。

 

 さて、そうして私も兄さんを背負い彼の泊まる一人部屋に向かい歩き出す。オニャンコポンが静かにそれについてくる。

 背中から感じる温もりは、先ほどからすぅすぅと寝息が零れており、それが耳元に当たりこそばゆい。

 私は甘痒い耳元の疼きを我慢しながらも部屋の前にたどり着き、先ほどフロントで預かった鍵を差し込んで部屋を空ける。

 何故か鍵をフロントから預かる際に、係の女将さんから謎の温かい眼差し(こんやはおたのしみですかね)を受けたのだが、何故かはよくわからなかった。

 

『……ほら、兄さん。部屋に着いたわよ。起きて』

 

「…………ん、むぁ………?」

 

『寝ぼけてないの。……大丈夫?強い頭痛はない?』

 

 タチバナを背中からおろして、ふらつく脚を支えて、一度意識を目覚めさせる。

 流石にこのまま布団に叩き込んでハイさようなら、は余りにも冷たい。

 呼吸から、深く酒は廻っているが痛みなどは今のところなさそうだ、とも察していたが、飲めるなら寝る前に水は飲ませた方がいい。そして、一人で歩けるならトイレにもちゃんと行ってもらって、着替えて寝た方が……と。

 勿論そこまで面倒を見るのは恥ずかしいのでその前に私はお暇するのだが、一度意識レベルは確認しておく必要があった。

 ちなみにオニャンコポンは既に布団の枕元で眠る気満々だ。コイツの魂は割とだらしないな?

 

 さて、私の背中から降りた兄さんが、ふらつきながらも2歩、3歩と敷かれていた布団に向かっていく。

 水は……飲めるほどではないか。駄目そうだ。

 明日は二日酔いがひどいだろうが、自業自得だ。せめてチームメンバーの面倒は私がしっかり見てやるか……とため息を零し、部屋を後にしようとしたところで。

 

『……っ!』

 

 兄さんの足元が大きくふらついた。

 いけない。あれでは転んでしまう。

 私は咄嗟に手を伸ばし、彼の体を支える。

 自慢の体幹で、彼の体重くらいは支え切れる……と思ったところで、しかし。

 

『っ、!?えっ、きゃっ!?』

 

「ニャー!」

 

 彼の腕が、無意識なのか、私をかばおうとしたのか、私を包むようにがばりとかき抱かれてしまった。

 思わず体が硬直し……そして、そのまま二人して重力に導かれるように、布団に吸い込まれる。

 オニャンコポンがびっくりキャッツ!と飛びのいたところで、私は兄さんの腕の中に包まれ、布団に横になってしまった。

 

 怪我はない。

 布団が衝撃を逃がしてくれたのだ。

 兄さんも、大丈夫そう。たまたま頭が枕の所に落ちたようで、ぶつけたような様子はなく、て。

 でも。

 でも。

 この、全身に感じる、彼の熱が────────

 

「……S、S……」

 

『……っ……!!』

 

 抱きしめられながら、身長差により私の耳元にある彼の口から、私の名前が零れる。

 熱い吐息を含んだその声が耳朶を打ち、私は全身がかぁっ、と熱を持った事を自覚する。

 恐らくは、顔が真っ赤になっているだろう。

 それはそうだ。これまで20数年と生きてきた中で、同年代のオトコに、これほど密着した経験は、初めてで。

 私は、思考がまとまらなくなって、なにも、考えられなく、なりかけて──────

 

「………SS……いつも、本当に、ありがとう」

 

『っ……ぅ、あっ………』

 

「君は……いつも、人一倍、頑張ってくれるから。甘えてしまう……俺も、君に、頼ってばかりだ。……でも、君が、楽しんでくれてるか……俺、いつも、気にしてた………SS……この、夏合宿……楽しんでくれてるかな……?」

 

『……!』

 

 彼が、酔いの回った頭で、とりとめのない話を紡ぐ。

 抱きしめたこの状況で、しかし私がそこにいることを理解しているのだろう。

 無軌道な、しかし私への真摯な想いを耳元で囁かれながら、体に回された腕には力がこもり、そして片手が私の頭に回って、優しく、私の頭を撫でる。

 大切な宝石を扱うような、その穏やかな、大きな彼の手に、私の意識は集中してしまう。

 頭を撫でられたのは、久しぶりだ。

 両親のいない私にとって、こんなに抱きしめたり、頭を撫でてくれる相手というのは、本当に少なくて。

 小学校を上がってからは、神父様くらいで。

 彼の手を思い出してしまう。

 心から信頼していた、神父様の安心する手を。

 

「……君が、楽しんでくれてたら………俺、ほんと、嬉しいよ…………SS……君の、こと………俺………」

 

 そして、魅惑の呟きは何やら、熱を持ち、進んではいけない方向へと進んでいった。

 私は抵抗する力も無く、ただ、彼の声と手に己の身を委ねてしまう。

 その先の言葉を、聞きたくて。

 私は、兄さんに。

 貴方に。

 きっと、同じことを、想っているから。

 貴方の口から、その言葉を、聞けるのなら────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────しかし。

 

 

「……………すぅ……」

 

『……にい、さん?兄さん?ちょっと?』

 

 その後に続く音は、彼の静かな寝息であった。

 肝心なところで、この男は、意識を落としたのだ。

 私をオニャンコポンの代わりに抱き枕にして、なんと、この、女を抱いた状態で、眠りこけてしまっていた。

 

 なんて。

 なんて、ずるい。

 

『……ちょっ、………っと、ホントに、もう……』

 

 私は抗議の声を上げようと顔を見上げ、彼の顔を至近距離で見つめるが……そこに浮かんでいた微笑みを見て、怒る気力が失われてしまった。

 随分と幸せそうな表情を浮かべるこの人を、私は怒れなかった。

 私の事を信頼してくれるという貴方を。

 貴方に抱きしめられたことを、悦んでしまった私が。

 叱れるはずもなくて。

 

『……兄さん、本当に、いつも、ズルい……ずるいわ……こんな、私の心を奪っておいて……』

 

 私は熱を帯びた心のままに、そのまま彼の胸にぎゅう、と顔を埋めて、ぐりぐりと擦り付ける。

 オニャンコポンの代わりになった腹いせに、マーキングをするかのように。

 彼の厚い胸板が随分と、熱っぽく感じられた。

 

 ……そして、彼の体温に、随分と私にも睡魔が襲ってきた。

 もう、いいか。

 いいかな。

 きょうはもう、このまま、兄さんの腕のなかで、寝ちゃおう。

 そして、明日、起きた時に驚いた兄さんの顔を見て、からかってあげるんだから。

 

 

『……兄さん。………私ね。私も、兄さんの事───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_──ハイ勝った。SSの勝ちでーす!!SSが勝ちましたァー!!うちの子がナンバーワンでーす!!

 

_──一線は超えてないけど、同衾はもう十分に既成事実よね?もうこれでクソボケも責任をとるしかないわよね?

 

_──状況証拠も十分だ……明日の朝、タチバナの驚く顔が見えるようだよ。いや、SSは子供の頃、寝る時に無意識に一緒のベッドで寝る誰かにしがみつく癖があった。それが治ってなければワンチャン行けるッ……!!

 

_──まぁお前ら、この辺で俺達も退散するしかねェだろ。SSに聞こえないように呟いてても、後で見てたとか思われたらSSも熱も冷めちまうからな、俺たちは退散しようぜ

 

_──成せ。子を成せ。それが使命だ。サンデーサイレンスと名のつく者の使命なのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────イヤ駄目だろ。

 

(……ッ!?何流されてんの私っ!?!?)

 

 慌てて意識を覚醒させ、力任せにずぼっ!!と彼の腕から脱出し、布団から這い出る。

 危なかった。

 本気で危なかった。

 今の立場と状況を考えずに、本能に……情欲のままに動くところだった。

 修道女失格だ。危ない。

 ギリギリで意識を落とさなくてよかった。

 先程までの熱はどこかへ消え去り、代わりに冷や汗が頬を垂れる。

 

(……いや、駄目でしょ!!生徒達も寝てる旅館で、男女のトレーナーが同衾なんて!?下手すればニュース乗るわよ!?)

 

 このまま一晩を超えたら間違いなく不祥事である。私の判断では。

 夜の呑み会は大人の嗜みとして全く問題ないし、それでよしんばこのように酔いつぶれていてもだらしないな、仕方ないなで生徒達も苦笑を零すくらいで問題ないが。

 しかし旅館でのコレはヤバい。普通にヤバい。

 どちらも社会的に際どくなる。

 危なかった。

 

(……くっ、こんなに私が苦労するのも兄さんのせいよ!!起きたら本気で怒ってやるんだから……!!)

 

 ぱんぱん、と両頬を叩いて意識を覚醒させ、強い意志で私は立ち上がる。

 私が腕からすり抜けたことで何やらゆるゆると抱き枕を探すように兄さんの腕が動いていたが、そこにようやく私の場所が開いたと言わんばかりにオニャンコポンが収まり、それで兄さんの顔もまた笑顔に戻った。

 その態度に私はオニャンコポンと同レベルか、と憮然とした表情になるが、しかし、先ほど感じた彼の熱は、私の深い所に残ってしまっている。

 一気に肝が冷えたとはいえ、種火はくすぶったままだ。

 今日私がこの後ちゃんと眠れるか、怪しい所だ。

 

(……本当に、この人は。まったくもう……)

 

 全く、本当にどこまでも、私がいないと駄目なのだから。

 これで何度も世界をやり直し、何年も生きているというのだから、筋金入りのウマ誑しである。

 

 私はため息をついて、乱れたジャージを整え、部屋から出ていこうと踵を返す。

 もう兄さんもすっかり眠ってしまった。

 部屋のクーラーもかけているので、熱中症などにもならないだろう。

 本当に、あわただしい夜だった。

 

(………あ、いや………)

 

 しかし、部屋から出ようと脚を進めたところで、私はふと思いついて脚を止めた。

 まだ、やっていないことがあった。

 というよりも、それくらいの意趣返しはしても許されるであろう、それ。

 

(……そうね。こんなに困らされたのだから、それくらいはしてもバチは当たらないわよね……)

 

 私は再度布団に近づき、幸せそうな寝顔を浮かべる兄さんの傍に静かに膝をつき、前かがみになって腕も畳について、四つん這いになる。

 彼の顔を、正面から見下ろす形だ。

 私の長い黒髪が私の顔と彼の顔の周りに漆黒のカーテンを作り、世界には私と彼しかいなくなる。

 

 

(兄さん)

 

 

 そして私は、大切な家族に、おやすみの挨拶をした。

 

 

(おやすみなさい)

 

 

 ───────もちろん、ほっぺに、アメリカ式で。

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 ───────と、私は勢いでそこまで書き上げて、自分が書き上げた内容を改めて読み返して。

 

(……何書いてるのよ私はっ!?こんなの、活動記録に乗せられるわけないじゃないっ!!)

 

 とんでもない内容を書き上げていたことに気付いて、先ほどまで書いていた範囲を一括選択し、デリートボタンで綺麗に削除した。

 アホなの私?

 こんなものが生徒の目に触れたらとんでもないことになってしまう。

 主に彼の愛バ3人がとんでもないことになってしまう。

 

(…確かにあれは私にとってとんでもない出来事だったけれど!!記録に残しちゃダメでしょうが!!)

 

 あの後、私は自室に戻り、ぬるいシャワーを浴びて彼の匂いと熱を落として、すぐに眠った。

 翌朝、思い切り記憶が飛んで覚えておらず二日酔いに苦しむタチバナと、額に肉マークが輝く二日酔いのオキノが朝食会場に出てきて、愛バ達に随分とため息をつかれていたが、私は証拠を残さなかった。

 あの時の出来事を見ていたのはオニャンコポンだけで、彼女の魂はしっかりその時の私のしたことを覚えているだろうが、猫なので他人に伝える術を持たない。文字は書かないようにしているみたいだし。

 なので、その後も問題なく夏合宿を過ごせていたのだが、そんな内容をここに記したら血の雨が降る。

 ダメ。もっとシンプルに、内容を表さないと。

 

(……『夏合宿という特異な場では、トレーナーもハメを外すことがある。また、タチバナは時々酒でやらかすので、注意が必要だ。今回は私がこっぴどく叱っておいた』……っと。これくらいの内容で留めておきましょう、ええ)

 

 私は先ほどまで書き上げた出来の悪い恋愛小説のような内容を、シンプルな一文にまとめきった。

 これだけでいいのだ。

 先程は筆ものってテンションも上がってしまっていたことで変なことを書き上げてしまっていたが、あんなものを後世に残してしまってはいけない。

 正気に戻ってよかった。やはり推敲は大切である。

 

(……はぁ、何やってるのよ私は。……疲れがあるのかも。少し休憩しようかしらね。これで夏合宿のところは大体書きあがったし)

 

 時間をみれば、日本まであと5時間と言ったところ。

 いいくらいの時間だ。ここで少し休憩を挟み、ラスト4か月、レースの多いこの時期を書き切って、活動記録を完成させる。

 問題ないだろう。余裕を持って書きあがるはずだ。

 

「……ふぅ」

 

「あ、お疲れ様ですサンデートレーナー。何か飲みます?コップが空になってますよ」

 

 私が記録を上書き保存し、息をついたところで隣に座るキタから労りの言葉がかけられた。

 気が利く娘だ。しかし、私は一度お花を摘みたい事情もあったので、それをやんわりと断った。

 

「いや、大丈夫だ。ちとトイレにも行ってくるし、その帰りに飲み物貰ってくるからよ」

 

「そうでしたか。座りっぱなしは疲れちゃいますもんね」

 

「おー。行ってくらァ」

 

 私は席を立ち、体をほぐしながら化粧室に向かう。

 座りっぱなしは体に毒だ。化粧室では少しだけストレッチなどもしておくか。

 

「………ふーん。そんなことがあったんだぁ………」

 

 少し歩いたあたりでキタが何かつぶやいたような気もするが、それは随分と小声で、飛行機の音にかき消されて私のウマ耳でも聞き取れなかった。

 

 

 

 






以下、筆者が酒の勢いで書いた閑話。




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「……じゃあアタシはレイズだ。1本乗せるぜ」

「ヴェー!どーしよー!ボクのカードどうなのー!?うぅ……お、おりるぅ!」

「くっ……わ、わたくしは乗りますわ!コールです!」

「へへぇ……コールで行きます!これで私は全掛けです!!」

「それでは、私はフォールドで。どうも……勝てる気がしませんので」

「うーん、あたしもフォールドなの。サンデーチーフの自信が怖いの」

 旅館で過ごす夜、サンデーサイレンスは生徒たちに誘われ、インディアンポーカーに興じていた。
 ベットしているものはにんじん。元々がチームの小遣い費で買うくらいのモノで金銭的に価値の高い物でもなく、まぁ、いわゆる可愛い遊びごとの範疇に済まされるもので、その本数を賭けて争っていた。
 一人5本から始めて、ゲームのレイズは参加してるメンバーの最低数以上は駄目、という簡単なルールを設けて、お互いの額の上に見せるカードの大小で争っている。
 そこには運と度胸と駆け引きが求められる。レースの際にも使うその勝負師としての資質。
 攻め処を間違えないウマ娘こそが、レースでも速いのだ。
 ……などと理由をつけてこのゲームに参加しているサンデーサイレンスだが、何のことはない、ただの遊びだ。
 ムキにもなっておらず、勿論友人たちの霊に聞いたりなどというイカサマも仕掛けていない。
 ただ、シンプルに生徒たちと遊び、夜の暇を潰していた。

「おうおう、マックちゃんとスペが乗ってきたか。いいのかァ?お前らのそれで本当に勝負しちまってもよォ?後悔することになるぜ?」

「くっ……サンデートレーナーこそ、その額のカードが己を裏切らないようにお気をつけあそばせ!私は自分のカードを信じますわ!」

「私の運を信じます!!勝負っ!!オープン!!………なしてーーーー!?」

 スペシャルウィークの掛け声で、サンデーサイレンスとメジロマックイーンが己のカードをオープン。
 サンデーサイレンス:10。
 メジロマックイーン:9。
 スペシャルウィーク:2。
 サンデーサイレンスの勝利であった。

「あっはっは、やっぱりな。雰囲気が期待と不安が混ざってたからな、アタシのは絵札じゃないけど高い数字だと思ってたぜ……残念、アタシの勝ちだな」

「くぅっ……どうしてわたくしのは絵札じゃありませんでしたの!?」

「へへぇ……スッペンペンです……」

「ヴァー!ボクのカード、キングじゃんかー!!勝負しておけばよかったー!」

「……7、でしたか。降りて正解、というところですね」

「あたしも6だったから挑発に乗らなくてよかったのー。ってかサンデーチーフ強すぎない?やってる?」

 3人がお互いの勝敗に感想を零し、勝負が終わったのちに自分のカードを確認して後悔するトウカイテイオーと、適切な判断でフォールドしたエイシンフラッシュとアイネスフウジンがほっと息をつく。
 しかし先日より何度かやっているこの勝負、サンデーサイレンスの勝率が高すぎたのだ。そこにアイネスフウジンはきな臭いものを感じて問いただす。
 ふんす、と鼻を鳴らしてサンデーサイレンスが苦笑し、答えを零す。

「アホ、サマなんてしてるわけねーだろ。分かりやすすぎるんだよお前らが。見てるだけで大抵のことは分かっちまうぞ?」

「なっ!?聞き捨てなりませんわ!そんなに分かり易いとお思いで!?」

「……ってマックちゃんは怒ってっけど、今配られたカードで周りが割と低めだから他の奴らから感想零したくてそわそわしてる。顔は怒ってっけど尻尾がばっちり動いて隠せてねェわけだ」

「っ!?」

「んでテイオーは耳が素直に動きすぎだ。フラッシュを見て左耳がぴくっとしただろ?左脳は数字を処理する方だからそれと連動してんのかしらねーけど、左が動いたらヤバそう、右が動いたら勝てそう、って考えるわけだ」

「ナニミテンノー!?」

「スペは……いいか。顔で全部語ってるもんなお前。もうにんじん無くなってるし」

「ひどくないです!?確かに数本食べてしまったのでもうスッペンペンですが!」

「いえ、それは食い意地を張り過ぎです。でも、確かにスペシャルウィークさんは分かり易かったですね」

「…と偉そうに述べてるフラッシュだが、実は一番コイツが分かり易い。本人は冷静に勤めているつもりだろうけどそわそわしたときに大型犬みたいに尻尾がぶんぶん揺れるからな」

「え!?……私の尻尾動いてましたか!?」

「ばっちり動いてたの。……え、ブラフとかじゃなかったの!?」

「フラッシュは天然入ってっかんなァ。で、アイネスが一番まぁ、読み取りづらいんだよなァ。尻尾は完全に隠せてる。しいて言うなら呼吸か……勝てそうって思ったときに少しだけ呼吸が早くなるからな。隠そうとしてるからこそだけど」

「そこまで読んでるの!?」

「当たり前だろォ。ってか、練習中はこんなもんじゃねェからな。アタシだけじゃねェ、他のトレーナーだって、お前らの走り、脚の筋肉の張り、表情……それら全てから、お前らがベストに走れるように考えてんだからよ。オキノだってタチバナだって触診するだろ?あれなんか一番雄弁だ。……いやオキノは急に後ろからやるのが悪癖だけどよ」

 下らない話の中で、しかし、サンデーサイレンスから零れたトレーナーの観察眼に、ウマ娘達は感嘆の息を零す。
 ここにいるウマ娘の中にはサブトレーナーをやっているウマ娘はいなかったが、しかし、トレーナーという仕事がやはりどこまでも、ウマ娘の事を想って過ごしているのだな、と再認識した。
 日ごろから感謝の気持ちはあるが、今後はより一層、労わるようにしよう。そう思った。

「……ホイ、またアタシの勝ちだ。これでマックちゃんもパンクだな」

「強すぎますわサンデートレーナー!?そもそも運がいいのではなくて!?」

「負ける時はちゃんと降りてんだよ。勝つときに厚く張ってるだけだぜマックちゃん」

「ヴァー!また負けたぁ~!……ちょっと気になったんだけどさサンデートレーナー。なんでマックイーンの事だけはちゃん付けなの?ボクとかフラッシュ先輩たちの事は普通に名前で呼ぶよね?」

「ア?……そういやそうだな、なんでだろ。呼びやすいんだよななんか」

「そんな理由でしたの…?いえ、まぁ、わたくしもそう呼ばれて悪い気持ちはしませんので構いませんが……」

 そうして勝負は進み、結果としてまたしてもサンデーサイレンスの一人勝ちとなった。
 勝負事に強い。そう感じさせるには十分な戦歴だった。
 なお、勿論だがこの後サンデーサイレンスがにんじんを独り占めする……などということはなく、参加したみんなに配りなおしている。

「あ、勝負終わりました?サンデートレーナー、ちょっと相談があって……夜ですが、お時間いいですか?」

「ん、スカーレットか。いいぜェ、どんな相談だ?レースの事か?日常のほう?」

「レースの方です。最近ちょっと掴みかけてることがあって、実際にレースを走っているトレーナーのお立場からのご意見を頂きたくて…」

「ん、……真面目な話そうだな。おっけ、アタシの部屋来な。聞いてやるよ。んじゃ勝負はこれで抜けるわ。後はあんまり騒がずよろしくやれな」

「はい、お疲れさまでした。私達もお部屋に戻りましょうか、アイネスさん」

「そうね、やり忘れてたファルコンちゃんの課題手伝ってあげよっか」

「アぁん?アイツ課題まだ終わってなかったのか?……ったく、アメリカでサボってやがったナァ?スカーレットの話終わったらアタシも顔出すか……キタのほうはバッチリ終わってるっつってたけどあっちも確認しとかねーと……」

 ゲームが終わった後にも次々とウマ娘達から相談などが持ちかけられ、やれやれと肩を竦めてサンデーサイレンスがダイワスカーレットと共に大部屋を後にする。
 携帯ゲーム機で遊んでいたウオッカとゴルシ、本を読んでいたスズカとヴィイ、苫小牧のニュースを見ていたタルマエなどにも生徒指導の一環として声をかけ、脚や体を労わる。
 次々と起きるウマ娘達との交流に、忙しさを感じながらも。

(……ま、こういう夜も悪くはないわね)

 サンデーサイレンスはそれを内心で楽しみながら、穏やかに夜を過ごしていた。



 
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