さて、休憩も済ませて、私は活動記録の作成を再開する。
先程までで夏合宿の内容はおおよそ書き上げた。ここから先は秋のGⅠ戦線が主な内容となる。
(……そうね、先にキタの戦歴だけ全部書いてしまおうかしら。書くことはシンプルだしね、この子の場合)
私はチームのシニアの3人、フフフシスターズとも呼ばれる彼女たちの挑んだ激戦を書き上げる前に、まず自分の愛バたるキタサンブラックの戦歴を書き起こしてしまうことにした。
この子の戦歴はシンプルだ。
ジュニア期無敗。
札幌ジュニア、サウジアラビアロイヤルカップ、東京スポーツ杯ジュニアステークス、朝日杯フューチュリティステークス。
この重賞連戦を、全て一着で勝ち抜いた。
それぞれのレースで上位に食い込んでいるウマ娘は今後のライバルになるかもしれないのできちんとデータは取っているが、しかしまだジュニア期においては私の指導が、キタの才能が上回っている。
クラシック期になり、ライバルたちがどれほどの成長を見せてくるか……むしろ、私がトレーナーとして気を付けるべきはそこになるだろう。
来年もレースのデータ収集は欠かせない。
(ファルコンや、アイネスのように……シンプルな原則として、強い逃げウマ娘はそれを止めるのが難しい。牽制技術を習得してくるクラシック期からは一筋縄ではいかなくなるけど、そこはこれからの課題ね……)
各月の記録にキタのレースの戦歴を書き起こし、レース中のウマ娘の流れや記録を入力し終えて、私は一先ず愛バについての描写はそこまでにした。
キタの戦歴を詳細に示してくのは来年になるだろう。きっと、クラシック3冠を手にする私の愛バの自慢の戦歴を書けるようになっているはずだ。
(よし。それじゃあ9月の出来事ね。夏合宿が終わって……改めて日程を組んだ。9月の3週目からフラッシュと兄さんはフランスに飛んで凱旋門に向けた練習を始めたのよね)
そして改めて9月からのチームの動きを活動記録に記していく。
凱旋門賞に挑むフラッシュは、9月の3週目にフランスに飛ぶことになった。
9月頭からフランスに入っていたオキノとヴィクトールピスト、ゴールドシップらと合流する形で、共に並走を出来るよう同じホテルを手配していた。
なお、ヴィクトールピストについては9月2週目に行われたパリロンシャンレース場でのGⅠ、芝2400mのヴェルメイユ賞に殴り込みをかけて、一着を勝ち取っている。
夏合宿で相当に仕上げたものと見える。日本勢として頼もしい子だが、フラッシュにとってもライバルとして凱旋門賞では立ちはだかることになるだろう。
(でも、凱旋門は10月上旬の開催。だから、チームとして挑むGⅠの初戦は、アイネスのスプリンターズステークスだった……これがまたとんでもない激戦だった。本当に、世界一のスプリンターを決める様なレースになってしまっていたわ……)
道中の練習内容なども記入しながら、私はまず秋のGⅠ戦線の初戦、アイネスが挑んだスプリンターズステークスについて記録を取り始める。
このスプリンターズステークスは、ドバイの激戦により……世界から2名、最強の短距離ウマ娘が挑みに来ていた。
そして、日本が誇るスプリンターがそれを迎え撃つ形。
勿論、ドバイの芝短距離のGⅠを勝利したアイネスが台風の目。
誰もが見たくなる、注目のスプリンターの決戦について、記していこう。
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「ふーっ!!今日もいい風吹いてるの!」
アイネスフウジンは、控室でオニャンコポン吸いも済ませ、今日のレースの為にフランスから一時帰国してくれた己の愛するトレーナーに髪と尻尾も梳いてもらい、うきうきとした気持ちでゲート前に現れた。
夏も終わるころのこの季節、秋口を感じさせる爽やかな風が中山レース場に吹いていた。
天気も快晴。今日はいいレースになる、そんな予感を感じさせるこのゲート前の時間。
しかし、そのゲート前。
余りにも灼熱たるウマ娘達の気勢が、吹き荒れているかのようだった。
『約束通りやって来たわよ、アイネス!!ようやくリベンジが出来るわ……あれから私も、随分と仕上げ直した。いい勝負が出来る、なんて思わない事ね!!今日は私が圧勝するから!!』
『んふ、久しぶりーベルーガちゃん!!こっちも楽しみにしてたの!!あたしも全力で行くからね!!また勝っちゃうから!!』
まず、ブラックベルーガがアイネスフウジンに、戦友に向けた高揚溢れる笑みと共に声をかける。
ドバイの一戦でライバルとして認識され、そしてLANEでもその後やりとりをして、友人として仲を深めている相手だ。
ようやくこの日が来た、と言わんばかりの楽し気な笑顔。お互いの顔に浮かぶ表情がそれだった。
『あー、ベルーガはいいよなァ、アタシはライバル不在だって知ったのが日本来てからでよぉ……ウララのヤツ、ちゃんと出るレース教えてくれりゃあな……』
『あはは……ミサちゃん、どんまいなのー。ウララちゃん、英語はできないからねぇ』
『それな。しかもウララの次のレースが11月頭の短距離戦だろォ?そっちに出りゃよかったぜ、ファルコンもいるって話だしよォ。アタシその時にはもう地元のレース出走登録しちまっててさ……くそ、やっぱウララに恨み言言ってやるかぁ…?』
『あ、でもウララちゃん控室には応援に行ったんでしょ?この間応援しにいくんだーって言ってたの』
『そーなんだよ!あいつの天然ボケ笑顔見るとなぜか許しちまうんだよなぁ……』
そしてその話に混ざってきたのが、これまた海外からの挑戦者、ミサイルマンだ。
彼女もまたドバイでチームJAPANと戦ったウマ娘だ。ダートの舞台、短距離戦でハルウララと雌雄を決し、敗北した。
そしてそんなハルウララにリベンジしようと日本に来て、レースを選んだのだが……しかし、ドバイでのレース後に致命的なアンジャッシュをしていたミサイルマンは、出走登録するレースを間違えていたのだ。
ウキウキ気分でスプリンターズステークスの抽選を勝ち取って、日本に来たら、なんとウララは芝が走れないという。
ちょっとやる気は削がれたが、しかしそれはそれとして、親友であるブラックベルーガとも、ドバイの奇跡のアイネスフウジンとも戦える機会だ。戦意は高揚しており、愚痴るその顔も笑みがこぼれていた。
ちなみにこの二人は、今日のレースの後に1週間ほど日本のトレセン学園に短期留学し、ウマ娘達と交流を深める予定も立っている。
ドバイの影響だ。あれ以来、世界のウマ娘との交流をより深めていくべきだというルドルフ会長の提言で、世界から挑みに来るウマ娘に中央トレセンを紹介し、よければ日本のウマ娘達と交流していかないかという打診をするようになっていた。
そうして二人ともそれを快諾したというわけだ。
ドバイで仲を深めたチームフェリスや初咲トレーナーが学園を、日本を案内する予定になっている。
「んふー、やっぱり二人とも、勝負服すっごいカワイイ!ね、ね、アイネス先輩、私の事も紹介してくれます?」
「学級委員長としてッ!!海外ウマ娘とも仲を深めた上で!!叩きのめしますッ!!今日はよろしくお願いします!!負けませんよッッ!!」
「ふわぁ……小夜風のような静かな黒の風と、砂塵嵐のような激しい砂嵐。やはり、お二人から感じられる風は、日本の方とは違いますね……ふふ、今日は、よき風を感じられそうです」
『ん、みんな……ふふ、そうね。みんなにも負けないからね?ベルーガちゃん、ミサちゃん、この3人が今の日本の短距離のエースたち。紹介するね?』
そして海外勢と話しているアイネスフウジンに話しかけてきたのは、日本の短距離レースをけん引するエース3人。
可憐なる恋人、カレンチャン。
驀進の王、サクラバクシンオー。
自由なるそよ風、ヤマニンゼファー。
彼女たちが、世界からやってきたライバルに挨拶と……そして、視殺戦による牽制をかけにきた。
それは極めて獰猛な笑顔。
全員が、その場にいる全員にこの1200mで負けてなるかと、戦意を高揚させている。
アイネスフウジンの紹介によりそれぞれがお互いの顔を覚えて、そしてこれから脚を覚えさせる。
己の走りをその目に刻む。
「んふふ……アガってきたの。いいね、やっぱりレースはこうじゃなくっちゃ」
そしてそれぞれとも話し終え、ゲートインの時間となり、ゲート入りするアイネスフウジンの顔に浮かぶのは笑顔だ。
レースを走る、それ自体の楽しさをかみしめるように味わって。
そしてその上で。
(勝ちたい)
大切な、勝利への想いを胸に抱いて。
『さあ世界からの刺客二人が!!日本が誇るスプリンターたちが!!そしてドバイの伝説の始まりの1ページを彩った全距離対応型風激電駭が!!短距離の頂点を決めるこの舞台に挑みますっ!!最速の1200mを刻むのはどのウマ娘となるか!!ゲートイン完了!!…………スタートしましたっ!!!』
伝説の短距離戦となるスプリンターズステークス、その舞台に飛び出していった。
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『レースも残すところあと400mッッ!!最終コーナーを回ってその向こう最終直線だ!!先頭はサクラバクシンオー!!逃げていますっ!!全速前進、その速度は未だ衰えずっ!!だがその後ろ狙っているぞブラックベルーガ!!ミサイルマンもその名の通りぶっ飛んできたっ!!カレンチャンは外に持ち出したか!!アイネスフウジンは現在五番手!!しかしここからがこのウマ娘は怖い!!ジャパンカップの、ドバイの神話の末脚がまたしても見られるのか!?その後ろには追従するようにヤマニンゼファーも続くッ!!最終直線に入った!!』
そしてレース終盤。
ここに至るまでにお互いに脚で語りつくし、雄弁な対話を終え、そしてとうとうやってきた最終直線。
中山レース場の最終直線は310m。かなり短く設定されている。
そして、その最終直線に入った瞬間が、レースの最終盤で無慈悲に切られる世界最強のワイルドカード。
アイネスフウジンの、短距離レースにおいて最高の効果を発揮する、ゼロの領域だ。
「いっくよぉ……全員まとめてぶっ飛ばしてやるッ!!!」
────────【零式・
暴虐の嵐が吹き荒れる。
その範囲内のウマ娘すべてに、幻影の乱気流が襲い掛かる。
スピードが最高潮に達するこの短距離レースにおいて、この領域は余りにも暴に彩られている。
速度を落としてはならない最終局面で、強制的に奪いにかかるその風。
しかも、その後残り200mからは世界最速の末脚が待ち構えているのだ。
このウマ娘が逃げウマを名乗るのは各方面に失礼だと思わんばかりの超加速の末脚が放たれる。
ああ、だが。
この領域は、最早初見の其れではない。
ドバイで見せて、その後天皇賞春でも宝塚記念でも見せつけた。
研究された。
そして研究の結果………抵抗はほぼほぼ無理だという結論が出た。
並大抵のウマ娘では、この風に抵抗できない。
抵抗できるのは、ごく一部の限られた世界最高レベルの優駿だけだと。
そう。
すなわち、この場にいるアイネス以外の5人全員が、その権利を有している。
『来たわね……この、風っ!!!もう私はペース配分を誤らないッ!!』
まず一人、世界最初の犠牲者となったブラックベルーガ。
世界最強の、無敗のプライドを穢されたこの風に、今度こそ抵抗する。
今回はアルクオーツスプリントの時のように、スタミナを枯渇させるような走りはしていない。
いや、ドバイの後にスタミナを徹底的に鍛え上げ、多少風で削られたとしても、全力で走り切れるスタミナは備えてきた。
そして、加速もそれに伴い、さらに磨き上げられて。
(……ッ、キツいけど、耐える!!多少速度が落ちても……残り200m地点で、
そして最後の末脚勝負、世界最速の時速80km/hに対しても挑めるほどの力を、才覚をその脚に秘めて。
暴風を堪えながら駆け抜けていた。
そして、もう一人。
『来たなァアイネスのトルネード!!こいつには第一ロケットで耐えるっ!!第二と第三で勝負カマしてやっからよぉ!!』
ミサイルマンもまた、彼女らしい解決策を編み出していた。
ミサイルマンは、残り300m地点で己の領域【kaboom!!kaboom!!!kaboom!!!!】に突入する。
300mの距離を3度の加速を伴い駆け抜けるその効果。
そのうち、最初の100mの加速を風に抵抗する力として使い、加速を捨てる。
そして残り200mで放つ二回の加速をさらに勢いを高めて、それで後ろのアイネスフウジンから逃げ切るのだ。
宇宙に上がるロケットが、第一バーニアを使い終えたら切り捨てるように。
己の領域の1段階目を踏み石にして、風に抵抗する。
世界の二人は、ドバイで見せつけられた鬼の暴風に、それぞれ対抗策を見出していた。
世界最強の二人をしてそこまでしなければ抵抗できないところに、アイネスフウジンの放つ領域の恐ろしさが如実に表れている。
さて、では日本のウマ娘はどうなったか?
(ふふっ……風で、髪が乱れたらカワイくなくなっちゃうもんね。素直に、正攻法でカレンは行くよ♪)
まず、先行の位置から早くに飛び出していったカレンチャン。
彼女は道中、魅惑のまなざしなどの牽制技術をいかんなく発揮し、周囲のウマ娘を、アイネスフウジンを含め惑わし切ったのち、最高の加速で最終コーナーに臨み……そして、その出口で大きく外側に膨らんだ。
大外へ広がる……それは短距離戦においては非常に大きな距離損を含むことを意味する。
純粋に速度を競う割合の高い短距離戦では、ロスなくコーナリングする技術が求められ、無論の事カレンチャンも今日のようなレースでなければ適切なコース選びをするウマ娘なのだが。
しかし、この場においては距離損を生んだとしても、アイネスフウジンとの距離を離さなければならなかった。
10m。おおよそその距離の内側が、あの暴風の射程圏内。
であれば、それよりも距離を離す。シンプルにして有効な一打。
自分より後ろを走るアイネスフウジンのその位置を、振り返ることなく足音と気配で読み切ったカレンチャンは、大外に持ち出して距離を離すことを選んだ。
正面からぶつかるだけがレースではない。
狡猾ともとれるその柔軟な戦略は、カレンチャンの冷静なレース運びがあってこそだ。
「バクシン!!バクシン!!!バクシーーーーーーン!!!!」
そして響くは驀進の王の魂の叫び。
サクラバクシンオーは走る本能で、今回のレースで逃げウマ娘が少ないことから己が先頭を務め、ここまでレースを引っ張っていた。
そして、その加速は最終直線に入っても一切衰えず。
否、更なる加速を果たす。
世界最高峰のメンバーが集まるこのスプリンターズステークスにおいても、その豪脚は一線を画す切れ味を誇る。
当然だ。何故なら彼女はサクラバクシンオー。
その魂は、時代が違えば世界の頂点も目指せたと言われる驀進の名にふさわしい優駿。
世界最強の魂が挑みに来たこの勝負において、燃え上がらないはずもなく。
風神の起こす乱気流など知ったことかとばかりに、先頭をただ突き進む。
影響はゼロではないが、堕ちるなどということは彼女の魂が許さない。
短距離で最強は己なのだという自負が、ウマ娘たるサクラバクシンオーの脚に無限の力を注ぎ、ただ、驀進する。
驀進だ。驀進あるのみだ。
「ふふっ……よき風です、本当に。この風を味わいたくて……ずっと、脚を磨いておりました!」
「ッ…!?ウソでしょゼファーちゃん……!?」
そして最後に、ヤマニンゼファー。
彼女は風を友とし、風の中に己の道を創り出す。
そんな彼女だからこそ打てる奇策。世界で彼女だけが成せる走り。
アイネスフウジンが、彼女の姿に、声に、走りに、驚愕の叫びをあげた。
ああ、ヤマニンゼファーこそが、アイネスフウジンにとって最も相性が悪い相手だと言えるだろう。
なにせ、この乱気流の中、アイネスフウジンのすぐ後ろにおり影響が一番大きいはずの彼女が。
暴風を無効化したのはヴィクトールピスト。
暴風を耐えきったのはメジロライアン。
だが、暴風を受けてなお加速したのはヤマニンゼファーが初めてだった。
乱気流。
その風は、どこから吹くか分からない。前から吹いたと思えば後ろから吹き、横から叩かれ、あらゆるウマ娘の脚を、速度を吸収する風神の戯れ。
しかし、その風の流れを読み、己に都合の良い風を選び取り、それに乗る。
そんなウマ娘は、世界でもヤマニンゼファーだけであろう。
風のタクトは彼女の魂に。そよ風と呼ぶには余りにも強すぎる魂が、己以外の風に負けるかと叫んでいた。
暴風を放ちながら抜き去られるという初めての体験をアイネスフウジンは味わい、頬に冷や汗が垂れた。
(さっすが、全員ヤバすぎ!!でも……だからこそ、あたしが挑む価値があるっ!!いっくよぉ……)
しかし、アイネスフウジンもまた、この風をそれぞれの手段で堪えられたとしても、欠片も諦めているわけではない。
あくまでこの乱気流は前奏曲だ。
本命を放つ前の余波のようなもの。
ゼロの領域の真の力は、残り200mからの超常的な加速である。
「──────よーい、ドンッッ!!!」
ラスト1ハロン。
目の前の5人をぶった切るために、風神の名を冠する音速弾が放たれた。
『残り200m!!先頭は未だバクシンオー!!それに連なる様に各ウマ娘加速……そして来たッ!!!来た来た来た来たアイネスが来たッ!!!出ました奇跡の時速80kmッ!!世界最速の末脚が放たれた!!!暴風警報発令ですッ!!!勝負はどうなる!!差し切るかアイネスフウジン!!短距離の猛者が堪え切るかっ!!!瞬きすら許されない勝負ッ!!』
アイネスフウジンの足音、風切り音が後方から凄まじい勢いで迫ってくる。
それから逃げ切るためにさらに脚に力を籠める5人の優駿。
恐怖だ。後ろから世界最速が迫っている。
ウマ娘の誰かが、そう思った。
歓喜だ。後ろから世界最速が迫っている。
ウマ娘の誰かが、そう思った。
この速度に、負けないために。
この速度に、追いつくために。
全員が、限界を超えていく。
『っ、あああああああああああああああああァッッ!!!』
そして、その誓いを胸に秘めた一人が、凄まじい前傾姿勢を取り、脚に力を込めた。
世界二位の最高速を持つ、ブラックベルーガが。
後ろから迫るアイネスフウジンの速度に、負けまいと。
いや────────勝つために。
己の限界を超え、その果ての限界を超えて。
魂のプライドをその脚に籠めて。
そしてとうとう、成し遂げる。
時速80kmの壁を超える。
(─────ッッ!!!)
アイネスフウジンの驚愕。
それは、己の速度に並んだ、すぐ目の前のブラックベルーガの縮まらない背中……だけ、ではない。
その、ブラックベルーガの隣。
追い抜かされんとしていた彼女が。
日本最強の短距離ウマ娘が。
「……トレーナーさんが鍛えた、この脚はッ!!」
「世界最速にも負けませんッ!!バクシーーーーーンッッ!!!」
並ぶように限界を超え、時速80kmの世界に入門した。
詰まらない。
残り半バ身の距離が、永遠のように感じられた。
そして、アイネスフウジンの目前を走る二人が、時代を超えて競い合う喜びを感じさせるような、飛ぶような走りを見せて。
そして、10秒も掛からぬ1ハロンの距離を、優駿たちが駆け抜けた。
『─────ゴーーーーーールッ!!!先着したのはブラックベルーガとサクラバクシンオー!!この二人に見えました!!最後粘ったのはカレンチャンかアイネスフウジンか!?ヤマニンゼファーは体勢不利か!ミサイルマンも最後粘りましたが惜しくも届かず!!一着はブラックベルーガかサクラバクシンオーか!?わからない!!余りにも団子状態!!写真判定となりますっ!!』
『……タイムが出た!!レコードだ!!革命の及んだまたしてもレコード…っとぉ!?1分5秒5!!これは世界レコードです!!世界レコードが出た!!何たることだ!!世界最強の短距離ウマ娘ブラックベルーガと日本最強の短距離ウマ娘サクラバクシンオーが!!否、日本の誇る最強スプリンターと世界のスプリンターが繰り広げたデッドヒートは!!とうとう世界を縮めたのですッ!!』
『………出ました!!長い長い写真判定の果て!!なんと!!サクラバクシンオーとブラックベルーガが同着!!同着の一着となりました!!!なんたる決着か!!!3着はカレンチャンが入り4着にアイネスフウジン!!5着にヤマニンゼファー、惜しくもミサイルマンは6着!!しかし先頭との差は僅か1バ身以内!!凄まじい決着となりましたスプリンターズステークスッ!!』
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(……我らがアイネスフウジンは、惜しくも4着。まったく、とんでもない化物レースだったわ……世界最強のスプリンターの決戦、その命題に偽りなしの勝負だったわね……)
私はレースの映像を見終えて、改めてこの激戦について振り返る。
最終直線300m、アイネスフウジンのゼロの領域をきっかけに、全員がまさか奮起し覚醒するとは思わなかった。
あの風が強者を選別し、そして強者には新たなる力を与えてでもいるかのような、ミックスアップの極限。
アイネスの暴風がなければもっと速いタイムが刻まれたかと問われれば、NOと言えるだろう。
あの風に対抗し、そしてアイネスフウジンの人知を超えた加速に追いつかんとしたブラックベルーガとサクラバクシンオーが、短距離王者の誇りを見せた、といったところか。
(でも、レースの後の脚の消耗はベルーガもバクシンオーもひどいものだった。故障はなかったのが何よりだったけど……ふふ、そういう意味では、無事だったアイネスの実力、タフさの証明と言ってもいいかも。脚の頑丈さにかけては、うちのチームはどこにも負けないわね……)
時速80kmという、ウマ娘が出せる速度の限界頂点。
そこに至れる、その時点でまず類稀なる才能と筋力が必要になるが、あの走りをした上でなお耐えきるためには、体幹を鍛え上げる必要がある。
アイネスフウジンはドバイの前にそこに至ったが、今回で時速80kmに至った二人はまだ体幹の地固めが甘い。私の目から見て、という話だが。
ただ、今は世界的に体幹トレーニングの重要性が見直されているから、彼女たちも、また他のウマ娘も、あの速度を出してなお負担が脚に残らないような走りが出来るようになるだろう。
(……ねぇ、神父様。私だけの力じゃない、兄さんと、兄さんのウマ娘達と、チームJAPANのみんなの力があってこそだけれど。神父様の教えを、世界に残すことが出来たわ、私)
ふ、と笑みを零す。
私の望み……神父様の想いを継いでトレーナーになり、世界に神父様の教えを残したい、というそれを成すことが出来た、と言っていいだろう。
私の中だけの納得だが、しかし、私がウマ娘として歩んできた旅路は、無意味ではなかった。
私は、みんなの代わりに、みんなの夢をやり遂げることが出来たのだ。
(……いけない。少し泣きそうになっちゃった……まだまだ、これからなのにね。私が育てるキタも、この先育てる子達にも……いっぱい勝てるように、頑張るんだから。ここで終わりじゃないのだから……)
私は指先で目元を拭い、一つ大きく伸びをして緩む涙腺を誤魔化して、一息つく。
そう、私の旅路はこれからだ。
これから先は、私が私の願いをかなえるのだ。
私のトレーナーとしての未来を、どのように歩むのか。
それはまだ全然想像ができないけれど、どうか、後悔はしない道を歩みたい。
……できれば、兄さんの隣で、ずっと。
(……よし、それじゃあ9月の分はこれでおしまい。次はフラッシュの凱旋門ね……)
私は9月の活動記録を書き終えて一度保存し、10月の記録に書き進むことにした。