【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢   作:そとみち

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186 活動記録⑬ JBCスプリント

 

 

 

 

『──────ゴーーーールッッ!!一着はアイネスフウジンッ!!アイネスフウジンですッ!!二着は僅かにサクラノササヤキかウオッカか!!その後ろは集団!!メジロライアンとマイルイルネルは6番手あたり!!天皇賞秋を制したのはアイネスフウジンだ!!これで天皇賞春秋制覇ッ!!チームフェリスがまたしても記録を積み上げたッ!!先日の凱旋門賞から………』

 

 

 私は視聴していた天皇賞秋の動画を止めて、記録を書き上げる。

 天皇賞秋。チームフェリスからはアイネスフウジンが参戦し、そのほかからは革命世代よりメジロライアン、サクラノササヤキ、マイルイルネルが。

 また、革命世代の一つ上の代からはウオッカが参戦し、ここもまた凄まじい優駿たちが集まるレースとなっていた。

 

(そして、その天皇賞秋を制したのはアイネス……チームフェリスの勝利、ね。誰が勝ってもおかしくなかったけれど……まぁ、ササヤキの意地を上手く吸収した、という所かしら)

 

 勝負はスタート直後から大逃げを仕掛けたサクラノササヤキに、しかしアイネスが距離を空け過ぎずじわりじわりと追い詰める形でササヤキからも後続からも速度を奪う走りを展開。

 マイルイルネルの蜘蛛の巣のような詰将棋は、前回の安田記念でやられたウオッカに照準が合わせられていた。

 1000m地点でスリップストリームが起きるほどササヤキに詰め寄ったアイネスが最終直線に向けてスタミナを温存。

 最終直線、そこまで先頭をハイペースで駆け抜けたサクラノササヤキが粘る中で、スリップストリームでスタミナを温存してきたアイネスフウジンが、後続からアガってくる集団全てを巻き込んで【零式・風神乱気流(ゴッドブレス=タービュランス)】を放つ。

 最大のデバフ効果を放ちつつも、この2000mでもかなり脚を残したうえで前目につけることが出来たアイネスフウジンが、時速80kmに近い超絶たる末脚を放ち、突き抜けた。

 

(…宝塚記念ではライアンの勝利への執念が勝った。スプリンターズステークスでは距離適性の他、時速80kmの世界に入門した化物が二人いたからあれだけど……やっぱり、アイネスのゼロの領域は、他のゼロの領域とも比べても一線を画す強さだわ。プリンスの領域をラスト300mに煮詰めたような効果……出し得にもほどがある。フラッシュがズルいって言う理由もよくわかるわ)

 

 私は苦笑を零しつつ、兄さんの愛バたるウマ娘達、そのうちアイネスフウジンのゼロの領域が余りにも暴虐の王たる性能をしていることに軽くため息をついた。

 あの子は道中のハイペースや速度を奪う技術も持ち合わせているが……だが、牽制や末脚、位置取りなどの多彩な武器を持つフラッシュや、大逃げのスタートダッシュや速度を落とさないコーナー技術を用いるファルコンなどに比べて、道中の走りは至ってシンプルだ。

 その分、最後の300mで溜めた全てを解き放つ。

 どこにいても怖い。それが短距離のレースだろうと長距離のレースだろうと、大逃げの果てであろうとバ群に呑まれ堕ちてしまっていようと、残り300m地点の主役はアイネスになる。

 恐ろしすぎる力に目覚めたものだ。

 尤も、それに食らいつき、時には凌駕せしめんと煌く他の優駿たちも相当なものではあるのだが。

 

(やっぱり、革命ね。……さて、これで10月分までのうちのチームのレースについては書けた。後は他の大きなレースについての所感も書いておいて…と)

 

 天皇賞秋の記述を終えて、私は他に、フェリスから参戦しなかったGⅠレースについても記述を残すことにした。

 10月は秋のGⅠ戦線が始まる時期だ。凱旋門賞を終えた後にあった、まず二つのクラシック期のGⅠ、秋華賞と菊花賞について。

 ただ、これについても今年は話題性に事欠かない。

 なにせ、()()()()()()()()が二人同時に生まれた年になったからだ。

 

(ベイパートレイル、デアリングタクト……この二人が、ものの見事に3冠達成。これもまた、ものすごい偉業よね。今年は日本のレース史に永劫刻まれる年になったわ……)

 

 以前にも記述していた二人が、見事に三冠を達成した。激戦の末の見事な勝利。

 これにより、今年一年に刻まれる伝説がさらに色濃く残ることとなった。

 

 この時点までの今年の偉業を少し振り返ってみよう。

 

 今年初GⅠ、フェブラリーステークスでのファルコンのダート無敗神話崩壊。

 ドバイの奇跡。

 その翌日のレコードラッシュの奇跡。

 天皇賞春でアイネスが全距離GⅠ達成。

 宝塚記念連覇のライアン。

 スプリンターズステークスで世界レコード。

 フラッシュが悲願の凱旋門賞初制覇。

 無敗のクラシック三冠ウマ娘、ティアラ三冠ウマ娘の誕生。

 アイネスが天皇賞春秋連覇達成。

 

 ……出来の悪い三文小説か?

 

(トレーナー1年目にして、こんな年を経験しちゃった私はどうすればいいの?教えて、兄さん……)

 

 私は今年一年で何度も味わった、己の走り以外で脳が焼ける様な感覚がクセにならないように努めようと心に誓うのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(さて。それじゃあ続いて11月。この月はフェリスが参加した大きなGⅠは2つね……)

 

 活動記録の頁を更新し、11月分の作成に入る。

 11月はキタがジュニア期を荒らしまわっていた他、フェリスから参加したレースは二つ。

 11月上旬にあったファルコンのJBCスプリントと、11月後半にアイネスが挑んだマイルCSだ。

 

(まず、JBCスプリント。目下のライバルはウララ……と、フジマサマーチも完全復活して、このレースに挑んできた。日本のダート組のエースたちの決着の時……、って銘打たれたポスターが良く出回っていたわね)

 

 ダートに力を入れ始めたURAもまた、このレースに力を入れていたのだろう。相当な広告を出していた。

 今年は大井レース場での開催となり、距離は1200m。ウララとマーチにとって脚馴染みのある距離であり、ファルコンにとっては短すぎるその短距離レース。

 もちろんの事、帝王賞の時のように近くの施設でライブビューイングが盛大に開催され、実質的な来場者数は20万人をはるかに超えた記録的数字になったと後日ニュースにもなった。

 世界一同士の決戦。

 かつて砂の隼を破った偉大なる先達との邂逅。

 このレースを見たくないファンはいないだろう。URAの思い通りに、ダート界にも新旋風が確かに起きていた。

 ちなみに、当日に開かれた他のGⅠであるJBCレディスクラシックではノルンエースがとうとうGⅠ初勝利を決めている。チームカサマツにも勢いがついた日であった。

 

(ドバイに共に挑んだ戦友が、火花を散らす。……ウマ娘の常ね。彼女たちは親友であるとともに、ライバルであるのだから。私とゴアがそうなれたように、ね……)

 

 私はJBCスプリントの映像をネットから探し、再生ボタンを押す。

 彼女たちの決着、それを改めて見届けるために。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『ウマ娘達がコーナーを攻める!!その中でもしかしこの二人がやはり速いっ!!大きく差をつけ先頭を征くスマートファルコン!!バ群から徐々にアガっていくハルウララ!!この二人だけが切り取ったかのようにお互いの距離を開きませんっ!!食らいついているっ!!ドバイの奇跡は伊達ではないっ!!もう間もなくコーナー出口!!!先頭の頂を捉えに行くウマ娘は誰になるのかっ!?フジマサマーチも狙っているぞ!!!残り400mっ!!』

 

 

(ふゥー………ッッ!!!)

 

 最終コーナーを迎え、フジマサマーチが己の領域に突入する。

 

 

 ────────【闘ヱ、将イ、行進ス】

 

 

 その加速度は、これまでに感じていた最高潮のものからさらに二段ギアを上げたと錯覚させるほどの速度。

 莫大な加速を伴い、先行集団から飛び出して、ただ一人先頭を行くスマートファルコンに勝負をかける。

 ライバルたるウマ娘が強ければ強いほど、加速が増すという効果の領域。

 それが、ドバイ前にファルコンに放った時の其れと比べても尋常ならざる効果の上昇を生んでいた。

 明らかに、領域が強まっていた。

 つまり、それは。

 

(……強くなったな、ファルコン、ウララ)

 

 今日、ライバルとして考えていたこの二人が、凄まじい成長を遂げたからに他ならない。

 完全復活し、練習でも以前と変わらぬタイムを出せるほどまで回復した己の脚に力を籠めて砂を蹴る。

 1200mのレースはこれまでも何度も経験しているが、しかしここまでの走りが出来たことはない。間違いなく、過去最速の走りが出来ているだろう。気力も充実している。

 だからこそ、ここで、フジマサマーチは確信した。

 

(────勝てん、か)

 

 スマートファルコンに、追いつけないということを。

 

 目の前……というには余りにも遠い距離だが、しかし、あの砂の隼は、ドバイを経て、更なる進化を果たしていた。

 最終直線400mの地点で、ベルモントステークスやドバイワールドカップで見せたような、加速する領域に突入した。

 スタートから全速力で突っ切り、道中のコーナーで己の領域により速度を落とさず、そしてなお最終直線で加速する。

 ラビットが一切速度を落とさず駆け抜けてしまうような悪夢。

 それを、この短距離レースにおいては、スマートファルコンは実現せしめていた。

 

 そんな背中を見て、フジマサマーチは、感情が溢れてしまう。

 ()()()()()と。

 私が一度間隙をついて下した愛する後輩が、その敗北を糧にさらに高みへと至り、最速の存在になっていることが、どうしても嬉しくて。

 つい、笑みまで零れてしまった。

 

(引退……かもな。ああ、そうだな。どうやら私は、このダートにもう心残りはなくなってしまったらしい)

 

 全力を振り絞る最終直線のなかで、欠片でもこのような思考に至ってしまうのだから、きっと私はもう、トゥインクルシリーズを引退する頃なのだろう。

 そろそろ、これまで駆け抜けてきた、私の長い歴史に幕を閉じるころだろう。

 先頭を駆け抜け、なかなか距離が詰まらない、愛する後輩の背中を見て。

 

 そして。

 

「……やああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 己の後ろから。

 己を上回る加速で。

 己を超えていく、桜色の背中が見れてしまったから。

 

 ハルウララが、かつての自分のように、その瞳に、背中に鬼を宿しながら、猛烈な加速でスマートファルコンに迫っていく。

 かつてのドバイ以前の彼女ではない。

 そこにいたのは間違いなく怪物であり、世界最強の短距離ウマ娘の誇りを背負った、比類なき優駿なのだ。

 

(ウララ……お前もまた、強くなった。本当に、本当によく、ここまで……私は嬉しいぞ)

 

 その背中にも、満足感を味わってしまったのだ。

 やり遂げてしまった。

 脚は治ったが、しかし、やはり、私の競走人生はあのフェブラリーステークスでピリオドが打たれていた。

 次に進むには、ページを切り替える必要がありそうだ。

 

 だが、それでいい。

 きっと、そう想いながら走れることは、幸せなことだから。

 

(ふふ……そうだな。次の時代は、お前たちが紡げ。そして、新たな時代を作っていってくれ)

 

 ファルコン。

 ウララ。

 

 お前たちという後輩を持てて、私は幸せだったよ。

 

 

 ────────だから。

 

 

(……二人とも、そのまま全力で駆け抜けろ。もし脚をほんの僅かでも緩めるようならば───)

 

 

 ────────最後まで、己も全身全霊でこのレースを走り抜ける。

 

 

(───私が一瞬で刺し穿つッッ!!ロートルに負けたくなければ、お前たちの最高の勝負を見せてみろッッ!!)

 

 

 深く、まるで砂を掻きむしる様につま先を突き刺し、フジマサマーチが最後の一瞬まで気を緩めずに加速した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『残り300mっ!!スマートファルコン逃げる逃げる逃げる!!!これが砂の隼の真骨頂!!しかしここで…後続!!フジマサマーチを交わしてハルウララが突っ込んできた!!彼我の差は4バ身ほどっ!!届くか!?届くのかハルウララ!!明らかに速度はハルウララが上!!しかし粘りますスマートファルコン!!!伸びるっ!!3バ身っ!!残り200ッッ!!!』

 

 

「あああああああああああああああっっ!!!」

 

 雄たけびを上げて、ハルウララがスマートファルコンに迫っていく。

 世界最強の砂の隼の背中に、じりじりと近づいていく。

 

 この1200mのレースにおいて、ハルウララは、己の全ての力を振り絞り、走り抜けていた。

 そこに在るのは純粋な事実。

 短距離においては、適正ではハルウララが勝っているという事実。

 

 ()()()でも、()()でも、スマートファルコンよりもハルウララが勝っているという事実。

 

 それは、お互いのトレーナーも理解している、走りの質の違い。

 スマートファルコンは最早説明不要の逃げウマ娘だが、しかし、その最高速が飛びぬけて秀でているわけではない。

 アイネスフウジンのような時速80kmに迫るべくもなく、エイシンフラッシュのような閃光の切れ味の末脚を持っているわけでもない。

 ただ、速度を落とさずに駆け抜けるのが誰よりも得意なウマ娘であった。

 初速からスピードを落とさず脚を溜め続け、最終直線で更に二の足を使うほどのスタミナ管理。

 大逃げという作戦に惑わされるが、実を言えばペース走法に近い。

 勿論、そのペースの平均値は尋常ならざる速度であり、芝と並ぶ世界レコードを保有するほどではある。

 だが、一瞬の加速とそれに伴う最高速、という部分では、他のダートウマ娘の方が秀でていた。

 

 反対に、ハルウララは差しの位置、後方からの一瞬の切れ味で勝負するタイプのウマ娘である。

 その走りは長い時を経て、練習とレースを繰り返し積み上げた想いの結晶。

 マイルまでの距離ならば、間違いなく世界と比較しても輝くほどの末脚が、ハルウララの両脚に詰まっている。

 だからこそ、この最終直線で距離が詰まる。スマートファルコンとの距離を、詰められる。

 

 何度も負けた悔しさが。

 勝利したライバルに託された誇りが。

 ハルウララの背に鬼を棲まわせ、スマートファルコンに肉薄していった。

 

 

『詰まっていく!!ぐんぐん伸びるぞハルウララ!!これは分からない!!スマートファルコンだろうと分からないっ!!残り100ッ!!!行けるのか!?もう1バ身を切った!!!あとは意地だ!!お互いに姿勢を下げるッ!!!意地のぶつかり合いーーーーッッ!!!』

 

 

(ファルコン、ちゃんッ……!!)

 

 そして、ハルウララが迫るその背。

 同世代の、革命世代のライバルにして親友たる、スマートファルコンの背中。

 この背中を、何度も見た。

 そして、それを乗り越えられたことはなかった。

 私の目標。

 私の夢。

 私の、ライバル。

 

 今日、このレースに至るまで、ドバイに挑み、その後もいくつもの短距離レースに挑んで。

 地方を回り、一緒に走ったウマ娘達からも想いを託されて。

 トレーナーと、カサマツの皆と練習し、磨き上げた脚を武器にして。

 そして、トレーナーの為に勝ちたいという想いと、私が勝ちたいという純粋な想いを背に。

 鬼を宿して。

 

 この一歩半の距離を、埋める。

 

 貴女に、勝ちたい。

 

 

(さ、い、ご、の……っ)

 

 姿勢を下げて、顎が地面に擦りつけられそうなほどに前傾して。

 最後の加速を、振り絞る。

 

 

「勝負だあああああああああああっっっ!!!!」

 

 

 魂を燃やして、ラスト100mを駆ける。

 ハルウララの、これまでのレース人生の、全てを注ぎ込んで。

 世界最強に競りかけた。

 

 

 

 

 

 

 スマートファルコンと、ハルウララ。

 お互いに、全てを振り絞り走り切った1200m。

 

 その果ての、決着は。

 

 

 

 

 

 

『ッゴーーーーーーーーールッッ!!!二人がほぼほぼ並んだ形でゴールですっ!!ゴールしましたっ!!後続はおよそ3バ身差でフジマサマーチ!!その後ろさらに距離が開いて……勝ったのはどちらか!!これもまた写真判定の表示!!接戦でした!!やはり世界に挑んだ革命世代は伊達ではなかった!!凄まじい名勝負ですっ!!』

 

 

『そして出たぞレコードだ!!去年の記録からなんと6秒近い短縮っ!!1分8秒3!!これは日本の1200mダートの新レコードになりますっ!!!とうとうすべての距離でレコードの更新になりましたGⅠレース!!!革命とはここにありッ!!場内、いえっ、大井レース場周辺が大絶叫ォーーー!!!』

 

 

 

 

『長い写真判定です………いやっ、出た!!!確定のランプだ!!!』

 

 

『JBCスプリント、ハナ差で制した勝者は!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────────スマートファルコンッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

(……ハナ差。ほんのごく僅か、4cm差での決着と言われるほどの僅差。終わってからの話だけれど、どちらが勝ってもおかしくない勝負だった……結果を分けたのは……そうね、スマートファルコンの新しい走り、かしら)

 

 私はレース映像を停止し、レース結果を記録に書き連ねる。

 スマートファルコンの一着。ハルウララはハナ差で二着。

 チームフェリスの砂の隼が、勝利となった。

 

 間違いなく苦戦する相手であろうことは、兄さんも私も察していた。

 フジマサマーチもだが、ハルウララの仕上がりが群を抜いていた。

 このレースの為に半年以上の時間を重ねて仕上げて来ていた、彼女の脚。

 それに対抗するには、適性が完璧ではない短距離レースにおいては、武器が必要だった。

 

(スマートファルコンの最大の強みは、高速ペースをキープする力……それを、更なる高みへと引き上げる走り方……()()()()()()()。どの距離でも、出せる速度を自在に操れるセクレタリアトの走り……あれを覚えてなかったら、道中のベースの速度が落ちて、ヤバかったでしょうね…)

 

 夏合宿でアメリカに遠征したときに学んだ新しい武器。

 それを、スマートファルコンはここまでの練習の中でモノにしていた。

 ストライドの距離を使い分け、短距離においても最適な歩幅の間隔で走ることで、最適な速度を放つことが出来た。

 なお、これはアイネスフウジンも現在習得の真っ最中だ。

 短距離から長距離まで走る彼女にとっては、距離に合わせた走りが出来るようになれば、さらに切れ味が上がることだろう。恐らく間に合うのは来年以降の話になるだろうが。

 

(……芝を走る練習をさせていたとはいえ、スマートファルコンが出来る最高の走りに、等速ストライドを重ねた上で、ここまでの僅差に持ってきたウララの走りを、誉めるべきなんでしょうね。次は分からない……尤も、短距離ダートのGⅠが少ない日本では、今後あの距離でウララとまた走る機会があるかは分からないけれど)

 

 レースについての所感を書き終えて、私は一つ息をつく。

 あれ程まで迫ったハルウララだが、やはり短距離のレースであったことが大きな要因の一つであろう。

 マイル以上の距離になれば、まだファルコンに分が上がる。

 距離が伸びてもなお速度が落ちないのがファルコンの最大の武器だからだ。

 来年からのダートGⅠでは、新設されたレースも含めて何度も顔を合わせることになるだろうが……そこでも、負けないように私たちはファルコンを磨き上げるのみ、だ。

 

(……一先ず、ファルコンの勝利。そして、そのレースの後にあったことも少し書き記しておこうかしらね)

 

 レースを終えた後、大きな出来事が二つほどあった。

 まず一つは、フジマサマーチの引退宣言。

 今年のGⅠレースであるチャンピオンズカップと東京大賞典を走ったらトゥインクルシリーズを引退し、ドリームリーグに上がるということを発表した。

 長くトゥインクルシリーズのダートレースをけん引してきた偉大なる先輩ウマ娘の引退に、ダートを走るウマ娘全員から引退を惜しまれる感想が贈られた。

 よく走ってきた、と心から褒められる。頑張ってきた彼女の、一つの区切り。

 日本ダートの歴史の区切りとなる、大きな出来事。

 

 そしてもう一つは、スマートファルコンの有マ記念への挑戦の発表。

 これについてはタチバナによって慎重な発表となり、記者会見でもメディア露出でも、ダートの卒業であるとか、ダートウマ娘への悲観などと言ったものは一切零さぬように努めた。

 あくまで挑戦。チームメイトである2人と、革命世代、他の世代の優駿たちに、グランプリレースに挑むという、挑戦者としての立場であることを強調し、重ねて来年以降は今度こそダートに専念することを発表した。

 ダートウマ娘達への、ハルウララたちへの敬意を十分に込めたファルコンの発表は世間では好意的にとってもらえて、有マ記念への電撃参戦が確定することになったのだ。

 

(……まぁ、チームフェリスの3人が一緒に走るレースなんて、何があっても見に行きたい……ってのが、世間の総意よね。それをみんな待っていたのだから……私も、この後の有マ記念が楽しみだわ)

 

 私は日本に帰った後のレース、フェリスの3人が挑む有マ記念に思いを馳せ……そして、時間を確認した。

 残り3時間。あとは11月下旬と、12月上旬の事だけ。

 余裕を持って書き終えられるだろう。

 少し背伸びをしてから、活動記録の執筆に戻るのだった。

 

 

 

 







以下、閑話。


────────────────
────────────────



 かつ、かつ、かつ。

 ハルウララが、レース場から控室に戻る道を、歩んでいた。

 かつ、かつ、かつ。

 写真判定の結果、自分は二着。
 スマートファルコンに、あとほんのハナ差、届かなかった。

 かつ、かつ、かつ。

 結果が出てから……ファルコンちゃんにおめでとうを言って、次は負けないよ、と言って。

 かつ、かつ、かつ。

 マーチ先輩にも、良い走りだった、って褒めてもらえて…ファンのみんなにも、笑顔で手を振って。

 かつ、かつ、かつ。

 そして、ウイニングランに入るファルコンちゃんを見送って、控室に戻る。

 かつ、かつ。

 ………私は、上手く笑えて、いたかな?

 かつ。




 脚が止まる。

 止めて、しまった。
 止めてしまったら、もう、次の一歩が重く、まるで地面に根を張ったように、動かなくなる。


「……………」


 零れてはいない。
 まだ、零れてはいないが……今にも、零れてしまいそうなものを、堪えて、ここまで歩いてきて。
 でも、それは。


「ウララ」


「っ……ぅ、ぁ……っ!!!」


 私を待ってくれていた、トレーナーの言葉を聞いた途端に、ぼろり、と零れてしまった。


「よく、頑張ったな」

「っ…と、れーなぁ…私……勝てなかった…っ!!」

「…ああ。ファルコンが強かった……俺達は、勝てなかった…悔しいよ、なぁ……」

「…うっ、わ、ああ…違うのに……私、こんなっ、泣きたく、ないのにっ…!!」

「……そう、だよなぁ……俺達は……勝って、涙を流したかった…っ、よなぁ…っ」

「でも、でもっ……う、うっ……うわあああ……うわあああぁぁぁぁん……!!!」


 ハルウララの慟哭が、通路に響く。
 敗者の涙。
 勝てなかったことを嘆く、真剣勝負だったからこそ流れる涙。
 輝かしい勝負の、その裏に存在する、誰にも見せない涙を。
 ここまで堪えてきた涙を、ハルウララが、想いを決壊し、零していた。


「わああああああん…!!!うわぁぁあ……!!!」


 泣きじゃくるハルウララを、初咲がそっと抱きしめる。
 胸に顔を埋めて泣く、己の愛バのその表情を、誰にも見せまいと。
 そして、己も涙を零し……彼女の悔しさを、受け止める。


「あああああー…!!わあああああーーー………!!!」


 負けた。
 全てを籠めて、全てを賭けたこの1200mのレースで、負けた。
 勝つための全てを整えた勝負で……それでも、負けた。
 4cmの差で、負けた。

 そして、ハルウララが泣いてしまっている。
 そんな彼女に、俺は何をしてやれる?
 初咲の脳裏に、様々な想いが浮かんでいた。

 ……俺の指導によるものだ。
 ハルウララは、よく応えてくれた。あのスマートファルコンに肉薄するほどに強くなって、走ってくれていた。
 力不足なのは、己だ。
 俺が、もっとうまく出来ていたら。



 ────────でも、やり直す事なんて出来るはずもない。



 これまでのハルウララと共に歩んだトゥインクルシリーズ。
 その道中が、間違っていたなんて口が裂けても言えない。
 欠片も思わない。
 俺たちは、俺達らしく、ここまで歩んできた。
 今日のこのレースに至るまでを、絶対に否定はしない。
 間違っていたなんて思わない。

 だから、受け入れる。
 今日の敗北を、この涙を受け入れて……俺達はまた、前に進むんだ。

 過去を変えることはできない。
 やり直すことはできない。
 今、ハルウララと一緒に歩んでいる、この世界が俺の全てなのだから。

 前に進む。
 さらに強くなって、また俺たちの目標に挑む。
 まだ、出会ってから3年も経っていないのだから。

 この先も、ハルウララと共に歩んでいけるのだから。


「ウララ………一緒に、強くなろう」

「ぐすっ……うんっ……!!」

「俺たちはまだ終わりじゃない……来年も、その先だって……また挑める。また、走れる」

「うん……うんっ……!!」

「諦めない限り、次がある。一緒に頑張ろう…!君が走って、俺が支える…!!だからっ……だから、また……!!」

「うん……!!!」


 強く、強くハルウララを抱きしめる。
 涙に濡れた想いを、この悔しさを更なる糧とするために。
 共に、これからも歩んでいくために。

 俺たちは、絶対に諦めない。
 たとえ何度破れたって、躓いたって、諦めない。
 

 ────────だって、この子はハルウララなのだから。


 何度転んでも、諦めずに前を向ける、強いウマ娘なのだから。




 だから、きっと。


 きっと、いつか───────────






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